森林県・岐阜県の専門学校が東京で開いたガイダンス

日本は、国土の約7割が森林という森の国。森には空気中の二酸化炭素を吸収する、土砂災害を防止するといったさまざまな働きがあるなかで、家づくりの材料となるスギやヒノキなど木材を産出するという役割もある。木を育て、木材を生産する産業である林業は、HOME'S PRESSでもたびたびお伝えしてきているように、深刻な人手不足の問題や、安価な輸入木材におされて国産木材が利用されていないといった課題に直面している。そうした林業や木材について、今回は人材育成という視点からレポートしてみたいと思う。そこで取材に出向いたのは、岐阜県立森林文化アカデミー(以下、アカデミーと記述)の「森と木の仕事セミナー」。アカデミーの学校ガイダンスを兼ねたもので、地元岐阜のほか、名古屋、東京でも開催されている。今回は東京開催のセミナーを取材した。

アカデミーは全国有数の森林県である岐阜県の美濃市にあり、林業や環境教育、木造建築や木工など、森林空間や木材活用の専門家を育てることを目的とした2年制専門学校である。高校卒業以上の人を対象にした「森と木のエンジニア科」と、大学卒業者や社会人経験者を対象にした「森と木のクリエーター科(以下、クリエーター科と記述)」の2学科を設置している。今回取材したセミナーは後者、クリエーター科のガイダンスで、林業などへの転職を考える人たちを中心に定員いっぱいの約20名の参加者が集まった。

岐阜県美濃市にある岐阜県立森林文化アカデミー。岐阜県林業短期大学校を改組し、2001年に開校した。校舎の建物は、岐阜県でとれたスギなどを使用して建てられた木造建築物岐阜県美濃市にある岐阜県立森林文化アカデミー。岐阜県林業短期大学校を改組し、2001年に開校した。校舎の建物は、岐阜県でとれたスギなどを使用して建てられた木造建築物

後継者不足の林業。普及・指導に関わる人材が不足している

セミナー前半で解説する萩原裕作先生は、慶應義塾大学在学中から環境教育の道を志し、奥多摩(東京)でのインタープリター、オーストラリアでのエコツアーガイドなどを経験。2007年より岐阜県立森林文化アカデミーの教員を務める。子どもたちが森林とふれあいながら自由に遊べる「森のようちえん」や「プレーパーク」などの活動も行なうセミナー前半で解説する萩原裕作先生は、慶應義塾大学在学中から環境教育の道を志し、奥多摩(東京)でのインタープリター、オーストラリアでのエコツアーガイドなどを経験。2007年より岐阜県立森林文化アカデミーの教員を務める。子どもたちが森林とふれあいながら自由に遊べる「森のようちえん」や「プレーパーク」などの活動も行なう

セミナーは前半が森林利活用分野(林業、森林環境教育、木育)、後半は木材利用分野(木造建築、木工)という2部構成。各分野についてどんな仕事があり、どんな課題があるのか、さらには就業へのルートや就職・転職のためにどんなことを学ぶ必要があるのか、アカデミーの教員による解説が行なわれた。前半の森林利活用分野の解説を務めたのは、アカデミーで森林環境教育系の科目を担当する萩原裕作准教授。まずアカデミーの概要についての説明から始まった。学内施設に隣接して約33haの演習林があるので森を身近に感じながら学べる環境にあることや、クリエーター科では少人数によるゼミ形式の専門教育が行なわれていること、カリキュラムは大学院レベルの実践的な内容であることなどが語られた。

筆者が興味をもったのは、クリエーター科で学ぶ学生のプロフィールである。岐阜県など中部地方をはじめ、全国から学生が集まっているという。アカデミーで学ぶに至った理由は「建築業界で働いていたが、木造建築に特化して学んでみたい」「森や木に関わる仕事で起業をめざしたい」などさまざま。なかには「移住を考えているので、アカデミーで勉強しながら準備をしたい」といった、移住を視野に入れての志望動機もあるという。「当校に入学する前の経歴も多岐に渡っています。大学を卒業してそのまま入学してくる人もいれば、公務員やIT関係の仕事に就いていたという人もいます」と、萩原先生。森とITというと、真逆な世界のような気がするが、ITの技術は今、林業で求められているといい、IT関係のキャリアを持つ人が前職の経験を活かして就業しているケースは少なくないという。ITの技術が林業でどう取り入れられているのかは後述するとして、林業で今、最も求められている人材について、萩原先生はこう話す。
「木を植えて育てるという現場を担う人も足りていませんが、技術を体系的に伝えることができる指導者の人材も不足しています。林業は経験や勘が重要とされる仕事でもあるため、従来は親方が口伝えで教えるというようなやり方だったのでしょう。しかし、後継者の育成が急務になっている今は、旧来の方法ではなく、林業のノウハウを体系立てて教えたり、普及させるという伝える力をもつ人の確保が必要となっています」。

