広い敷地内にある東の蔵を再生

静岡県浜松市、旧東海道から一本中に入った静かな住宅地にある「つなぎの里」。日本の伝統文化である古民家を活用し、幅広い年代に知ってもらおうと始まったプロジェクトから生まれた場所で、母屋、離れ、東の蔵、西の蔵と4つの建物が立つ大きなお屋敷一帯を指す。
2019年5月にはプロジェクトの第1弾として、敷地内の東にある築190年の蔵を改築した「お菓子の森&蔵のカフェ」がオープンした。

代表は鈴木瑞江さん。古民家再生はそれにかかる時間やコスト面などでハードルが高く、放置され朽ちていくことも少なくないなか、「古民家に関してはまったくの素人」だった鈴木さんは、4年の歳月をかけて再生させた。その道のりについて伺った。

浜松市東区和田町にある「つなぎの里 お菓子の森&蔵のカフェ」。店舗面積は約30坪。<br>蔵の1階には菓子工房を備え、ケーキなどスイーツを製造販売している浜松市東区和田町にある「つなぎの里 お菓子の森&蔵のカフェ」。店舗面積は約30坪。
蔵の1階には菓子工房を備え、ケーキなどスイーツを製造販売している

鑑定士の資格をとって古民家再生協会に入会し本格始動!

人と人、古(いしにえ)と未来をつなぐ場でありたいと名付けられた「つなぎの里」は、鈴木さんのご主人の実家。10年ほど前に歴史的建造物調査を依頼した際、

『意匠・技術ともに優れた建築である。また住宅を取り囲む内庭、門、塀、蔵、その他の附属屋などが一体になった景観が当時の様相を偲ばせる点が高い価値を有するもの』
との評価が出たことから、
「本物の素材を集め思いを込めて建てられているということを感じ、貴重な建物だから残さなくては」と、ぼんやりとではあるものの再生を考え始めた鈴木さん一家。

最初は誰に何を相談したらいいのかもわからない状態だったが、古民家再生に関する本を探すうちにたどり着いた静岡県古民家再生協会での出会いが再生への一歩だったと振り返る。

鈴木さんは勉強を重ね、自ら古民家鑑定士1級の資格を取得し、ご主人の実家の再生を本格的にスタートさせた。

「協会に入会し、古民家について勉強したり見学させていただくにつれて感じたのは、手遅れになってしまう前に手を打たなくてはいけないということです。どうしたらいいかわからないまま放置したあげく、打つ手がなく朽ちていくという悲しい現場をいくつも見てきて、古から続いてきた営みを世代を超えてつないでいきたいという想いがいっそう強くなりました」


<写真左>再生工事の際、崩れかけた土壁を剥がした先に見えてきたトタンの壁。<br>「いつの時代かわかりませんが修復した際にトタンで覆われたみたいですね。これがあったおかげで内部の傷みは最小限に抑えられここまで保ってきたのだと思います」(鈴木さん)<br><写真右>トタンも剥がし、今回の再生工事で新たに壁をおこして蘇った東の壁<写真左>再生工事の際、崩れかけた土壁を剥がした先に見えてきたトタンの壁。
「いつの時代かわかりませんが修復した際にトタンで覆われたみたいですね。これがあったおかげで内部の傷みは最小限に抑えられここまで保ってきたのだと思います」(鈴木さん)
<写真右>トタンも剥がし、今回の再生工事で新たに壁をおこして蘇った東の壁

190年前の土蔵を再生しカフェとして活用する「つなぎの里」プロジェクトが始動

<写真上>蔵の面影をそのまま残すカフェの入り口にて。左がオーナーの鈴木さん、右はアイ・アンド・プラスの井下さん<br><写真下>2階の喫茶スペース。天井が高く広々とした空間が広がる<写真上>蔵の面影をそのまま残すカフェの入り口にて。左がオーナーの鈴木さん、右はアイ・アンド・プラスの井下さん
<写真下>2階の喫茶スペース。天井が高く広々とした空間が広がる

カフェとしての再生が現実味を帯びてきたのは、古民家再生協会が縁となって知り合ったマーケティングコンサルタントを行う株式会社アイ・アンド・プラスとの出合いがきっかけだったという。

同社代表取締役の井下郁夫さんは、
「はじめてこの蔵を見たとき、2階の天井の高さに惹かれました。思ったより躯体の傷みが少なかったこともあり、ここがカフェになったら間違いなくいいものになると直感しました」
と当時を振り返る。

浜松市西区の人気スポット「ぬくもりの森」内にある「お菓子の森&カフェ」を経営する同社と共同で「つなぎの里」プロジェクトを始動。姉妹店「お菓子の森&蔵のカフェ」としてオープンさせる方向性が決まった。

より多くの人にプロジェクトを知ってもらうため、2019年2月にはクラウドファンディングでの資金調達もスタート。集まった資金130万円は厨房設備に運用されることとなった。

