意外に新しい墓の歴史

人が亡くなれば墓石を建てて納骨をする習慣は決して古いものではない人が亡くなれば墓石を建てて納骨をする習慣は決して古いものではない

京都の清水寺近くに「鳥辺野(とりべの)」という地名がある。都の中心からはずれた立地で、墓地の多い場所だが、地名にも少し怖い由来がある。
この地は昔、鳥葬の地で、人が亡くなるとその死体が捨てられる野原だった。それをついばもうと鳥たちが集まったから、「鳥辺野」と呼ばれたのだという。
都から鳥辺野へ至る途中の六道珍皇寺は、古来あの世への入口だと考えられてきた。境内にある井戸は冥界につながっており、平安時代の公家・小野篁(おののたかむら)は、ここから地獄に通い、閻魔大王の補佐をしていたとの伝説が残っている。
京都では、鳥辺野のほかにも化野(あだしの)や蓮台野(れんだいの)が鳥葬の地だったとして知られているが、多くの人々が住んだ土地の周囲には、必ずそうした場所があった。一般に、「青」がつく地名は死体を捨てる場所だった可能性が高いといわれている。死体には生気がなく、青白く見えたからだそうだ。

江戸時代の随筆や怪談を読めば、この頃でも町はずれに死体が転がっているのもままあることだったとわかる。たとえば、『宿直草』に収められた「女は天性肝ふときこと」という短編には、夜、恋人に会おうと出かけた女性が、川の上に転がっていた死体を、「橋にちょうどよい」と踏みつけて通ったというエピソードが登場する。この時代の人々にとって、死体は決して珍しいものではなかったようだ。
つまり、人が亡くなればお墓に入れるのが「常識」となったのは、さほど古いことではないのだ。また、ほとんどの宗教で墓については何も定めておらず、本来仏教においても、きちんと埋葬して墓を建てなければ成仏できないという思想はない。お釈迦さまの故郷であるインドでは、死体はガンジス川に流していたからだ。

貴族の墳墓である古墳

しかし、古くから高貴な人物の死体は人目のつかないところに安置すべきだという思想があり、陵墓や古墳は九州から東北地方南部まで、数多くの古墳が分布している。円墳や方墳、前方後円墳、変わったところでは牽牛子塚古墳などの八角墳や、櫛山古墳などの双方中円(円形の両端に正方形がついた形)墳など、様式もさまざまだ。
天皇陵の周囲にその后や家臣が葬られた「陪塚(ばいちょう)」が築かれていることもあり、古い時代には殉死の風習もあったと考えられている。日本書紀や古事記によれば、生き埋めにされた人々の声を聞いて心を痛めた垂仁天皇(紀元前1世紀の天皇)が、野見宿禰(のみのすくね)という家臣に相談した結果、埴輪が誕生したと伝えられている。

古い時代は一つの墳墓に一つの死体が基本だったため、竪穴式の石室が多い。やがて時代が下って、横穴式の石室が増えたのは、土地や労働力の不足で簡単には墳墓を築けなくなったためだと言われている。貴人が亡くなれば丁重に葬らないわけにはいかないが、新しい墳墓を作る余裕がないので、すでにあるものに入れるしかない。竪穴式だといちいち掘り返さなくてはいけないが、横穴式ならば、穴を通って玄室(棺の安置場所)に運び込むだけで済むのだ。
飛鳥の高松塚古墳やキトラ古墳のように、石室に美しい彩色画が施された玄室もあり、贅を尽くされたものも多かったようだ。

奈良県にある高松塚古墳奈良県にある高松塚古墳

墓石の伝来と埋葬方法の変化

貴族などの支配階級が墓石を取り入れた時代は古く、仏教伝来と同時だと考えられている。当時は現代のような立方体の墓石ではなく、五輪塔や宝塔などだったようだ。
江戸時代には檀家制度の確立により、墓石を建てる庶民も現れたが、決して一般的だったとは言えない。

埋葬方法も、仏教とともに火葬が伝来している。しかし人を焼くには大型の火葬場が必要だし、神道では死体を焼くものとは考えていなかったから、ほとんどの庶民が土葬されていたと考えられる。さらに明治に入ると、仏教的な習慣が否定されるようになり、明治6年に火葬禁止令が発布されたが、衛生面の問題や、土葬のスペース不足から、2年後の明治8年には解除されている。
葬送の歴史には紆余曲折があったのだ。

墓石の種類、建立するには?

海外の墓石。近年は日本国内でもさまざまなデザインの墓石が建てられている海外の墓石。近年は日本国内でもさまざまなデザインの墓石が建てられている

現代では、人が亡くなれば墓地に納骨し、墓石を建てるのが一般的だろう。
石の種類は花崗岩(御影石)のほか、安山岩や凝灰岩などがあり、デザインも縦に長い和型、横に広い洋型、故人の個性に合わせたデザイン型などがある。
墓石建立までの流れは、地域や宗教によって様々だが、多くの場合はまず墓地を決め、石材店を選んでデザインなどを決定、その後注文となる。墓石が据え付けられたら納骨だが、この際、宗教によってさまざまな儀式が行われる。仏教であれば納骨法要などが行われるし、神道なら祝詞が奏上されるといった具合だ。
しかし、前述したように、仏教でも神道でも墓に関する教義はないので、法要の仕方には地域差がある。墓石を建てる場合は、石材店に相談すると良いだろう。
また、少子化が進んだ現代でも、先祖代々の遺骨を納める場合を考えれば、長い付き合いができる石材店を選びたい。お店としての歴史が長い石材店が安心だ。

現代のお墓問題

お墓は建てれば終わりではない。むしろ、代々供養することこそが重要だろう。読者の多くも、お盆やお彼岸になれば、一族のお墓に詣でる習慣を持っているのではなかろうか。しかし、少子化が進んだ結果、跡継ぎがおらず供養してくれる人がいないと悩む家族も少なくなくなった。また、生まれた村で一生を終えた時代とは違い、現代では転勤や移住の機会が増えている。跡継ぎがお墓に通いづらくなる可能性も考えられるだろう。お墓を建てても誰も管理をしてくれず、荒れ果ててしまっては仕方がない。
そこで登場したのが、永代供養墓だ。寺院の納骨堂に遺骨を納め、管理してもらうもので、これならば寺院が存続する限り、供養してもらえるわけだ。
古来、行き倒れや身寄りのない人が亡くなった場合、お寺などに納骨するシステムは存在したが、このような供養のされ方は、寂しいと感じられる風潮があった。しかし近年は、子孫の手を煩わせずに済むと、生前から進んで永代供養を申し込む人も増えているようだ。

人はいつか死ぬものだ。少し早いかもしれないが、死後の墓や供養をどうするか考え、心の準備をしておくのも悪くないかもしれない。

2016年 05月21日 11時00分