江戸時代も今も、丸子の名物はとろろ汁

江戸と関西を結ぶ大動脈東海道にはあちこちの宿場町に名物の美味いモノがあった。だが、それから変化の多い百数十年が過ぎ、江戸時代の雰囲気を残す宿場町は少なく、ましてや当時のままの味が残されているケースは数えるほどしかない。だが、一か所、間違いなく昔と変わらぬ味、姿が残されている場所がある。日本橋から数えて20番目の宿場町、丸子(まりこ。現在の静岡市駿河区)である。

その名物はとろろ汁。日本の山に自生する自然薯をすりおろし、卵、みそ汁などで伸ばして麦飯にかけたもので、丸子宿の先にある東海道有数の難所宇津ノ谷峠(うつのやとうげ)を越す旅人たちにスタミナがつくと珍重された。当時の人気作家十返舎一九のベストセラー「東海道中膝栗毛」、歌川広重の浮世絵「東海道五十三次」にも登場しており、丸子といえばとろろ汁というのは江戸時代からの定番なのである。

わけても有名なのが広重が描いた「丁子屋」。創業は慶長元年(1596年)というから、今から421年前。豊臣秀頼が元服した年で、まだ徳川幕府は開かれていない。そんな時代に創業した店が今も盛業というだけでも驚くべきことだが、加えて驚かされるのは店の佇まいが広重が描いたそのままなのである。

ただし、現在の茅葺民家自体は意外に新しく、1970年に現14代目の柴山広行氏の祖父が周囲の反対を押し切って、当時築350年だった民家を移築したもの。近代化が絶対とされた高度経済成長期にあえて古民家を移築するという英断が、ほとんど失われた宿場町丸子に唯一当時を偲ばせる風景を生んだのである。

浮世絵に描かれた風情を残す店は東海道中、丁子屋だけ。希少だ浮世絵に描かれた風情を残す店は東海道中、丁子屋だけ。希少だ

茅葺屋根葺き替えが難しい理由

裏手の、屋根が特に傷んでいる部分。表面の茅が薄くなっており、薄くなった部分に雨が漏らないように板を差し込んである裏手の、屋根が特に傷んでいる部分。表面の茅が薄くなっており、薄くなった部分に雨が漏らないように板を差し込んである

それから50年弱。茅葺屋根の傷みが激しくなってきている。移築後、すぐに竹が傷んだため、数年の間に一度葺き替えはしており、2007年には一部修繕はしたものの、前回の葺替えから約40年。本来は20年に1度葺き替えをするのが良いそうだが、茅葺職人の少ない現在、そう簡単にはいかない。だが、北側の屋根を見ると本来重なってるはずの上の茅が無くなり、下層がむき出しになっていたり、雨の後でもないのに湿っぽいままだったりという状況である。今、手を打たなければ手遅れになると柴山氏は決断。2017年7月からクラウドファンディングで資金を集め、2018年2~3月で葺き替えを行うという。

「かつては集落内で葺替えを助け合う仕組みがあったはずですが、途絶えて久しく、葺替えは全部職人さんに依頼するしかありません。また、昔は集落全体で茅場を所有、そこから刈った茅で葺いていたのでしょうが、今はこれもありません。そのため、一棟まるまる葺き替えようとすると1,000万円はかかってしまいます」。

クラウドファンディングを利用することにしたのは、多くの人に東海道の風景を残すことに関わってもらいたいという思いから。「広重の浮世絵には茶店の人、旅人のほかに自然薯を届けに来てくれた生産者、そして茶店の次代を継ぐ子どもの姿が描かれています。当時から多くの人が関わり、それが420年余もの間、この味、この風景を残すことに繋がったのだと思うと、未来に残すためにも多くの人に関わっていただき、歴史を自分のものとして感じていただきたいと思っています」。

東海道沿いのまちの中には宿場町同士で繋がり、地域を盛り上げたいという動きがある。丸子の頑張りがそうした活動を加速することになれば面白いと思う。

富士山の裾野、御殿場は茅の主産地のひとつ

そのクラウドファンディングの一助にと、9月、施工に携わる茅葺職人、棟梁が参加してのトークイベントが行われた。普段聞くことができない内容だけに、以下簡単にだが、ご紹介したい。まずは茅葺きについて。

現状、日本では茅葺職人は200人程度しかおらず、「茅葺き屋根が減る以上に職人が減っている」と富士山茅葺産業の峯正也氏。かくいう峯氏は5年前に会社員から転職。機械的で単調な会社勤めよりも、感謝されることが多く、自然素材相手の仕事が面白いとのこと。

さて、茅葺屋根だが、日本では縄文時代からの歴史がある。ただ、茅という植物はなく、使われているのはススキ。似たものに藁ぶき屋根があるが、藁にはススキと違い、油分が含まれていないため、5年ほどしか持たない。ススキの無い場所での代替品が藁だったということだろう。現在はヨシが使われているところもある。ススキの主産地は阿蘇と御殿場で、御殿場は富士山の裾野に広がる原野から上質な茅が取れる。 茅の質が良く、まとまった量を調達できるため、世界遺産の白川郷でも使われているほどである。

