約20年の議論を経て動き出した宇都宮のLRT計画

2006年に開通した富山ライトレール富山港線。LRT導入にあたって運行本数を増やし、利便性を高めたこともあり、JR富山港線の頃よりも利用客が倍増。沿線の住宅着工数の増加、中心市街地の活性化などLRT導入の成功例となっている


2006年に開通した富山ライトレール富山港線。LRT導入にあたって運行本数を増やし、利便性を高めたこともあり、JR富山港線の頃よりも利用客が倍増。沿線の住宅着工数の増加、中心市街地の活性化などLRT導入の成功例となっている

池袋(東京都豊島区)のLRT(次世代型路面電車システム)計画をテーマにした講演会レポートの2回目。今回は、講演会後半に登壇した早稲田大学理工学術院社会環境工学科教授・森本章倫氏の講演をお伝えしよう。森本氏は交通計画、都市計画を研究フィールドとし、2014年に早稲田大学の現職に移るまでの20年間、宇都宮大学(栃木県宇都宮市)で教鞭を取り、宇都宮市のLRT計画にも学識経験者として関わってきた。また、2013年秋に発足した「芳賀・宇都宮基幹公共交通検討委員会」では委員長を務め、現在にいたる。

前回記事でもふれているように、日本各地でLRT構想が検討されているものの、実現にいたったのは2006年開通の富山ライトレール富山港線(富山県富山市)のみとなっている。そうした状況にあって、宇都宮のLRTは20年以上に渡る議論を経て、2016年度内に着工、2019年の運行開始をめざし、具体的に動き出している。

自動車依存社会を変える手段として見直されている公共交通機関

講演会で登壇する、早稲田大学理工学術院教授の森本章倫氏。日本都市計画学会・常務理事、日本交通政策研究会・常務理事などの学会役職も兼任。東日本大震災後の被災地の街づくりにも携わった

講演会で登壇する、早稲田大学理工学術院教授の森本章倫氏。日本都市計画学会・常務理事、日本交通政策研究会・常務理事などの学会役職も兼任。東日本大震災後の被災地の街づくりにも携わった

この宇都宮の実例を交えながら、森本氏によって日本におけるLRT導入の課題と展望が語られた。講演冒頭で「既に運行している路面電車に、LRV(Light Rail Vehicle)と呼ばれる低床式の車両を取り入れる事例は、日本でも増えています。たとえば、岡山や広島の路面電車がLRVを採用しています。しかし、車両をLRVにするだけではなく、街づくりのツールとして導入するものを、我々はLRTと定義しています」と、森本氏は話した。

海外ではLRTを導入する都市は増え続けており、特に2000年以降は欧米を中心に年間5~6都市のペースで増えているという。「なぜLRTかというと、自動車依存社会が行き過ぎたからです」と、森本氏は話す。「自動車がなければ生活できない」という車依存が進むと、交通渋滞や交通事故、環境汚染の要因になるだけではなく、バス、鉄道など公共交通の衰退や、中心市街地の空洞化やシャッター街化といった現象をも引き起こす。そこで公共交通を整備して自動車依存社会からの脱却と、街の活性化をはかろうということで着目されるようになったのがLRTだといい、自動車大国のアメリカでもLRT導入の事例が相次いでいるという。ここ数年の傾向では、中国でのLRT導入がめざましく、2014年までに12都市でLRTが新設されている。

海外で進むLRT導入、なぜ日本では普及しないのか?

