地域の人たちから聞いたなにげない話をまとめた「出来事の地図」

現在のカサコ(上)の空間を創るために、冨永さん、伊藤さんは「出来事の地図」を描いた現在のカサコ(上)の空間を創るために、冨永さん、伊藤さんは「出来事の地図」を描いた

横浜市西区東ケ丘にある、「丘の町の寺子屋ハウス CASACO(以下、カサコ)」。2階は外国人留学生のホームステイに対応するシェアハウスで、1階は地域住民などさまざまな人に開かれている。築65年の2軒長屋を、7人の運営メンバーが中心になって改修プロジェクトを結成し、2016年4月にオープンした。運営メンバーのひとり、設計を担当した建築設計事務所「トミトアーキテクチャ」の冨永美保さんのインタビュー記事後編(※前編はこちら)をお届けする。

前回記事でもお伝えしたように、2015年秋にカサコの改修工事を始めるにあたり、トミトアーキテクチャ(冨永さんと、共同主宰する伊藤孝仁さん)は、地域住民から話を聞くことに力を注いだ。聞き取った話を絵コンテとして描き、東ケ丘を舞台にした「出来事の地図」としてまとめ上げた。

「設計に活用できる、活用できないに関係なく、見聞きしたことを全部描き出してみました。例えば近所の小学生の通学路の話であったり、決まった時間に同じルートで愛犬の散歩をしているといったお話も描き入れています。ひとつひとつはささやかな小話ですが、出来事を集積して整理すると、東ケ丘というまちを俯瞰できる何かが見えてくるような感覚があったのです。それぞれの出来事とカサコとがどう関係性を結べるのかを考えながら、設計案を練り上げていきました」と、冨永さんは言う。

こうした手法を用いた理由には、冨永さんも伊藤さんも観察、記録、調査といったプロセスを重要視していることもあるが、カサコでは通常の設計業務のような特定の建て主が存在しないため、「地域住民」という不特定多数の人たちを念頭に入れた設計をすることが必要だった。「いろいろな人が立ち寄れる場所にする」というコンセプトの具現化を目指し、「出来事の地図」をつくり、糸口を探っていったのだ。

さらに冨永さんは、こう打ち明けてくれた。

「大学院に在学中、東日本大震災で被災した石巻(宮城県)で復興プロジェクトに関わっていたんです。津波で家がなくなってしまった風景を目にしたときはショックでしたが、なにより、現地の人たちの被災体験談が鮮烈で、私の頭から消えませんでした。その後に大学の研究室で助手をしていたときも石巻のプロジェクトに携わり、現地で多くの被災者から話を聞きました。そこで聞いた話を、議事録にまとめて市役所に提出する作業も担当しましたが、数十人分のヒアリングですからぶ厚いレポートになったんです。でも、市役所に出した議事録はどうなるんだろうと…。家を失った被災者にとっては大きな出来事なのに、議事録を読む人はほとんどいないのでは、という苦しさを感じました。その土地で暮らしてきた人しか語れない生々しい話なので、何か創造的な形で残せないものか…。そんなふうに思ったことが東ケ丘の『出来事の地図』へとつながっていったのです」

地域の人に親しまれてきた石畳の道のピンコロ石を再利用

「出来事の地図」からどんなふうにカサコがリノベーションされていったのだろう。
例として冨永さんが話してくれたのが、1階の道路に面した軒下サロン。もとは6畳の和室だったところを減築して屋外化した。

「その道は小・中学生が通る通学路でもあるし、近所の人が愛犬を連れて散歩する道でもあります。また、地域の図書館へ行くのにも利用されています。そんな日常の出来事を結びつけ、通りがかりの人たちが気軽にカサコに立ち寄れるよう、軒下にサロン空間をつくりました。サロンに面した開口部は全面ガラス張りで引き戸にし、屋内の様子が見えるので、玄関から入るのは気おくれしても、ここからならアクセスしやすいと思ったのです」

この軒下サロンに敷かれた石畳は、近くの野毛坂にあった石畳のピンコロ石を再利用したものだが、単なるリサイクルではない。軒下へピンコロ石を敷き詰める作業は、カサコ運営チームと地域住民が一緒に力を合わせて行なった協働ワークなのだ。

