観光資源としての河川を切り口に、先進的な事例が語られた

「かわまちづくり」支援制度とは、国土交通省が2009年度に創設した取り組み。自治体や民間事業者などが、河川管理者(国、都道府県)などと連携して「かわまちづくり計画」を立案・申請し、それに対して国が支援をする制度だ。

スタートして9年が経過し、支援対象として国土交通省に登録された「かわまちづくり計画」は、全国で191ヵ所となっている(2018年3月時点)。そのなかから先進的な取り組み事例の紹介とともに、その経験や知識を共有し、今後の「かわまちづくり」を考えるという趣旨で開催されたのが「かわまちづくり全国会議」(国土交通省主催)である。
今回のテーマは、「観光資源としての『かわ』とその活かし方」。自治体や河川管理者、民間事業者などを対象に行なわれた。

今回は先進事例の紹介で登壇した3名のプレゼンテーションについて、レポートする。

2018年2月9日、東京の全電通労働会館ホールで開催された「かわまちづくり全国会議」。写真はこのイベントの締めくくりに行なわれたパネルディスカッションの様子。写真左端は、司会進行をつとめた多摩大学経営情報学部・中庭光彦教授。隣が国土交通省水管理・国土保全局河川環境課長の森川幹夫氏。映像を挟み、左から山形県長井市の内谷重治市長、静岡県島田市の染谷絹代市長、</BR>『月刊ソトコト』編集長の指出一正氏2018年2月9日、東京の全電通労働会館ホールで開催された「かわまちづくり全国会議」。写真はこのイベントの締めくくりに行なわれたパネルディスカッションの様子。写真左端は、司会進行をつとめた多摩大学経営情報学部・中庭光彦教授。隣が国土交通省水管理・国土保全局河川環境課長の森川幹夫氏。映像を挟み、左から山形県長井市の内谷重治市長、静岡県島田市の染谷絹代市長、
『月刊ソトコト』編集長の指出一正氏

フットパスを中心に、市街地と最上川をつなぐかわまちづくり

山形県長井市の内谷重治市長。「長井地区かわまちづくり」をテーマにプレゼンテーションを行なった山形県長井市の内谷重治市長。「長井地区かわまちづくり」をテーマにプレゼンテーションを行なった

最初に登壇したのは山形県長井市の内谷重治市長。長井市は山形県南部に位置し、面積は214.67km2(東京23区の約1/3)、人口約2万8000人。市内東部には最上川が流れる。

江戸時代には最上川の舟運を活かし、米沢藩の商業・流通拠点として栄えた。明治期以降は陸運へと時代が変わるなかで製糸・織物業のまちへと転換し、大正時代には郡是製糸(グンゼ)を誘致。その後、昭和初期の東京芝浦電気(東芝)の誘致を契機に、電子部品産業のまちとして発展し、今にいたる。主要産業は製造業だが、観光振興にも力を入れている。主な観光スポットは、江戸時代の面影を残す蔵など歴史的建造物や、長井あやめ公園など。

長井市の「かわまちづくり」の核となっているのは、最上川沿いに設けられた約8kmのフットパス(散策路)である。2004年から2005年にかけて、国土交通省の直轄事業として整備されたのが始まりだ。この事業では長井市ほか、地元の観光協会や商工会議所、まちづくりNPOなど民間事業者が協働。フットパス案内版の設置、散策イベントの企画、周辺の環境美化活動、市街地に残る水路沿いの道を歩道として整備するなど、官民連携でフットパスの利用促進に取り組んだ。

「長井市は東芝の企業城下町として、市内には多くの関連企業がありましたが、1990年代半ば以降、生産拠点を海外に移す動きが加速し、厳しい状況になりました。企業の撤退が相次ぎ、2000年代に入った頃には約2500人もの雇用が失われたのです。市民の意識が後ろ向きになった時期が続きましたが、フットパス整備をきっかけに新しい取り組みをやっていこうという機運が高まっていったように思います」

そんな経緯を経て、2009年度に国土交通省の「かわまちづくり」支援制度の対象として登録されたのが「長井地区かわまちづくり計画」だ。

「フットパスは、ジョギングや散歩のコースとして市民に親しまれるようになりました。しかし、市全体の観光客集客には結びつかず、中心市街地とかわをつなぐプラットフォームをつくる必要があると考えました」

その“プラットフォーム”となったのは、2017年4月に最上川沿いにオープンした「道の駅 川のみなと長井」だ。市の特選物や観光情報の紹介をする観光拠点となる施設だが、オープンに合わせて「やまがた長井観光局」という組織を結成。市内の観光・商工団体が一体となって結成した組織で、日本版DMO(観光地域づくり推進法人)として2016年3月に設立された。事務局を「道の駅 川のみなと長井」に置き、地域観光の活性化を目指して活動を行なっている。