池袋のある豊島区内には明治時代からの歴史をもつ路面電車の都電荒川線が走る。写真は都電東池袋四丁目停留場付近。池袋のLRT計画実現には、都電荒川線との連携も必要になるだろう

池袋のある豊島区内には明治時代からの歴史をもつ路面電車の都電荒川線が走る。写真は都電東池袋四丁目停留場付近。池袋のLRT計画実現には、都電荒川線との連携も必要になるだろう

このように世界で普及しつつあるLRTなのだが、日本ではなぜ導入が進まないのか? その理由として森本氏は、次の3点に要約されると語った。

まず1点目は合意形成の問題。LRT導入は行政側が一方的に推し進めるのではなく、民間事業者などとの協働や、地域住民の声に耳を傾けながら行なうことが必要不可欠となる。そのプロセスで課題になるのが、民間事業者や地域住民などとの合意をどう形成するか、ということだ。全員の賛同を得られればスムーズにいくのだが、なかなかそうはいかない。「特に自動車利用者の賛同が得にくいという問題があります。地方都市の場合ですと、人々は移動手段の大半を車に頼り、車での生活に慣れ親しんでいるため、LRT導入の必要性を感じていないのです。また、LRT新設となると、道路に専用軌道を作ることになるので走行車線が減少し、渋滞を招くのではないかと懸念する意見もあります」と、森本氏。加えてLRT導入予定路線沿線の商店街からは、「今の顧客の大半が車での来店なので、LRTが開通すると顧客が減ってしまう」と危惧する声が多数挙がってくる。そうした人たちにいかにしてLRT導入を理解してもらうのかが、重要な課題になる。ちなみに前回記事で紹介したフランス・ストラスブール市でも中心市街地の商店街の人たちは同様の理由でLRT導入に反対していたというが、LRT開通後は歩行者通過量が20~30%増え、それに伴って商店街の売上も増えたという。

次に挙げたのは財源確保の問題である。LRTの建設費用は約30億円/kmといわれ、地下鉄(約300億円/km)やモノレール(約100億円/km)の比較では、低コストで整備が可能とされている。が、従来のバスとの比較では多額の整備費が必要になる。海外では公共交通整備に対して事業税、消費税など独自の財源を確保しているのに対し、日本ではそれに該当する財源が存在しないという。また、日本では公共交通事業は独立採算を基本としていることもあり、LRTを維持・管理していく財源をどう確保していくかが課題となる。

そして、3点目は関連する制度や関係者間調整の問題。近年は、日本でもLRT整備に対する補助金など各種支援制度が整いつつあるので、制度面でのLRT導入のハードルは下がっているのではないかと森本氏は話す。現在、大きな課題となっているのは、既存のバスやタクシー会社などとの調整という。「LRTとバスが競合し、乗客を奪い合うというような状態になってはいけません。それが原因で失敗したのが、イギリス・シェフィールド市で1994年に開通したLRTです。最終的にLRTがバス会社に吸収されてしまいました。そうした事態にならないよう、LRTとバス路線の調整をはかり、公共交通体系の見直しをすることが重要です。海外のLRT先進都市のなかにはLRTとバス路線とがうまく連携できた結果、バスの乗車数も増えたという成功事例が数多く見られます」と森本氏は言う。

LRTはコンパクトシティを実現するための基幹公共交通

森本氏は宇都宮市で長年に渡って調査・研究を重ねてきた。その一端として、講演会の場では多角的なデータに基づくLRT導入後のシミュレーションや、LRTのある未来の宇都宮の動画などが紹介された森本氏は宇都宮市で長年に渡って調査・研究を重ねてきた。その一端として、講演会の場では多角的なデータに基づくLRT導入後のシミュレーションや、LRTのある未来の宇都宮の動画などが紹介された

