半年空いていた、不動産会社が勧めない物件が話題の場所に

今、気になっている本を手に中西氏と山田氏。「異分野と思える書籍の中にヒントがある」と中西氏が手にしたのがこの1冊今、気になっている本を手に中西氏と山田氏。「異分野と思える書籍の中にヒントがある」と中西氏が手にしたのがこの1冊

JR中央線と京王井の頭線が交差する吉祥寺駅から歩いて約5分。地下のある3階建ての細長いビルが話題を呼んでいる。かつては老舗洋食店が入っていたビルで現在は地下にブックマンションという、個人が月額3,850円の使用料を払って棚を借り、自分の好きな本、売りたい本を販売するという場になっている。誰もが簡単に書店主になれる場所といえば良いだろう、そのわくわくする感じが人を惹きつけているのである。

この場所を作ったのは吉祥寺駅のとなり、三鷹駅から歩いて10分ちょっとの三谷通り商店街に、無人古書店ブックロードを建築士である弟と共同制作し、経営してきた中西功氏。いずれはまちの公共施設的な本屋をやってみたいとは思っていたそうだが、無人古書店オープン当初の2013年当時はIT系企業に勤務。我が家に溜まった本を処分するのに本屋を開くほどの時間も手間もない。だったら、野菜の無人販売のように、無人の棚だけがある本屋を作ったらどうかという試みだった。

たまたま、商店街に元花屋だった2坪(6.6m2)ほどの小さなスペースを見かけ、ここならできると始めたそうで、今回のブックマンションも同様にまず、箱ありきのスタートだった。「吉祥寺を歩いている時にこのビルが入居者を募集していることを知り、2018年の11月19日に内見、面白そうだと思ってすぐに借りたいと不動産会社に伝えました」

だが、不動産会社・株式会社リベスト中通り店の山田妙子氏は「やめたほうがいい」と否定的だった。「1フロアが8坪(26.4m2)と狭く、そこに階段、廊下があり、1階にキッチン、各階に料理を上階に上げるためのダムウェーター(小型のエレベーター)、ミニキッチンがあるので使える面積はさらに削られます。しかも4フロアあるので各階に人を配するとしたら人件費が嵩む。そんな理由から立地は良いものの、半年以上空いていたビル。勧められませんでした」

「箱が面白いから」でブックマンションが生まれた

細長い建物で奥には廊下的な空間、ダムウェーターにミニキッチンと使えない部分も多い間取りだった細長い建物で奥には廊下的な空間、ダムウェーターにミニキッチンと使えない部分も多い間取りだった

ところが、中西氏は逆に「だから、面白い」と思った。小さくてニッチな建物が好きで、数人単位の集まりが好き、狭いからできることがあると思ったのだという。

「勤めていたIT系の会社で作っていたのは見えないもの。しかも一度完成してもそれで終わりというわけではない。ローンチ後も模索を続け、フィードバックを受けて形を変える。これまで実店舗を展開する際にはやるべき事業が先にあり、それに合わせて店舗を探すというやり方でしたが、これからは面白い箱を見つけたからと、そこに水のように融通無碍なモノを入れ、状況に合わせて中身を変えていくというようなやり方があっても良いと思います」

実際、当初はブックマンションに加え、パン屋を作り、そこで全国から集めたジャムの販売をする計画だったという。ただ、いざ取り組もうと各地の製造者に声をかけ始めたところ、これからビジネスを始める個人では相手にされにくいことに気づいた。さらにパン屋を始めるには機材も人材も必要で費用がかかる。そこでオーナー側の不動産会社とのプレゼンまではしたものの、あっさり諦めた。また、現在は1階には月替わりでカフェが入り、2階、3階はレンタルスペースにしてあるものの、今後はどうなるか分からないという。

と聞くと、なんといい加減な!と思う人もいるかもしれない。だが、あらかじめ使い方を決めてしまうと、それ以上には使ってもらえないと中西氏。一般に不動産はオーナーがこういう業種に使って欲しい、これはダメなどと使い方を規定するものだが、そのやり方では可能性をシャットダウンするとも。「人ひとりが知っていることは限定的。その狭い世界で判断していては可能性を潰してしまうかもしれません」

100人の店主の個性が作る書店

特に不動産の所有者には年齢の高い人が少なくない。運用を考えた時には確実なものをと思う気持ちもある。そのため、分かりやすい業種、分かる業態と考えがちだが、ビジネスチャンスは誰もが知っている、世に満ち溢れているモノの中にはない。これまでにないモノを面白がれるかどうか、不動産会社、不動産オーナーの力量はそんなところに現れるのかもしれない。

ちなみにブックマンションの場合には山田氏はもちろん、オーナーも中西氏の取組みに賛同。それどころか、中西氏に共感したオーナーは当初は借り手負担となっていた外壁塗装を負担してくれるなど積極的に支援してくれたそうだ。

一方、多くの人に関わってもらうブックマンションという仕組みは最初の構想時から変わっていない。2019年7月にオープン、現在は90人弱が店主となっており、最終的には100人になる予定。そのうち、80人ほどはクラウドファンディングで募集、それ以外はツイッターの告知に応募してきた人たちで、ほとんどが中西氏も、お互いにも知らない人たちだ。

これに対し、知り合いの古書店店主からは収拾がつかなくなるぞと言われたという。古書店に限らず、店をやりたい人の多くは自分のセレクトしたもので勝負したいと思っている。だから、それぞれが好きな本を置くというやり方では統一されたテイストの店にはならないし、やる側としても店主になる意味がないと感じるのだろう。

