交通渋滞解消のほか、さまざまなメリットを創出する鉄道の高架化事業

JR中央線「東小金井」駅前。2009年12月に上下線ともに高架化工事を完了したJR中央線「東小金井」駅前。2009年12月に上下線ともに高架化工事を完了した

踏切による交通渋滞や事故の解消、鉄道により分断された市街地の一体化、高架下等の空間の有効活用をはじめ駅周辺の効率的な土地利用、さらには騒音や排気ガスの減少による環境への負荷の軽減にもつながる鉄道の高架化事業。都市部の各線で高架化事業が行われている様子をよく目にすることだろう。

各地で鉄道の高架化事業が行われ、駅前の再開発や高架下の有効利用などにつなげている中で、高架下を若者のビジネスチャンス創出や地域交流拠点などとして有効活用しているという、中央線「東小金井」駅周辺の事例を紹介する。

JR中央線「東小金井」駅前。2009年12月に上下線ともに高架化工事を完了した下り方面が単式ホーム1面1線、上り方面が島式ホーム1面2線、計2面3線のホームを有する高架駅となった「東小金井」駅

「東小金井」駅周辺の高架下は、創業支援、起業支援をテーマに開発

高架下にはさまざまな店が軒を連ねる高架下にはさまざまな店が軒を連ねる

中央線の「三鷹」駅~「立川」駅間の連続立体交差事業は1994年に都市計画決定され、1999~2010年にかけて行われた延長13.1km、6市にまたがる工事により、18ヶ所の踏切が撤去された。その高架化工事で生まれた高架下スペースの開発や街づくりを行っている、(株)JR中央線コミュニティデザインの石井圭さんに、中央線の高架下の活用方法や開発の狙いなどをお聞きした。

「中央線の高架化により生まれたのが約9km、7万m2という高架下のスペースです。当時の高架下といえば駐車場や倉庫などに利用されることが多く、そのイメージは『暗い・汚い・怖い』といったものだったと思います。そこでわれわれはそのイメージを一新し、単なる高架下開発ではなく街づくりまで考えた、『緑×人×街つながる』をコンセプトにした『中央ラインモール構想』を立ち上げました。沿線価値の向上を目指し、自治体や周辺地域の皆さま、商店街の皆さまのご意見をお聞きし、相談を重ねながら開発を進めてきました」(石井さん)

高架下開発のなかでも「東小金井」駅周辺は、創業支援、起業支援をテーマに開発したゾーンだと話す。「東小金井」駅を出て高架下を東に少し歩くと、「KO-TO」「PO-TO」「MA-TO」という3つの施設がある。

「KO-TO」とは「東小金井事業創造センター」の通称で、小金井市が設置した公共の創業支援施設。開設は2014年4月。フリーアドレス席のシェアスペース、個室、ブースからなり、法人登記も可能だ。
「PO-TO」は、店舗、工房、ショールームを併設できるシェアオフィスで、2017年9月開設。高架下の道路に面してドアが連なり、隣り合う部屋同士の行き来も可能で、創業者、小商い、ベンチャー企業など、利用者同士のコラボレーションを生み出している。
「MA-TO」は、自分のオリジナル商品を作って販売することができる、食とものづくりの分野に特化したシェア施設で、2019年3月開設。専有個室、シェアキッチン、シェア工房、教室、屋外スぺースから使用スタイルに合った区画を選択することができる。
「KO-TO」「PO-TO」「MA-TO」を合わせて150以上の起業家が集積する、創業支援施設群が高架下に形成されている。

「『KO-TO』は小金井市の施設で、『PO-TO』『MA-TO』は当社と創業支援を行っている株式会社タウンキッチンがタッグを組んだ施設です。小金井市とは思いはひとつで、地方創生に係る事業の一環として高架下を郊外らしい働き方の拠点と位置づけ、市内で小さな事業を立ち上げる方々を応援しています」(石井さん)

