伊勢志摩サミット・明恵夫人のおもてなしに海女さん登場

首相主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)が終わり、静けさを取り戻した三重県・伊勢志摩地域。このサミットで、伊勢志摩がどういう場所かを知ったという人も少なくないだろう。

改めて簡単に紹介しておくと、伊勢志摩地域は海に突き出た志摩半島にあって、中央部には広大な原生林に囲まれた伊勢神宮が鎮座し、西は伊勢平野、三方は海に臨む伊勢志摩国立公園である。
サミット開催地に決定したことを受け、2015年の外国人観光客は前年と比べ47.1%も増加し、世界からの注目度の高さがうかがえる。

サミットでは、安倍晋三首相の昭恵夫人主宰で参加国の首脳夫人らを歓迎する配偶者プログラムで、鳥羽湾に浮かぶ「ミキモト真珠島」を訪れ、海女との交流の様子が世界から注目を浴びた。

現在日本の海女は2,000人。志摩半島には国内の海女の半数近い761人が、そのうち鳥羽市には約500人と、日本一の海女の数を誇っている。しかし、多くの伝統技術がそうであるように、海女も高齢化、後継者不足によりその数が減ってきているのが現状だ。3000年を超える素潜り漁の名人である海女の文化を守るために、今鳥羽市で行われている取り組みについて焦点をあててみたいと思う。

伊勢志摩サミット配偶者プログラムでは、ドイツのメルケル首相の夫とカナダのトルドー首相の夫人、欧州連合(EU)トゥスクEU大統領の夫人が鳥羽市に訪れ、海女の実演を見たり交流を楽しんだ。伊勢志摩サミット配偶者プログラムでは、ドイツのメルケル首相の夫とカナダのトルドー首相の夫人、欧州連合(EU)トゥスクEU大統領の夫人が鳥羽市に訪れ、海女の実演を見たり交流を楽しんだ。

漁・観連携で海女を守る! 海女さん応援プランがスタート

2013年のNHK連続テレビ小説「あまちゃん」のブームで、海女について知る人も多くなったとは思うが、今一度説明しておこう。

◆海女とは、素潜りでアワビやサザエ、海藻等をとる漁を生業とする女性たちのことで、他には類のない女性の漁師。
◆その歴史は古く、縄文時代や弥生時代の貝塚からは、大きなアワビ貝や、それを採るために使ったと思われる鹿の角を加工した道具が発見されていることから、古代から受け継がれている漁法であると言われている。
◆海女漁は、素潜りという独特の潜水技術による漁法で海の獲物を採り、長い時代の流れのなか、持続してきた漁法。地域ごとに厳しく漁期を定めたり、漁獲できる貝の大きさを定めるなど、多くの約束事を決めて、漁獲対象とする資源を「獲りすぎないよう」、「獲り尽くさないよう」に守り続けている。

ピーク時の1/3にまで減ってしまった海女。
観光客は、美味しい魚やアワビを食べに鳥羽にやってくる。それなのに、このまま漁師や海女が減ってしまっては、観光業が成り立たない。そこで鳥羽市の二大産業である観光業と漁業がタッグを組むことに。
昨年2月には鳥羽磯部漁協と観光協会、鳥羽市が一体となった「鳥羽市漁業と観光の連携促進協議会」を発足。漁業関係者、ホテル、旅館などの観光業者が共同で地域活性化に取り組むことになった。
まずは”海女さん応援基金”を設立。旅行情報サイトじゃらんと提携し、「海女さん応援宿泊プラン」を作り、その売り上げの1%を基金に寄付するという仕組み。市内の旅館・民宿36施設が参画し、スタートから半年で集まった基金をもとに、アワビの稚貝を4,000匹購入し、昨年冬に放流したという。
環境や社会貢献に対する意識の高まりもあり、「同じ値段なら、何かに貢献できるものがいい」と海女さん応援プランを選ぶ観光客が多く、出だしは好調のようだ。

観光協会の吉川勝也会長と地元の海女らによって行われた稚貝放流の様子。生存率が高い大きさまで人工的に育て、後は自然の中で育てていく観光協会の吉川勝也会長と地元の海女らによって行われた稚貝放流の様子。生存率が高い大きさまで人工的に育て、後は自然の中で育てていく

次の遷宮を見据えてもう一度勝負をかける!

鳥羽市の移住を担当する重見昌利氏(左)と、鳥羽市観光協会の世古晃文氏(右)。海女だけでなく、人口自体も減少している鳥羽。移住者を募り、漁業と観光の連携で海女文化の振興に努めている鳥羽市の移住を担当する重見昌利氏(左)と、鳥羽市観光協会の世古晃文氏(右)。海女だけでなく、人口自体も減少している鳥羽。移住者を募り、漁業と観光の連携で海女文化の振興に努めている

年間50億近い水揚げがある港町で、約400万人が訪れる東海地方屈指の観光地・鳥羽。
「しかし、観光と漁業はこれまでうまく連携することができていなかった」と話すのは、一般財団法人鳥羽市観光協会・専務理事の世古晃文氏。
「海や浜など漁業環境を守ってきたのは漁業者や漁協だったと思います。しかし、漁業関係者の後継者不足は深刻であり、漁業と密接な関係を持つ観光地・鳥羽の今後を考えると、すぐにでも動かなければという思いでした。今まで漁業の恩恵を受けてきた観光業者として、何か動き出さなければと立ち上げたのが漁業と観光の連携促進事業なのです」。