こうしたさまざまな課題と向き合いながら、富山市(富山ライトレール)に続く国内2番目のLRT導入都市をめざして始動した宇都宮市。栃木県の県庁所在地で人口約51万人の中核市。東部地区には大規模な工業団地があり、工業都市としての顔ももつ。そんな宇都宮市を走るLRT計画の概要を紹介すると、まず区間であるが、JR宇都宮駅をはさみ、西側の中心市街地と、市東部の工業団地や宇都宮市に隣接する芳賀町の高根沢工業団地までの約18kmを結ぶ公共交通機関として計画されている。先行してJR宇都宮駅東側の14.6kmを整備する。富山ライトレールのケースは、利用客減少という問題を抱えていたJR富山港線を富山市が買い取り、約7.6km(富山駅北~岩瀬浜)のLRTとして再整備したもので、既存の線路6.5kmに新たに路面電車の専用軌道1.1kmを敷くという形での開通だった。つまり新設したのは1.1kmだったのだ。が、宇都宮の場合は全線が新設路線として計画されているので、全線新設路線のLRTとしては日本初の試みとなる。LRTの事業方式は公設型上下分離方式を採用。「下」の部分にあたるレールや停留場などのインフラを公共(宇都宮市・芳賀町)が整備を行ない、「上」にあたるLRTの運行・運営については官民出資による第3セクターの宇都宮ライトレール株式会社(2015年11月設立)が行なうことになった。概算事業費は先行して整備を行なう区間で約458億円。平日の利用者を約1万6000人と試算し、開業初年度から黒字が見込めると想定しているという。

「宇都宮市でLRTが公的に議論されたのは、1993年にさかのぼります。当初、宇都宮市の東部地区に集中する工業団地の激しい渋滞を緩和するための交通手段として着目されたのがLRTでした。しかし、2000年になると、車社会の進行で中心市街地の衰退が問題になり、まちなかを活性化させるためのツールとしてLRTを走らせることが検討されるようになりました。そして、今、LRTはコンパクトシティを実現するための目的のひとつと位置づけられています。人口減少社会が進むなか、それに対応し、生き残るための街づくりをするという大きなフレームの中でLRT計画が動き出しています」と、森本氏は語る。コンパクトシティとは、商業圏や生活圏など拡散してしまった都市機能をいくつかの地域拠点に集約させていこうとするもので、地域拠点を結ぶ軸として期待されているのがLRTやバスなど公共交通なのだ。

どういう街にしたいのか、グランドデザインを描くことが重要

講演会を主催した「池袋の路面電車とまちづくりの会」会報の『iとらむ』第6号(2008年10月発行)。表紙には池袋のサンシャイン通りを走るLRTのイメージ写真が登場。こんな風景がいつかは現実のものになるのだろうか?講演会を主催した「池袋の路面電車とまちづくりの会」会報の『iとらむ』第6号(2008年10月発行)。表紙には池袋のサンシャイン通りを走るLRTのイメージ写真が登場。こんな風景がいつかは現実のものになるのだろうか?

宇都宮に限らないことだが、人口減に加え超高齢化社会に突入し、車を運転できなくなる高齢者も増え続けているなか、LRTやバスなど公共交通で移動しやすい街へと転換をはかることは、必要なことではあると筆者も思う。ただ、自治体によってLRT導入が適す都市とそうでない都市があるだろう。
「LRTを導入することでいかに魅力的な街を創り出すことができるのか。その都市の状況に合わせて“こういう街にしたい”というグランドデザインを描くことが重要です。池袋の場合、地方都市ではなく、東京の都心にあることを活かし、多くの民間活力を導入するといった取り組みが可能になるのではと考えます。池袋にLRTが走れば、新宿や渋谷にはない、大きな魅力になるでしょう」と森本氏は話した。

この講演会の最後には豊島区の高野之夫区長も登壇し、「池袋にLRTが走ることで行ってみたい街として魅力を高め、環境にやさしい都市として世界に向けて発信していけるようになると思います。そんな街づくりをするために挑戦していきたい」と締めくくった。

前回記事でレポートした内容と合わせ、池袋のLRT計画にとどまらず、宇都宮市の動向、日本でのLRT導入の課題やよる街づくりの可能性など新たな気づきを得た講演会となった。

☆取材協力
池袋の路面電車とまちづくりの会
http://www.i-tram.com/

☆主な参考資料
『我が国におけるLRT導入時の課題に関する研究』(森本章倫)
『持続的に発展する 魅力あるまちづくりに向けて LRT(次世代型路面電車システム)の整備』(2015年3月/宇都宮市)
『LRT沿線の権利者・関係者向け事業説明会』資料(宇都宮市建設部LRT整備室)

2016年 03月14日 11時05分