ススキの刈取りは御殿場に生業としている会社があり、冬になってススキが枯れたタイミングで刈取りを行う。枯れているのでそのまま葺けるという。 クラウドファンディングを始めた頃、ボランティアが茅を刈れば安くできるのでは?という質問があったそうだが、一般の人が刈ると不要な草が混じる上、結束の際に根元が揃っていないため、事業者が再度開封して確認するなどで余計に手間がかかるそうだ。

外から見るとほぼ同じように見える茅葺屋根だが、実際には地域によって葺き方、棟(屋根の最も高い部分)の作りなどに差がある。厚みは一般的な住宅で一尺五寸(約45cm)、大きな家の場合には屋根が薄く見えてバランスが悪くなるため、三尺(約90cm)ということも。特に設計図があるわけではないので、姿を作るのは職人の勘と腕。プレッシャーはありそうだが、きれいに葺けた時のことを想像するとクリエイティブで楽しそうだ。

左から柴山氏、杉山氏、峯氏。会場は茅葺屋根の下で、見上げれば見事な木組み。関心の高さを反映してか満員だった左から柴山氏、杉山氏、峯氏。会場は茅葺屋根の下で、見上げれば見事な木組み。関心の高さを反映してか満員だった

我が家の山の木で建てる、そんな文化があった

トークイベント後に参加者でとろろ汁を作り、堪能トークイベント後に参加者でとろろ汁を作り、堪能

丁子屋の建物を内側から見ると樹齢100~200年と思われる、数十cm以上の太い柱、梁が使われている。この地域には自分の山の木で自宅を建てるという文化があったため、使われている木はおそらく地元の木である。現在でもごくたまにそうした建て方をするケースがあると杉江建設の棟梁杉山睦雄氏。

「祖父が孫のためにと植えた檜50本を伐採して、明治時代に建てた離れの梁と併せて家を建てたいという依頼があり、伐採から関わりました。車が入らない山の中だったので、竹を切ったものを並べてその上に切った木を滑らせて道路近くまで人力で運搬。その後、レッカーで吊り上げて車で製材所に運びました。土曜日ごとに山に入って2ヶ月以上の作業でした」。

祖父が木を植えてから50年後。半世紀かけての家作りである。現在の住宅からすると時間も、手間も何十倍もかかっているが、その分、家に対する思いも深い。棟梁は、自分が関わったこの家の話を何度も繰り返し語っているそうだ。周囲の人達の感動ぶりも分かる。多くの人の記憶に残り、語り継がれる家というわけだ。

この地域にはまだ何軒か、自分の山から伐採した木で建てられた家が残されており、取材時にはそうした家を見学させて頂いた。だが、現在、そこに住む世代は「これからはもう、同じものは建てられない」と語る。昭和初期に可能だったことが、それから70~80年ほどの間に全く無理なことに変わる。社会、経済、住宅が大きく変わったのだと思うが、であれば、今ある、これからは建てられないものは大事にすべきではないだろうか。

とろろ汁以外の丸子の魅力は明治のトンネルに500年前の茶室……

最後に丸子全体について。現在、丸子を訪れる観光客は年に8,000~1万人。その多くがとろろ汁、特に丁子屋を目当てにしているというが、丸子周辺には他にも魅力のあるスポットがあると柴山氏。「丸子の泉ヶ谷地区には室町時代中期に、かの一休和尚の弟子だった連歌師柴屋軒宗長が閑居した吐月峰柴屋寺があり、当時と変わらぬ姿の庭園、茶室を見学できます。この地域では古い建物を生かし、趣きある街並みを再現しており、秋に開かれる丸子泉ヶ谷里山芸術祭では民家を見学することもできます」。

もうひとつ、ぜひ見学していただきたいのが宇津ノ谷峠だ。古くから歌枕として知られたこの峠には平安時代の古道「蔦の細道」から、江戸時代の東海道、明治37年(1904年)に修復・改修されたトンネル、大正時代から計画があった昭和第一トンネルに昭和、平成のトンネルと各時代の道が残されており、しかも、どれも通行可能。特に明治のトンネルはひんやりと幻想的で土木好きにはたまらない空間である。また、明治のトンネル近くからは細くくねった道沿いに家が建ち並ぶ、かつての街道を彷彿とさせる集落が見下ろせ、タイムスリップ感も味わえる。

今回、地元では老舗丁子屋がクラウドファンディングという最先端の方法にチャレンジしていることが話題になっているが、柴山氏は「これを機に丸子そのものにもっと関心を持ってもらえれば」と期待する。自分のためだけでなく、丸子のために。その思いが周囲に伝わるからこそ、丁子屋はこの土地で420年以上続いてきたのだろう。それが次の世代、さらに次へと続いていくこと、そのためにも今回の挑戦が成功することを祈りたい。

丁子屋
https://www.chojiya.info/

茅葺屋根の修繕クラウドファンディングページ
https://readyfor.jp/projects/tororotokaidochojiya

土木好き、歴史好き、庭好きなら間違いなく楽しい丸子周辺土木好き、歴史好き、庭好きなら間違いなく楽しい丸子周辺

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