秋の週末3日間、大事に守られてきたモダン建築群が、一斉に扉を開く
京都といえば神社仏閣のイメージが強いが、実は珠玉の近現代建築の宝庫でもある。
その魅力を堪能できるイベントが、今秋に予定されている。2022年11月11日(金)〜13日(日)に開催される「京都モダン建築祭」。ふだんは入れない建物を見学できたり、所有者や専門家の解説を聞けたりする、またとない機会になりそうだ。現在、賛意を募るためのクラウドファンディングがラストスパート中(2022年8月31日まで)。サポーターとして、開催に一役買うことができる。
「京都モダン建築祭」の企画が持ち上がったきっかけは、2021年9月25日〜12月26日に京都市京セラ美術館で開催された『モダン建築の京都』展にある。京都市内に現存する明治・大正・昭和の建築物36を厳選し、建設当時の貴重な図面や模型、写真や実物の部材、家具などとともに紹介する展覧会だった。なにしろ会場そのものが超一級のモダン建築で、なおかつ展覧会鑑賞後には本物を見に行けるというユニークなコンセプト。現地で解説を聴ける音声アプリ開発やガイドツアー、非公開建築物の特別公開など、多彩な連携企画も実施された。
連携企画の1つとして、遠方からも多くの参加者を集めたのが「展覧会公式オンラインサロン」という試みだ。月額のサブスクリプション方式で、オンライン講座を月2回・計10回配信、リアルツアー14回を開催。会員数は350人を超えたという。
このサロンの運営に携わったのは、京都で手づくり感あるまち歩きイベントを10年以上続けてきた「まいまい京都」。その「まいまい京都」が「京都モダン建築祭」の事務局も担っている。
「まいまい京都」の藤井容子さんは言う。「サロンの打ち合わせの中から、展覧会が終わったあとも、定期的に建物の公開イベントができるといいね、という話が持ち上がりました」。『モダン建築の京都』展会期末の2021年暮れ頃から、「京都モダン建築祭」実行委員会の組成に動き始めたそうだ。
京都は“生きた建築博物館”。各時代の多彩な歴史的建造物が現存
「“モダン建築”という言葉は、建築史の専門用語ではないんです(※)」と『モダン建築の京都』展の企画者である、京都市京セラ美術館 事業企画推進室 企画推進ディレクターの前田尚武さん。「建築史に“近代建築”や“モダニズム建築”という言葉はありますが、明治以降の建築を総括する言葉はありません。それを、ここでは“モダン建築”と呼ぶことにしました」
日本のほかの大都市に比べ、戦災や震災の被害が少なかった京都には、古建築から近現代建築まで、各時代の名建築が揃っている。現存する建築物を巡りながら、日本の建築史を辿ることができるのだ。「これは世界的に見ても希有なことで、京都は“生きた建築博物館”といえます」と前田さん。前田さんはもちろん、「京都モダン建築祭」の実行委員にも名を連ねている。
京都のモダン建築はまた、東京や大阪と比べてもバラエティに富んでいるのが特徴だ。
明治維新のあと、首都が東京に遷されて、京都は一時、急速な衰退を経験した。その後、復興の推進力となったのが教育や殖産興業、文化・観光などだ。東京や大阪で実践を重ね、成熟した洋風の様式建築も、京都で花開いた。京都モダン建築祭実行委員の1人であり、建築史家・大阪公立大学教授の倉方俊輔さんは、次のように解説する。
「大阪のモダン建築は大正末期から昭和初期の鉄筋コンクリート造が中心ですし、東京に残っているのは公共的なモダン建築が多い。京都は公共以外にも、私企業や大学、教会などがそれぞれ多様な建築をつくり、今も大切に残し、受け継いでいます。近代初期にキリスト教の各宗派が拠点を置き、大学や教会を建てたことも、今の京都らしさにつながっています」。
店舗やレストラン・喫茶店といった商業建築にも個性豊かな建築があり、こうしたモダン建築群が比較的狭い範囲でまとまって見られるのも京都ならではだ。