ITなど森林管理を効率化するための技術も必要とされる時代

(左)木造建築の講座では設計・施工を体験する。(右上)座学の授業はゼミ形式で行なわれる。(右下)環境教育の授業ではほぼ毎日、森へ出かける

(左)木造建築の講座では設計・施工を体験する。(右上)座学の授業はゼミ形式で行なわれる。(右下)環境教育の授業ではほぼ毎日、森へ出かける

さらには、森林経営に関わる仕事をする人材も足りないという。植栽から伐採までの森林施業の計画を立案したり、森林の状態を分析して改善策を提案できる人材、木材の販売や流通を企画・提案できる人材である。こうした人材が必要とされる背景には、林業で働く人が減って人手不足のために手入れが行き届かないという現状や、国産木材の価格低迷が挙げられる。林業を活性化させるには経営的な感覚を磨くことが重要で、そのなかで活用されているのがITの技術。木の本数や密度などの測量データを解析してデータベースを作成したり、GPS(全地球測位システム)やGIS(地理情報システム)を使って森林管理を効率化し、コスト削減などにつなげるといった取り組みが行なわれるようになっている。
「そうした現状に対し、当校のカリキュラムは森林の動物や植物、鳥獣害対策から造林の技術、GPSのデータ処理、経営学まで、広く学べる内容になっていますが、力を入れているのはさまざまな現場に対応できる力を養うことです。林業の現場といっても、地形や気象条件などそれぞれで異なっています。それを理解するために多くの林業家の現場を訪ね、経営理念も含めて学ぶという授業もあり、岐阜県外へも出かけています。いろいろな林業の現場や森林を見ることで、その地域にあった林業とはどういうものなのか、学んでもらうのです」と、萩原先生は説明する。

現場に対応できる力を養うことは、萩原先生が専門とする森林環境教育でもめざすところでもあると話す。森林環境教育とは、「離れてしまった森と人をつなぎ、森から始まる持続可能な暮らしや社会をもう一度つくるための技術や感性を養うためのもの」と言う。萩原先生はこの道に入って約20年。
「森林環境教育は、かつては自然を対象物としてとらえ、それを保護していくための思想を広めるというような印象が強かったと思います。それが今では森は人の暮らしの中でどう結びついているのか、森と人との関わりに重点を置くようになってきています。遠いアマゾンの熱帯雨林のことを考えるよりも、身近な森と自分とのつながりに気づき、行動することが大切。“他人事から自分事へ”“グローバルから地域へ”と、少しずつ変わってきている傾向があるし、そうあるべきだと感じています」。

森林環境教育を学んだ人の卒業後の働く場は地域の自然学校、ネイチャーセンター、自然環境を利用した幼児教育や子育て支援活動を行なう“森のようちえん”、NPO団体、行政職員など幅が広がっている。仕事の内容は自然解説員として森林の機能や素晴らしさを一般市民に伝えたり、エコツアーの企画・運営など。こうした、森林がもつポテンシャルを伝えることのできる人材が増えていくことは、森林をフィールドにする林業に対する理解者を増やすことにもつながり、林業の活性化にもつながっていくのだろうと、筆者も思う。

木造建築の実習授業を通し、地域とのつながりをもつ

「地域実践プロジェクト」で廣田先生が取り組んできた木育保育園についての紹介も
あった
「地域実践プロジェクト」で廣田先生が取り組んできた木育保育園についての紹介も あった

セミナー後半は木材利用分野(木造建築、木工)をテーマに、アカデミーで木造建築の講座を担当する廣田桂子准教授による解説で進められた。建築を学べる大学や専門学校は複数あるのだが、木造建築を専門的に学べる教育機関は少ないという。そんななかでアカデミーでは、「人がどんな建物を求めているのか、社会が何を求めているのか。それに応えられる木造建築物を作るための土台となる知識と技術を教えています」と、廣田先生は話す。木造建築の設計を軸に、構造や木材、居住性、環境性能といった実務で必要な知識と技術を習得するカリキュラムとなっている。

