ユーザー需要はあるのに、賃貸住宅業界でなかなか登場しにくい“音楽賃貸”

▲名古屋の大動脈である地下鉄東山線と名城線の2路線が使える『本山』駅から徒歩わずか2分の立地に登場した“音楽賃貸”。利便性・住環境ともに申し分のない立地に建つ地上11階建ての賃貸マンションは、2019年12月に竣工した▲名古屋の大動脈である地下鉄東山線と名城線の2路線が使える『本山』駅から徒歩わずか2分の立地に登場した“音楽賃貸”。利便性・住環境ともに申し分のない立地に建つ地上11階建ての賃貸マンションは、2019年12月に竣工した

賃貸住宅業界において「コンセプト賃貸」というカテゴリーが登場するようになってから、もう10年近くたつだろうか。

コンセプト賃貸とは、従来型の「万人に幅広く受け入れられる賃貸住宅」ではなく、「特定の趣味や嗜好を持った人をターゲットにして設計された賃貸住宅」のこと。

ライフスタイルの多様化によって、際立つ個性を持った賃貸住宅が支持されるようになり、インテリアにこだわったカフェ風賃貸、アニメキャラクターとコラボしたサブカル賃貸、ビルトインガレージ付きの乗り物賃貸、ペット共生を考えた動物賃貸など、様々なジャンルのコンセプト賃貸が話題を集めてきた。

しかし、そんな数あるコンセプト賃貸の中でも“入居者ニーズは高いのに、なかなか新たに登場しにくい賃貸住宅”がある。それが楽器演奏OKの「音楽賃貸」だ。

音楽賃貸の場合、高い防音性能や楽器を搬入するための大型空間が必要とされるなど構造的な課題も多く、他のコンセプト賃貸と比較すると圧倒的に建設コストがかかる。また、使う楽器の種類によって共鳴周波数が異なることから「どんな楽器の使用を想定するか?」次第で内装の仕上げも大きく変わってしまう。そのため、コンセプトにこだわればこだわるほど「採算を取りにくいジャンル」となってしまうのだ。

そんな“貸し主側のオトナの事情”もある中、このたび名古屋市中心街からほど近い地下鉄『本山』駅前に、「ピアノ使用をメインに想定した音楽賃貸が誕生した」と聞いて取材に訪れた。

レッスンスタジオやカラオケボックスではなく、自宅内に練習場所がほしい

「物件名は『美サイレント本山』。建物は2019年12月に竣工し、昨年末から入居がスタートしました」。そう話してくれたのは、『美サイレント本山』の事業主であるバックオフィス有限会社の取締役本部長・宿里明徳さん。渡された名刺を見て驚いたのだが、本職は学習塾の経営を行っているという。

「わたしは『美サイレント本山』のプロジェクト担当者ではありますが、実はマンション開発や賃貸住宅事業に詳しいわけではないんです。

この音楽賃貸のプロジェクトを立ち上げることになったきっかけは、弊社会長の友人・知人に音楽家の方が多かったから。音楽家の方というのは、自宅に防音ルームを持っている方なら良いのですが、そうでない方はレッスンスタジオを借りたり、カラオケボックスへ通ったりと、常に練習場所を探しているんです。

“自宅に防音室をつくろうとすると数百万円はかかってしまうので、楽器演奏に特化したマンションがあったら嬉しいのに…”といった悩みを聞いているうちに、“24時間いつでも楽器を弾くことができて、音楽教室としても利用できるマンションをつくったらどうか?”ということで、このプロジェクトが動き始めました」(以下、「」内は宿里さん談)

▲『美サイレント本山』の外観とエントランスホール。管理規約では“どんな楽器演奏も24時間OK”となっているが、基本的にピアノ演奏を想定して設計されているため、外観やエントランスはピアノの鍵盤をイメージしたデザインになっている(2020年1月撮影)▲『美サイレント本山』の外観とエントランスホール。管理規約では“どんな楽器演奏も24時間OK”となっているが、基本的にピアノ演奏を想定して設計されているため、外観やエントランスはピアノの鍵盤をイメージしたデザインになっている(2020年1月撮影)

音響のプロにアドバイスを仰ぎながらつくりあげた“気持ちの良い演奏空間”

本職ではないマンション開発を担当し、約2年をかけてようやく形になったというから、開発秘話を聞いていると竣工にこぎつけるまでの宿里さんのご苦労が窺える。

「一般の賃貸住宅会社がなかなか音楽賃貸に手を出さない理由が今回よくわかりましたね(笑)。本格的な仕様にしようとすると、とにかく設計に手間がかかるんです。

最も苦心したのは音響面の課題でした。せっかくなら“プレイヤーの方に気持ちよく楽器を弾いてもらいたい”という想いがありましたから、防音だけでもダメ、吸音だけでもダメ。音の伸びは欲しいけれど、部屋の中で響きすぎるのもダメ…“ちょうど良いところ”の数値を測りながらつくったので調整が大変でした。プロのバイオリニストにアドバイスを仰いだり、音響のプロに設計監修をお願いしたり、建物が建ちあがった後も実際にいろんな楽器を弾いてみたりして、内装の微調整を続けました」

総戸数は全44戸。専有面積は32.91m2から122.85m2まで多彩な間取りが揃っているが、音響性を高めるために「天井を高くすること」に最もこだわった。平均天井高は3.75mと、通常のマンションでは考えられないほどの高さだ(参考までに、ハイグレード仕様とされている分譲マンションでも天井高は2.6~2.8m程度)。また、ドアは防音等級T2グレードの二重構造とし、まるで放送室の入口のようなカムラッチハンドルを設置。音が外へ漏れやすくなる給気口にも防音等級を備え、天井には吸音板が装備されている。

