「壁紙のようなふすま紙」を考案
DIYで住まいの模様替えを楽しむ人が増えている。その主なアイテムのひとつが壁紙。輸入壁紙も豊富に出そろっているので、さまざまな柄の壁紙に張り替えることができるし、自分で手を動かして、理想の室内空間をつくるプロセスにはワクワクするものがある。
しかし、今回、クローズアップしたいのは壁紙ではない。ふすま紙だ。和室の間仕切りや押し入れのふすまに張られているふすま紙。
「壁紙を自分で張り替えるという暮らし方は海外から入ってきた住文化で、日本でも徐々に浸透しつつあると感じています。ならば、日本の住宅に欠かせないふすま紙にも目を向けてほしい。壁紙のように、DIYでふすま紙の張り替えを楽しむ人が増えるといいなと思っています」
こう語るのは、空間デザイン会社・夏水組の代表、坂田夏水さん。賃貸住宅のリノベーションを中心に内装デザインを手がけ、女性目線の住空間づくりで注目を集めている。また、DIYショップの運営や商品の企画とDIYの分野でも活躍中で、DIY女子ブームをつくったキーパーソンでもある。
その坂田さんがふすま紙をデザインした。2017年1月に「獅子地紋」と題したふすま紙を、次いで4月には「月と鶴」を発売。
コンセプトは「壁紙のようなふすま紙」。坂田さんが蓄積してきた壁紙に関するノウハウを土台に、和室のふすまはもちろんのこと、洋室の壁紙としても使えるふすま紙を考案した。施工道具や糊は壁紙と同じものを使用し、DIYで張り替え可能。
日本の伝統的な和柄をダイナミックに表現
それでは、「獅子地紋」「月に鶴」のそれぞれの特色をお伝えしよう。
「獅子地紋」は、日本の伝統的な柄をモチーフにすることにこだわったと話す坂田さん。着物や千代紙の柄、染め物の型の柄などをヒントにし、獅子と唐草模様でデザインしたふすま紙だ(縦200cm・横97cm)。壁紙にも使えるようにと、切れ目なく模様をリピートさせて総柄にしているのが特徴的。
また、柄の大きさはヨーロッパで人気の壁紙商品にあしらわれている模様と同じくらいの縮尺に仕上げているという。それには「日本の古き良きものを大切にしながらも、斬新なデザインを提案したい」との坂田さんの想いが込められている。
「和柄を大きくくっきりみせることで、ダイナミックで面白い柄になり、海外の人にも楽しんでもらえるのでは、と考えたのです。獅子の柄はディテールが細かく、私自身、模様を描き上げるまでに苦労したのですが、シルクスクリーン印刷の特殊技法を使うことで濃淡を出すことができました」
色は藍鼠(あいねず)、唐子(からし)、紺(こん)、錆浅葱(さびあさぎ)の4色があり、それぞれが日本画や着物などに使われている和の伝統色。好みの色1色でふすまをコーディネートしてもいいし、4色を組み合わせて壁一面に張ってみるなど、思い思いに楽しめる。
「日本的で大きな動物柄」をキーワードに創り出したふすま紙「月に鶴」
伝統的な和柄を前面に出した「獅子地紋」に対し、第2弾の「月に鶴」はインパクトをより強く打ち出したふすま紙だ。
写真を見ておわかりのように月と鶴が大胆にあしらわれている。この柄は、輸入壁紙のインターネットショップとして人気を集める「壁紙屋本舗」社長・濱本廣一さんと一緒に考えたものという。
夏水組では、インテリア情報を紹介する「MATERIAL」というタブロイド紙を発行していて、そのインタビュー企画で坂田さんが濱本さんに話を聞いたのがきっかけになった。
「濱本さんと『面白いふすま紙をつくりたいね』と盛り上がって。『壁紙のように使えるリピートの総柄』にすることを前提に、濱本さんから『1枚でも完結するし、つなげても楽しめる柄』『日本の季節を感じる色柄』』などいくつかのキーワードをいただいたんです」
その濱本さんのキーワードのなかにあったのが、「日本的で大きな動物柄」だ。動物柄は壁紙でも人気がある柄だが、坂田さんがふすま紙の柄に選んだのは鶴。
「鶴は日本画のなかにも描かれてきたモチーフですし、私自身、鶴は首が長くてきれいで好きな動物なんです」
花札の「松に鶴」などもヒントにし、完成したふすま紙「月に鶴」。色は朱(あか)、浅紫(あさむらさき)、柳鼠(やなぎねず)、青鼠(あおねず)の4色。
この「月に鶴」と、「獅子地紋」のふすま紙は、夏水組のDIYショップ「Decor Tokyo(デコール・トーキョー)」の店内奥、打ち合わせスペースの扉に施工されている。それぞれの4色を取り合わせて、壁紙のように張られているので、色味を確認してみたい人は店舗へ足を運んでみるといいだろう。
協力してくれるふすま紙の会社が見つからなくて悩んだ日々も…
このような壁紙感覚の新しいふすま紙を提案している坂田さん。
そもそもふすま紙をつくろうと思ったのは、どんな理由があったのだろう?
