ワンルーム化が進む東海道川崎宿の一画が舞台

いちょうととんぼがあしらわれた、ガラスを多用した店頭いちょうととんぼがあしらわれた、ガラスを多用した店頭

江戸時代の幹線道路東海道2番目の宿場町川崎は1623年に制定され、2023年に400周年を迎える。それに向け、少しずつ準備が進む川崎に2018年12月、クラフトビールの醸造所が誕生した。東海道BEER川崎宿工場である。多摩川を渡る六郷の渡しが無くなり、行き止まりの道となってしまったことで街道の面影を失い、ワンルームマンションが林立するまちへと変わってきた旧川崎宿の一画に往時の歴史を偲ばせる、新たな賑わいの場をという試みである。

舞台となったのは1894(明治27)年に創業した岩田屋が所有するビル。「岩田屋は父の代まではガラス・サッシ工事業者でした。ところがバブル崩壊でメーカーとゼネコンの直接取引が主流となり、問屋でやっていくには厳しい状況に。そこで私の代で建築設計・施工業に転じました。その経験から会社の事業のひとつとしてなんらかの形で製造元になりたいと思い続けてきました。最初はガラスを考えましたが、その後、5年くらい前からはビール醸造を考えてはいたものの、踏み出せない状態でした」(岩田屋代表取締役・岩澤克政氏)。

その岩澤氏の背中を押したのが現在、醸造所の運営に携わる田村寛之氏だ。3年前に行われた川崎市主催の遊休不動産の利活用を考えるという企画「リノベーションスクール」で岩田屋ビルと出会った田村氏は以降、「この場にふさわしいモノは何か」を岩澤氏と一緒に検討し続けてきた。そして、地域の歴史や文化から紡ぐストーリーを元にした店づくりをと考えた結果が偶然にも岩澤氏が漠然と思い描いていたのと同じビールだったのである。

芭蕉の句がきっかけで麦酒醸造に

左から田村氏、田上氏、岩澤氏。それぞれに自分が一番お勧めのビールを持っていただいた。どれがどれかは最後の写真を参考していただきたい左から田村氏、田上氏、岩澤氏。それぞれに自分が一番お勧めのビールを持っていただいた。どれがどれかは最後の写真を参考していただきたい

最終的にビールの醸造に辿り着いたのは、川崎宿の歴史の中に俳聖松尾芭蕉が関西への旅立ちにあたり、この地で門弟と別れる際に詠んだ句、「麦の穂をたよりにつかむ別れかな」があったためだ。賑わっていたと言われる川崎宿でも外れに来れば一面に麦畑が広がり、別れにもの寂しさを感じる場所だったのだろう。その風景に材を得てビールを作ることになったのだが、次の課題は醸造できる人を探すことだった。

だが、幸いなことに田村氏が運営する川崎経済新聞で地元のクラフトビール醸造所の記事を書く機会があり、そこで知り合ったのが現在醸造を担当している田上達史氏である。田上氏が自分が飲みたいビールを作るために川崎市幸区南加瀬に風上麦酒製造という醸造所を開いたのは2015年。スパイスやハーブを使ったオリジナリティのあるビールであっという間にビール好きの間では話題になったそうだが、2017年10月に交通事故に遭い、やむなく醸造所を閉めることに。田村氏が声をかけたのはちょうどそんなタイミング。

「最初はビール作りについて教えてもらえないかという相談をしていたのですが、そのうちに一緒にやってもらえないかという話に。他からも引き合いはあったそうですが、幸いにも醸造を担当してもらえることになり、建物オーナーの岩澤さんが酒造免許を取得、田上さんが醸造、私たちが店舗のオペレーション担当ということで営業することが決まりました」。

それが開業の1年半ほど前。そこから建物の改修や商品の開発その他、様々な作業がスタートした。

土地、場所の歴史を織り込んだインテリア

建物はかつてガラス倉庫だったビルの1階。天井高が3.6mほどもあり、扉を開いて入ると想像以上のスケールに驚かされる。店内は右3分の1ほどがガラスで仕切られた醸造スペースとなっており、スチールのタンクが並ぶ。照明の光を受けて輝くタンクは川崎のコンビナートの夜景のようでもあり、見た瞬間、工場萌えという言葉が浮かんだ。

店内はカウンターのみのシンプルなスタイルだが、面白いのは随所に川崎やこの場所をイメージさせる品を配した作りになっていること。店内左手の壁画はかつて歌川広重が書いた東海道五拾三次の浮世絵のうちの「川崎 六郷渡舟」を現代風にアレンジしたもの。浮世絵には渡し舟、松に民家、富士山が見えていたが、現代の壁画では橋に車、ビル群が並び、そのうちにはタワーも。10年ひと昔という感覚からすると400年は長すぎる時間である。

カウンターの照明は江戸切子。岩澤氏が大好きなガラス工芸家・大本研一郎氏に依頼したものである。「かつてガラスを扱っていたということから、店内にはガラスを多用しています。照明もダメもとで依頼に行ったところ、快く作って頂けました」。

