岩手県紫波町(しわちょう)と吉本興業、オガールが「ノウルプロジェクト」包括連携協定を締結
2009年度から始まった、岩手県紫波郡紫波町の「オガールプロジェクト」。民間の力を活用した公民連携の地方創生事例として高い評価を得ている。岩手県紫波町は人口約3.3万人の小さな町であるが、このプロジェクトを一目見ようと、2016年から3年連続で「行政の視察受け入れ件数」が全国1位となっているそうだ。LIFULL HOME`S PRESSでもたびたび取り上げているこの町が、2021年11月、新たなフェーズへの挑戦を発表した。
学校再編により廃校となる紫波町立小学校跡地で、「ノウルプロジェクト」と題して、今までにない教育事業を始めるという。少子高齢化に伴う産業・雇用の縮小など、多くの地方が抱える課題に「教育」というアプローチで解決に取り組む。
プロジェクトを手がけるのは、岩手県紫波町と株式会社オガール、吉本興業ホールディングス株式会社。2021年11月1日、取り組みの迅速かつ円滑な推進のため、3者の包括連携協定が取り交わされた。同日に行われた共同記者発表会をもとに、ノウルプロジェクトの目指すものや背景、教育を切り口とした地方創生の新しい形を紹介したい。
地方創生に必要な人材を育成、「ノウルプロジェクト」とは
「ノウルプロジェクト」は、2022年3月に閉校する紫波町立長岡小学校跡地を活用した教育事業である。「未来の地方創生を担うリーダーを育成する」をビジョンとして掲げ、2023年4月の開校を目指すのが、実地と通信のハイブリッド型高校。ビジネスの実践を通し、地方創生に必要な知識や技能を学ぶことができるという。
運営は株式会社オガールと岡崎建設株式会社、吉本興業ホールディングス株式会社の3社が設立した「株式会社 吉本・オガール地方創生アカデミー」が担う。
従来の高等学校にはない特徴として、高校生が学校生活の中で実際のビジネスを行うことが挙げられる。技能教科を見直し、農業などの地域産業や、建築、飲食事業などのビジネスを実践する。実際に稼ぐ中で、知識、職能を身につけていくという。
岡崎氏:「私は15年来、地方創生事業にさまざまな形で関わってきましたが、地方創生の本丸は教育だと感じています。人材が育つことで、地域の産業が発展し、雇用や消費が生まれていきます。若い人材が地域のことを深く理解しながら、ビジネススキルをのびのびと吸収し、実践できる環境を提供したい。ノウルプロジェクトによって人材育成と産業拡大の好循環を生み出し、持続可能な地方創生を目指していきます」
「ノウル」の由来は、紫波町の主要産業である「農」。農業を起点とし、若い世代が事業を学び、持続可能で幸せな暮らしを自らの手で築いていく。その目指すべき豊かな暮らしを、「のう(農)る暮らし」としたそうだ。
なぜ吉本興業が地方創生を? エンタメの力で地方を元気に
ノウルプロジェクトの3者協定に名を連ねる吉本興業。今回の記者発表会で司会を務めたのも、「岩手県住みます芸人」のアンダーエイジの二人だった。
なぜ岩手県の地方創生のプロジェクトに、日本屈指のエンタメ企業である吉本興業が関わっているのか。実は吉本興業は、地方創生という言葉がここまで世の中に浸透する以前からさまざまな地域活性化に取り組んできた。創業100周年の2011年から始まった「あなたの街に住みますプロジェクト」では、「地元や愛着ある地域を元気にしたい」という想いを持つ芸人や社員が、全国47都道府県に実際に居住。地元企業や住民とさまざまな連携を図り、お笑いの力を通じて地域の発展、魅力発信に貢献し続けている。
10年以上の活動が縁を結び、地方創生のビジョンを同じくする3者が連携する運びとなった。岡崎氏は吉本興業とタッグを組む意義をこう語る。
「吉本興業さんは、全国津々浦々での地域活性化の実績をお持ちで、私にはない視野の広さと先見性があります。また、どんなに意義のある取り組みでも、それを広く伝えることがなかなか難しい。伝える力がないと必要な人には届かない。吉本興業さんの発信力に期待するところは大きいですね。今回の提携は、違う立場から地方創生に取り組んできた3者だからこそ、新しく生み出せるものがあると思っています」
地方独自の郷土話を舞台化する試みや、楽しめて学べる学校をコンセプトに「笑学校」を始めるなど、吉本興業ならではのユニークな取り組みも光る。また、2022年3月からは地方創生を目的としたBS放送を開局するという。
「吉本・オガール地方創生アカデミー」、入学後はどのような高校生活が待っている?
