脱貧困への第一歩、家を安価に提供する

新型コロナウイルスの影響で、貧困がますます広がった。今年1月、菅首相は「政府には最終的に生活保護という仕組みがある」と述べたことは記憶に新しいが、生活保護を受けたいが簡単に制度を利用できない人もいる。例えば倒産や失業によって住まいを失った人や、家族のDVから逃げる人など、本当は住まいを持ちたいが持てないという人も多数おり、そんな住所不定者が生活保護制度を受けるためにはいくつかの障壁がある。

もちろん生活保護受給者だけが経済的に苦しいわけではなく、それは氷山の一角にすぎない。

仕事が決まらなければ家を借りることができない、家が借りられなければ仕事が決まらない…という負のスパイラルに陥ってしまう仕事が決まらなければ家を借りることができない、家が借りられなければ仕事が決まらない…という負のスパイラルに陥ってしまう

働きたいという意欲はあっても、住所が定まらないことで仕事が決まらない、さまざまな行政の支援を受けられない、保育園に子どもを預けられないなど、貧困から抜け出すために“住まい”は非常に重要なのだ。すべて行政がサポートできればいいのだが、それができない状況もある。

そこでシングルマザーなどの生活困窮者へ住居を安く提供し、入居後の自立支援をする事業「LivEQuality(リブクオリティ)」を、愛知県名古屋市の民間企業が始動させた。

今回は同事業の発起人である建設会社「千年(ちとせ)建設株式会社」の社長・岡本拓也さんと、事業戦略室・青木佑真さんにお話を聞いた。

シングルマザーなどの生活困窮者へ住居を安く提供し、入居後の自立支援をする事業「LivEQuality(リブクオリティ)」を、愛知県名古屋市の民間企業が始動させた。岡本さん(写真右)と青木さん(写真左)は、学生時代から社会的課題に取り組んでおりソーシャルビジネスに知見が深い

脱貧困に向け、異業種が協同する「コレクティブインパクト」とは

LivEQualityを紹介するうえで知っておきたいキーワードがある。それが「コレクティブインパクト」だ。

コレクティブインパクトとは、特定の社会課題解決に向け、ひとつの組織だけでなく、さまざまな企業やNPO、行政などが協同して取り組むこと。単なるコラボレーションにとどまることなく、コミュニケーションを取りながら、お互いを強化し連携していくスキームだ。

先述のとおりLivEQualityは、建設会社「千年建設株式会社」の社長・岡本さんが発起人となり立ち上げ、コレクティブインパクトの考えを基に事業をスタートさせた。

千年建設は建設会社であるため、物件を安くリフォームすることができる。修繕コストを下げた分、安い賃料で生活困窮者に提供することもできるが、「単に住まいを安く提供するだけでは貧困問題の解決とならない」と岡本さんは話す。入居後の自立支援が必要なのだ。

そこでタッグを組んだのが、ひとり親支援団体「リンクリンク」と、不動産会社「マメカバ不動産」だ。

リンクリンクは、シングルマザーの住まいや仕事探しのサポートをしている団体。シングルマザーの多くは非正規雇用で収入が少なくアパートの入居を断られることも多いが、今後はLivEQualityの物件により救われる人も増えるだろう。入居後はリンクリンクのサポートにより、自立への道も開ける。

そしてもう一つの協力者であるマメカバ不動産は、生活困窮者の物件探しをサポートした経験が豊富だ。LivEQualityでは入居前の窓口となったり、賃貸管理を通じ入居後の見守りを行ったりする。

この異なる業種の3社がタッグを組み、自分たちの得意を生かし、他と連携を取りながら事業を進めていくのが「LivEQuality」なのだ。

シングルマザーなどの生活困窮者へ住居を安く提供し、入居後の自立支援をする事業「LivEQuality(リブクオリティ)」を、愛知県名古屋市の民間企業が始動させた。3社のほかにも「現状をどうにかしたい」「自分にできることが何かあるはずだ」そう考える仲間が仲間を呼び、LivEQualityの輪が広がっている。個では実現が難しいことも、多様な業種のプロフェッショナルたちが集まることで解決に近づく

