『今の内裏作り出されて』

兼好法師が記した『徒然草』では、第五十五段の他にもいろいろと考えておきたいことたくさんある。およそ700年前の、鎌倉時代から南北朝時代の人々が、どのような住宅感を持っていたかがわかり、今の住宅と比較してみるのもおもしろい。

徒然草第三十三段に書かれていることは、いわば、今の完了検査の話しだ。

今からちょうど700年前、花園天皇は新しい家を建てて引越しをされた。
「内裏」とは「御所」と同じで、都城の中で天皇が過ごす私的空間、つまり天皇の家だ。もちろん、当時の先端の技術や材料を駆使して建てられたことは容易に想像できる。今でいう首相官邸や迎賓館の建設に匹敵すると思ってよい。もちろん工事が完成すると、記者発表が行われ内覧会も開催される。同じことが、700年前にも行われていた。

内裏の建設工事がほぼ完成した時、有識者が集まって見に行っている。見学した有識者は、『いづくも難なし』で、見事、合格している。しかし…。

天皇の祖母が完成した内裏を見に行くと、櫛形になった窓の形と収まりがひどいと不合格にした。ほんとうの昔からの様式を知っているのは、天皇の祖母しかいなかったのだ。指摘されたとおりに、直したという。

『徒然草』には、内裏の建設工事がほぼ完成した時、有識者が集まって見学したということが書かれている。</br>今でいう内覧会のようなものだ
『徒然草』には、内裏の建設工事がほぼ完成した時、有識者が集まって見学したということが書かれている。
今でいう内覧会のようなものだ

『櫛形の穴は丸く縁もなくてぞありし』

徒然草には、『櫛形の穴は丸く縁もなくてぞありし』とデザインチェックが入っている徒然草には、『櫛形の穴は丸く縁もなくてぞありし』とデザインチェックが入っている

建物の穴と言えば窓で、それは櫛形ではなく丸くして、しかも縁を付けてはいけなかったのだ。

現代の検査では、性能の検査が主だが、当時の検査は様式が守られているかが大事だった。様式がしっかり守られていれば、相応の技術があると見なされたのかもしれない。
つまり、デザインが技術そのものだったのだ。

祖母は重ねて言う。

『葉の入りて木にて縁をしたりければあやまり』

外溝では縁がないと厚い材でできているように感じる。日本では多くが、縁石をつけてしまうが、それは下地をごまかすためのテクニックだ外溝では縁がないと厚い材でできているように感じる。日本では多くが、縁石をつけてしまうが、それは下地をごまかすためのテクニックだ

『葉』とは切り込みのことで、切り込みはあるがそこは縁をつけないで切りっぱなしにしろということだ。現代の主流になっている住宅を、あらためて見直してみよう。
窓にもドアにも、ほとんどに縁取りがある。縁取りがある方が寸法の違いも吸収でき、狂いも隠せて、技術的には安定していると考える人も多いと思う。
しかし縁をつけてごまかすのは、技術でなくテクニックだ。

縁取りがないのが本物だ。 と、あくまでも天皇の祖母は言う。
本物の材を使い技術を凝らせば縁の無い窓ができるのに、縁をつけてテクニックでごまかしたのだが、祖母の目には見抜かれていた。

薄いタイルを張ったものと、石を切り出したものを比較するとわかりやすいかもしれない。タイルの出隅には小口が見えて明らかに縁取りができ、石を積めば縁はできない。

その祖母と同じ審美眼で現代の建物を見れば面白い。象徴されるのは新しい東京駅と歌舞伎座だ。古い職方の技術を生かした東京駅には縁は見えず、歌舞伎座には縁が見える。
花園天皇の祖母が現代の歌舞伎座の検査をすれば、「いみじかりけり」と嘆いたことだろう。
それは漆喰の壁と、サイディングの壁を見比べても明白だ。縁と同じように、目地を見てもわかる。パネルを組み合わせたような、目地が目立つ家も「いみじかりけり」だ。

さてでは、家の性能というのは技術だろうか、それともテクニックなのか。本当の技術は、良い材料を使い、良い職人が、相応の時間をかけて作り上げるものだ。それに比べると、性能などはテクニックに近いものだ。ほんとうの住宅の価値をごまかして評価してははいけないと、700年前の人に教えられているような気がする。

『家居のつきづきしくあらまほし』

『徒然草』で、最初に家のことが出てくるのは、第10段だ。
「家居のつきづきしくあらまほしこそ仮の宿りとは思えど興あるものなれ」

住まいは仮の宿というのも気になるが、家の姿は景色の中になじみ、似合っていることが素晴らしいと書いている。その後の記述も現代流に言えば、技巧ばかりを凝らし、世界から先端のものを集めて飾り立てる家は、見苦しくわびしいとある。でも逆に法師の目にも、唐風の家や時代に合わない家が散見されていたのだということもわかる。

この記述の裏にも、同じように現代の住宅に通じる指摘があるように感じる。

仮の宿だからこそ、好き好きにしたくなるものという考えもあるが、無常感の法師の目には、どうせすぐにも荒れ果てるのに、余分な装飾を凝らしていることが無駄に見えたのではないか。余分な装飾の中に、過剰な性能も含まれていないだろうか。

現代なら、仮の宿なら所有しないで貸家に住めばよいと考えそうだが、そうとも言えない。兼好法師はしっかりと不動産物件を購入し売却し、あるいは利回りも計算していたことが他の資料からもうかがえるという。やはりあくまでも、「仮の宿」といっていることも、デザインをテーマにしていると考えた方が良い。

この後に結論が書かれる。

『家居にこそことざまはおしはからるれ』

その家の姿を見れば、そこに住む人がどのような人なのかということがわかるという。それくらいに家は大事なものだといっているようなものだ。であれば、この根底にはやはり貸家ではなく、本当の自分流の、自分の顔になる家を持つべきだと語っている。

現代では都心の超高層階の、月にン千万円もする貸家もある。でも、それがその人の顔なのか。
間違いなく、兼好法師はこうした貸家には住まなかったであろうし、住んでいたら『徒然草』をしたためることはなかったであろう。
質素な家で良いのだ、性能なんて適度で良いのだ、でも、人に恥じることのない自分の家を持つことができるのが理想だと考えていたのではないか。

夏のことなど、もうどうでも良い。『徒然草』がもっと大事な家のこと、住まい文化を教えてくれているのだと思う。

日本に来始めている海外の訪問者たちが、日本の住まい文化に触れて感動をする、そんな家が広まることの方が大切だ。ごまかしのテクニックではなく、これが歴史ある国が大切にしている技術を活かし、日本人のことざまを表した家であることだ。
2020年に向けて、兼好法師の『徒然草』を、このように読んでみた。

どこの国に来たのかも分からない家よりも、日本に来たことを実感させる家が良い。京都が観光地世界一になるのもわかるどこの国に来たのかも分からない家よりも、日本に来たことを実感させる家が良い。京都が観光地世界一になるのもわかる

2015年 09月23日 11時00分