駅のすぐそばに7つの酒蔵が!全国でも珍しい酒蔵通り

『広島』駅から在来線で約40分。JR『西条』駅周辺は広島屈指の酒どころとして知られており、駅を出てすぐのところに7つの酒蔵が軒を連ねる『西条酒蔵通り』がある。日本広しと言えども、駅近の一角にこれだけの酒蔵が集まっている酒どころは大変珍しく、近年の日本酒ブームも手伝って『西条酒蔵通り』を訪れる観光客は年々増え続けているという。

しかし、この西条エリアは東広島市の行政の中枢に近接する中心街に位置。その利便性の良さから区画整理事業や宅地開発が進められ、古い街並みが少しずつ変わりはじめている。

開発か?保存か?地元市民の間でも意見が分かれる『西条酒蔵通り』の街並み保存への取り組みについて、市の担当者に取材した。

▲西条のエリアマップ。地域の玄関口であるJR『西条』駅は平成27年に新駅舎が開業したばかりの近代的な駅。その駅前ロータリーから数分歩くと、西国街道に面した『西条酒蔵通り』があり、歴史ある7つの酒蔵が集まっている。これだけ駅に近い一角に酒蔵が集まり現存しているのは、全国的に見ても珍しいケースだという▲西条のエリアマップ。地域の玄関口であるJR『西条』駅は平成27年に新駅舎が開業したばかりの近代的な駅。その駅前ロータリーから数分歩くと、西国街道に面した『西条酒蔵通り』があり、歴史ある7つの酒蔵が集まっている。これだけ駅に近い一角に酒蔵が集まり現存しているのは、全国的に見ても珍しいケースだという

奇跡的に“酒づくりに適した水”が出る、西条の限られた一角

▲東広島市教育委員会 生涯学習部文化課の吉野健志さん。「旧・西条町の酒蔵は、山陽鶴・白牡丹・西条鶴・賀茂鶴・亀齢・福美人・賀茂泉の7つ。ここに旧・黒瀬町の金光(桜吹雪)を入れた8社が西条酒造協会に所属しています。太平洋戦争前までは、こうした酒蔵の街並みが日本各地にあったようですが、戦時中の食料統制により米が手に入らず廃業をした酒蔵も多かったので、当時の風景が残っているのはここ西条だけ。無事に残った理由は、それぞれの蔵の努力によるところが大きいと思います」▲東広島市教育委員会 生涯学習部文化課の吉野健志さん。「旧・西条町の酒蔵は、山陽鶴・白牡丹・西条鶴・賀茂鶴・亀齢・福美人・賀茂泉の7つ。ここに旧・黒瀬町の金光(桜吹雪)を入れた8社が西条酒造協会に所属しています。太平洋戦争前までは、こうした酒蔵の街並みが日本各地にあったようですが、戦時中の食料統制により米が手に入らず廃業をした酒蔵も多かったので、当時の風景が残っているのはここ西条だけ。無事に残った理由は、それぞれの蔵の努力によるところが大きいと思います」

「もともとここ西条は、古墳や集落遺跡など埋蔵文化財が多い地域で、太古からの長い歴史を持つ町でした。しかし、広島大学の総合移転に伴い昭和49年に周辺の4町が合併。学園都市を目指す『東広島市』となったことで、急速に新興住宅地としての開発が進められるようになりました」

東広島市教育委員会 文化財係の吉野健志さんは、市役所に入ってこの道30年、地域の文化財保護を担当している責任者だ。西条酒蔵通りの歴史にも詳しく、まずは西条の街の成り立ちについて解説してくれた。

「西条の酒造りは江戸時代に2つの酒蔵から始まりました。当時は幕府が酒造統制をしていたので、酒株と呼ばれる免許を持っている者でないと酒造りが許されなかったのですが、明治維新後は規制が緩和され、ある程度の資金力があれば誰でも造れるようになりました。

西条の場合は、江戸時代から続いているのが白牡丹酒造で、明治に入ってから創業したのがその向かいの木村酒造(現:賀茂鶴酒造)、その隣が亀齢酒造…と、どんどん近所に広がっていき、当時の地主的な人たちが“じゃぁ、隣がやるならウチでもやってみようか?”という感じで酒造りを始めたと伝えられています」