入口のガラス引き戸にあしらわれている模様はいちょうととんぼ。いちょうはこの地の氏神様である稲毛神社の境内にある大いちょうに由来するもので、川崎区のシンボルツリーでもある。とんぼは古くから前にしか進まないことから勝虫と言われる吉祥模様のひとつ。もちろん、商売繁盛を祈ったもので、田上氏のデザインだ。

一般的な川崎のイメージとは一味違う、すっきり清潔な印象の店内。タンクの輝きが美しい一般的な川崎のイメージとは一味違う、すっきり清潔な印象の店内。タンクの輝きが美しい

地元産の食材を多用、地元と繋がる店舗に

六郷の渡しの現在を描いた壁画とビールを注ぐ田村氏。クラフトビールの場合、泡をできるだけ立てないようにするものなのだとか六郷の渡しの現在を描いた壁画とビールを注ぐ田村氏。クラフトビールの場合、泡をできるだけ立てないようにするものなのだとか

店内の設えだけではなく、提供する品にも地元との繋がりを重視する姿勢がある。ビールは毎週水曜日に仕込むそうだが、翌日には麦芽のかすが出る。その半分は川崎市内の「トカイナカヴィレッジ 松本傳左衛門農園」に運ばれ、畑の肥料として使われるそうで、それを使って作られた野菜が店内で「自家製ピクルス」として供されている。ちなみに残りの半分は明大馬術部に運ばれ、馬の餌となっているそうだが、麦芽を与え始めて以来、馬の毛並みが良くなったと好評なのだとか。

また、「薄紅の口実」と名付けられたビールには蜂蜜が使われているのだが、この蜂蜜は神奈川県立川崎高校養蜂部の生徒たちが採取したもの。岩澤氏が江戸切子同様、ダメもとで依頼に行き、分けてもらえるようになったという。「一杯650円のビールや商品にどれだけ地元にまつわる物語を盛り込めるか、それを考えながらモノを作っています」という田村氏の言葉が実践されているのである。

12月という寒い時期のオープンにも関わらず、客足は順調に伸びている。遠方から田上氏のビールを飲みたいと集まる人に加え、地元の人たち、特にこの地域に居住する単身者、単身赴任者が集まってきているのである。仕事を終えた帰路、家に帰る前に1杯と立ち寄る人が多く、20~22時半くらいがもっとも賑わうのだとか。それは逆にこれまでこの辺りにはそうした、気軽に立ち寄れる場が無かったということでもある。

川崎宿400年に向けて市は15年前から準備を進めてきたそうだが、地元がそれを認識しだしたのは最近。2013年に東海道かわさき宿交流館ができて以降、人通りは増えたものの、立寄る場所はなく、市の長期に渡るプロモーションもまちを変えるには至っていない。

ここにしかないビールを起爆剤に川崎宿に賑わいを

「交流館利用者は予定の倍以上と順調で、特に土日は散策している人の姿を見かけることが増えました。ですが、せっかく人の流れが生まれてきているのに周辺には10年ほど前から増えたビル1階の空き家などがそのまま。作りの問題もありますが、もっと賑わいに繋げられないかと考えています」とは生まれた時からこの地を知る岩澤氏。

岩澤氏が子どもの頃にあった店舗の大半はすでになく、多くはビル、マンションに建替えられた。しかも、そこには空き家が複数ある。せっかく、東海道BEER川崎宿工場に人が集まり始めているのである。これをなんとかして周囲に波及させ、地元の人たちはもちろん、外からも人を呼べるようなまちにしていきたい。川崎宿の賑わいを取り戻す取組みの今後はこの店のビールにかかっているのである。

最後にちょっとだけビールの紹介を。現在、提供されているのは4種類。「麦の出会い」は芭蕉の句をポジティブに変換したネーミングの、最もオーソドックスで飲みやすい白ビール。クラフトビールは飲んだことがないという人ならこれから始めるのが無難だろう。川崎宿制定の年にちなんだ「1623」は大量のホップを使ったIPA(India Pale Ale)。香りと苦みは強いものの、日本人には比較的慣れた味ではないかと思う。

個性的な味が好きなら「黒の弛緩」。沈静効果のあるスパイス、クローブが使われており、スパイシー。世界にひとつしかない味わいだという。すっきり、多少スィートな味が好きなら「薄紅の口実」。苺と蜂蜜が使われており、薄い紅色が美しい。個人的にはパンチと苦みの効いた黒の弛緩が好みだが、アルコール度数は7度と他より高め。飲み過ぎに注意しつつ、川崎の歴史をつまみに、飲み比べに挑戦してみてはどうだろう。

この土地の歴史や文化、現在にちなんだ4種類のクラフトビールこの土地の歴史や文化、現在にちなんだ4種類のクラフトビール

2019年 04月22日 11時05分