2013年秋に行われた伊勢神宮の「神宮式年遷宮」。20年に一度、内宮・外宮のご正宮や別宮などの建物を造り替える伊勢神宮最大・最重要の神事だが、世古氏は「次の20年後、遷宮の時、鳥羽の街は何で勝負していられるのか考えた」という。
そうした危機感のなかで生まれたのが、先に書いた「鳥羽市漁業と観光の連携促進協議会」の発足であり、海女さん応援基金の設立なのだ。

使い捨ての時代に海女から学ぶこと

そもそも、海女の数が減っているのは乱獲や環境汚染による海産資源の減少が大きな要因。たいへんな思いをして海にもぐっても、獲物がなければ収入がない。海女の数は減り、中心市街地へ仕事を求めて出ていく人も少なくない。
世古氏は、海の環境保全も大きな課題だと話す。

「海女が文献として残っているのは3000年前というけれど、本当は何万年も前から海女はいたと思います。陸にあがった人類が初めて行ったのが海女漁だったと思っているんです。アクアラングを付けたらすぐに採りつくしてしまえるし、最新技術を使えばいくらでも楽にたくさん採ることができる。だけど、それをせず原始的な方法を続けているのが海女漁。
採りつくさないための知恵、最新技術は知っているけれど選択しない知恵、これこそが地球規模で誇れるものだと思っているんです。使い捨ての時代にどうやって資源を守っていくか、海女から学ばなくてはいけないことだと思います」

今のところ、鳥羽で採れるアワビは完全なる天然モノと、稚貝を放流して育った半分天然モノの半々。
10.6cm以下のアワビは採らない、年間に潜ってもいい日数を決めるなど、独自のルールを設けて、生活の糧となる獲物を必要以上に採らない工夫をしてはいるが、獲物は年々減ってきているのだとか。

「アワビもそうですが、鮭も鮎も放流しないと育たなくなってきていると思います。稚魚を地域の人たちが放流するところが多くなってきています。
そんなことしなくてもいい環境をもう一度作りたいというのが今後の目標ですね。乱獲、環境汚染で減らしてしまった資源、このまま何もしなかったら枯れてしまう。それをもう一度、われわれが手出しをしなくてもよかった自然の時代に戻したい」と世古氏。稚貝の放流は、そのための、しなくてはいけない努力だと思っていると話していた。

写真左:海女と漁師の町相差(おおさつ)にある「相差海女文化資料館」では、海女の暮らしや海女漁などについての展示が。模型を使ったアワビ漁体験もできる(無料)。写真右上:資料館のすぐそばにある、海女が住んでいた古民家を改築して作られた「海女の家 五左家(ござや)」。土産物を買ったり、カフェとして利用できる。写真右下:海女や漁、木造船など海にかかわる約6万点民俗資料を展示する「海の博物館」。石原義剛館長は、ユネスコの世界無形文化遺産への登録を目指す旗振り役でもある写真左:海女と漁師の町相差(おおさつ)にある「相差海女文化資料館」では、海女の暮らしや海女漁などについての展示が。模型を使ったアワビ漁体験もできる(無料)。写真右上:資料館のすぐそばにある、海女が住んでいた古民家を改築して作られた「海女の家 五左家(ござや)」。土産物を買ったり、カフェとして利用できる。写真右下:海女や漁、木造船など海にかかわる約6万点民俗資料を展示する「海の博物館」。石原義剛館長は、ユネスコの世界無形文化遺産への登録を目指す旗振り役でもある

六本木に海女さん100人!? 海女としての誇りを取り戻したPRイベント

観光客とのふれあいや、海女が世界的にフィーチャーされたことで、海女自身の意識も変わってきたという。
「昔は、自分が海女だとか自分の母親が海女だということをあまり言いたがらない風潮があった」。当時の社会背景からすると、オフィスで働く女性が新しい生き方であり、伝統的な海女の仕事に自信を持てなくなった人が多かったのだろうと世古氏は推測する。
そうしたなか2013年に、東京・六本木ヒルズで開催された伊勢志摩のPRイベントが、大きなきっかけになったとも話す。
海女漁の魅力と文化をPRするため、白い磯着の海女装束のまま104人の海女が鳥羽から東京まで電車で向かう姿は、それはもう圧巻だっただろう。PR会場でも、都会の人が海女のスタイルや素潜り漁に興味を示したり、称賛の声を直接聞くことができたのは大きな収穫だったのではないだろうか。

2015年に行われた「海女サミット2015in鳥羽」でも、日本や韓国から海女150人が集まり、講演会とシンポジウムが行われた。2014年1月には海女文化が県の無形民俗文化財に指定。これは全国で初めてのこと。
また、鳥羽志摩地域の海女や行政関係者でつくる「海女振興協議会」は、海女漁の「世界農業遺産」認定を目指す方針を決めた。海女文化の衰退に歯止めをかけようと、ユネスコの「世界無形文化遺産」への登録とともに、文化と産業の両分野でのPRに乗り出す考えを発表した。

こうした動きが後押しとなり、海女がまたじわじわと注目を浴びつつあるのは間違いないようだ。さらに、昨年鳥羽市では海女見習いを全国から公募。海女の減少、人口の減少を食い止めるべく動き出した鳥羽の様子を、別の記事でお伝えしようと思う。

2013年に行われた東京六本木ヒルズでのPRイベント。伊勢志摩の海女ら100人が磯着で電車を乗り継ぎ東京まで出向いた姿は、当時テレビなどでも大きく報道されたそう2013年に行われた東京六本木ヒルズでのPRイベント。伊勢志摩の海女ら100人が磯着で電車を乗り継ぎ東京まで出向いた姿は、当時テレビなどでも大きく報道されたそう

2016年 07月04日 11時08分