ご近所同士で酒造りに挑戦とは何ともユニークな展開だが、それにはちゃんとした理由があった。この西条の一角の“水”が酒造りに適していたからだ。

「西条の中でもこの一角の地層は、まるでミルフィーユのように粘土と砂が交互に重なる『西条層』と呼ばれる堆積層になっています。そこへ、竜王山系の伏流水が地層の中を通ってろ過されるため、鉄分が少なくミネラルのバランスがちょうど良い水が出るのです。また、井戸の深さによって水の硬さが変わるという不思議な特徴があり、硬めの水を使う灘風の酒造りにも、軟水を使う安芸津風の酒造りにも、どちらにも適した水質であることがわかりました。広島の中でも、準硬水が出るのはなぜかこのエリアだけ…そのため、“ここなら美味い酒が造れる”ということで、西条の一角に酒蔵が集まるようになったようです」

明治27年、山陽鉄道が開通した際には、木村酒造の創業者が当初ほかの場所にできる予定だった駅を誘致し、酒蔵のすぐ近くに鉄道が走ることになった。これによって山陽鉄道『西条』駅(現在のJR『西条』駅)が開業し、西条の酒の販路は一気に京阪神まで拡大することになったのだ。

「つまり、駅のそばに偶然酒蔵が集まったのではなく、酒蔵が集まる地域のそばに駅をもってきた…こうして発展を遂げてきた町が、『酒どころ、西条』なのです」

「吟醸酒のふるさと」と呼ばれている東広島市

その頃、もうひとつの酒どころ安芸津では、酒造家の三浦仙三郎が軟水を使って美味い酒を造るための研究を行っていた。灘のような硬い水だと一気に発酵が進んですっきりとした飲み口の酒ができるが、軟水を使う場合は、低温で長期に渡りゆっくり発酵させるとふくよかな酒になることがわかった。百試千改を経て誕生したのが『軟水醸造法』。三浦仙三郎はこの技術を地元の杜氏たちに伝承し、『広島杜氏(三津杜氏)』の技術が全国へと広がっていった。

「それがいま流行りの吟醸酒の基礎となりました。その後、明治40年代に地元の精米機メーカー佐竹製作所(現:サタケ)が米をギリギリまで磨く『タテ型精米機』を発明して特許を取得。西条の木村酒造がその精米機で磨いた米を使い、広島杜氏の『軟水醸造法』を用いて吟醸酒を造ったことから、広島の酒造りが全国から注目を集めるようになったのです。そして、吟醸酒発祥のこの地域一帯は『吟醸酒のふるさと』と呼ばれるようになりました」

そんな歴史ある酒蔵の町『西条』だが、現在は東広島市の中枢区にあり、隣接する広島市のベッドタウンとして位置づけられているため、『街機能の向上』と『街並み保存』の双方が地域内でせめぎあう状態になっている。駅周辺の近代化工事はすでに完了、今後は酒蔵通りに面した西国街道を横切る立派な幹線道路を通す計画が進行中だ。

「壊したいのか…守りたいのか…。役所の中でも、開発を進めたい部署と、我々のように開発にストップをかけたい部署があるので、調整が大変難しい」と、吉野さんは行政責任者としての苦悩を吐露する。ただし、現在は市の都市計画課が『景観形成事業補助金』を創設して景観保護の姿勢に転じ、西国街道の拡幅計画を廃止するなど、街並み保存への機運が高まり始めたところだという。

▲各酒蔵では、仕込み水として使う井戸水を無料で開放しており、地元の人たちはペットボトルを持って水汲みに訪れる。写真右下は、この地域で最も古いとされる築350年ほどの白牡丹酒造『延宝蔵』(延宝年間、1670年代の建物)。当時は、酒づくりに使用する甕(かめ)や桶のサイズが今よりも小さかったため、この蔵だけ他よりも屋根が一段低くなっている▲各酒蔵では、仕込み水として使う井戸水を無料で開放しており、地元の人たちはペットボトルを持って水汲みに訪れる。写真右下は、この地域で最も古いとされる築350年ほどの白牡丹酒造『延宝蔵』(延宝年間、1670年代の建物)。当時は、酒づくりに使用する甕(かめ)や桶のサイズが今よりも小さかったため、この蔵だけ他よりも屋根が一段低くなっている

文化財=地元の財産であることを知ってほしい

『西条酒蔵通りの風景を守りたい』という想いは、特に旧:西条町出身の地元市民らの間で強い。吉野さんによると、平成25年ごろから街並み保存への取り組みが活発化してきたそうだ。

「街の近代化と街並みの保存はどうしても逆行する行為となるため課題は山積していますが、保存派の地元市民は最終的に『重要伝統的建造物群保存地区』に選定されることを目標としています。ただ、道路の整備計画も並行して進んでいるため、現在は歴史的建造物の専門家の指導を仰ぎながら調査を進めている段階です。