高架下にはさまざまな店が軒を連ねる小金井市が設置した公共の創業支援施設「KO-TO」。
創業のワンストップ窓口として個別の創業相談などにも対応し、市内の創業支援を行っている
高架下にはさまざまな店が軒を連ねる店舗併設可能な個室と、24時間365日利用可能なデスク席からなる「PO-TO」。2017年9月開設
高架下にはさまざまな店が軒を連ねる2019年3月に開設された、商品の製造から販売までを一貫して行える「MA-TO」

遊歩道や学生寮の設置、シェアサイクルの貸し出し、エリアマガジンの発行など、ハード&ソフト両面から街を活性化

夜も安心して歩ける「ののみち」夜も安心して歩ける「ののみち」

高架橋の下までがJRの所有する土地ということもあり、歩行者が歩きやすいように高架下には必ず遊歩道を設置していることもハード面の配慮のひとつ。
「高架下には『武蔵野のみち』にちなんで名づけた『ののみち』という歩道を設けています。夜も行灯のような照明を設けることで歩きやすくしています」と石井さん。

ソフト面では、エリアマガジン『ののわ』を創刊し、情報の発信から始めた。
「地域のライターさんに記事を書いてもらうことでライターさんとのネットワークを構築できたほか、ワークショップで地域の方々とのつながりもできました。現在はウェブで同様の発信を行っています」

2020年春には、「東小金井」駅~「武蔵小金井」駅間の高架下にデザイナーズ学生寮「中央ラインハウス小金井」をオープン。全長350mの敷地に全109室を設置。JR東日本エリアでは初の高架下学生住宅開発となる。
「東小金井駅周辺は第一種低層住居専用地域が多く、住宅以外の建物が建てにくい環境です。そこで高架下に学生寮をつくるなど、用途地域に応じた開発も行っています」

また、新しい試みとしてICカード「Suica」をそのまま会員証として利用できるシェアサイクル「Suicle」の貸し出しポートを設置。ポートは「東小金井」駅のほか、「武蔵境」駅、「武蔵小金井」駅、「国立」駅に設置。24時間利用できるほか違うポートへの返却も可能で、地域全体の回遊性向上にも貢献している。

夜も安心して歩ける「ののみち」高架下につくられたデザイナーズ学生寮「中央ラインハウス小金井」
夜も安心して歩ける「ののみち」コンパクトなスペースを機能的に活用した「中央ラインハウス小金井」の室内

コーヒー、ビール、パン。さまざまなイベントを開催して地域のショップを応援

大盛況だった「中央線コーヒーフェスティバル」のチラシ大盛況だった「中央線コーヒーフェスティバル」のチラシ

勢いのあるまちづくりを行い、沿線価値の向上を図るために、(株)JR中央線コミュニティデザインではさまざまなイベントを開催。「東小金井」駅近隣だけでも、「中央線コーヒーフェスティバル」「中央線ビールフェスティバル」「中央線パンまつり」などのイベントを行っている。

「2019年11月の週末に、沿線のコーヒー店やスイーツ店に出店していただき東小金井駅の高架下で開催したのが『中央線コーヒーフェスティバル』。2日間で約1万人の方が来場してくださり、大盛況のイベントとなりました。

中央線沿線でクラフトビールの醸造が盛んなことから開催したのが『中央線ビールフェスティバル』。2019年9月に、東小金井駅の隣の武蔵境駅前の公園を武蔵野市からお借りして開催したところ、4日間で2万8,000人の方々にお越しいただきました。現在はコロナ禍で開催できないのですが、通販で『快速パック』『中央特快パック』と2品合計で300セットのビールを販売したところ、わずか3時間で売り切れて、人気の高さに驚きました。

コロナ禍のためテイクアウトのみの販売となりましたが、今年(2021年)3月には東小金井駅近くの公園で2回目の『中央線パンまつり』を開催しました。日替わりで約20店舗のベーカリーやショップが出店し、2日間で約1万2,000個のパンが売れました。

