再開発が進む“うめきた”近く、木造住宅密集地域に位置する中津商店街

JR大阪駅の北側は、かつて広大な貨物駅に占められていたが、近年再開発が進み、大きく変貌しつつある。2013年に先行開発の「グランフロント大阪」がオープン、現在は2期開発が進行中だ。
その2期開発エリア“うめきた”の北端付近に、阪急電鉄の中津駅がある。ターミナル梅田の隣駅、歩いても10分ほどしかかからない。けれども、梅田の雑踏もここまでは届かず、付近には静かな住宅街が広がっている。わけても、駅からワンブロック北側の一帯は、昔ながらの木造長屋がひしめく密集地だ。

この木造住宅密集地域の真ん中を貫くようにして、「中津商店街」はある。入り口に看板があり、道の上にアーケードが掛かっているから、そこが「商店街」と分かるが、通りに面して並ぶのは、閉められたままのシャッターばかり。大阪の都心でも、地方都市と事情は変わらないのだろうか。

建築家・香川貴範さんと岸上純子さんの事務所兼自宅「SPACESPACE HOUSE」は、この中津商店街の中ほどにある。シャッターが並ぶ薄暗い路地にあって、約7m続く大きなガラス窓は、そこだけひときわ明るく、商店街を照らす照明のようだ。
「この窓は、中から外を見る窓ではなく、外を通る人から“見られるための窓”」だと香川さんは言う。暗い方から明るい方が丸見えになる道理で、路地から事務所内は素通しのようによく見え、前を通ると空間が開けるように感じられる。

「SPACESPACE HOUSE」外観。改修によって外観をがらりと変えているものの、軒や窓の水平ラインは左右の長屋に揃え、商店街の連続性を保っている。窓の外にベンチや駐輪スタンドを設けた(撮影:鳥村鋼一)「SPACESPACE HOUSE」外観。改修によって外観をがらりと変えているものの、軒や窓の水平ラインは左右の長屋に揃え、商店街の連続性を保っている。窓の外にベンチや駐輪スタンドを設けた(撮影:鳥村鋼一)

築105年の4軒長屋の2軒分をリノベ。構造体の腐朽で工事費は予算の3倍に

改修前の様子(写真提供:SPACESPACE)改修前の様子(写真提供:SPACESPACE)

香川さんと岸上さんは、2015年夏にこの建物を購入した。不動産サイトでたまたま見付けた物件で、概要に「商店会費」という項目があったことから、興味を惹かれて問い合わせたそうだ。岸上さんにとって、中津商店街は大学生の頃から見知った場所。「昔は賑やかだったけれど、今は寂れていることも知っていました。そこに私たちが拠点を置くことで、少しでも盛り上げられたら、と思ったんです」と岸上さん。

建物は大正2年に建てられた4軒長屋で、築105年に及ぶ。ふたりが購入したのはうち2軒分で、以前は近くに住む年配の兄弟が1階でそれぞれ果物屋と乾物屋を営み、2階は2軒つないで住居にしていた。しかし、住居は住まれなくなって長く、店もすでに畳まれて、屋内は物で溢れていたそうだ。

予算にも見合うという理由で買ったものの、いざ解体を始めてみると、構造材の傷みは予想以上だった。柱の足元がぼろぼろで、床まで届いていなかったり、過去に改築を繰り返したためか、梁の向きがバラバラだったり。解体の最中から仮支えを入れないと、建物が崩れ始めてしまいそうだったという。しかも長屋の一部なので、隣家とつながる梁を入れ替えるわけにもいかない。
「結局、古い梁や柱を残してはいるものの、実際に建物を支えているのは新しくつくり直した構造体なんです。改修工事費は予定の3倍以上に膨れ上がりました」(岸上さん)