京都で見られる多様な用途のモダン建築。左上/西本願寺の学寮にルーツを持つ龍谷大学の大宮学舎本館。1879(明治12)年竣工で国の重要文化財 右上/1890(明治23)年竣工の家邊徳時計店。まだ西洋建築の情報が不十分な時代に創意工夫で建てられた。当初は文明開化を象徴する時計塔があったそう 左下/自動車販売会社の店舗兼オフィスとして1923(大正12)年に建てられた富士ラビット。自動車やタイヤが描かれたステンドグラスが残る。今もテナントビルとして使われ、1階には飲食店が入居 右下/四条大橋の袂で威容を誇る東華菜館は、「レストラン八尾政」として1926(大正15)年に建てられた。設計は、京都大学や同志社大学のキャンパスにも作品を残したW.M.ヴォーリズ“オーナーズファースト”で、持ち主も来訪者も建築物から学びを得る
「京都モダン建築祭」がお手本と仰ぐのが、大阪で2014年から毎年秋に開催されている「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪(イケフェス大阪)」だ。前出の倉方さんは、当初からイケフェス大阪の実行委員も務めている。
「イケフェスで学んだことですが、建築公開イベントは、一般的な観光とは少し意味が異なります」と倉方さん。
「観光は観る人が主役だけれど、建物公開は、第一義的にオーナーが主役です。建築を開くことで、オーナー自身がその建築への理解を深めたり、訪れた多くの人から新たな理解や共感が得られたり。その建築が建てられた時代背景、そこから何をどう受け継いできたか、それが今の時代においてどんな意味を持つのか。オーナーも訪れた人も、もの言わぬ建物から何事かを学び取る。何よりも、オーナー自身が、公開してよかった、と思えることが一番。“オーナーズファースト”の精神が大事だと私は考えます」。
第1回の目標は30件の公開。来年以降も恒例イベントとして開催
「京都モダン建築祭」実行委員会には、前出の前田さん、倉方さんのほか、京都工芸繊維大学助教の笠原一人さん、京都市観光協会担当部長の濱崎麻智さん、京都市文化市民局文化芸術都市推進室文化財担当部長の山口壮八さん、「まいまい京都」代表の以倉敬之さん、京都市産業観光局観光MICE推進室観光誘客誘致課長の恵良陽一さん、京都ユースホステル協会専務理事高田光治さんが名を連ねる。
さらに2022年6月末には、正式に京都市との共催事業となった。市の予算がつくわけではないが、京都市の文化財保護課が建物公開に向けて尽力しているそう。7月4日には特別企画として『モダン建築の京都』オフィシャルサロンの後身である「あつまれモダン建築部」による京都市庁舎見学ツアーも開催された。
仮にクラウドファンディングが目標額を達成しなくても「京都モダン建築祭」は開催される。前出の「まいまい京都」藤井さんは「以後も毎年恒例の企画にしていくつもりです」と意気込みを語る。
第1回の公開目標建築物数は30件だ。7月29日時点で前出の京都市役所本庁舎やフォーチュンガーデン京都(島津製作所旧河原町本社)、革島医院のほか、平安女学院大学(明治館、聖アグネス教会)や大丸ヴィラ(下の写真)などの公開が決まっている。参加者はパスポートを購入して公開中の建築を巡ったり、予約制のスペシャルガイドツアーに参加したりできる。
会期の11月11日(金)〜13日(日)は、暑からず寒からず、建築を巡ってまちを歩くのに、ちょうどよい気候が期待できそう。紅葉には少し早いので、週末の京都としては、渋滞や混雑に巻き込まれる心配も少ない。ちなみに今年(2022年)のイケフェスは10月29日(土)・30日(日)を予定している。秋の近畿は、建築が熱い。
京都モダン建築祭公式サイト https://kenchikusai.jp
Twitter https://twitter.com/kenchikusai
Instagram https://www.instagram.com/kenchikusai/
京都モダン建築祭CFページ
https://motion-gallery.net/projects/kyotomodernarcfes2022
※2021年9月6日「『モダン建築の京都』オフィシャルサロン 第1回:仕掛け人が語る、建築展覧会の舞台裏」レクチャーより引用
参考文献:『モダン建築の京都100』石田潤一郎、前田尚武編著、Echelle-1
『京都近現代建築ものがたり』倉方俊輔著、平凡社
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