その前に“今すぐできること”として『登録有形文化財』の制度を活用し、7つの蔵を含めた合計72件の『登録有形文化財建造物とその関連施設群』としての登録を完了させました。ただし、『登録有形文化財』は文化庁の緩やかな保護制度なので、これを使って街並みを保存しようという意図はありません。むしろ、有形文化財に指定されることによって、“建物の所有者の方の意識を変えること”。そして、“その風景を眺める市民の気持ちを変えること”を目的としています」

他にも、東広島市教育委員会では『重要伝統的建造物群保存地区』選定の前哨戦として『日本遺産(※)』への登録を目指しながら、市民の意識改革に積極的に取り組んでいる。

※日本遺産とは/地域の歴史的魅力や特色を通じて地域活性化を図る取り組みについて文化庁が認定するもの。地方創生につながる唯一無二のストーリー性が認定基準となる。
※追記/2017年12月、西条の酒造施設群は『日本の20世紀遺産20選』に選ばれた。

▲『西条酒蔵通り』のシンボルとなっているのがこのレンガ造りの煙突。煙突の形にも流行があり、四角いものは明治・大正期、丸いものは昭和初期のものだ。当時は石炭を使ってボイラーを焚いていたため、このような長い煙突がそびえるようになったが、現在は使用されておらず“西条の景観を守るための歴史遺構”として各蔵が保存している。有形登録文化財に指定されると固定資産税が半額になるメリットがあるものの、建物の耐震補強や改修費用については現段階では補助が出ていないという。「いまは所有者が自費で補修をしていますが、重伝建地区に指定されると改修費用に補助が出せるようになります。できれば東広島市一丸となって重伝建地区を目指したい。まずはじっくりと所有者や地元の方たちの理解を集めるところから取り組んでいます」と吉野さん▲『西条酒蔵通り』のシンボルとなっているのがこのレンガ造りの煙突。煙突の形にも流行があり、四角いものは明治・大正期、丸いものは昭和初期のものだ。当時は石炭を使ってボイラーを焚いていたため、このような長い煙突がそびえるようになったが、現在は使用されておらず“西条の景観を守るための歴史遺構”として各蔵が保存している。有形登録文化財に指定されると固定資産税が半額になるメリットがあるものの、建物の耐震補強や改修費用については現段階では補助が出ていないという。「いまは所有者が自費で補修をしていますが、重伝建地区に指定されると改修費用に補助が出せるようになります。できれば東広島市一丸となって重伝建地区を目指したい。まずはじっくりと所有者や地元の方たちの理解を集めるところから取り組んでいます」と吉野さん

街の文化財を守ることは、地元の誇りにもつながるはず

▲西条酒蔵通りでは、毎年寒仕込みが行われる2月頃までが酒蔵めぐりのハイシーズンとなる。通りの中ほどにあるここ『観光案内所』は、路地をまたいでふたつの建物がつながる珍しい『くぐり門』が目印。そぞろ歩きマップが配布され、地元のボランティアガイドが見どころ解説をおこなっている▲西条酒蔵通りでは、毎年寒仕込みが行われる2月頃までが酒蔵めぐりのハイシーズンとなる。通りの中ほどにあるここ『観光案内所』は、路地をまたいでふたつの建物がつながる珍しい『くぐり門』が目印。そぞろ歩きマップが配布され、地元のボランティアガイドが見どころ解説をおこなっている

「酒蔵の所有者である酒屋さんたちも、生き残りをかけていろいろ工夫をしてくださっていますが、正直なところ“行政側でサポートできることには限界がある”ということも痛感しています。

何より必要なのは『地元市民の意識』であり、『地元の文化財である酒蔵を守ろう』という気持ちを育むこと。その気運の高まりが、行政を動かす原動力になりますから」

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合併によって誕生した新しい自治体で暮らす人たちは、地名の変化、街の風景の変化などにより、地元への誇りや愛着を失ってしまう人が少なくないようだ。

しかし「レンガ造りの煙突が立つ7つの酒蔵の街並みが、日本国内で唯一無二の存在であることを知れば、そのストーリーを“東広島の誇り”として感じてくれる人がきっと増えるはず」と吉野さんは話す。

今後、東広島市教育委員会では『吟醸酒発祥の地』をキーワードに、地域の子どもたちに街の歴史や成り立ちを伝えながら、“地元の誇り”を取り戻すための取り組みを続けていく。

■取材協力/東広島市教育委員会
http://www.city.higashihiroshima.lg.jp/kosodate_kyoiku/kyoiku/11426.html
■取材協力/西条酒蔵通り
https://hh-kanko.ne.jp/ginjyo/

2018年 01月16日 11時05分