2018年度は最上川の河川敷の整備を進めていくという。
「河川敷に新たな水辺空間をつくりたいと考えています。江戸時代の舟着き場跡を活かした史跡公園やせせらぎ水路、グラウンド、バーベキューや芋煮会を楽しめる広場の整備などを計画しています」

これまでの成果として、フットパス整備前には長井市内の最上川を訪れた人の数が年間2000人程度でしかなかったのが、今では約5万人まで増えたと話した。その数を10年後には年間約20万人まで増やしたいと、内谷市長は抱負を語った。

ギネス認定の世界一長い木造歩道橋「蓬莱橋」の周辺を整備

静岡県島田市の染谷絹代市長は、蓬莱橋周辺を対象にした「大井川宝来地区かわまちづくり」について話した静岡県島田市の染谷絹代市長は、蓬莱橋周辺を対象にした「大井川宝来地区かわまちづくり」について話した

続いて登壇したのは、静岡県島田市の染谷絹代市長。島田市は静岡県のほぼ中央に位置し、面積は315.70km2(県内で5番目)、人口約10万人。そんな島田市内の南北を貫くように流れ、駿河湾へと注ぐ河川が大井川である。

大井川左岸の島田は、江戸時代には東海道の宿場町としてにぎわい、明治期以降は大井川のいかだ流しによる木材の集散地となり、製材業や製紙業の発展の原動力となった。

現在、島田市には大井川にまつわる数々の観光資源がある。例えば、島田宿大井川川越遺跡。江戸時代の大井川は橋がなく、東海道の難所のひとつとされ、旅人たちは川越人足に頼んで川を渡らなければならなかった。その当時の川越人足の待機所だったところが今も残り、国の史跡に指定されている。また、日本三奇祭のひとつとして知られる帯まつり(島田大祭)は、しばしば氾濫する大井川から人々の暮らしを守り、安産の神様として親しまれてきた大井神社の祭りだ。

そんななかで島田市を代表する観光地が、1879年(明治12年)に大井川に架けられた蓬萊橋である。

染谷市長のプレゼンテーションでは、この蓬莱橋周辺エリアを対象にした「大井川宝来地区かわまちづくり」をテーマに語られた。

蓬莱橋は全長897.4m、通行幅2.4mの木造歩道橋で、橋を渡った対岸(大井川右岸)にはお茶の産地として知られる牧之原大茶園が広がる。この牧之原大茶園は明治初期に開拓された茶畑で、開拓者たちが共同出資をして農道として蓬萊橋を架けた。1997年には「世界一の長さを誇る木造歩道橋」としてギネス認定された。現在、日本でも希少な木造賃取橋(通行有料の橋)で、歩行者と自転車だけが通行できる。

「蓬莱橋には年間約15万人の観光客が訪れます。しかし、課題がありました。橋を往復するだけで30分以上かかりますが、橋のたもとには休憩したり、土産を買ってもらえるような施設がなく、観光客や市民からそのような施設が欲しいという熱い要望をいただいていたのです。そこで橋の周辺を整備し、大井川と蓬莱橋という観光資源に新たな価値をつくる必要があると考えました」

それまでも蓬莱橋は、大きな魅力のある観光資源ではあった。「蓬莱橋ぼんぼり祭り」などイベントの開催や、テレビ番組や映画のロケ地としての活用促進など、市民が中心になって展開されてきた。また、蓬莱橋周辺を含む大井川河川敷に設けられた多目的河川敷道路は「リバティ」の愛称で親しまれ、ここをメイン会場にして毎年開かれている「しまだ大井川マラソン」には全国から約1万人のランナーが集い、多数の市民ボランティアが大会を支えている。

このように市の内外から大勢の人が蓬莱橋周辺にやって来ていたのだが、蓬莱橋に留まらず、通過地点になっていたため、「観光で稼げる橋」になりきれずにいたという。

そんななか、国の規制緩和により河川敷を商業的にも利用できるようになった。そして、2016年5月に島田市と市民が連携し、島田市大井川ミズベリング協議会を設立。観光客らが蓬莱橋の周辺に留まり、飲食や買い物などを楽しんでもらえる「にぎわいの場」や、くつろげる水辺空間をつくろうと構想したのだった。橋周辺の整備に関わる検討を重ねて事業計画に着手し、2017年3月に国土交通省の「かわまちづくり」支援制度の対象として登録された。2017年度からの5ヵ年計画で、初年度に取り組んだのは、蓬莱橋たもとに休憩所兼物販販売所を新設すること。施設の概容についてはプレゼンテーションの場で披露されたが、この「かわまちづくり全国会議」の後、2018年3月20日にオープンを果たした。蓬莱橋の長さが「897・4m」であることにちなみ、「蓬莱橋897.4茶屋(やくなしちゃや)」と名付けられている。

