梅田から徒歩10分、大阪大空襲を免れた貴重なエリア「中崎町・豊崎」

懐かしい雰囲気が漂う、大阪北区中崎町の風景懐かしい雰囲気が漂う、大阪北区中崎町の風景

大阪梅田…関西でいわゆる「キタ」と呼ばれるエリアの中心地で、西日本最大の繁華街である。近年再開発が進み、高層ビルの建設、百貨店の新設や増床が進むエリアだ。
この梅田から徒歩10分ほどの場所に、中崎町・豊崎というリノベーションエリアがあることをご存知だろうか。

中崎町・豊崎エリアは、第二次世界大戦中の大阪大空襲によって周辺が焼け野原となった中で、戦災を免れた貴重なエリア。歩いていると、長屋や古民家が残る独特のたたずまいで、路地まではみ出て干された洗濯物や軒先に置かれた鉢植えなど、昭和時代にタイムスリップしたような懐かしさを感じる。

長屋と古民家の町、中崎町が抱えていた問題

中崎町リノベーションの先駆け「Salon de AManTo天人」店内中崎町リノベーションの先駆け「Salon de AManTo天人」店内

梁が貫通していること、壁を共有して四軒前後の住まいが連なっているという長屋の特徴的な構造のため、一戸ごとの建替えが難しい。このことが、奇跡的に中崎町の町並みが大きく変わらなかった要因のひとつだろう。ただ、残っている長屋や古民家の住人は高齢者が多く、空き家も増えていた。

中崎町リノベーションが大きく動いたのは2001年。中崎町リノベーションカフェの先駆けとして今なお人気の「Salon de AManTo天人(サロン・ド・アマント)」がオープン。このカフェの仕掛け人でパフォーマーのJUNさんは、築130年の古民家再生の過程を公開する「空き家再生パフォーマンス」で、延べ1100人のボランティアを集めて話題をさらった。

そこから古民家や長屋をリノベーションして、カフェや雑貨店、サロンやギャラリーを始める人が増え、「おしゃれなカフェや雑貨店のある町」というイメージが定着。現在、土日ともなれば町に遊びにくる若者で賑わっている。

中崎町リノベーション、成功の理由

長屋・古民家リノベーションの雑貨店と住居が混在している中崎町長屋・古民家リノベーションの雑貨店と住居が混在している中崎町

全国の歴史ある長屋や古民家、町家が惜しまれながらも次々と新築の建物に建て替わるなか、中崎町リノベーションが成功した理由は何か。
ひとつには、店舗だけの町にならなかったことが挙げられる。

中崎町は半径200メートルほどの狭いエリアに雑貨店やカフェが密集しているが、その店舗の合間を縫うように民家が存在している。カフェ看板の隣に洗濯物が干してあったり、カフェの常連が住民だったりと、店と町の住人がうまく共存している。店舗だけの町には、夜間の人出が少なく防犯上の不安があるなどの問題があるが、中崎町には商業の他に「人々の暮らし」があった。

もう1点、成功の理由を挙げるなら、昭和の名残がある中崎町の雰囲気が好きな人が自主的に行ったリノベーションが続いたことだろう。話を聞いた店主らは、元からいる住人や築100年を超える建物を尊重しながら、自分たちのやりたいことを実現していた。

住人と大学が一体になって進めた、豊崎の長屋リノベーション

中崎町から大通りを挟んですぐ隣の豊崎では、中崎町とは違うアプローチで長屋リノベーションが行われていた。

仕掛けたのは大阪市立大学の都市研究プラザ。戦災を免れた豊崎エリアの長屋だが、再開発の波にのまれマンションに建て替わることが多かった。そんな中、現在「豊崎プラザ」として保存・活用がされている長屋群は、長屋の所有者の意思により大阪市立大学との連携で有効活用され、国の登録有形文化財に指定された。

豊崎長屋を借りている住人に話を聞いた。「伝統的な長屋が好きで暮らしています。室内は現代風にしていますが、木造住宅なので室内にも木材をたくさん使ってリノベーションしました。木の香りに包まれた暮らしは居心地がいいです。目の前の道が舗装されていないのもいいですね。砂利道って、最近お目にかかれないですが、コンクリートの照り返しがなくて夏は涼しいんですよ」

とはいえ、豊崎長屋の周辺は高層マンションが林立する住宅街。近代化の過程で、長屋がマンションへ建て替わったのは必然だとも思う。ただ、100年前の市民の日常生活を色濃く残した長屋を取り壊すのは、あまりにも惜しい。長屋と高層ビルが共存する、中崎町・豊崎エリアならではの町づくりが進むことを願う。

「豊崎長屋が有形文化財に指定されたので、取り壊しの危機が無くなったな、とほっとしています」
とは、先の長屋住人談。

国の登録有形文化財に指定された豊崎長屋国の登録有形文化財に指定された豊崎長屋

2014年 04月07日 09時45分