「野毛坂は、東ケ丘のふもとにある野毛の繁華街から横浜市中央図書館の前を通り、野毛山動物園へと通じる坂道です。大正時代からの石畳の坂で、地域の人に親しまれてきたのですが、振動などの理由から石畳が撤去され、アスファルトの道に変わることになりました。それを聞きつけたカサコ運営チームが市の担当者に頼み込み、剥がされたピンコロ石を譲ってもらい、地域のみなさんの力を借りて軒下に敷き詰めようと思い立ったのです。まちの歴史を刻んできた石畳の風景だから、地域住民の手でカサコが受け継いでいくことが重要だと考えたのです。そこで運営チームが発行する『東ケ丘新聞』などで地域住民に協力を呼びかけたところ、作業当日には、子どもから高齢者まで80名を超す参加者が集まってくれました」

ちなみに横浜市から譲り受けたピンコロ石は2トントラック2台分、数にして約2000個。軒下に敷く前に、こびりついているモルタルをはがして整形する作業が必要だったが、カサコの運営メンバーたちが、近所の有志の人たちに手伝ってもらいながら、地道な手作業でやり遂げたという。

上左)かつての野毛坂は石畳の道だった</BR>上右)ピンコロ石の整形作業の様子</BR>下右)軒下にピンコロ石を敷き詰めていく作業には、多くの地域住民が参加してくれた</BR>下左)現在の軒下サロン。テーブルと椅子は地域の空き家から譲り受けたものを再利用上左)かつての野毛坂は石畳の道だった
上右)ピンコロ石の整形作業の様子
下右)軒下にピンコロ石を敷き詰めていく作業には、多くの地域住民が参加してくれた
下左)現在の軒下サロン。テーブルと椅子は地域の空き家から譲り受けたものを再利用

多くの人が集うホールを中心に、開放感のある空間に

内部の空間づくりでも力点を置いたのは、いろいろな人が集まりやすい場所にすること。2軒長屋だった建物の戸境にあった壁を取り払い、2住戸の階段はそのまま活用。2つの並列に並ぶ階段を中央にし、2階の床を抜いてゆったりとした吹き抜けのホール(広間)をつくった。そのホールの周りに和室、玄関、軒下サロン、キッチンなど水回りを配した。

「1階ではホール、和室、軒下サロンが、同時進行でそれぞれ別のイベントなどで使われることもあります。そんなときに顔見知りでない人たちと一緒になっても気まずさを感じることがないよう、開放感があって、それでいて同じ場所にいるという一体感が感じられるような空間を目指しました」

吹き抜けの既存の軸組に沿って、鉄骨フレームで構造補強をした。

1階は地域住民などの集まる公共的なスペースであるのに対し、2階は居室4室のシェアハウス。こうした異なる機能のスペースをひとつの建物の中でつくっていくのはたやすいことではなかったと思うのだが、どうだったのだろう?

「シェアハウスの住人同士の関係は、家族未満・知り合い以上という距離感だと思うんです。その距離感を地域住民に拡張するという取り組みを実践できる場所がカサコだと捉えているので、むしろ楽しい作業でした」

建具や家具などは、地域の空き家から出た不要な建具や家具などを譲ってもらって再利用した(経緯は前回記事でもふれている)。

上左)取材当日、1階ホールでは地域の日直が運営するカフェが開かれていた</BR>上右)奥には畳の和室がある。和室に置かれたソファやピアノなども地域の空き家からのリサイクル</BR>下右)階段が1階空間のアクセントに</BR>下左)日直の女性と談笑する冨永さん上左)取材当日、1階ホールでは地域の日直が運営するカフェが開かれていた
上右)奥には畳の和室がある。和室に置かれたソファやピアノなども地域の空き家からのリサイクル
下右)階段が1階空間のアクセントに
下左)日直の女性と談笑する冨永さん

2階に住む外国人と地域の人との異文化交流も

そうして地域の人とモノを結集し、オープンにこぎつけたカサコ。オープンからもうすぐ2年がたつ。

現在、1階はカサコ運営チームのほか、地域住民が日直制で運営に参加し、東ケ丘の交流の場として定着している。2階は外国人留学生が住み、カサコ運営チームの共同代表・加藤功甫さんが主宰するNPO法人(略称CoC:ココ)の事務所も置かれている。

この「ココ」が中心になって、外国人留学生と地域住民との交流も進められてきた。留学生やその友人らが母国の料理をつくって提供する「世界の朝ごはん」イベントや、「ココ」とつながりのある外国人がやってきてトークイベントなどが開催されている。留学生がカサコを出るときは、地域の人たちがお別れパーティを開くこともあるといい、カサコでは一歩踏み込んだ形での異文化交流ができているようだ。

