外国人アーティストが集う、アトリエと住居スペース

東京都杉並区の西荻窪駅と上石神井駅の真ん中あたり、閑静な住宅街の一角に「遊工房(ユウコウボウ)アートスペース」がある。ここは、民間が行うアーティスト・イン・レジデンスのパイオニアの一つで、外国人のアーティストが居住しながら創作活動をできる場所だ。

遊工房アートスペースには、3つのアトリエと3つの居住スペースがあり、同時に3組のアーティストを受け入れ可能だ。それぞれにキッチンとトイレを有し、間取りや広さが少し異なるが、2人でも住める構造になっている。なかには天井高が3メートルのアトリエもあり、大きな作品にも挑める。

アーティスト・イン・レジデンスとしてのスタートは1989年だ。もともと自宅だった建物などをリノベーションし、これまで世界中から多くのアーティストを受け入れてきた。オーナーの村田さん夫妻のほか、美大出身のアート・マネジメントを学んだ日本人の若い女性スタッフが運営を担っている。

創作に集中できるということで、このようなスタイルを好む海外アーティストがいるそうで、短い人で1ヶ月、長いと6ヶ月ほど滞在していくという。

アーティスト・イン・レジデンスに滞在して製作したスペイン人の女性アーティスト(左)アーティスト・イン・レジデンスに滞在して製作したスペイン人の女性アーティスト(左)

診療所の建物をリノベーションして活用

上:遊工房アートスペースの外観で、かつては診療所だった/下:村田さんは、現代アートの普及にも熱心だ上:遊工房アートスペースの外観で、かつては診療所だった/下:村田さんは、現代アートの普及にも熱心だ

建物は、村田さん夫妻が暮らす本宅と別棟からなる。別棟は築70年で、もともとは診療所だった。医師だった村田さんの父親が戦後、ここで開業し、結核の療養施設(サナトリウム)も併設していた。木造建築がほとんどだった当時に鉄骨を活用した建物は珍しく、リベット工法により頑丈なつくりになっている。

診療所としては1970年代後半まで使われていた。息子である村田さんは、工学系の大学へ進みエンジニアになっていたため、診療所を継ぐ人がなく、父親の引退後約10年間は、複合施設として活用していた。当時は、東洋医学の治療院、アニメスタジオ、近隣の子どもたちのための絵画教室、子ども図書館、そして東京芸大出身で彫刻家の奥様のアトリエなど、いろいろな用途に活用されていたという。

そんななか、奥様が海外でアート系のシンポジウムに出席する機会があった。フィンランドやトルコ等に出向き、そこで海外アーティストと知り合って、その後、彼らの国を訪れ、アトリエにも立ち寄った。その際に東京のこちらのアトリエを見たい、または滞在しながら創作したいという申し出があった。海外アーティストとのネットワークが広がり、空きスペースだった場所をアトリエとして使ってもらうようになると、滞在しながら創作するアーティスト仲間が増えていった。

そして、1989年にアーティスト・イン・レジデンスとする決意をして、何度かの改修を経て、現在の形に整えた。

年内は予約でいっぱい。多彩なアーティストが来訪

上:快適な寝室からは緑の豊かな庭が見える/下:キッチンには冷蔵庫や電子レンジ、さらに食器まで充実上:快適な寝室からは緑の豊かな庭が見える/下:キッチンには冷蔵庫や電子レンジ、さらに食器まで充実

遊工房アートスペースは、いくつものアーティスト・イン・レジデンスの世界ネットワークのメンバーになっている。例えばヨーロッパに本部を持つ団体には、世界700のアーティスト・イン・レジデンスが登録しているという。その情報を見て、アーティストが予約をしてくるそうだ。

現在、3つの部屋とアトリエは、年内すべて予約が埋まっている。
以前は問合せがあり次第、予約を受けていたが、キャンセルなどがあると煩雑になるため、受付を年に2回のタイミングに絞っている。6月末に翌年のスケジュールの予約受付が始まるが、すぐに埋まってしまう人気ぶり。同年12月末に2次募集の受付があるが、それは6月に入った予約のキャンセルなどが出た場合の、補欠申し込みになる。

アーティスト・イン・レジデンスは旅行と異なり、1年以上前と早い時期に申し込みが来るのが特徴だ。
アーティストのうち半分は、例えば自国の芸術財団等の援助など、なんらかの補助金を使ってやってくると村田さん。「欧米では芸術を育てていくための財団が充実しているからでしょう。アーティストへの支援は、将来への投資と考えられています。」と言う。

また欧米の団体は日本のように単年度予算ではないので、早い段階で財団の補助金のメドがたち、アーティストも安心して予約を入れられる。しかし、ときに補助金の申請が通らないケースもあり、その場合、キャンセルとなってしまう。