コーヒーやビール、パンと趣向を変えてイベントを行うことでたくさんの方々に駅前に来ていただき、興味を持たれた方はぜひ出店しているお店に行ってほしいと考えています。駅から離れていても、こんなにいいお店があると知っていただきたいのです。東小金井に賑わいをつくるのと合わせて、沿線には魅力のある店舗がたくさんありますので、そういった事業者さんにも元気になっていただきたい、ビジネスのチャンスを広げていただきたいと考えています」

大盛況だった「中央線コーヒーフェスティバル」のチラシ4日間で2万8,000人を集客した「中央線ビールフェスティバル」

「中央ラインモール構想」の手応えは?

お話を伺った、株式会社JR中央線コミュニティデザイン 常務取締役の石井圭さん。「コーヒーフェスティバルやビールフェスティバル、パンまつりなどのイベントのほか、地域で暮らす障がいのあるクリエイターを支援しようと、国立駅で『ものづくりのわ』という雑貨販売イベントを行っています。福祉バザーのような感じではなく、クオリティが高い商品をきちんとした価格で販売しようとする取り組みです。素晴らしいデザインとクオリティの商品がたくさんありますので、機会があればぜひ足をお運びください」お話を伺った、株式会社JR中央線コミュニティデザイン 常務取締役の石井圭さん。「コーヒーフェスティバルやビールフェスティバル、パンまつりなどのイベントのほか、地域で暮らす障がいのあるクリエイターを支援しようと、国立駅で『ものづくりのわ』という雑貨販売イベントを行っています。福祉バザーのような感じではなく、クオリティが高い商品をきちんとした価格で販売しようとする取り組みです。素晴らしいデザインとクオリティの商品がたくさんありますので、機会があればぜひ足をお運びください」

中央線「三鷹」駅~「立川」駅間の高架化が完了し、新たなまちづくりに取り組んできた石井さん。「中央ラインモール構想」の手応えをお聞きした。

「近隣にお住まいの方には、東西に延びる線路が高架化されたことで南北方向、線路横断方向での行き来がしやすくなったのと同時に、線路延長方向に『ののみち』という遊歩道を整備したことで行き来がかなりスムーズになったと喜ばれます。
以前から住んでいらっしゃる方には、東小金井駅が楽しげな雰囲気に変わってよかったというお話もよくお聞きしてうれしく思いますね。

不動産的な開発だけではなく事業という観点では、コロナ禍による外部環境の変化への対応が一番大切だと考えています。今後は駅に人が集まり電車を利用するということが少なくなるかもしれません。そういったなかで地域の皆さまが何を望まれているのか。それにきちんとお応えする事業をやっていきたい、まずそれが一番です。

小金井市など地元の方のお話では、周辺には副業を含め起業をしたいという人が多いとお聞きします。このようなニーズに応えられるように、さらにコワーキングスペースを増やすなど、スモールビジネスを中央線沿線で増やしていくことが早急に取り組むべきことだと考えています。

年に360日以上も営業する駅前の商業施設に出店することは家族経営では難しく、それなりの体力が必要になります。高架下と駅ビルを一緒に運営しているのも当社の強みですので、高架下などで小さくビジネスを始めて、ステップアップして駅ビルなどに出店していただけたらとてもうれしいですし、個性ある店の出店は沿線にお住まいの方にさらなる楽しみを提供できると思います。さまざまな場面で中央線沿線の方に喜んでいただけるような、ハード・ソフト両面からの開発を続けていきたいと思います」と石井さん。

都心への通勤のしやすさ、学生が多く活気に満ちた雰囲気、親しみやすさに加え、文化的な薫りも漂う中央線沿線。新たな産業が生まれ育ち、沿線価値の向上につながることを期待したい。

■取材協力/株式会社JR中央線コミュニティデザイン
https://www.jrccd.co.jp/company/

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