そんなカサコに今も関わり続けている冨永さん。

カサコがオープンして2ヶ月後の2016年6月から、同じ敷地内のアパートの一室にトミトアーキテクチャの事務所を構えている。

「事務所のすぐ目の前がカサコです。私たちが設計した建物がどんなふうに使われているのかを間近で見ることができて、建築家として多くの発見があります。なにより、カサコの様子を眺めているのは楽しいんです。いろいろな人がやってきたり、催し物が開かれていたり…。建物が生きているなと実感しています」

上左)1階はイベント会場としても利用されている。軒下サロンで演奏会が開かれることも</BR>上右)「世界の朝ごはん」は毎月2回、日曜に開催</BR>下右)1階で開かれているのは、地域のお母さんチームが主催する交流イベント「バー・ババーズ」。冨永さん、伊藤さんも月1回、カサコで「スナックとみと」を開いて手作り料理をふるまい、地域住民との交流を楽しんでいるという</BR>下左)カサコ近くの「急坂」で毎年12月に開催のキャンドルナイトは、カサコ改修前から運営チームが主催している恒例イベント上左)1階はイベント会場としても利用されている。軒下サロンで演奏会が開かれることも
上右)「世界の朝ごはん」は毎月2回、日曜に開催
下右)1階で開かれているのは、地域のお母さんチームが主催する交流イベント「バー・ババーズ」。冨永さん、伊藤さんも月1回、カサコで「スナックとみと」を開いて手作り料理をふるまい、地域住民との交流を楽しんでいるという
下左)カサコ近くの「急坂」で毎年12月に開催のキャンドルナイトは、カサコ改修前から運営チームが主催している恒例イベント

運営に関わり続け、建物が生きていることを実感している

「建物が生きている」から、メンテナンスや大なり小なりのリフォームも必要になってくる。これまでも、2階に住む留学生からの要望でシャワーを増設するなどの対応をしているが、現在、力を入れて取り組んでいるのは断熱性向上。

「2階に開口部が多く、夏は涼しい一方で冬は暖まりにくく、断熱性の性能を上げたいというのはオープン当初からの課題でした。予算の問題があって手つかずでしたが、2階の家賃や、1階のスペース貸し出し料などで費用を捻出するメドがたち、断熱改修に着手できるようになりました」

こう笑顔で話す冨永さんにとって、カサコは建築家として初めての作品であり、「自分の子どものようにかわいい」という存在。語弊のある言い方になるかもしれないが、建築家としての報酬は度外視し、情熱を傾けてきた。それゆえにほかの仕事で多忙になるにつれ、カサコとの両立をどうするべきなのか、悩んだ時期もあった。

トミトアーキテクチャはこの東ケ丘で空き家を活用した店舗併用住宅の設計を手がけたり、東京・吉祥寺での移動式屋台の考案と実践など、斬新な空間を創り出している新進気鋭の建築ユニットなのである。

ほかの仕事との時間のやりくりなどに今も悩みながらも、「カサコのことはゆっくり進めていけばいいんだ」と思うようになったという。横浜国立大学建築学科(江口研究室)の学生が断熱改修や運営の手伝いにきてくれるようにもなり、関わる人が増えていることもカサコが成長している証だろう。

「企画段階からこうした居場所づくりに関われるのは、得難い経験です。カサコは建物を改修したから人が集まったのではありません。集う人が魅力的だったり、ここでしか体験できないイベントがあったり、いろいろな面白さがあるからです。この経験を通じ、完成したあとに建物がどういうふうに使われるのか、建築家として広い目をもって考えることは、とても重要だと感じています」

冨永さんは今、トミトアーキテクチャの相棒・伊藤さんとともに地方都市などでも交流の場づくりに取り組んでいるという。

カサコのこれからとともに、トミトアーキテクチャの次なる作品を期待したい。

<取材協力>
☆丘の町の寺子屋ハウスCASACO
http://casaco.jp/
☆トミトアーキテクチャ
http://tomito.jp/

カサコのすぐ近くに事務所を構える冨永さん</BR>カサコの活動がきっかけになり、地元の不動産会社ともつながりができたので、</BR>今後は東ケ丘周辺の空き家活用にも取り組んでいきたいと話すカサコのすぐ近くに事務所を構える冨永さん
カサコの活動がきっかけになり、地元の不動産会社ともつながりができたので、
今後は東ケ丘周辺の空き家活用にも取り組んでいきたいと話す

2018年 03月06日 11時07分