商店街から“見られるための窓”を開き、まちとつながる仕掛けをつくる

ふたりが調べたところによれば、中津商店街が形成されたのは終戦後すぐのこと。アーケードは昭和24(1949)年頃につくられたらしい。その後四半世紀は活況が続き、平成に入る頃までは、ほぼすべての店が営業していたが、ここ15年ほどの間に閉店が相次いだという。54軒ある店舗のうち、今も営業を続けるのはわずか十数軒。「SPACESPACE HOUSE」の工事に入った頃は、商店会も消滅していた。

梅田に近い好立地にもかかわらず、商店の新陳代謝が進まないのは、シャッターを閉めた店の階上に、今も人が住んでいるからだ。寂れているように見えて、実は空き家は多くない。土地と建物の持ち主が別々、という店舗も多く、賃貸も売買も難しいようだ。

香川さんと岸上さんが、事務所に「見られるための窓」を開いた理由のひとつには、率先してシャッターを開いて見せることで、ほかの家もシャッターを開けてほしい、という願いが込められている。
窓から通りに窓下台を張り出し、道行く人が休憩できるベンチや、駐輪スタンドを設けた。この台は室内側にも続き、ショーウィンドウのようにフライヤーや雑誌を並べている。中ほどにはオープンな棚を設けて自分たちが設計した建物の模型をディスプレイした。いずれも、商店街と事務所をつなぐ仕掛けだ。
こうした、建築に付属する、家具とは異なる“仕掛け”のことを、ふたりは「ガジェット」と呼んでいる。

(左上)土間とデスクスペースに挟まれた、多目的スペース。柱には動線に沿ってコート掛けや鏡が取り付けられている。床はタイルや木材、色見本などがはめ込まれた「標本床」(右上)商店街に面した窓には「緞帳」と呼ぶえんじ色のカーテン。夜は徐々に閉めていく。閉め切っても、窓下台のディスプレイは表から見えるようになっている(右中)商店街を向いた「時計塔」(撮影:鳥村鋼一)(右下)階段状の「客席型靴箱」に座って壁に写した映像を見る(下中)土間側からデスクスペースを見る。天井右端に天窓、左端にライトダクトがある(下左)ライトダクトを見上げたところ。空の景色の移ろいも見える</br>
(左上以外写真提供:SPACESPACE)(左上)土間とデスクスペースに挟まれた、多目的スペース。柱には動線に沿ってコート掛けや鏡が取り付けられている。床はタイルや木材、色見本などがはめ込まれた「標本床」(右上)商店街に面した窓には「緞帳」と呼ぶえんじ色のカーテン。夜は徐々に閉めていく。閉め切っても、窓下台のディスプレイは表から見えるようになっている(右中)商店街を向いた「時計塔」(撮影:鳥村鋼一)(右下)階段状の「客席型靴箱」に座って壁に写した映像を見る(下中)土間側からデスクスペースを見る。天井右端に天窓、左端にライトダクトがある(下左)ライトダクトを見上げたところ。空の景色の移ろいも見える
(左上以外写真提供:SPACESPACE)

1階には目にも楽しいガジェット、2階住居は空間を有効活用するガジェット

商店街からよく見える事務所空間には、窓の奥にも楽しい「ガジェット」がいくつも仕掛けられている。新旧の柱が林立する中で、一本だけ白く塗られた柱は、商店街の方に向いた「時計塔」だ。前を通りかかる人に時を知らせる。

入り口からデスクに至るまでの多目的スペースの床は「標本床」と呼ばれ、60センチ角の目地が切ってあり、タイルや木材のサンプル、色見本などがはめ込まれている。今は窓寄りの一部だけだが、現状は床板が入っている部分も、徐々に「標本」に入れ替えていく計画。事務所の活動記録を刻んでいく床でもある。

標本床の土間側に置かれた階段状の造作物は、「客席型靴箱」。土間側からは靴箱で、室内側からは「客席」として使う。白い鉄板を貼った壁がホワイトボード代わりで、ここに映像を映してプレゼンしたり映画を楽しんだりする仕掛けだ。「いずれ、対面にもうひとつ客席型収納をつくろうかと思ってます。そうすると中央は“アリーナ”ですね」と香川さんは笑う。

