古くなっても選ばれる、築年不詳の空間

建物は古くなると価値が落ちるという考え方がある。だが、世の中にはそんな「常識」とは別に選ばれ続けている物件がある。そのひとつが福岡市中央区にあるシェアハウス「一宇邨」(いちうそん)だ。元々は建築家・中村享一氏の自邸として1994年に建設されたもので、中村氏が長崎へ拠点を移したことから2011年以降シェアハウスとして運営されている。

建物としては2019年時点で築25年になるが、アルミニウムを配した外観、楕円形のリビングを中心にした開放的な室内その他、どこを取っても古さを感じる部分はなく、いつの時代のものと言われれても納得する築年不詳な雰囲気がある。もちろん、細かく言いだせば玄関ドア木部や床のたわみなど、時間の経過を感じることはあるのだが、今どきの言い方でいえば「それが何か?」。そんなことはさほど問題ではないと思わせる、快適で気持ちのよい空間なのである。どうすればこんな空間、選ばれる住宅が造れるのか。

中村氏によると、そもそもこの住宅は居心地のよさを追求する、実験住宅として建てられた。だが、タイミングとしては必ずしもベストではなかった。

「手がけていた大型プロジェクトが市長の交替で頓挫、お金がない状態でこの住宅を建てていました。入居した時には玄関とトイレの扉しかなく、個室のドアの代わりには布を吊るしていました。キッチンは足元の扉がなく、仮設のような状況。インテリアは重要ではあるものの、それよりも建物の骨となる部分が大事と考え、外壁、トップライト屋根のアルミニウムなどには惜しまず費用を使いましたが。家族からは、室内のブロック壁やビス止めされただけの合板の間仕切り壁、床などに『なんで仕上げんと?』と聞かれたほどです」

昼間は照明が要らないほど明るいリビング。実は夜も外からの光で廊下などは照明不要とか昼間は照明が要らないほど明るいリビング。実は夜も外からの光で廊下などは照明不要とか

目には見えない環境にお金をかけた快適住宅

新居というのに工事中のような室内を見たご家族の気持ちもよく分かる。中村氏が限られた予算をつぎ込んだのは目に見えないものばかりだったのである。たとえば温熱環境。当時としてはまだまだ珍しく、おそらくとても高価であっただろう複層ガラスが使われているが、ぱっと見ただけではその快適さは分かりにくい。木炭を混入した調湿機能を持ったコンクリート、熱を上部に逃がすように設計された遮熱性の高いアルミ製の外壁、天井に仕込まれた温水利用の輻射暖房その他、建物内外には様々な見えない工夫が凝らされており、築年数を経た今も快適な暮らしを続けさせてくれるのである。

2月の取材だというのに寒さを感じない快適さに加え、住戸中央に大きな吹き抜けのあるおおらかで余裕を感じさせる空間もこの家の魅力。住戸1階中央にある楕円形のリビングは吹き抜けになっており、2階にはその吹き抜けを囲むように廊下。そして各室へと繋がる。住む人たちの中央にリビングがあると言えばいいだろうか。共用のリビングを持つシェアハウスは少なくないが、それがすべての個室のど真ん中という配置は珍しいように思う。

「シェアハウスにするつもりで造ったわけではありませんが、家族だけでなく、それ以外の関係の人たちでも住める家にしようという考えはありました。また、これまでの集合住宅が部屋だけを貸すものになっており、養鶏場のような効率だけを考えた空間になっていることへの疑問もありました。そこで転居にあたり、この家をシェアハウスにしようと考えたときには、建物自体の実験に加え、広い共用空間を利用し、住み方の実験もしてみようと思いました。そして現在、管理を依頼しているスペースRデザインの吉原勝己氏に相談を持ちかけました」

中村氏がイメージしたのはかつての長屋だ。「大学や会社の寮などと違い、日本の長屋には様々な階層の人が住んでおり、そこにご隠居さんという全体のまとめ役であり、ご意見番という役割の人がいるのが他の住まいにない点。ここでは私自身がご隠居役となり、村長としてコミュニティをつくっていこうと考えました」

吹き抜けの回りに廊下、それに沿って個室が用意されている。下は間取り図。各室も広く取られていることが分かる吹き抜けの回りに廊下、それに沿って個室が用意されている。下は間取り図。各室も広く取られていることが分かる

多様な人が暮らす長屋をイメージ、村長が入居者を面接

村長の役割はコミュニティを壊す人を入れないようにすること。そのため、シェアハウスが軌道に乗るまでの4年間は入居前には村長との面接を課し、入居後半年間はお試し期間と位置づけた。数人規模の小さなコミュニティである、互いに相性が良くなければうまくいかないからだ。当初半年間の家賃は高めに設定、お試し期間終了後にもう一度村長と面接、そこで住み続けてもいい、住み続けてもらいたいと互いの意向が一致した場合には正式に住民として認め、賃料も1割ダウンするという仕組みにした。

面接、お試し期間ともに高いハードルのように思えるが、過去8年間でお試し期間終了時点で退去したのは1人だけ。しかも、自ら合わないことを感じて出ていったという。一見面倒に思えるハードルがあるだけで、コミュニティの質は保たれるものなのかもしれない(現在はコミュニケーションがうまくいっているため、入居時1回だけの面接となっている)。

一方で明文化されたルールはない。前出の吉原氏は「ルールを決めないことをルールにしようと言われ、びっくりしたことを覚えています」。

一般にシェアハウスなど家族以外の人が集まって住む住宅では禁止事項や共用部の掃除等の分担等細かく決めたほうがうまくいくと言われるが、中村氏は「トラブルが起き、それに対処することでコミュニケーションは深まる」と言う。リビングにノートがあり、誰が何をやったかをメモするなど、日々の雑務はなんとなく分担されているものの、それは自発的にやることであり、決められたからやるというものではない。

こうした自発的な雰囲気、暗黙のルールはシェアハウスとなって数年間、村長に加え、スペースRデザインの社員が副村長として入居していたことが大きいと中村氏。「村長権限、村長の責任でこれはこうすると決めたことを副村長が記憶し、次に何かあった時に前例を例示。その作業が積み重ねられていくうちに文章ではなく、文化としてのルール、ここ独自の価値観が生まれ、入居者が変わっても引き継がれていくようになったのです」

ゆったりと広い空間はどこも居心地が良く、取材というのについつい長居をしてしまったゆったりと広い空間はどこも居心地が良く、取材というのについつい長居をしてしまった

問題はハードから、ソフトから解決

しばしば開かれる入居者間の交流を深めるイベント。旧住民が参加することもしばしばしばしば開かれる入居者間の交流を深めるイベント。旧住民が参加することもしばしば

もうひとつ、話を聞いて「なるほど!」と思ったのは入居者間のトラブルのうち、施設で解決できることは施設で対処してきたという点。入浴時間が重なり、利用できないという不満が出た時にはシャワールームを増やした。使いたい時に洗濯機が空いていないという声には2台目の洗濯機を用意したというのだが、これが可能だったのは建築家で所有者である中村氏が建物の使い方を自分でコントロールできたことに加え、そもそも、可変性のある建物だったという点が大きい。床や壁がビスで固定されているのは変更時に表層部を剥がし、設備の更新を容易に行うための工法なのである。

細かく用途を決めて作りこまれた建物で、使い方への不満が出た時にはルールというソフトで対処するしかないが、建物に可変性があればハードが問題そのものを解消してくれることもある。ハードとソフトの融合とはこういうことを言うのだろう。

建物の魅力に加え、自発的に動く人たちが集まるコミュニティがあるとなれば人気が出るのは当然。一宇邨には建築や都市計画などに関心のある人を中心に日本のみならず、世界から人が集まっており、退去した後も遊びに来る人がいるなど話を聞くだけでも実に楽しそう。スペースRデザインの一宇邨のページで報告されている通り、折々にはイベントなども開かれている。

しかも、日常が楽しいだけではない。入居者間で知識やノウハウ、人的なネットワークを紹介しあい、共有することで仕事も広がっているのだ。「まちづくりをしている人ならここに入居、他の入居者と話をするだけで仕事の3分の1くらいが終わってしまうかもしれませんね」というコミュニティがあるとしたら、家賃が高くても住んでみたいと思うはず。コミュニティの価値が評価されているのである。

建築家は未来を見ることを訓練された職業人

中村氏はこの建物で2004年に第5回JIA 環境建築賞受賞している中村氏はこの建物で2004年に第5回JIA 環境建築賞受賞している

シェアハウスとなって8年間。選ばれてきた一宇邨だが、それに甘んずることなく、今後のあり方が模索されている。「以前は部屋が空いていたら、退去した入居者を泊めることがあったのですが、今は民泊とみなされかねないため、やめています。ただ、短期間の滞在や週に1回だけの利用など、シェアハウスという枠組み外の利用も刺激になるのではないかと。今後は常時同じ場所で暮らすのではなく、移動しながら暮らす人も出てくるはずで、そうした社会、暮らし方の変化にどう対応していくか、今後の課題ですね」

建物として、住み方として実験が続く一宇邨だが、それが建築家本来の仕事だと中村氏。一般には建築デザインだけが建築家の職能と思われがちだが、本来、建築家とは未来を見る、描くことを訓練された職業人なのだという。50年持つ建物を造るためには50年先を見ていなくてはいけないのである。時間が経ってこそ評価されるものを作ろうと考えると思想は欠かせないし、テクノロジーとその進化をも取り込む必要がある。住宅であれば未来の暮らし方を考えたハードとソフトを同時に考える必要ということだろう。中村氏が大好きな建築家としてレオナルド・ダ・ヴィンチを挙げたことを考えると、本来の建築とは私たちが普段思っているものとはだいぶ違う、長期的な視点と大きな世界観を兼ね備えたものなのである。

ちなみに個人的に興味を引かれたのは当初の計画にあった緑化環境、簡単に言うと壁面・屋上緑化が今は行われていないという点。なぜ?と聞いたところ、植物の力で引き違いサッシが動かない、アルミ外壁の裏に侵入する等で機能不全になったためだそうで、自然は人間が考えているほど優しくはなかったとか。実験にはたまに失敗もある。そんな人間味もこの物件の魅力なのだろうと思った。

2019年 05月04日 11時00分