「もうひとつのこだわりは、すべての住戸にロフトを設置していること。省スペースに考慮したという理由もありますが、住居として考えた時に、練習用の空間と就寝用の空間を分けて寛いでほしかったのでロフトをつくりました。音楽仲間の方とルームシェアをして複数の方が練習室として使ったり、各住戸内で音楽教室を開くことも管理規約上OKとしています」

▲ヤマハなら『C3X』、カワイなら『GX-3』のグランドピアノが全住戸に入る設計で、高層階住戸の天井高は4.25m。音楽パーティや発表会に対応できる広さの住戸もある。もちろん、各住戸にはキッチン・バス・トイレとロフトが併設されている▲ヤマハなら『C3X』、カワイなら『GX-3』のグランドピアノが全住戸に入る設計で、高層階住戸の天井高は4.25m。音楽パーティや発表会に対応できる広さの住戸もある。もちろん、各住戸にはキッチン・バス・トイレとロフトが併設されている

“黄金の音楽ホール”には、スタインウェイB211を常設

筆者が取材して何より驚いたのは、建物1階にカフェバー、2階に音楽ホール、最上階に会員制ラウンジが設けられ、まるでバブル再燃を想わせるような豪華施設が揃っている点だ。

「いまどきは風鈴の音でもクレームになる時代ですから、一般の方たちは生活の中の音に敏感になっています。そういう中で、音楽家の方が安心して練習でき、暮らせる場所を提供することが当プロジェクトのコンセプトでしたから、そのコンセプトに付随する形で“マンションの中に、発表会で使える音楽ホールがあるといいよね”、“ホールをつくるなら、待ち合わせや演奏後の懇親会に使えるホワイエが欲しいよね”、“だったらカフェバーやラウンジがあれば嬉しいね”という風に、どんどん計画が広がっていったんです。

90席の固定客席は音響にも配慮してケヤキを使っています。2019年12月17日にこけら落とし公演としてピアノとバイオリンのリサイタルを行ったところ、音響については演奏者の方からも来場者の方からも“この規模でこの音なら十分だよ”と、概ね好評をいただきホッとしました。

ちなみに、ホールの利用料は利用時間帯によって異なりますが、平日は6,000円から3万3,000円、土日祝日は9,000円から5万円(いずれも税抜き)。マンションにお住いの方は入居者割引として50%オフになりますし、夜間(22:00~8:00)は無料でご利用いただけます。わざわざ外に出ることなくマンション内の住戸からホールへ直接移動できるので、特に女性音楽家の方は深夜の移動も安心できると思います」

▲防音と音響のプロが監修をしたという90席の『美サイレントホール』(2階)と『カフェ&バー 美サイレント』(1階)は一般の人たちも利用可能だ。舞台奥には控室もあり、常設されているスタンウェイB211は定期的にプロの手で調律が行われている。「音響面を一番に考えると本来は天井を貼らなくてはいけないのですが、音の伸びを考えると天井の高さも確保したい…この点の調整がとても難しかったです。音響反射板や干渉板を設置することで、楽器の種類に合わせて適正な音響調整ができるようになっています」▲防音と音響のプロが監修をしたという90席の『美サイレントホール』(2階)と『カフェ&バー 美サイレント』(1階)は一般の人たちも利用可能だ。舞台奥には控室もあり、常設されているスタンウェイB211は定期的にプロの手で調律が行われている。「音響面を一番に考えると本来は天井を貼らなくてはいけないのですが、音の伸びを考えると天井の高さも確保したい…この点の調整がとても難しかったです。音響反射板や干渉板を設置することで、楽器の種類に合わせて適正な音響調整ができるようになっています」

音楽を愛する人たちが集まる“新たなコミュニティ”の場に

入居開始から約3ケ月。『美サイレント本山』はまだ満室には至っていないが、反響としてはかなり大きく、想定していた音楽家の他にもイベント関係者など、“音を生業としている人たち”からの問い合わせが相次いでいるという。

「構造や設備にコストがかかっているぶん、一般の賃貸住宅と比較するとどうしても割高にはなります。そのため、この防音システムや天井高、音楽賃貸としてのコンセプトそのものに付加価値を感じていただけるよう、今後も発信を続けていきたいと考えています。

音楽を愛する人たちがこの場所に集まり、この場所から新しいコミュニティが生まれる…弊社会長がそんな“夢”を持ったからこそ実現することができた贅沢な賃貸物件だと思います」

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『美サイレント本山』の賃料は、一番小さな30m2台の住戸で10万8,000円から(いずれも敷金2ヶ月、礼金1ヶ月)の設定になっている。確かに周辺の賃料相場から考えるとやや割高感はあるものの、実際の防音性能や併設スペースを体感してみると、この賃料に納得できるユーザーも多いだろう。いつか、このマンションの入居者たちが集まってミニオーケストラが結成される日が来ることを楽しみに待ちたいと思う。

■取材協力/美サイレント本山
http://www.bisilent.com/

▲最上階にある会員制ラウンジからは名古屋市街を一望。ルーフバルコニーにはBBQコンロや足湯コーナーもある。カワイのクリスタルピアノが常設されているため、ここでミニ演奏会やパーティを開くことも可能だ▲最上階にある会員制ラウンジからは名古屋市街を一望。ルーフバルコニーにはBBQコンロや足湯コーナーもある。カワイのクリスタルピアノが常設されているため、ここでミニ演奏会やパーティを開くことも可能だ

2020年 03月14日 11時00分