新耐震設計法と旧耐震設計法の大きな違い

東京都が2008年度から毎年実施している「耐震キャンペーン」。東京都、区市町村、そして民間が連携して建物の耐震化を推進しようというもので、マンション耐震セミナーは、その一環として年に2回開催されている。このように建物の耐震化に力を入れているのは、裏を返せば、それだけ課題が多いともいえるだろう。今回のセミナーで開会の挨拶を行った東京都住宅政策本部民間住宅施策推進担当部長の栗谷川哲雄氏も、「耐震改修は、費用や合意形成の点で難しいという声をよく聞きます」と語っている。

では、なぜ建物の耐震改修が必要なのか。最初に登壇した株式会社小堀鐸二研究所の小鹿紀英氏は、1981年までの「旧耐震設計法」と、1981年以降の「新耐震設計法」の違いから解説した。旧耐震設計法は、震度6以上の大地震を考慮していないのに対して、新耐震設計法は、震度6強の大地震でも崩壊せずに人命を守ることを求めている。その差が1995年の阪神・淡路大震災の被災状況で明らかになったからだ。

「新耐震設計法で1982年以降に建設された建物は、旧耐震設計法の建物に比べて、倒壊したり、大破したりしたものが圧倒的に少なく、新耐震設計法の効果がはっきりしました」。耐震補強が震災の前に行われていたら、被害はかなり軽減されていたと考えられることから、旧耐震設計法の建物の耐震性の確保を目的に、1995年12月には「建築物の耐震改修促進法」も施行されている。

阪神・淡路大震災での建物被災状況<br>東京都住宅政策本部「マンション耐震化のすすめ」より<br>
1981年までの「旧耐震基準」で建てられた建物と、1981年以降の「新耐震基準」で建てられた建物の被災状況を比較したグラフ。新耐震基準の方が被害件数が少ない結果となった阪神・淡路大震災での建物被災状況
東京都住宅政策本部「マンション耐震化のすすめ」より
1981年までの「旧耐震基準」で建てられた建物と、1981年以降の「新耐震基準」で建てられた建物の被災状況を比較したグラフ。新耐震基準の方が被害件数が少ない結果となった

過去の地震被害から得た耐震改修のポイント

株式会社小堀鐸二研究所 小鹿紀英氏株式会社小堀鐸二研究所 小鹿紀英氏

続いて小鹿氏は、過去の地震被害から明らかになった耐震改修の具体的なポイントを説明。「古くは1968年の十勝沖地震で、鉄筋コンクリートの柱が崩れたことから、柱を補強する鉄筋の間隔を狭くして、粘り強く壊れにくい柱にすることが求められるようになりました」と話し、既設の柱は、鋼板や繊維シートなどで巻いて補強することが推奨された。

阪神・淡路大震災や2016年の熊本地震では、壁が少なく、駐車場や店舗などに利用されることが多い1階のピロティで、柱の崩壊が多発。開口部の補強や壁の増強の必要が課題となった。さらに熊本地震では、建物全体の強度不足によって、熊本県の宇土市役所の4階部分が崩壊したことなどから、耐震壁や筋かいの増設、柱の補強、外部補強などで備えることも勧められるようになっている。

2005年の福岡県西方沖地震では、いわゆる、耐震壁ではない「雑壁」の剥落などが生じ、雑壁にスリットを入れるといった対策が推奨されるようなった。現在、耐震や制震に関する工法や装置などは、さまざまなものが開発されている。小鹿氏は「地震の揺れの大きさは、地盤によって異なります」と言い、建物の耐震補強の検討とともに、地盤の状態を把握することも必要と訴えていた。

耐震診断の判定基準と作業の進め方について

セミナーの後半では、ものつくり大学特別客員教授の岡本直氏が、耐震診断の判定基準や、診断の具体的な進め方などを、資料をもとに解説した。

耐震診断の判定には構造耐震指標(IS)を用いる。ISは建物の強さと粘り強さを総合的に評価するもので、その数値が0.6以上あると、新耐震設計法の建物と同等の耐震安全性があるとされる。

耐震診断は公的なガイドラインに沿って行われ、診断者による判定の違いが生じないようになっている。建物の調査では、設計図面との照合、劣化箇所の確認、コンクリートの強度の確認などを行うので、設計図面がない場合は、ある場合に比べて診断費用が約2倍に、調査時間は2~3倍にもなる。岡本氏は「診断を検討する前に、図面の有無を確認することが重要です」と注意を促している。建物の調査結果に、建物の重量や剛性などの数値を合わせてIS値を算出し、診断者の所見を加えて最終的な耐震診断となる。

こうした解説の上で岡本氏は、都心部にある1972年建築のマンションと、1968年に建築された郊外の団地で行われた耐震診断と補強工事の事例を紹介した。都心部のマンションでは「100年マンションの実現」というビジョンを掲げ、耐震化に反対する外部オーナーなどに対して、耐震安全性と建物の健全性の両方を確保することによって、資産価値の向上につながると説得。約5年をかけて耐震診断と補強工事を行った。マンション管理組合の理事長は、耐震改修だけを目的にするのではなく、「100年マンションの実現」のように、未来に向けた明確な目標設定が必要と語っているそうだ。

Is値(構造耐震指標)<br>耐震ネット「ビル・マンションの耐震化読本改訂第4版」より一部抜粋して作成Is値(構造耐震指標)
耐震ネット「ビル・マンションの耐震化読本改訂第4版」より一部抜粋して作成

市区町村との話し合いが、耐震改修工事では最重要

鶴川6丁目団地管理組合 耐震改修工事 実行委員 川尻禮郎氏鶴川6丁目団地管理組合 耐震改修工事 実行委員 川尻禮郎氏

郊外の団地については、岡本氏に加えて、耐震改修工事を担当した団地管理組合の実行委員である川尻禮郎氏からも説明が行われた。町田市にある「鶴川6丁目団地」では、2013年の管理組合の臨時総会で、耐震改修の準備を進める委員会を組織。2015年の総会で耐震診断を実施することを決議した。決議までに2年以上要したのは、団地が30棟780戸と規模が大きく、建物が9種類に分かれることから、合意形成に時間を必要としたからだ。

川尻氏は「耐震診断から、改修工事の設計を始めるまでにも時間が必要でした」と話し、理由について、約130戸の外部オーナーすべてに説明したことや、建物の種類によって工事の内容や費用が異なり、意見の集約に時間がかかったことなどを挙げた。2017年の総会でようやく改修工事の設計を決議。2期に分けて実施した工事は間もなく終了する。

これまでを振り返って川尻氏は「工事は国や都、市から補助金や助成金を受けて行うことになりますから、まず区市町村と話し合い、予算確保もめどをつけることが最重要です。住民とのコミュニケーションも工事の第一歩といえます」とアドバイスしている。

川尻氏らは、工事会社との週に1回の会議の内容や、工事の進捗を、住民に欠かさず伝えていた。また、「100年マンションの実現」を掲げた都心のマンションでも、組合員への迅速な情報提供を心がけてきたそうだ。岡本氏も、耐震改修工事を成功させる条件のひとつに、「住民間の良好なコミュニケーションによる合意形成」を挙げる。耐震化の促進は、地道なコミュニケーションの積み重ねからという結論になるようだ。

2019年 11月07日 11時05分