重厚な銀行の本店ビルから宇宙をテーマにしたポップなカフェまで、生きた建築を見て回るイケフェス

大阪市都市整備局の事業だったイケフェスは今年から民間の事業に大阪市都市整備局の事業だったイケフェスは今年から民間の事業に

生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪2016、その頭文字をとった略称がイケフェス。
2013年に「生きた建築ミュージアム事業」が始まり、「イケフェス」という名称で建築公開イベントをするようになってから今年で3回目となる。大阪市内に点在する生きた建築を見て回って楽しむ参加型の催しだ。
ここで言う「生きた建築」というのは、「大阪の歴史や文化、市民の暮らしぶりといった都市の営みの証であり、さまざまな形で変化・発展しながら、今も生き生きとその魅力を物語る建築」を指す。
国の保護を受けて保存し、新しい改築はできない文化財とか、建築物の博物館に展示されている過去の名建築ではない。優れた建築でありながら、今も大阪で「活用されている」建築というのがキモだ。

平成25年度から大阪市都市整備局で「生きた建築ミュージアム事業」が始まった。橋爪紳也座長をはじめ8人から成る有識者会議が設置され、生きた建築という新しい概念を打ち出した。
生きた建築には3つの特徴がある。
まず、建築の時代を、近代の始めから現代まで、幅広くとらえる。

次に、著名な建築や著名な建築家の作品だけでなく、無名の建築も、喫茶店やキャバレー、レストランのインテリアも、大阪という都市をつくっている建築空間を対象とする。

第3に、改修や増築によって創建時の姿と変わったり、途中で用途が変更されたとしても、現代に役立つ建築として活用されている。

昨年までは市の事業だったが、今年からは民間の事業として再スタート。昨年はおよそ3万人を動員した大規模なイベントだ(今年の動員数は現在集計中)。

見学方法は多彩。若い女性に人気のイベントとして成長

今年度は、11月5日、6日の2日間、70もの建築が市民に公開された。日頃公開されていない部分の展示、オーナーや案内人の説明を聞くガイドツアー、要申込・自由見学・当日先着順と見学の仕方はいろいろで、参加費は全て無料。
公式ガイドブックを見ながら、歩いたり、自転車で回ったり、みな思い思いに楽しむ。  
午前中の早い時間には、仲のよさそうな中高齢の夫婦が目立ったが、午後になると若い女性が増える。スマートフォンやデジタルカメラをぶら下げ、楽しそうに撮影したり、建築内部を観察している。

イケフェス前夜の11月4日、イケフェスの一環として特別公開された「大阪市中央公会堂」にも出向いた。
誰もが「これぞ大阪」と思う国指定重要文化財の名建築は、ライトアップで浮かび上がり、普段はなかなか見学できない館内へ続々と人が入っていく。
1161人を収容する大集会室、中集会室、小集会室の3つの部屋に加え、天井画が美しい特別室も自由に閲覧できた。
大阪市の市章である「澪標(みおつくし)」をデフォルメしたステンドグラス、創建当時の資料をもとに復元されたシャンデリアやタペストリー、大きなアーチを描く天井など見所が多い。
3階の特別室は、漆喰塗りの天井に直接キャンバスを張り、イザナギ・イザナミの二神が国づくりを始める「天地開闢(てんちかいびゃく)」がテーマの荘厳な油彩画が描かれている。上を仰いで息を飲んだ。

夜の大阪に浮かび上がる大阪市中央公会堂が特別公開された夜の大阪に浮かび上がる大阪市中央公会堂が特別公開された

築46年の喫茶店のデザインを現代の若者が再発見・再評価

11月5日、イケフェス第1日目は秋晴れの土曜日となった。まずは梅田から堂島、中之島の界隈を歩いて回ることに。
早起きをして、大阪駅前第1ビルへ。お目当ては、地下1階の喫茶店「マヅラ」だ。
大阪万博が行われた1970年にオープン。2年かけて増床し、約100坪の広い店だ。
台湾から大阪へ渡って商社に勤めていた劉盛森さんがマヅラを開店し、90歳代となった今も現役で働く。「大きな声で客を呼び込む名物マスター」として知る人ぞ知る存在。今朝は、娘の劉由紀さんが店を切り盛りしていた。
「あら、イケフェスでいらしたの?あなたが今日の第1号ですよ。店内の撮影も自由にどうぞ」

この店のコンセプトはズバリ「宇宙」。黒く凸凹した天井は、クレーターのようであり、ガラスや鏡がキラキラと反射している。小ぶりなテーブルセットや70年代ポップなインテリア、モダンな照明など不思議な空間に迷い込んだ感じ。70年の大阪万博を知る者には、長い行列ができた未来志向のパビリオンを彷彿とさせる。
コーヒー1杯250円。卵サンドをつけたモーニングセットを頼んだら350円。ビジネス街のど真ん中でありながら、この格安なコーヒーが魅力で、長年、ビジネスマンに愛されてきた。
近年、このポップなデザインが再発見・再評価される形で、若者の利用が増えている。この日も、カメラをぶらさげた男子学生が4人、小さなテーブルを囲んで、コーヒーを飲んでいた。
喫茶店もまた、脈々と現代に生き続けている建築なのだ。