遊工房アートスペースにやってくるアーティストは、ジャンルが幅広い。もちろん彫刻や絵画の美術製作の方もいるが、そのほか、作曲家、小説家、写真家、パフォーマー、映像作家、リサーチャーなども、これまで受け入れてきた。
そこで、部屋割にもその特徴を考慮してきた。美術製作者はアトリエを必要とするので、部屋がアトリエに隣接したタイプ。一方、小説家や写真家のようにアトリエを必要としない場合、部屋とアトリエが離れたタイプにする。その場合、使わないアトリエは在京のアーティストに制作スタジオや展覧会会場として貸し出すこともあるそうだ。

地域とつなぐコーディネート力が要求される

ジュリア・サントリさんによるパフォーマンス。彼女は、ブルックリン(ニューヨーク)を拠点に活動する学際的なアーティストで、実験音楽家、作曲家でもあるジュリア・サントリさんによるパフォーマンス。彼女は、ブルックリン(ニューヨーク)を拠点に活動する学際的なアーティストで、実験音楽家、作曲家でもある

村田さん夫妻は、アーティストの滞在中、なるべく彼らの要望を汲み取るように努めている。電動ドリルなど、事務所にある備品の貸し出しはもちろん、画材が必要であれば近隣の大型画材店を紹介し、足りない工具等があれば歩いて数分のホームセンターを案内する。
また滞在者がリサーチのために行きたい場所があれば、そこで誰に会えばよいのかまでアレンジする。国内のレジデンスや学芸員のネットワークがあるので、自分たちでわからない場合はそこに相談し、紹介してもらう。
さらにアーティスト同士の交流もサポートしていて、東京芸大や杉並区内にある女子美術大学の先生とのネットワークでつないだりもしている。

滞在するすべてのアーティストには、滞在期間の最後の週に成果物の発表会やトークを開催してもらい、地域やアート関係者との接点をつくっている。その際には、オープンエキシビションとして、多くの見学者が訪れ、またレセプションパーティーもあり、来場者との会話も盛り上がる。来場した美大生たちにとっては、海外のアーティストと話ができるのは刺激的と言えそうだ。一方、海外のアーティストも日本の美大生や専門のギャラリストと意見交換できるのを喜んでいる。

このような取組みが満足度を高め、多くのアーティストから支持されているのだろう。ここ最近、地方行政主体でアーティスト・イン・レジデンスが増えているが、マネジメントする人材なくしては、うまくいかないと村田さんは警鐘を鳴らす。常にアーティストに寄り添う努力がなければ、ただの箱ものになりかねないからだ。

西荻窪を巻き込んだ運動に発展している

村田さんが立ち上げに関わった「トロールの森」の告知ページ。実際の作品が公園に並ぶ村田さんが立ち上げに関わった「トロールの森」の告知ページ。実際の作品が公園に並ぶ

このように、成果物として展示会をやるようになったことで、20年前にアートスタジオからアートスペースに名前を変えた。展示は現代アートが中心なので、一般的には馴染みが薄い。だから村田さんは、外へ出て現代アートに親しんでもらう機会を設けようと考えたそうだ。

そこで、地域のNPO法人を立ち上げ、現代アートの屋外展示を主催した。場所は近所にある都立善福寺公園だ。当時は、瀬戸内芸術祭もない時代で、現代アーティストによる屋外展示というのは画期的な取組みだった。この公園全体をギャラリーと見立て、「トロールの森」という野外展として名付けた。
2002年の春にスタートし、最初は3人の作家による3週間ほどの展示だった。その後、現在まで毎年、開催されている。

最初はなかなか理解されずに苦労したそうだが、3年目になると、公園を管轄する東京都も理解を示し、後援としてサポートしてもらえ、運営しやすい環境が整ってきた。また、当初は春の開催だったが、野鳥の営巣の時期と重なることもあり、4年目からは秋の開催に変更した。

今では「トロールの森」実行委員会が運営を担い、村田さんは10年前に事務局長の職務を若手にバトンタッチしている。

最初の頃は、屋外展示のみだったが、その後アートパフォーマンスが加わった。最近では、さらに西荻窪のギャラリーとのコラボ企画もあり、まちなかにも広がっている。西荻窪はもともとギャラリーや手作り雑貨のお店が約100店舗もあり、アートとは相性が良いまちなので、スムーズに受け入れられたのだろう。

遊工房アートスペースが始めたアーティスト・イン・レジデンスの小さな活動は、西荻窪エリアを巻き込んだ現代アートのイベントに成長しつつある。


遊工房アートスペース
トロールの森

2019年 06月21日 11時05分