「本を売ってはいますが、本が売り買いされるだけの空間を作りたいわけではなく、本を媒介に人が繋がる空間を作りたいので、多様がよいと思っています。一人で何でも決めてしまうのでは他の人が関与できず、面白くない。幸い、人数が多くても最初にフォーマットを決めてグループのSNSで伝えればルールは徹底できますし、毎月の利用料金の徴収も毎月の支払いサービスがあるので簡単です」

これがブックマンション全景。棚は2ヶ月ごとに場所を交換、不利にならないように配慮しているそうだこれがブックマンション全景。棚は2ヶ月ごとに場所を交換、不利にならないように配慮しているそうだ

これまでの吉祥寺に来なかった人がやってくる

実際のブックマンションにお邪魔した。棚ごとに店主が自分の好きな本、勧めたい本、書いている本などを並べており、店主の個性、関心が楽しめる。眺めていると時間の経つのを忘れるほどで、実にさまざまな人たちが集まっていることが分かる。しかも、その人たちがリアルに繋がりつつあるという。

「土日に書籍の入れ替えなどをしに来る人が多いのですが、そこで隣の店主と会って挨拶をするなど少しずつ点が繋がり始めています。また、2019年11月末には書店員2年目の人、16年勤めた人に話を聞くイベントを開催、12名くらいで交流会をしました。ある特定の人だけで固まってしまうのは嫌なので、外から人を呼び、普段会わない人に会う機会をつくれればと思っています。新しい人に会うのは楽しいことだ、そう思ってもらえるといいですね」

本はそのために良いツールだと中西氏。「このシーンが好き」「私はここが好き」と同じ1冊に対しても読み方、感じ方は人によって違う。だから、それぞれに自分の意見が言え、会話が成り立ち、対立しない。「本は共有できるのです」

その力は書店主間のみならず、来店する人たちにも及んでいる。

「これまでの吉祥寺は平日昼間に人が来ないまちでした。ところが、ブックマンションには全国各地からわざわざやってくる人が多数。驚きました」と山田氏。ネットで中西氏の考え方に共感、入り口が分かりにくい半地下の店を訪ねてくるのだ。

しかも、訪れた人たちの多くは買い物をする。中には10冊、20冊と購入する人もおり、滞在時間も長い。「聞いた話ですが、書店を訪れる人の75%は本を買わないそうです。それでも現状、多くの書店は100%の人を想定して本や設備を揃える。本当は25%の人だけを対象にしたほうが満足度が高くなるのかもしれません」と、中西氏。

棚ごとに店主の個性が出ている。書き込み可の棚もあれば、手作りの帯の付いた棚、自著も並ぶ棚などなど。棚ごとの説明を見ているだけでもあっという間に時間が経つ棚ごとに店主の個性が出ている。書き込み可の棚もあれば、手作りの帯の付いた棚、自著も並ぶ棚などなど。棚ごとの説明を見ているだけでもあっという間に時間が経つ

3年で100軒のブックマンションを

自分たちのまちでもブックマンションを作りたいという訪問者も多い。書店が無くなってしまったまちに新たに書店を誘致するのは難しいが、ブックマンションの仕組みなら大きな負担なく本のある空間がつくれる。家賃5万円の部屋で20人が書店主になれば、一人の負担は2,500円。空き家を使えばもっとお手頃にできるだろう。誰かしら、全体をまとめる人は必要だろうが、本のある空間が生まれるだけではなく、一緒に運営する20人の仲間も生まれると考えると、一人で書店経営に取り組むよりはチャンスが広がる。

しかも、モノを買う時は受け身でよいが、売るとなるとそうはいかない。他人任せで売れないとしたら、どう売るか、誰に売るかを考え、コミュニケーションを図り……と自ら動くようになる。そう考えると、ブックマンションで生まれる仲間は参加度合いに濃淡はあるにせよ、問題を自分のこととして受け止める人たちだろう。ブックマンションで活性化など地域の課題に取り組みたいと考えているのであれば、こうした仲間が生まれることは大きな力になるはずだ。

地域貢献、賑わい創出などを意識して始めたわけではないものの、好きなことをやっていれば盛り上がると中西氏。「そのために本のある空間は役に立つ。棚を貸す書店自体は2012年の国立本店のような先駆がありましたが、広める活動はこれから。勝手に真似してつくっていただき、3年で100カ所を目指したいと思っています」

すでに荒川区の西日暮里駅前で数年間空いていたビルの再生プロジェクト内に80人の書店主が関わる「西日暮里BOOK APARTMENT」が生まれ、それ以外にも動き始めている計画もいくつか。100カ所という数字だけを聞くと無謀に思うかもしれないが、案外、すぐに達成してしまうのではないか。楽しげにディスプレイされた棚を眺めているとそんな気がする。
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ブックマンション
東京都武蔵野市吉祥寺本町2-13-1 バツヨンビル地下1階
12時~19時 月・火休み イベント時には不定期で休むことも。
情報はtwitter、Facebookで「ブックマンション」で検索してください。

本を買った人なら使えるという綿菓子マシーン。こういう遊び心が新しいビジネスを生むのかもしれない本を買った人なら使えるという綿菓子マシーン。こういう遊び心が新しいビジネスを生むのかもしれない

2020年 01月17日 11時05分