アートの力を借りて、有楽町のあるべき姿を探る
東京の玄関口、東京駅至近の大手町から丸の内、有楽町までの一帯は、大丸有(だいまるゆう)エリアと呼ばれている。皇居の東~北東側に位置し、日本全国、世界各国から多くの人が観光で訪れるだけでなく、新旧のビルが約100棟建ち並び、約4,300事業所が集う世界屈指のビジネスエリアでもある。
2022年2月1日からここで、「YAU(ヤウ)」と銘打ったユニークな社会実験が始まった。期間は4ヶ月間だ。名称は「YURAKUCHO ART URBANISM(有楽町アートアーバニズム)」を略したもので、ごく簡単に言えば、アートの力に着目したまちづくりの社会実験である。大丸有エリアのまちづくり団体である一般社団法人 大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会およびNPO法人大丸有エリアマネジメント協会により組成された「有楽町アートアーバニズムプログラム」実行委員会(主催)、活動を支援する三菱地所株式会社がともに取組んでいる。
「大丸有エリアの大手町と丸の内は、建物の建て替えを含めてすでにまちの更新が大きく進んできているのですが、有楽町はまさにこれから更新が始まるところ。これから50年後、100年後と長い先を見据えたとき、有楽町がどのように変わっていくべきかという問題意識がありました。そういった状況の中で、“アート”が考えるフックになるのではないかと発想したわけです」(三菱地所 エリアマネジメント企画部担当部長 井上成さん)
アートの力を借りるとはいっても、単にまちの通り沿いや公共空間、建物の室内などにアーティストの作品を点在させるといったものではない。未来の大丸有エリアの姿を見据え、いかにアートのもつ創造力を都市に取り込むか、が大きなテーマである。その新しいまち(都市)を目指すムーブメントこそが、「アートアーバニズム」。アートと都市計画用語の「アーバニズム」を掛け合わせた造語だ。
大丸有まちづくり協議会事務局の森晃子さんはこれまでの経緯をこう話す。「当協議会は2019年にエリアマネジメントの観点から、アートを都市にどう取り入れていくべきかを議論するため“アート×エリアマネジメント検討会”を設置しました。都市において、アートが生みだすクリエ-ションを一体化させる新しいまちづくりの取組みを『アートアーバニズム』と名付けて提言しコンセプトとしました。
2月より当地区にアーティストが滞在し、アートの制作過程を街なかで広く公開することで、街で働く人々とアーティストのあいだに多様な交流が生まれつつあります。企業が取組んできた環境課題や社会課題への取組みを知ることは、アーティストにとって作品を深化させるきっかけになったりもします」
YAUプロジェクトのプロデューサー、深井厚志さんはこう付け加える。
「ビジネスマンと呼ばれる人たちが、普段は会う機会のないアーティストの考え方や視点と直接触れ合って相互に交流する。これが大切です」
活動の3本柱、アーティストスタジオ、相談所、スクール
YAUの活動は3本の柱から構成されている。ひとつめは、アーティストたちが作品の制作過程を公開しつつ、オフィスワーカーをはじめさまざまな人たちと交流するアーティストスタジオ、ふたつめは若手のアーティストの制作などに関するアドバイスを行う相談所、3つめは大丸有エリアのオフィスワーカーがまちとアートについて学ぶスクールだ。有楽町ビル10階にある約1,200m2の空間にはアーティストが滞在制作を行うスタジオ、「YAU STUDIO」を、国際ビルの地下飲食街に居酒屋を居抜きで活用した相談所、「YAU COUNTER」を設けた。スクールのプログラムは、双方の会場を活用する。
YAU STUDIOでは現在、2つのアートチームがシェアスタジオを実施している。ひとつは主に写真・映像を用い、もうひとつはパフォーミングアーツの企画やコーディネートを手掛ける。
「ここで行うアートは最初から種類を決め打ちしているわけではなく、あらゆる種類を試しながら、フィットするものを検証している段階です。それぞれ特性がまったく異なりますから。オフィスワーカーとの交流しやすさですとか、制作する際の騒音の大小や材料の薬剤などの臭い、活動時間なども検討の必要がありますね」(深井さん)
スタジオには新たに間仕切りなどは設けず、開放的な空間で、緩やかなゾーンごとに制作作業や打ち合わせなどを行うようにした。イノベーションにつながるような異分野のアーティストとの交流、コラボレーションなども期待しているからだ。
「偶発的にパフォーミングアーツと写真・映像のあるアーティストが知り合い、情報交換したり、視野を広げたりすることもできるでしょう」(深井さん)
通り沿いのショーウィンドウ、アートプロジェクトから活動を染み出させる
まちづくりの視点では、オフィスワーカーとアーティストとの交流をより促すために、このような活動をまちに染み出させていく試みも、さまざまな協働者との連携で積極的に行ってきた。まち中の各所に作品を点在させた「東京ビエンナーレ」(2020・2021年、主催=一般社団法人東京ビエンナーレ)や、丸の内仲通り沿いのショウウィンドウギャラリーで現代アートを見せる「有楽町ウィンドウギャラリー」(2022年、主催=一般財団法人カルチャー・ヴィジョン・ジャパン、企画=一般社団法人日本現代美術商協会[CADAN])などもその一例で、建物の内外を問わず、まちをアーティストの発表の場として縦横無尽に活用してきた。
そのひとつとして、アートプロジェクト「ソノ アイダ」との連携も2020年から行っている。「都市の中で空いてしまった空間や、期間限定で空いてしまった空間を対象に、“そのアイダを埋める”という発想から生まれたプロジェクトです」(井上さん)
現在、新有楽町ビル1階、通りに面した空き店舗を空間メディアとして活用して展開する。当該空間にアーティストがアトリエを移設し、完成した作品のみならず、制作している様子も常に公開するという趣旨だ。通りを行き交うオフィスワーカーには、ガラス越しにその様子が自然に目に入ってくる。発案はアーティストの藤元明さんで、“展示”されるアーティストは約1ヶ月ごとに入れ替わっていく。
アーティストが自由に活動できる環境づくりに注力
アートをフックにしたまちづくりを成功させるために、深井さんが留意していることがある。「運営側の僕たちがやることを指示するわけではありません。アーティストたちは想像する以上に自由に物事を発想して自由につくっていきますから、僕たちはそれをサポートできる環境を保つことが大切です」(深井さん)
深井さんたちスタッフはそこから生まれるものをなるべく許容して受け止め、アーティストたちが表現や交流などで使い倒すことが、まちを変革するエンジンとなると考えているという。
井上さんはこのように語る。
「従来の都市計画は、最初に将来のまちのあるべき姿からしっかりとマスタープランを固めて、それに沿って建物や機能を当てはめていくやり方が主流でした。僕らが今進めているまちづくりはそうではありません。5年先、10年先の社会を見通すことが難しい以上、色々な可能性を実証的に試す中でまちの更新を進める、いわばアジャイル的な都市計画と呼べる手法です」
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