なかでも特徴的なのは地域に根付いた授業を行なっていることだろう。例えば、アカデミーには「自力建設プロジェクト」という授業がある。その名が示す通り、学生たちがチームを組んで設計・施工を手がけて1棟の木造建築物を建てるというもので、他分野で学ぶ在校生も助っ人として協力し、1年がかりで建設に取り組む。これまでにアカデミーの演習林内の休憩小屋や、自転車通学者が利用できる駐輪場などが建てられているが、いずれも地域の木材を利用したり、地域の工務店や職人の指導を受けながら完成させたものという。また、「地域実践プロジェクト」という授業もあり、担当教員とともに地域の既存住宅の改修や公共建築物の設計をする。ちなみにこの「地域実践プロジェクト」で廣田先生が手がけているのは、「木育保育園」。木育保育園の主旨について廣田先生はこう話す。
「林業の担い手不足のため、森には手入れのされない木が増えています。植林地で管理が行き届いているような森の場合は、それほどの問題ではないのですが、条件がすべてそろわない場合、大きくなりすぎたり、枝がついたままだったり、異形の木に育ってしまいます。これらは強度があったとしても、建物の構造材へ加工する方法に限りがあることから、商品価値が下がるのですが、森林の資源であることには違いありません。そうした木を使い、地域の保育園の設計をしました。地元の森の恵みを有効活用し、子どもたちに身近に木を感じてもらうという“木育”につなげることも意図しています」。

こうした実践的な授業を通し、学生たちは地域社会とつながりを築いていく。それもまた、地域貢献の形といえるだろう。

増え続ける空き家。中古住宅改修の人材養成にも力を入れている

セミナーで解説する廣田桂子先生。ニュー・サウス・ウェールズ大学建築学部(オーストラリア)を卒業し、日本の建築家集団「象設計集団」に所属。教育施設や庁舎など公共施設のプロジェクトを経験した後、同大学大学院で学ぶ。オーストラリアで医療施設・病院建築の研究所などで研究に従事。そこで建築資材の選定と環境建築の関係に目を向けたことから木材や木造建築という研究題材と出会ったという。2009年より、アカデミーの教員セミナーで解説する廣田桂子先生。ニュー・サウス・ウェールズ大学建築学部(オーストラリア)を卒業し、日本の建築家集団「象設計集団」に所属。教育施設や庁舎など公共施設のプロジェクトを経験した後、同大学大学院で学ぶ。オーストラリアで医療施設・病院建築の研究所などで研究に従事。そこで建築資材の選定と環境建築の関係に目を向けたことから木材や木造建築という研究題材と出会ったという。2009年より、アカデミーの教員

そして、木造建築を学び、仕事にしていくには大きな課題と向き合わなければならないと廣田先生は話す。その課題とは、日本全体の課題でもある少子高齢化社会にして人口減少社会に突入していること。「新築住宅の着工数の大きな伸びは期待できないでしょう。その一方で空き家が増え続けています。そうした中古物件でどう新しい活用提案を行ない、どう改修・改築するかが問われ、新築とは異なる設計・施工の専門的なノウハウが求められます」と廣田先生。アカデミーでは木造建築病理学という、木造建築の改修についての講義と実習からなる講座があり、中古住宅を扱える人材の養成に力を注いでいるという。

このほか、廣田先生からバイオマスや地熱など自然エネルギーを取り入れての設計、木材の取引を行なう原木市場の現況、木造の公共建築物が増える兆しにあること等々、木造建築を取り巻く現況と課題が語られたのだが、セミナー前半から後半終了まで、つぶさにメモをとり、熱心に耳を傾ける参加者たちの姿が印象的だった。林業に進みたいという人はもちろんだが、建築の仕事に就いていながらさらに木造建築を勉強してみたいと意欲的な人が多く、解説が終了したあとの質疑応答も活発なものとなった。質問が途切れず、いつしか萩原先生、廣田先生との意見交換の場へと変わっていく様子に接し、林業や木造建築を学ぶ意義とは、さまざまな課題をどう乗り超えていくのか、その基礎を学ぶことにあるだろうと感じた。

林業や木材に関わる仕事で働くために何を学ぶべきかを知る機会は多くはない。今回のセミナーは、そうしたフィールドで働いてみたいと思う人にとって貴重な場になったことは想像に難くない。こうした場はもっとあってもいいと思う。

☆取材協力
岐阜県立森林文化アカデミー
http://www.forest.ac.jp/

2016年 05月13日 11時06分