「今後は大井川川越遺跡のあるエリアまで整備を進め、その後は右岸の牧之原茶園へと拡大していく計画です。かわまちづくりで、河川とまちなかとの人の回遊性を高め、さらなる地域活性へとつなげたいです」と、染谷市長は締めくくった。

観光以上、移住未満の「関係人口」を増やす

『月刊ソトコト』編集長の指出一正氏は「ローカルヒーローが主役のかわまちづくりの可能性」をテーマに話をした。ちなみに指出氏は小学生の頃から河川で釣りをするのが大好きで、今でも家族でかわ遊びを楽しんでいるという</BR>写真下)会場に映し出された映像は、福井県大野市の若手市民ユニット「ミズカラ」による「水をたべるレストラン(一夜限りのレストラン)」の様子『月刊ソトコト』編集長の指出一正氏は「ローカルヒーローが主役のかわまちづくりの可能性」をテーマに話をした。ちなみに指出氏は小学生の頃から河川で釣りをするのが大好きで、今でも家族でかわ遊びを楽しんでいるという
写真下)会場に映し出された映像は、福井県大野市の若手市民ユニット「ミズカラ」による「水をたべるレストラン(一夜限りのレストラン)」の様子

3番目に登壇したのは、ソーシャルマガジン『月刊ソトコト』編集長の指出一正氏。自治体と連携し、地域に関わる人材を育成するプロジェクトにも携わる。そうした立場から「まちから若者がいなくなっている今、観光に対して新しい価値観で捉え、そのうえでいかにして地域に関わってくれる人を増やしていくのか、考えてみる必要があります」と話す。
かわまちづくりにも通じる視点として、以下の4点を挙げた。

1点めは「関係人口」を増やすこと。
「行政では移住、定住対策に力を入れていますが、これからは観光以上、移住未満の『関係人口』を増やすことが重要です。そのまちを好きになり、何度も足を運んでくれるような人たちです」

指出氏がメイン講師をつとめる「しまコトアカデミー」(島根県)や、「奥大和アカデミー」(奈良県)などでは、参加者が現地でのインターンシップを通じてその地域の「関係人口」になるケースも多いという。

2点めは「関係案内所」をつくること。
「各地に観光案内所がありますが、観光情報はスマホで手に入ります。それよりも、そのまちに暮らす魅力的な人やコミュニティを紹介してくれるような『関係案内所』をつくるべきです」

事例として、滋賀県長浜市で地元住民が中心になってつくった「どんどん」を話した。米川沿いの2軒長屋をリノベーションしたシェアスペースで、地域の人やまちの魅力などの案内所であり、若者の交流の場にもなっているという。

3点めは「地域を編集できる人」を育てること。
「地域の魅力は発見して終わりではありません。掘り起こされた魅力をどう組み合わせてどのタイミングで発信するか、『地域を編集できる人』を地元で育てることが大切です」

事例として紹介したのは、福井県大野市の若手市民ユニットの「ミズカラ」の活動。大野市は周囲を山に囲まれ、九頭竜川の上流に位置する。湧水があふれ、水のまちとして知られる。そんな豊かな自然と水とを活かした食材を使い、「水をたべるレストラン」と称して2017年夏、古民家を会場に一夜限りのイベントを開催したところ、話題を集めた。このイベントは2018年も開催予定だそうだ。

4点めは「関わりしろ」があること。
「若い人が関わりたいと思うまちは、『関わりしろ』があるまち。『ここなら自分が関われる余地がありそうだ』と感じられるまちです。コミュニティなどが完成されていて、ツルツルピカピカのまちよりも、ほころびがあってザラザラしているまちのほうが興味をひく時代になっています。自治体の方は若者に向け、『課題はあるけれど、一緒にまちをよくしてくれる仲間がほしい』といった発信をすることが必要です。それが『関係人口』を増やし、まちのプレーヤーを増やすことにつながると思います」

ここまで先進事例のプレゼンをお伝えしたが、このイベントでは多摩大学経営情報学部の中庭光彦教授による基調講演や、パネルディスカッションも行われた。かわまちづくりの課題と成功の原則、持続可能な観光地運営など、幅広く知ることができた。

☆国土交通省「かわまちづくり支援制度」
http://www.mlit.go.jp/river/kankyo/main/kankyou/machizukuri/

2018年 04月13日 11時05分