生活困窮者向け居住支援事業LivEQuality立ち上げへの道のり

大学時代にバックパッカーをしていたという岡本さん。ひょんなことから、当時世界最貧国といわれたバングラデシュを訪れた。その時に偶然とある日本人と出会い「マイクロクレジット」という仕組みを知ることとなる。

マイクロクレジットとは、貧困層や低所得者、シングルマザーなど、今までお金を貸してもらえなかった人に、民間組織が無担保で少額のお金を貸し、借り手はそれを元手に自らが事業をはじめ返済していくという仕組みだ。バングラデシュから始まり、その後アジアや南米などの発展途上国に広まった。

岡本さんはバングラデシュの地で、マイクロクレジットによりお金を貸してもらえたことに感動している人や、返済できたことで自信につながっている人の姿を目の当たりにした。自分を信頼してもらえることや何かを達成することで、人は尊厳と自信を持つことができると感じたという。そしてこのマイクロクレジットは国連などの大きな団体ではなく、民間組織が行っていることに深く感銘を受けたそうだ。

岡本さんは帰国後、バックパッカーで得た経験や思いを形にするため、公認会計士の資格を取得し、企業再生の仕事に携わる。その後、ソーシャルビジネスの経営支援や資金提供などを行う「SVP東京」の代表理事などを経て、約3年前に家業である建設会社を継いだ。

そして訪れたこのコロナ禍。生活困窮者が増えている現状と向き合い、岡本さんは自分のノウハウや経験、立場からできることは何かを考え、LivEQualityを立ち上げることにした。

LivEQualityは援助ではなく支援である。生活困窮者が自立をするために、マイクロクレジットのように少しのサポートをするのだ。

今後は他業種や行政などとも協同し規模拡大も視野に

千年建設が取得し運営をしている名古屋市東区の「ナゴヤビル」。名古屋中心部へのアクセスも便利な立地だ。ほかにも一棟アパートや区分マンションなども取得している千年建設が取得し運営をしている名古屋市東区の「ナゴヤビル」。名古屋中心部へのアクセスも便利な立地だ。ほかにも一棟アパートや区分マンションなども取得している
「自立に向け頑張ろう!という気持ちになるためには、ボロボロの家ではなくキレイな内装であることも重要だと思うんです」と岡本さん。同事業では住む人の気持ちも考えてリフォームしているそうだ「自立に向け頑張ろう!という気持ちになるためには、ボロボロの家ではなくキレイな内装であることも重要だと思うんです」と岡本さん。同事業では住む人の気持ちも考えてリフォームしているそうだ

LivEQualityは民間企業が運営している。もちろん利益も確保しなければならない。修繕コストなどをカットし家賃は下げるが、稼働率を上げることで結果として収益を上げていく。そこは会計士や弁護士などと共に、しっかりシミュレーションをしているそうだ。

「事業をスタートして2ヶ月ほどですが、個人からだけでなく行政からのお問合せも多数いただいております。今後は行政などとも連携を取っていきたいですね。しかし行政と連携することで制度に縛られてしまう側面もあります。住まいに困っている人の中には、行政の制度の枠に漏れてしまっている方もいらっしゃいます。LivEQualityはそのような人たちにもしっかりと目を向け、民間だからこそできることをしていきたいと考えています」と事業戦略室の青木さん。

LivEQualityで既に数組が入居し、脱貧困に向け前に進んでいる。今後は規模の拡大も視野に入れているが、まずは地元名古屋で実績を積み、しっかりとシステムを構築する。

「私がバングラデシュで偶然知ったマイクロクレジットは、偶然ではなく必然だったと思います。さまざまな経験を経て、たくさんの仲間に恵まれ、LivEQualityを立ち上げることができました。最初に入居された方の笑顔が忘れられません。あの笑顔が私の原点です」と語る岡本さん。

話を聞き、LivEQualityに関わる人たちの根本にあるのは“みんなの幸せを願う気持ち”だと感じた。コミュニケーションと信頼関係でつなぐこの事業。こういった時代だからこそ、この愛あふれる事業が、愛知から全国に広がってほしいと切に願う。