戦災を逃れた地区に残され、空き家化した長屋

第二次世界大戦末期の約50回に及んだ大阪府への空襲の影響で、大阪市中心部で戦前の姿が残されている地域はごくわずかだ。その数少ない、かつての面影を残す場所のひとつに中津がある。日本を代表する繁華街、梅田(一般にはキタと呼ばれる)から地下鉄御堂筋線で1駅。歩いて10分ちょっとの立地ながら、一本裏に入ると古い長屋が残されているエリアである。

オフィスビルが並ぶ通りから一本入ると路地があり、猫と子ども達の姿がある下町の住宅街だった中津が変わり始めたのは10年ほど前から。路地にある古い建物を改装したこだわりの店がぽつぽつ生まれるようになったのである。2018年6月、そんな一画に築70年以上と推測される8軒長屋を改装、再生した「キタの北ナガヤ」が誕生した。店舗、事務所、そして宿泊施設と複合的な機能を持った施設である。

元々は8軒とも一般の住宅として使われていたが、改修前には一部が倉庫になっており、空き家化も進んでいた。建物は雨漏りで劣化もしており、オーナーは取り壊してマンションにするか、改修して使い続けるかを検討。相談した地元の不動産会社から2016年の暮れに紹介されたのが現在、キタの北ナガヤの企画、運営に当たっているBatonshipの小野達哉氏である。

「前面道路が細いため、建替えにはセットバックが必要で建物が小さくなってしまう、建物の前面道路を広げたところで、途中の道が細いので資材搬入等の費用がかさむなど、建替えには不利な立地でした。それになにより、中津のこの細い路地にマンションは似合わない。最終的には建築、不動産、2つの側面から検討し、改修費、賃料を綿密に試算した収支計画を作り、再生して使い続けるほうがお得ということに納得いただきました」。

猫の小径とも呼ばれていた路地に面したキタの北ナガヤ。向かいにもカフェがあるなど、このところ、周辺では小さな店が増えつつある猫の小径とも呼ばれていた路地に面したキタの北ナガヤ。向かいにもカフェがあるなど、このところ、周辺では小さな店が増えつつある

1階と2階を分けて利用、8戸を12区画に

再生に当たっては戸数と用途を変更した。戸数は8戸ある住宅の2階部分を1階から独立させて4区画とし、1階と合わせて全12区画にした。「上下階をまとめて1戸として貸した場合、広すぎて2階が有効に使われなくなるケースが多々あります。また、1階、2階では路面にある1階のほうが賃料を高く設定できます。そう考えると1階と2階を分けて別用途でそれぞれに使うほうが合理的と考えたのです」。

1階の用途は店舗、事務所とした。2階は宿泊施設として1階の一部とともに小野氏が運営に当たることになった。改修工事が始まったのは2017年春。残置物と、後から加えられた内装を撤去し、屋根を葺き替え、ついで断熱、耐震診断、耐震設計、耐震改修を行い……と進み、内装や設備工事に取り掛かれたのは2017年10月からだった。だが、時間をかけても躯体からきちんと改修をしたかったと小野氏。

「古い建物でも、適切に手を入れれば快適、安心で長持ちする空間になります。キタの北ナガヤはこれから50年、60年は持つことを目指して改修しました。実際、先日の大阪北部を震源とした地震ではワインボトルも倒れなかったほど。この先、15年ほどは大掛かりなメンテナンスは不要でしょう」。

当然、それなりの費用がかかったが、収支をきちんと考えた上での計画であり、現時点では8~9年で再生にかかった費用を回収できる予定だという。こうした計画が提案されるなら、世の多くの空き家、古家所有者も取り壊さず、活用してみたいと思うのではなかろうか。

1階は店舗、事務所、2階は宿泊施設。テトリスのように複雑と小野氏1階は店舗、事務所、2階は宿泊施設。テトリスのように複雑と小野氏

バラバラな外観が個性

各店が個性のある作り。全体としてバランスがとれていれば問題はない各店が個性のある作り。全体としてバランスがとれていれば問題はない

出来上がった建物を見せていただいた。1階にはアートギャラリー、店舗のデザイン事務所、整腸マッサージ店、造形作家のアトリエ兼サロンなどが入っており、現在改装中の区画には日本茶の店が入る。4畳ほどのシェアキッチンもあり、ここでは日替わりで弁当、キッシュ、惣菜、チョコレートやシフォンケーキなどが提供されている。作っているのはいずれ店を持ちたい人、他で店を持っていた人たちだ。

「古い建物を再生することで、やりたいことがある人がそれを実現できる場を作り、後押しできる仕組み作りをしたいと思っています。シェアキッチンはそのための、いろいろな人にチャンスを提供する場所。それ以外も相場よりはやや安く、若い人が借りやすい賃料設定とすることに、不動産オーナーにご理解をいただきました」。

面白いのは区画ごとにデザインが異なること。ギャラリーには大きな窓があってモダン、整腸マッサージ店はタイル貼りでモロッコ風と店舗それぞれが違う雰囲気になっているのである。「大阪の長屋には京都の町家のように外観の規制がありませんから、好きなようにできる。そのバラバラさが個性かもしれません」。よく見ると、2階の窓の手すりも8カ所すべて違っており、自由さ満載である。

1階の端、小野氏がオフィスとして使っている場所の隣にも空いたままになっている区画があり、ここはいずれ多目的なレンタルスペースになる。「今の時点では常時、外からの人を集めているのはシェアキッチンだけ。今後は地元の人も含め、もっと多様な人たちにキタナガ(施設の愛称)に足を運んでいただきたいので、そのための場としてレンタルスペースを考えています。現在はどのような使い方にするか、6月16日のオープニングイベントのワークショップで聴いた意見を参考に検討中です。遠くない時期にオープンさせたいと考えており、クラウドファンディングの利用も考えています」。

所有関係が長屋の再生を阻む

2階の宿泊施設4室もそれぞれに違う設えとなっている。基本は和室、ベッドルームにLDKと水回りで広さは43~48m2。和室には布団が用意されており、部屋にもよるが、最大で4人は無理なく宿泊できる。ただし、階段が急という理由等から小さな子どもは不可だ。

可能な限り、既存を活かしたという室内はかつての梁がカウンターになっていたり、その昔貼られた映画俳優のポスターや神社のお守りが残されていたりと遊び心満載。歴史を感じさせる古い梁もあれば、真新しい材もありと新旧混在のまち、中津にも重なるデザインでもある。外観も含め、古い大阪を感じられる宿泊施設が近隣にはほぼないことを考えると、今後、人気を呼びそうだ。

また、建物の背後には奥に行くほど広がる路地庭が作られている。以前は勝手に増築された建物があり、それを撤去、借りている人たちが出入りに使え、かつイベント等もできるようにした。今後、入居者と使い方を考え、地元に賑わいをもたらす場にしていくという。

ところで、今回の経験で長屋が再生されにくい理由を実感したと小野氏。所有関係が複雑なのである。「戦災を逃れた古いまちには借地が多く、土地と建物の所有者が違うことがよくあります。長屋だと1棟に複数の所有者がおり、合意形成が難しい。長屋の一部を民泊等の宿泊施設に利用するだけでも、消防設備は一棟すべての住戸に配する必要がある等、一戸の仕様変更に全戸が関わる場合があります。しかし、所有者が違い、空き家ではない他の住戸の工事をさせてもらうのは現実的ではありません。本物件では幸いにして土地、建物が一人の所有だったので再生できましたが、そうでなければこのような再生は無理だったでしょう」。

まるでアートのように見える壁や立派な梁、かつて住んでいた人が残したお札、廃材を利用した洗面台と部屋ごとに個性があり、どこに泊まるかを考えるのも楽しいまるでアートのように見える壁や立派な梁、かつて住んでいた人が残したお札、廃材を利用した洗面台と部屋ごとに個性があり、どこに泊まるかを考えるのも楽しい

担当部署ごとに異なるルールもハードルのひとつ

場を作ることはもちろん、それが利用する人を後押しできるような仕組みを作りたいと小野さん。しばらくはレンタルスペースをどう作っていくかが課題という場を作ることはもちろん、それが利用する人を後押しできるような仕組みを作りたいと小野さん。しばらくはレンタルスペースをどう作っていくかが課題という

また、住宅を宿泊施設に用途変更するにあたっては担当部署ごとにルールが違うこともハードルだったという。「市の建築指導部、消防署、保健所、関西電力のルールがそれぞれに異なり、あるルールに従うと他のルールに抵触するなど矛盾が生じる可能性がありました。それをどうクリアするか、悩みました」。

本気で空き家の活用を考えるなら、こうした相容れないルールを整理、活用しやすくする必要があるはずだが、現時点では誰もそこまで考えていないということか。行政にはもう少し、全体的な視野からのルール再考をお願いしたいところだ。

最後にひとつ、小野氏の屋号Batonshipについて。Batonには2つの意味がある。ひとつはリレーで前走者から渡されるバトン。古い建物を後世に繋ぐという意味である。そしてもうひとつは指揮棒。「この仕事で私はプロジェクトマネジャーと名乗っていたのですが、そこでマネジメントしていたのはコンストラクション(建設)とプロパティ(資産)の2つ。建築と不動産、その2つの視点で仕事をしているという意味で、指揮棒にはそれらの異なる業種をひとつにまとめていこうという思いがあります」。

建築と不動産はひとつの建物に建てる、流通するという違う面で関わる、近しい仕事である。だが、なぜか、ふたつの世界は一部の会社を除き、あまり協働しない。しかし、空き家を自宅以外に活用することを考えるなら、そのふたつのバランスは必要だ。建築にかかる費用、それによって得られる家賃のバランスが取れていなければ、改修には至らないからだ。今回のプロジェクトが成功したのはその2つの視点があったから。キタの北ナガヤは上手な指揮のもとに成功した事例というわけである。

●クラウドファンディングなどこれからの情報はこちらから
https://kitanaga.com/

2018年 08月27日 11時00分