土間からデスクスペースに向かって並ぶ柱は、動線に沿って身なりを整えるガジェットだ。入り口の柱に靴べらが掛けてあり、次の柱にコート掛け、その裏に帽子掛けがあり、次の柱には樹脂製の鏡が貼ってある。既存の柱の粗隠しに板を貼り、樹脂鏡を10センチ刻みに巻き付けたものだ。「簡易な身長計にもなるんですよ」と岸上さん。鏡柱の次の柱には、荷物置きを取り付けた。

デスクスペースの両端には、それぞれ上空から自然光を採り入れる仕掛けがある。奥は2階バルコニーに開く天窓、窓側は2階を貫通して屋根の上から光を導き入れる、煙突状の「ライトダクト」だ。ダクトの上に南向きの天窓があり、ここから射し込む光がダクト内に貼られたステンレスパネルに反射しながらデスクの上に届く。
「アーケードの掛かった商店街は日が差さないのが難点。ライトダクトを設けることは最初から考えていました」(岸上さん)

2階住居は事務所よりやや狭く、面積は約54m2。限られたスペースを家族3人で気持ちよく使うために工夫を凝らした。収納と水回りは南北の壁にまとめ、中央を広く使う。隣家と壁一枚で接した長屋なので、この収納と水回りは遮音策でもある。

柱には棚を渡し、本や雑貨類を並べた。大きな脚立は出しっ放しで、天井に近い棚もこれがあれば使いやすいし、タオル掛けにも使える。古い柱に残るほぞ穴や欠き込みには棚やフックを差し込み、子どものかばんや上着を掛ける。梁下にはハンガーレールを付けて、エアプランツのディスプレイや室内物干しに活用している。

(左)2階住居。柱や梁を収納に活用し、置きっ放しの脚立で高いところにある物を出し入れする(撮影:鳥村鋼一)(右上)カーテンの上にある、白い房の下がった丸い板は「神棚」。神社でいただいたお札を祀っている(右下2点)「脱衣室は一時的にしか使わない場所だから、常時スペースを割くのはもったいない」と岸上さん。浴室と洗面台の前にドアとカーテンレールを設け、必要なときだけ目隠しできるようにした(写真提供:SPACESPACE)
(左)2階住居。柱や梁を収納に活用し、置きっ放しの脚立で高いところにある物を出し入れする(撮影:鳥村鋼一)(右上)カーテンの上にある、白い房の下がった丸い板は「神棚」。神社でいただいたお札を祀っている(右下2点)「脱衣室は一時的にしか使わない場所だから、常時スペースを割くのはもったいない」と岸上さん。浴室と洗面台の前にドアとカーテンレールを設け、必要なときだけ目隠しできるようにした(写真提供:SPACESPACE)

台風被害を契機に商店会が復活。若い人が営む店も増加中

2015年8月にこの物件を買ってから、設計、解体、改修工事にかけた月日は2年以上に及んだ。その間に、薄暗い中津商店街にも、少しずつ灯りが増え始めている。美容室やレストランなど、若い人が営む店が新たに3軒開業。また、一時は休止していた商店会も復活した。2017年の台風で、アーケードが破損したことがきっかけだ。「建築家である私たちが参加することで、少しでも商店街のお役に立てたらと思っています」と岸上さんは言う。

取材に訪れた日は土曜日で、レトロな商店街を背景に、写真撮影を楽しむ若者たちの姿が散見された。交通至便な立地と下町風情を併せ持つ中津のまちの将来は、明るいのではないだろうか。

S P A C E S P A C E 一級建築士事務所 http://www.spacspac.com/

中津商店街にも新しい店が増え始めている中津商店街にも新しい店が増え始めている

2019年 02月02日 11時00分