「住宅のリノベーションを手がけていてぶちあたる問題が『和室のふすま紙、どうしよう?』でした。既存のふすま紙には使いたい柄がないのです。ならば、新しいふすま紙を、自分でつくろうと思ったのです」
そして、こんな話もしてくれた。
「私の祖父が、和室の床の間などにかける掛軸の表装を手がけていたんです。その様子を、私は子どもの頃からみていて、日本の伝統色や和柄と親しんでいました。その影響で、私は着物も大好きになったし、和のものには愛着があるのです。ふすまに対しても、日本の住宅で育まれてきた大切な建材だと思っています。でも、ふすまのない洋室だけの家が増えてきているのが現状。和室があったとしても、ふすまには大量生産の画一的な柄のふすま紙が張られていて、あまり張り替えたりしないというようなケースがほとんどではないでしょうか。そんな状況とあって、ふすま産業は衰退しつつあり、残念でなりません。そんなふすま産業を盛り上げる手助けをしたいという想いが、強くなっていったのです」
ふすまは、日本の住宅の間仕切りとして、平安時代ごろから使われてきたものだが、芸術の分野でも重要な役割を果たしてきた。鎌倉時代から江戸時代にかけて寺院や城などのふすまに描かれたふすま絵のなかには、文化財として現存する作品もある。たとえば、京都二条城の二の丸御殿や京都西本願寺の対面所のふすま絵などがよく知られている。
こうした住まいのなかのアートとして、現代の日本でふすまはもっと活かされてもいいのでは、と坂田さんの想いは募った。
しかし、夏水組のふすま紙の発売までは順風満帆というわけではなかった。
「ふすま紙をつくりたいと、3~4年構想していました。でも、協力してくれるふすま紙の会社がなかなか見つからなくて悩みました。全国各地、10社ほどに協力のお願いをしましたが、ふすま紙は伝統産業の業界です。『壁紙のようなふすま紙をつくりたい』という私の考えは受け入れてもらえず、ことごとく断られました」
そんななかで手を差し伸べてくれたのが、知り合いの「TECIDO」という輸入壁紙の会社の社長。さいたま市にある、ふすま紙の会社「大場紙工」を紹介してくれた。
「輸入壁紙の業界とふすま紙業界はある意味、対立的な関係にあるのですが、TECIDOの社長はふすま紙を日本の伝統としてリスペクトしていて、『日本のふすまを盛り上げたい』という私の想いをわかってくれたようでした。とてもありがたかったです」
偶然にも大場紙工の社長は、坂田さんの大学(武蔵野美術大学)の先輩だった。
「古い慣習にとらわれず、クリエイティブなものを創ろうという志向がある方で、私の想いも理解してくれました」
予想以上の反響! ふすま産業を盛り上げる力になりたい

坂田さんは大場紙工に足を運び、職人の仕事を見ることもできたという。
和紙の上にシルクスクリーンやオフセット印刷で柄をつくる。色ごとに大きな版があり、それらを重ねることで絵柄ができていく。
「圧力のかけ方、接着させる秒数など微妙な力で刷り上がりの美しさが違ってくる。インクへのこだわりもすごい。熱い想い! 職人さんの仕事を間近でみて感動しました」
そうしたプロセスを経て完成したふすま紙。「獅子地紋」は予想よりも売れ行き好調で、「最初に印刷した商品を売り切るまでは、半年から1年かかる」と見込んでいたのが、発売2ヶ月で売り切れに。6月初旬の時点で3度目の重版。
第2弾の「月に鶴」は、和食レストランや着物教室など、華やかで個性的な和の空間が必要とされているところからのニーズが高いという。
「私はDIYでふすまを張り替えようという提案をしているわけですが、その昔の日本ではふすま紙や障子は、家庭で張り替えをしていました。そういう住文化が見直されるきっかけにもなってくれれば」と話す坂田さん。次なるふすま紙のアイデアを温めている。
今後の一層の盛り上がりを楽しみにしたい。
夏水組
http://www.natsumikumi.com/
Decor Tokyo
https://decor-tokyo.com/
MATERIAL 中川町
https://materialnakagawamachi.wordpress.com/
ネットショップMATERIAL
https://material-interior.com/item
2017年 07月25日 11時08分