賃貸住宅では、断熱性能の優先順位が低くなりがち
夏は暑く、冬は寒い… 木造アパートには、そのイメージが定着しているのではないだろうか。
「夏は暑く、冬は寒い」のは、建設コストを抑えるため、断熱材の量が不十分で、性能の低いサッシとガラスを採用し、戸建など一般住宅と同様に気密工事などももちろんされていないからである。
断熱性能を含む建物の省エネ性能については、建築物のエネルギー消費性能に関する法律(以下「建築物省エネ法」)で基準が定められている。省エネ基準に適合させるために要する追加コストは、120m2の小規模一戸建て住宅で総建設費の約4.0%に上るという(第15回 社会資本整備審議会 建築分科会 建築環境部会)が、賃貸住宅の省エネ基準適合率は、分譲住宅・持ち家と比べると低水準となっている。
賃貸の場合は事業性が求められるが、設備の有無や間取りとは異なり、一見して見えない断熱性能は入居検討者に訴求しにくく、数値で表しても実感が伝わりづらい。そのため、入居率の向上に直結せず、費用をかけにくいのだ。
全国に数十棟もない!? HEAT20 G2グレードの木賃アパートが完成
横浜市鶴見区に、木造賃貸アパートのイメージを一変させる建物が竣工したと聞き、見学に訪れた。
JR鶴見駅からバスで16分、東急東横線綱島駅からバスで18分という場所にある「パティオ獅子ヶ谷」は、2戸×2棟の全4戸で構成される。一般的に断熱性能が低いとされる木造アパートながら、HEAT20(2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会)のG2グレードを満たす断熱性能をもつという。
HEAT20とは、室温を指標にして性能とコストを測る民間の水準で、前述の建築物省エネ法の省エネ基準よりも厳しい水準が採用されている。「パティオ獅子ヶ谷」が満たしたG2グレードは、平成28年省エネ基準と比べて、室温が15度未満となる割合が半減(※1)、暖房負荷も半減となる。G2グレードであれば、一戸建ての冷暖房がエアコン1台で賄えると考えてよい。室温の低下を防ぐことは、省エネ効果はもちろん、血圧上昇を抑えられることなど、健康への効果が認められることも国土交通省から発表されている(※2)
この物件は、屋根と外壁に高性能な発泡プラスチック系断熱材を使用するだけでなく、基礎の立ち上がりと基礎下にも断熱材を採用している。さらに室温の変化を抑えながら換気ができる高性能ダクトレス全熱交換システムや、熱伝導率の低い樹脂製サッシとLow-E複層ガラスを窓に採用するなど、徹底した断熱対策でG2グレードを実現した。(Q値:1.73、C値0.4、Ua値0.466 ※試験による実測)
この建物の設計者である有限会社スタジオA建築設計事務所代表取締役であり、建築家の内山章さんに話を聞くと、今回の物件は断熱性能を実感するための内装にもこだわり、フローリングにはアカシアの無垢材を使用しているとのこと。どおりで床からの冷気が伝わらないだけでなく肌触りも良い。さらに、通常ワンルームが8戸作れるところを、30m2超の「1.5人仕様」として4戸にとどめることで、一人暮らしでもゆとりがもて、2人入居にも対応できるような設計になっているという。機能面はもちろん、入居者が住んで気持ちの良い住宅をつくろうという内山さんの想いが形になっている。
(※1)関東以西の比較的温暖地の場合
(※2)国土交通省「断熱改修等による居住者の健康への影響調査」より
断熱木賃アパートの成功が、まちを変える
総建設費は一般的な木造賃貸アパートと比較し、10.8%高くなったという。賃貸住宅として重要となる利益幅を減らしても断熱性能の向上に踏み切ったのはなぜだろうか。事業主である岩崎興業地所株式会社 代表取締役専務の岩崎祐一郎さんは「今後のスタンダードにするべく、チャレンジした」と語る。
「パティオ獅子ヶ谷」で、断熱性能をあげることや、1.5人仕様という広さが入居率の向上につながることを実証できれば、今後同様の賃貸住宅を建設する際に金融機関も資金の融資を行いやすくなるというのだ。最寄り駅まではバスでのアクセスが必要で、決して競争力が高いとはいえないエリアで、高性能アパートを多く提供できれば、他エリアとの差別化につながるだろう。住まいに対する意識の高い人に多く入居してもらうことで、エリアのイメージを向上させることも見据えているという。地域の将来と真剣に向き合う、地域に根差した不動産会社ならではの視点だ。
「自分で選ぶ最初の家」のグレードが、その後の住宅への意識を変える
比較的エネルギー意識が高いといわれるドイツでは、国民の約半数が賃貸住宅に暮らす。内山さんがドイツを訪れた際、「持ち家の人は省エネ住宅に住むことでエネルギー革命に参加している意識を持てるが、賃貸住宅に住む人は意欲があってもその想いを叶えられないでいる。しかし、賃貸住宅だが屋根と外壁いっぱいに太陽光パネルが貼られた共同住宅があり、多少賃料が高くても、そこに住むことでエネルギー革命に参加している意識を持てるという理由で入居する人がいる」という話を聞いたという。今回の「パティオ獅子ヶ谷」で、そのようなコミュニティが生まれることも期待しているそうだ。
一方の日本では、約35%の人が賃貸住宅に居住している(2018年住宅・土地統計調査)。内山さんは「朝起きて寝るまで人間として同じことをしているのに、賃貸の人は寒くて当たり前、持ち家の人はそうでないという状況は、あってはならない」と話す。木造賃貸アパートは、最初に自分で選ぶ住まいとして選ばれることも多い。最初に住む家の断熱性能がしっかりしていれば、その後の住まい選びでも断熱性能に対する意識が変わるはずだ。木造賃貸アパートで高断熱の住宅を実現することは、初めての一人暮らしの際にも、快適で安心して住める家を提供するのはもちろん、今後、日本で高断熱住宅を普及させ、定着させるための布石でもあるのだ。
「パティオ獅子ヶ谷」から生まれるムーブメントに期待したい。
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