伝統構法で約5ヶ月かけて改修工事が行われた

改修工事に取り掛かったのは2018年11月。できる限り当時の工法で再生させたいという鈴木さんの想いを汲み、伝統構法を軸に大工さん一人の手によってコツコツと再生は進んだ。
改修中に「天保3年」の文字が書かれた棟札が見つかり「改めて貴重な建物なんだなと実感し、失敗したら取り返しがつかないぞ、と気持ちが引き締まりましたね」と鈴木さん。

既存の土葺きの屋根瓦を葺き直し、老朽化が進んでいた東側の板壁を張り直し、はしごしかなかった場所へ新たに階段を設置するなど、約5ヶ月かけて改修工事が行われた。
新しく使う部材には、経年とともに強度が増す天然乾燥させた地元の天竜材を使用し、ボルトなどの金属はできる限り使わずに補修。経年変化で強度が増していく木材の特性を活かし、手刻みで加工した木材を組み合わせる工法が採用された。

①改修時に発見された棟札から天保3年の建物だと判明。棟札は2階のカフェスペースに展示してある<br>②古い骨組みと新しい部材とのコントラストも面白い。「新しい木材を塗装することもできますが、古と未来をつなぐという意味でもあえて塗装はせず、そのままの風合いを残すことにしました」(鈴木さん)<br>③改修工事に入る東の蔵。<br>伝統構法で建てられた木組みの建物は、傷んだ部分のみを入れ替えたり継いだりして補修することが可能だという<br>④古民家再生協会のメンバーも参加し、柱を磨いたり掃除をするなど再生に向けて尽力してきた(③④写真提供/つなぎの里)①改修時に発見された棟札から天保3年の建物だと判明。棟札は2階のカフェスペースに展示してある
②古い骨組みと新しい部材とのコントラストも面白い。「新しい木材を塗装することもできますが、古と未来をつなぐという意味でもあえて塗装はせず、そのままの風合いを残すことにしました」(鈴木さん)
③改修工事に入る東の蔵。
伝統構法で建てられた木組みの建物は、傷んだ部分のみを入れ替えたり継いだりして補修することが可能だという
④古民家再生協会のメンバーも参加し、柱を磨いたり掃除をするなど再生に向けて尽力してきた(③④写真提供/つなぎの里)

「素人の私でもできた」古民家再生や保存を考えるきっかけにしてほしい

カフェでは毎日パティシエがオリジナルのスイーツを作る。

「電気や水道、ガスもなかった古い蔵に、厨房を備えたカフェができるなんて夢のようです。娘さんがお父さんを連れてとか、おじいちゃんと孫とか、親子3代で来てくださる方が多くて、世代を超えて親しんでもらえるのは古民家の力なのだなと実感しています」
と鈴木さんは嬉しそうに話す。

「つなぎの里」のファーストステップとして東の蔵の再生が形になったことで、敷地内にある日本庭園を望む離れや西の蔵など他の場所にも「可能なところから少しずつ活用に向けて進めていきたい」と鈴木さんは話す。

「古民家について勉強してみてわかったことですが、この敷地内は木の1本1本、風向き、日当たりなど計算しつくされて造られているんです。ですから、1つ建物がなくなるとすべてのバランスが壊れて、敷地全体に影響が出てしまうんですね。すべてを再生させるには時間もお金もかかりますが、できる限り残して活用していける道を探していきたいと思っています

古民家の再生は簡単にはいかない面も多いですが、素人の私でもできたということを知って、ほかの所有者の方も、再生や保存について考えるきっかけになってくれたらと思います。老朽化する建物を見て悩むより、早めに相談することで貴重な建物を失うことなく活用でき、楽しみも見つけられるかもしれません」

蔵の前にはもともと植えられていた梅の古木をシンボルとしたスモールガーデンが造られ、人気園芸家による「バラの講習会」などのイベントが開催されることも。今後は地域の人たちに向けたワークショップの開催も考えているそう。

「日本の伝統文化である古民家を未来につなげるために、人が集まって楽しめる場所にしていきたい」と鈴木さん。
まだ始まったばかりの「つなぎの里」プロジェクト。どんな未来をつないでいくのか、展開を見守りたい。


【取材協力】
つなぎの里 お菓子の森&蔵のカフェ
https://okashinomori.net/kura/

梅の古木の下には100種類ほどの植物とハーブが植えられている。ハーブはカフェで提供されるスイーツやドリンクにも使われる。梅やバラなど季節の花を愛でながら過ごせる古民家カフェで、古の時を感じてみるのはいかがだろう梅の古木の下には100種類ほどの植物とハーブが植えられている。ハーブはカフェで提供されるスイーツやドリンクにも使われる。梅やバラなど季節の花を愛でながら過ごせる古民家カフェで、古の時を感じてみるのはいかがだろう

2019年 10月11日 11時05分