タワーマンションの浸水被害から生まれたガイドライン

ここ数年、豪雨被害が頻発している。今年(2020年)も7月4日に九州を中心に記録的な大雨が降り、特に熊本県が甚大な被害を受けた。県内を流れる球磨川の堤防が決壊し、数万人に向けて避難指示が出たのだ。

また、昨年(2019年)10月に関東を中心に上陸した台風19号の被害を覚えている人は多いだろう。その中で「安全・安心」と思われていたタワーマンションが機能不全になったことは、社会に大きな衝撃を与えた。神奈川県川崎市のタワーマンション(地上47階・地下3階)の地下3階部分が浸水し、高圧受変電施設(キュービクル)などの設備が故障。停電によってエレベーターや給水設備が長時間使用できなくなった。

高圧受変電施設とは、発電所から送られてくる50万ボルト近い高圧の電気を、家庭内で実際に使えるように200ボルトや100ボルトに変圧する設備だ。マンションや工場・オフィスビルなど大量の電気を消費する大規模建築物に設置されている。高圧受変電施設が豪雨などによって浸水してしまうと、停電につながる。その結果、マンションの場合はエレベーター、トイレ、照明、エアコン、機械式駐車場など電気を利用する設備がすべて使えなくなってしまう。命の危険に晒されるほどではないにしても、その肉体的・精神的苦痛は、かなり大きいはずだ。

このような背景から国土交通省と経済産業省は、2020年6月に「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」をまとめた。その内容を参考に豪雨の浸水被害に対応する建築物について考えてみよう。

「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/content/001349327.pdf

マンションが浸水し、停電が長時間継続すると、エレベーターをはじめ様々な電気設備が使用不能となる(出典:「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」)マンションが浸水し、停電が長時間継続すると、エレベーターをはじめ様々な電気設備が使用不能となる(出典:「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」)

「高圧受変電設備は上階へ」など4つの浸水対策の具体的取り組み

「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」はマンション、オフィスビル、病院などの高圧受変電設備の設置が必要な建築物の電気設備が浸水し、エレベーターや給水設備といったライフラインが使用不能とならないようにすることを目的に作成された。これらの建築物の企画、設計、施工、管理、運用の各段階において検討するべき浸水対策をまとめている。対象の建築物は、新築・既存を問わない。

同ガイドラインで紹介されている浸水対策の具体的取り組みは次のようなものだ。

1.浸水リスクの低い場所への電気設備の設置
電気設備(高圧受変電設備等)を屋上など上階に設置する。

2.対象建築物内への浸水を防止
マウンドアップ(床面の嵩上げ・盛土等)や下水道からの逆流防止措置など。

3.電気設備設置室等への浸水を防止する対策
防水扉の設置や電気設備の設置場所の嵩上げなど。

4.電気設備の早期復旧のための対策
(平時の取り組み)
所有者・管理者・電気設備関係者の連絡体制整備など。
(発災時・発災後の取り組み)
排水作業・清掃・点検・復旧方法の検討など。

浸水リスクを低減するための具体的な取り組み事例

同ガイドラインでは、浸水リスクを低減するための具体的な取り組み事例も複数紹介している。例えば次のようなものだ。

●オフィスビル(大阪府大阪市)
2019年3月竣工の中規模オフィスビル(地上8階)。水害ハザードマップでは、河川氾濫の際に最大で地盤面から0.3mの浸水が予測されている。そのうえで浸水対策として以下を行った。

・設定浸水深以上の高さに重要設備を設置
高圧受変電設備、非常用発電設備を屋上に設置。また、1階の受水槽・消火水槽・雑用水槽・雨水槽に付属するポンプ類や動力盤を床面から2mの高さに設置した。

・1階床面の嵩上げ
道路から建物内部まで約0.3m、さらにエレベーターホールまで約0.3m、合計約0.6m嵩上げした。

●マンション(東京都文京区)
ハザードマップで1~2mの浸水が予想される低地に立地。止水版が用意されていたが、2013年8月の集中豪雨で管理員が止水版保管場所の鍵を持ったまま帰宅したため設置ができずに1階が冠水。エレベーターが故障した。この経験から管理組合は2014年4月に管理会社を変更。新しい管理会社の提案で新たな止水版を設置した。さらに消防署・警備会社と連携して防災訓練を開催し、止水版の取り付け訓練も実施。また、東京都に要望を出して前面道路の排水ますを増設した。2018年3月にはマンション内で自主防災組織が発足し、総合的な防災対策にも取り組んでいる。

大阪市のオフィスビルの断面イメージ。高圧受変電設備の屋上設置などで浸水リスクを低減している(出典:「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」)大阪市のオフィスビルの断面イメージ。高圧受変電設備の屋上設置などで浸水リスクを低減している(出典:「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」)

浸水被害が予想されるマンションに住む人はぜひ一読を

「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」の対象者は建築主、設計者、施工者、所有者、管理者、電気設備関係者などとされている。いわゆるプロ向けだ。しかし、これから分譲マンションを購入しようと考える人が読めば、豪雨に強い物件選びに役立つだろう。また、すでに分譲マンションを購入した人にとっては、管理体制や大規模修繕工事の見直しに役立つはずだ。

昨今の豪雨被害は、日本全国どこで起こってもおかしくはない。特にハザードマップで浸水被害の可能性が指摘されている地域のマンションに住んでいる人は、「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」にぜひ目を通してほしい。

2020年7月の豪雨は、九州だけでなく中部、東北にも甚大な被害をもたらした。日本のどこに住んでいても浸水対策を軽視することはできない2020年7月の豪雨は、九州だけでなく中部、東北にも甚大な被害をもたらした。日本のどこに住んでいても浸水対策を軽視することはできない

2020年 08月01日 11時00分