はじめに

2026年5月25日に、「事業性融資の推進等に関する法律[令和6年法律第52号](以下「法」と省略。)」が施行された。本件については、中核部分の「企業価値担保権」を中心に立法趣旨や背景などの解説報道が数多く見られているが、特に融資利用者のデメリットに踏み込んだ内容はまだ少ない模様だ。
このため本稿では、法人不動産事業者が企業価値担保権を差し入れて融資を受けた場合に見込まれるデメリットをごく簡単に解説したい。

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私見ではデメリットがメリットを上回る印象

企業価値担保権は、債務者(=資金の借り手)の企業価値自体を担保に取るという新しい担保制度だが、返済が滞った際に権利を実行して資金回収を図る対応は抵当権等と変わらない。資金の出し手には銀行などの金融機関だけでなく、ノンバンクやファンドなども見込まれている。また、企業価値担保権を設定して資金を借りることができる者は株式会社と持分会社に限定されており、個人事業主は対象外だ。

法人組織の不動産事業者が企業価値担保権を差し入れて資金の出し手から融資を受けた際には、「金融機能+α」のメリットが享受できる。後者の+αは、経営への助言などが代表的だ。その一方で、取引後にはさまざまなデメリットも被らざるを得なくなる。両者を総合的に勘案すると、私見ではデメリットがメリットを上回る印象を受ける。

このうちデメリットには、直接的で確実なものと間接的で不確実なものがある。本稿では、各々2点を例示する[図表1]。

図表1:企業価値担保権を差し入れた融資利用時に見込まれるデメリット[例示/イメージ/順不同]
分類 見込まれる影響
直接 (1) 市場競争原理下の利益が享受できなくなる
(2) 事前同意が求められる範囲が広がるため意思決定に制約が加わる
間接 (3) 新たな業務・事務が発生する
(4) 企業価値担保の評価を洗い替えた際の影響を受ける
出典:筆者作成。

直接的で確実なデメリット(1)集約化する調達先

最も大きなデメリットは、実質的に調達先が絞り込まれることになり、複数先からの調達時に享受できる様々な利益が受け取れなくなることと見込む。法がもたらす影響に他ならない[図表2]。

図表2:事業性融資の推進に関する法律(令和6年法律第52号)[抜粋]図表2:事業性融資の推進に関する法律(令和6年法律第52号)[抜粋]

法第7条には、企業価値担保権の中身が総財産であること、その総財産には「将来の財産」を含み、「一体」として目的(物)化できることが明記されている。個別資産の総和には還元されない知名度・ブランド価値などの「のれん」が含まれ、資産などの積極財産だけでなく、負債の消極財産を合わせた概念だ。それゆえに、事業としての価値全体(=「企業価値」や事業性評価における「事業性」)が担保化できる、という根拠となっている。また、法第18条には、その企業価値担保権と他の担保権の優劣が、登記の前後に従うことが明記されている。

通常、金融機関など資金の出し手が不動産事業者の物件取得を使途とした資金ニーズに応諾する場合には、対象物件を担保徴求する。そうした一般型の融資を利用していた後に企業価値担保を徴求しても、先に個別物件への抵当権を登記していれば、資金の出し手は回収を阻害されない。それゆえに、その状況下で企業価値担保に沿った融資取引を行おうとする資金の出し手は、取引に先立って、先順位で設定されている他者による他の担保権の登記を抹消しようと考える。
一方、抹消を依頼された他の担保権の債権者(=他の資金の出し手)側が、融資金を残したまま担保解除に応じることは例外的だ。解除に応じた結果回収できなくなれば、実損を被り、取締役などが善管注意義務違反のリスクを負うことになるからだ。

よって実務上では、企業価値担保に沿った融資に先行して、他の担保権を解除すべく融資取引の解消が図られる動きが活発化する事態を見込む。より具体的には、企業価値担保に沿った資金を出そうとする出し手によって借換え融資などが実行される動きだ。この結果、資金の出し手がいわゆるメイン金融機関などに集約・一本化される事態を見込む。一般的に「バンク・インフォメーションの固定化」と呼ばれる現象だ。

企業価値担保の登記後には、その効力が、登記後の事業活動によって取得した分を含む全資産に及ぶ。よって、企業価値担保権を差し入れた事実を商業登記簿の閲覧によって把握した他の資金の出し手の目には、その事業者に「取引見込みなし」と映る。
この影響は、複数の資金の出し手との取引を通じて調達金額・期間・金利などの条件を競合させ、そのうち好条件を選択することに代表される市場競争原理下の利益喪失につながる。企業価値担保の設定自体は、いわゆる共同1位など同順位の登記も可能だが、そうした設定を行う場面は、事業の再構築時などに限定されるだろう。資金の出し手は取れるだけリスクを取り、それに伴う金利や手数料を受け取って収益を最大化しようと希望するからだ。裏返せば、理由なしに競合相手に利益を配分しない。

シンジケート型の資金調達が可能等の説明も見られるが、資金の出し手側にしてみれば、担保処分に制約がかかる形態の融資に喜んで応じる理由はない。こうしたシンジケート型の資金調達では、調整者が借入人に金利以外の調整手数料(アレンジメントフィー)を求めることが一般的なため、結果として割高な調達となることも多い。

影響は、資金調達面だけにとどまらず、情報面にも及ぶ。物件売買関係情報に代表される資金の出し手からもたらされる情報は、「物件の権利移転・流通などに関与する中で融資取引などを行いたい」という意向に沿ったものだ。よって見込みがない先と認識されれば、そうした情報の持ち込みも自ずと減少する。
結果として、不動産事業者にとって最も重要な情報収集の幅を狭める。事業者取引中心(いわゆるBtoB)の製造業などでは、特定の事業者・企業グループに偏った取引は一般的にリスクと認識されるが、本件も同様に映る。これらが1つ目の直接的で確実なデメリットだ。

直接的で確実なデメリット(2)手枷足枷となる事前同意

直接的で確実なデメリットの2つ目は、手枷足枷となる事前同意だ。法第20条には、企業価値担保設定後にも財産の使用や処分などが可能な一方で、社会通念上で通常の事業範囲を超える財産の使用や処分などは、担保権者の同意を必要とすることが明記されている。「しなければならない」という記載は、特約上の縛りではなく、法律上の義務規定に該当する。

この「社会通念上の通常の事業範囲」の解釈基準は、現時点で確立していない。物件の仕入れは、不動産事業者にとって通常の事業活動の範囲内の行為と解釈する向きもあろう。しかしながら、物件の取得は事業リスク(と、それに伴う期待リターン)の増大も意味するため、資金の出し手側に事業の規模などを理由に通常の事業活動の範囲を超えると解釈される可能性を残す。
実務上でも、自己資金で取得できない物件は借入などが必要であり、既述のとおり金融取引がメイン金融機関などに集約していくことから、資金の出し手(に限った)相談が現実的となる。

この結果、追加融資が謝絶される可能性のほか、判断自体は応諾ではあるものの、与信総額の増大などに伴って諾否判断に時間を要する可能性なども見込まれる。また、物件の取得同様に、売却も不動産事業者にとって通常の事業活動の範囲内と解釈できる一方で、法上の「財産の処分」に該当する可能性がある。同意が得られなければ、資産の入れ換えにも支障を来しかねない。

複数の投資家によるコンソーシアム(共同)投資などに代表されるプロジェクト案件や、特別目的会社(SPC)設立型のノンリコース案件などについても、事前同意が求められる可能性が高くなる。事業に必要な判断に、手枷足枷がはめられることへの対応負荷は重い。

間接的で不確実なデメリット(1)利用前後に事務負担

ここからは間接的で不確実なデメリットについて解説する。
通常の事業活動の範囲を巡るやり取りは、資金の出し手側にも負担となるため、範囲などを事前に定めようとする動きが見込まれる。資金の出し手側には、法の施行に合わせて契約書の策定などが見込まれるが、消費者向けローンのように同一の契約書様式を一律適用するのではなく、合意内容などを織り込む対応だ。
それに伴い利用者側にも、契約に先立って、記載内容の解釈などの事務負担が発生する可能性がある。結果として、相談のための弁護士費用の増大などをもたらしかねない。

企業価値担保を活用した融資取引は、そもそも資産の乏しい事業者の事業内容を評価することで資金調達に道筋をつけ、併せて金融機関などにいわゆる伴走型支援を促すために考えられた。「換価できる資産を保有していない⇒それゆえに日常の対話を増やして事業の実態と現在価値を把握・更新し続け、担保評価を洗い替え続ける必要がある」という理屈だ。

それゆえに、企業価値担保を徴求した融資の取扱いにあたり、資金の出し手側には借り手側の実態把握を強化しようとする意向が働く。結果として、資金の出し手側の内部で、融資実行後の面談や資料徴求依頼などを制度化する動きも見込まれる[図表3]。これらが積み重なれば、対応負荷は馬鹿にならない水準に達することとなる。

図表3:資金の出し手側に見込まれる動き図表3:資金の出し手側に見込まれる動き

間接的で不確実なデメリット(2)担保価格を巡る曖昧さゆえの負担も

実際の資金の出し手は、銀行などの金融機関が中心となる事態を予測する。金融機関は典型的な許認可業種であり、監督官庁である金融庁の立ち入りを含む検査を数年周期で受検している。
この受検時には、金融機関側から見て「資産」に当たる貸出金の取扱いも検証される。いわゆる資産査定と呼ばれるもので、対象には、相手先や資金効果だけでなく、担保の中身や価格も含まれる。

需給によって価格が形成され、工事価格や路線価などが公表されている土地価格に比べ、企業価値はそもそも曖昧だ。それゆえに、当局検査受検時にも担保価格を巡る解釈相違が生じやすい。
担保価格の引き下げがもたらされれば、融資取引に支障を来すだけでなく、貸倒引当金の計上を通じて決算に影響を及ぼすこともある。よって金融機関側には反証材料を揃えて監督当局(検査官)を説得する動機がもたらされ、それは融資取引先にも「材料を揃えてほしい」という協力依頼となって影響する。

そうした依頼に応じて協力したものの、結果として担保価格が引き下げられれば、その内容が取引にも反映されることも見込まれる。可能性としては、金利の引上げも0(ゼロ)ではない。

不動産事業者各位が企業価値担保権を差し入れた融資利用を検討される際には、念のため上記をよくご確認いただいた上でご対応されたい。