大阪万博が開催された1970年に開店した「マヅラ」。当時の人が描いた未来を味わえる感じ大阪万博が開催された1970年に開店した「マヅラ」。当時の人が描いた未来を味わえる感じ

中之島に密集する重厚で威圧感のある建築

次は、四ツ橋筋沿いに南下し、肥後橋から淀屋橋にかけて集中する重厚な建築群へGO。
ダイビル本館(旧称大阪ビルヂング)は1925年に、渡邊節建築事務所が設計して建設され、2013年に建て替える時には、旧ビルの意匠や材料の一部を再利用した。
デコラティブな装飾の中央玄関には、旧ビルの彫刻を取りはずして据え付け、エントランスホールでは床タイルを再利用、天井のレリーフは旧ビルのものを型取りして再現…というように。外壁に用いられていたレンガ18万個を手作業でとりはずして外壁材の一部として再利用したというから驚く。
歴史を新たに刻み直したこの建築のガイドツアーには長蛇の列ができ、先着20人ずつ4回に分かれて、館内を見てまわった。

淀屋橋方面に歩いていくと、四ツ橋筋の交差点に、大同生命保険の大阪本社ビルがそびえ立つ。
NHKの連続テレビ小説「あさが来た」で有名になった加島屋が発展した会社だ。
さらに東へ行くと、三井住友銀行大阪本店ビル。第1期1926年に北側半分、第2期1930年に南側半分が建設され、この地で90年近い歴史を刻んできた、“住友村”の中心的建築だ。外装は、兵庫県産の黄竜山石(きたつやまい)とイタリア製の大理石を混ぜた擬石で、とても威圧感がある。
中に入ると、壮大な吹き抜け空間に、大理石のコリント式円柱が31本立った現役の営業室。ここは眺めるだけだが、玄関脇の共用応接ロビーは見学できる。アメリカ製の3635枚のガラスで構成されたステンドグラスの天井の華麗なこと。現在は自然光でなく、LED照明を使っていることが現代ならではの智恵だ。

2013年に建て替えられたダイビル本館(上左)には元の建物の彫刻やタイル、レンガなどが再利用された(上右)。三井住友銀行大阪本店ビル(下左)や大同生命保険大阪本社ビル(下右)は威風堂々と立つ2013年に建て替えられたダイビル本館(上左)には元の建物の彫刻やタイル、レンガなどが再利用された(上右)。三井住友銀行大阪本店ビル(下左)や大同生命保険大阪本社ビル(下右)は威風堂々と立つ

個人邸宅、商家として脈々と生き続けてきた建築も

生きた建築には、個人邸宅もある。
その代表作と言えるのが、御堂筋と平野町通りの交差点を西へ入ったところにある「北野家住宅」。1928年に建てられ、第2次世界大戦で奇跡的に焼け残った木造3階建ての町家で、もともとは青物商を営む商家だ。
「この写真をみてください。周囲は焦土と化し、ここだけがぽつんと焼け残ってるでしょ?『うだつ』(防火用の袖壁)が役立ったと聞いています」と、案内人が古い写真を見せながら説明してくれる。
オーナー一家は、もうここに住んでいないが、丁寧に手入れしており、茶の間や仏間が1階に残り、今もここで暮らしているかのようだ。かつて使っていた古いそろばん、阪神・淡路大震災の時に立て付けが悪くなった建具、どれも生きた建築の中に息づいている。

北野家住宅が「和」の住まいとすれば、「和洋折衷」の住まいが「江戸堀コダマビル」。1935年に建築した地上3階、一部4階、地下1階の鉄筋コンクリートの近代建築だ。12歳で丁稚奉公に出た児玉竹次郎さんが後に綿布商として大成。第2次世界大戦の空襲で店は消失したが、耐火構造のこの本宅は、裏が江戸堀川だったこともあって戦火を逃れた。
日本で多くの西洋建築づくりに携わったアメリカ人の建築家、ウィリアム・メレル・ヴォーリスの作品を手がけた岡本工務店が施工にかかわり、スパニッシュ様式の影響がみられる一方で、青海波(せいがいは:半円形を三重に重ね、波のように反復させた古来の文様)など日本建築のモチーフも見られ、いわば和洋折衷のユニークなデザインだ。
竹次郎さんの孫、児玉竹之助さんがビルの管理を担うようになってから、積極的な活用が始まり、今ではギャラリー、演奏ができるレッスンホールが館内に入り、3階には「大正・昭和の家庭用品展示室」をオープン。ひと昔の前の生活が手に取るようにわかる。

建築を見るのは楽しい。にわか「建築女子」の一人としてそう思う。だが、1日にそんなにたくさんの建築を見て回れない。クタクタになって帰路につき、明日、もう一度、歩いてみることにした。


取材協力/生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪2016
http://ikenchiku.jp/

和洋折衷のデザインが美しい江戸堀コダマビル(左)と、第二次世界大戦の戦火の下を生き延びた北野家住宅(右)和洋折衷のデザインが美しい江戸堀コダマビル(左)と、第二次世界大戦の戦火の下を生き延びた北野家住宅(右)

2016年 12月07日 11時08分