「日本の教育に、一つの選択肢を与えられるような事業にしていきたい」。
岡崎氏の言葉通り、「吉本・オガール地方創生アカデミー」は新しい教育の場となりそうだ。しかし、ビジネスを行う高校といってもイメージが湧きにくいかもしれない。入学すると、高校生はどのような学校生活を送るのだろうか。
アカデミーの生徒は、入学と合わせて「吉本・オガール地方創生アカデミー」と、社員もしくはアルバイトとして雇用契約を結ぶ。一般的な高校と同じく、在籍期間は3年。カリキュラムを履修すると、全日制高校同様の高校卒業資格を取得できる。主要5教科を通信教育で学びながら、技能4教科を活用して、農業、加工製造、建築などの各専門技能を習得。事業企画、運営、プロモーションなども担い、ビジネスに必要な多様なスキルを実践を通して学ぶことができる。
15年にわたり地方創生事業に関わってきた岡崎氏は、地方創生の場で活躍する人の共通点として、以下を挙げている。
「地方創生事業の現場では、微分積分ができるといった頭の良さよりも、技術的な能力のある人が活躍する場面をたくさん見てきました。これまで日本で行われてきたのは、画一的な、頭を鍛える教育が大半だと思います。自分で何かを作り出すことや『稼ぐ』という経験がないまま、子どもたちは大人になります。それを否定するわけではありませんが、私たちのつくる高校が『ビジネスの実践スキルと確かな技術を学べる場』として、新しい選択肢になれればと思っています」
岡崎氏の言葉で印象的だったのが、「子ども扱いはせずに」という言葉だ。大人が子どもに上からものを教えるのではなく、地域の魅力を一緒につくっていく仲間として、同じ目線で向き合う姿勢が感じられる。開校当初は一人一人に目が行き届くよう、一学年5人程度でスタートとなる。3年間の間に海外研修も予定しているという。
紫波町ならではの教育カリキュラムを。お手本はドイツのマイスター制度
ノウルプロジェクトを作り上げる上で、お手本にしたのは、ドイツの「マイスター制度」だという。
マイスターとは巨匠や大家を意味するドイツ語で、職人や専門家を表す言葉としても使われる。マイスター制度は、専門的な技能を持つマイスターを育てることや、それを支援する仕組みや制度のことを指す。若いうちから専門家になりたいのであれば、学校の普通科教育だけでなく、「手に職」ともいうべき必要な専門技術・経営を学ぶべきとされている。
紫波町は、食料自給率170%を誇る農業畜産の町。日本有数のもち米生産地として知られ、りんごやぶどう、日本酒の生産もさかんだ。この分野のマイスターを育てるべく、農業畜産を出発点とした事業を多く予定しているという。
例えば、食品製造加工・販売事業、飲食事業、ビール醸造事業など。さらにそれを生かした宿泊事業、住宅事業なども構想の中にある。美しい自然と農村風景の中で、地産地消の食材を贅沢に使ったフルコースを味わう「丘の上のオーベルジュ」に泊まってみたい、と思う人は多いのではないだろうか。こうした事業のPR活動やイベントには吉本興業が全面的にバックアップを行う。
多岐にわたる事業展開だが、誰が高校生に指導を行うのかも気になるところ。講師を務めるのは、紫波町の農家、ビール醸造家、大工など、まさに紫波町地域の事情や自然環境に精通した人々だという。地元の方との関わりが深いからこその取り組みといえそうだ。紫波町に限らず、地場産業の後継者不足は大きな課題の一つだが、人材育成と組み合わせることで産業衰退を食い止めるだけでなく、新しい価値創出の可能性につながる。
地方創生に終わりはない。人材を育成し、産業を創出し続けるサイクルを
紫波町「オガールプロジェクト」は各方面から成功事例と称されるが、岡崎氏は、地方創生に成功はない、と言い切る。
「地方創生の取り組みに失敗はあるかもしれませんが、成功はないと思っています。地域の営みは未来へずっと続いていく、終わりがないからです。言葉を当てはめるとしたら、オガールプロジェクトも”今のところうまくいっている”だけ。継続していくためには、自分からアクションを起こせる、ビジョンを実現させる力のある人材がますます必要になります。新しい『ノウルプロジェクト』によって、人のため、地域のために行動を起こせる人材の育成に、本気で取り組んでいきたいと思います」
先進的な地方創生事業への期待の表れとして、想定以上の寄付金や応援の声が集まっているという。「吉本・オガール地方創生アカデミー」で生まれた事業収益は教育への再投資(金融、経営講座などのオリジナル教育コンテンツの開発や研修など)に充てられる。
アカデミー1期生の入学以降、事業準備の段階から高校生が主体的に関わり、設計、運営とフェーズが動いていく。循環型の新しい地方創生事業として、LIFULL HOME`S PRESSでは今後の展開を順次追っていきたい。
公開日:










