普請道楽の芸術家が残したアトリエ、住宅

今ではほとんど使われなくなった住宅に関係する言葉のひとつに「普請道楽」がある。普請とはもともとは仏教用語で、それが転じて建築や土木工事などを指すように。道楽は本業以外の趣味などに熱中して楽しむことを言うとか。つまり、普請道楽は家づくりに費用や時間をかけて楽しむことなのだ。残念ながら今の時代、家づくりにそこまでお金や労力をかける人は少なくなり、言葉も忘れられかけている。

台東区谷中にある朝倉彫塑館は、普請道楽というその言葉にふさわしい建物である。彫刻家として初めて文化勲章を受章した朝倉文夫は、東京美術学校を卒業した1907(明治40)年、24歳の時に谷中に小さなアトリエと住居を構えた。以降、敷地を拡張したり、増改築を繰り返して生涯、建築を楽しみ続けた。自ら設計・監督を務め、1935(昭和10)年に完成した現在の建物は道楽と言うにふさわしく、設計はもちろん、材料やその組み合わせ、庭木や庭石などにも凝っている。構造上RC造を採用したアトリエは、コンクリートに見えないような工夫をするなど、どこを見ても細心の配慮が行き届いており、美しい。住宅、建築、庭に関心のある人ならぜひ、見ていただきたい空間なのである。

立地するのは日暮里駅から谷中銀座に向かう通りを左に入って少し進んだあたり。六方石を組んだ塀の向こうに真っ黒な外壁がひときわ目立つ建物が見えてくる。見上げると屋上には帽子を後ろ向きにかぶった男性が腰掛けている。「砲丸」と題された作品で、左手は傍らに置かれた砲丸の球の上に置かれている。この時点で多くの人はこの建物はなんだろうと不思議に思うはずだ。

近隣に配慮して黒を選んだとされる、印象的な外観の朝倉彫塑館近隣に配慮して黒を選んだとされる、印象的な外観の朝倉彫塑館

曲線の美学を感じるアトリエ、壁一面の書棚が並ぶ書斎

門を入ると建物のアトリエ棟の玄関は敷地に対して斜めに取られており、こうした配置は朝倉の好み、美意識の表れだったと台東区立朝倉彫塑館の主任研究員・戸張泰子氏。朝倉彫塑館は、中央にある中庭の南・北・東側を木造の住居棟、西側をコンクリート造のアトリエ棟で囲んでいるのだが、住居棟の正式な玄関もまた微妙に斜め。門から玄関に向かう敷石が緩やかに弧を描くバランスの見事さを見ると、この建物ではすべての線が芸術家の手になるものなのだと実感させられる。

線のうちでも曲線にうっとりするのが玄関ホールに続く、コンクリート造のアトリエである。素材としてのコンクリートは趣味に合わないとしながらも、大きな彫刻を作るためには電動で昇降する制作台を据えるのが現実的であり、そのために朝倉はコンクリート造を選択。だが、その素材がむき出しに見えること、冷たく感じられることを嫌ったのか、壁面の色は温かみや自然を感じさせる淡い茶色である。天井には角がなく、曲線で仕上げられている。北側のトップライトも緩やかなアールとなっており、穏やかな光が入ってくる。天井高8.5mという空間は圧倒的ではあるものの、威圧的に感じないのはこうした柔らかさのためだろうか。北側も含め、三方向から自然光が入ることもあって温室のようにも感じられるほどである。

アトリエに続くのは書斎。ここは書棚を作りつけにして壁のように作った空間で、朝倉の師である西洋美術史家の岩村透の蔵書が保管されている。岩村の死後、蔵書が散逸することを惜しんだ朝倉が自宅を抵当に入れ、資金を工面して購入したものだそうで、それが壁一面に並ぶ様には息をのむ。本好きならこんな部屋を作りたいと思うに違いない。

ちなみに書棚と建物を一体化したのは関東大震災の経験から。一体になっていれば書棚が倒れることはないと考えたのである。また、高く蔵しているのは湿気対策だという。壁が厚くなることで防音や断熱の役目も果たしていると思われる。

アトリエと書斎。どこを見ても美しく、写真を撮りまくってしまうアトリエと書斎。どこを見ても美しく、写真を撮りまくってしまう

家のどこからでも見える大きな中庭はほぼすべて池だった

書斎の隣には応接室があるのだが、ここから建物は木造に。朝倉彫塑館は1935(昭和10)年建築で、その当時で考えるとコンクリート造と木造の組み合わせはかなり先進的な試みだったのではなかろうか。コンクリート造と木造を繋げているだけでなく、コンクリート造のアトリエ棟の3階には来客をもてなすために使われていた朝陽の間という和室もある。

異なる素材を組み合わせて使いこなすという点では玄関の床に洗い出しと木材を、腰壁に竹と丸太を組み合わせるなどの例が随所に見られ、いずれも凝った作り。美意識に優れた人でなければなしえないものであると同時に、現場の職人さんはさぞ大変だったことだろう。今、これだけのものを作ろうとすると、どれだけの難事業になるか、現場の方に聞いてみたいものである。

応接室から奥は住居。見えてくるのは2つの棟の間にある南北約10m、東西約14mの中庭。といってもその敷地のほとんどは池。谷中の大井と言われた井戸水を利用したもので、そこに全国から集めた巨石、樹木が配されており、朝倉の考案を基に造園家・西川佐太郎が完成させた。庭は建物のどこからでも見えるようになっているだけでなく、見る場所によって異なる景色を見せてくれる。しかも、どこから見ても一幅の絵。座り込んでぼんやり眺めているだけで癒やされること間違いなしである。

また、ここでも面白いのは、いかにも石らしい石の中にひとつだけつるんと丸い巨石がまるで浮かんでいるように配されていること。こういうバランスを考えて配置を吟味するのはさぞ楽しかったことだろう。

応接室と中庭。どの部屋にいても目に入るように造られており、それぞれが切り取られた絵のよう応接室と中庭。どの部屋にいても目に入るように造られており、それぞれが切り取られた絵のよう

屋上緑化の先駆、屋上庭園は菜園だった

住居棟1階には茶の間、茶室、寝室が公開されており、使い勝手を考えて作られた収納や船底天井など部屋ごとに工夫のある作りが楽しめる。2階に上がると趣味のために作られたという素心の間、そしてアトリエ棟3階には前述の朝陽の間。移動するたびに建物全景、池の姿が変化して見えるのが面白いところである。

最後のお楽しみは屋上。朝倉彫塑館は屋上緑化の先駆として有名で、朝倉が主催していた「朝倉彫塑塾」の園芸実習の場として利用されていた。植物を育てることで自然を見る目を養おうというわけである。その屋上にはオリーブの大木や四季咲きのバラなどが植えられている。中庭が梅や山茶花(さざんか)、百日紅(さるすべり)や槿(むくげ)など観賞空間であるのに対し、こちらは実用的。路地や横丁のまち、谷中にいるとは思えないような開放的な場所で、天気の良い日に訪れるのが最高だ(雨天、強風などの荒天時は閉鎖される)。

残念なのは朝倉が生きている時代にはなかったマンションやビルなどがあちこちに無粋な姿を現していること。空だけが見えていた時代ははるかに素敵だっただろう。今では東京スカイツリーも遠望できる。

一方で当時見えていたものでなくなったものもある。「谷中の五重塔です」と戸張氏。震災、戦災を生き延び、長らく谷中のランドマークとして愛された塔だが、1957(昭和32)年7月に放火によって焼失している。朝倉は1964(昭和39)年に81歳で亡くなるまでこの家で暮らしていたから、五重塔の焼失も目撃したのだろうか。

屋上では外から見えていた彫刻、「砲丸」の背中を間近に見ることもできる。もうひとつ、第二次世界大戦中、京都を戦災から守るように進言したといわれる美術史家・ウォーナー博士の胸像も置かれている。

屋上庭園。オリーブの大木などもあり、思わず水漏れの心配をしたが、一度もないそうだ。上から見下ろすと中庭を囲む建物の全体像が分かる屋上庭園。オリーブの大木などもあり、思わず水漏れの心配をしたが、一度もないそうだ。上から見下ろすと中庭を囲む建物の全体像が分かる

どこから見ても美しい、いまだに発見のある家

屋上から下りてきたアトリエ棟2階にある蘭の間は、朝倉が趣味の東洋蘭を育てていた温室。訪れた日には猫の彫刻が置かれていた。朝倉は渋沢栄一、大隈重信、滝廉太郎など多数の肖像彫刻で知られているが、同時に大の猫好きでもあり、たくさんの猫の彫刻を作っている。1960年代には自身の彫刻家60周年と64年のオリンピックを記念した「猫百態」展を企画、出展作品の制作に取り組んでいたが、夢を果たせずして病死。53年後の2017(平成29)年秋にはその思いを受け継いだ「猫百態」展が朝倉彫塑館で開かれている。

朝倉の死後、この建物は本人の遺志で1967(昭和42)年から公開されており、1986(昭和61)年に台東区に移管。台東区立朝倉彫塑館となった。2001(平成13)年には建物が国の有形文化財に登録され、2008(平成20)年には敷地全体が「旧朝倉文夫氏庭園」として国の名勝に指定されてもいる。2009(平成21)年から2013(平成25)年にかけては保存修復工事が行われ、耐震補強も施された。

学芸員の戸張氏はこの建物をどこから見ても美しい家と評する。「彫刻家ですから、常に立体や多面的な視点を意識していたのではないでしょうか」。また、長い時間を建物内で過ごしているが、いまだに新たな発見、驚きがあるとも。芸術家が心血を注いで造った建物である。普通に家というよりは作品と考えたほうがよいのかもしれない。

そのためか、来訪者の興味関心も建物、彫刻に始まり、庭や建具、家具、デザイン全体と多岐にわたっているとか。何度も繰り返して訪れる人もいるそうだ。開放的な空間で、落ち着いた雰囲気の中、朝倉の美意識を楽しむことができる朝倉彫塑館。訪れて見たくなったのではなかろうか。


台東区立朝倉彫塑館
https://www.taitocity.net/zaidan/asakura/

左の2点は住居側、アトリエ側のそれぞれ玄関。斜めに取られているのが分かる。右上は庭に臨むアトリエ棟のコーナー。右下は自然の造形が楽しめる手すり。細部へのこだわりに圧倒された左の2点は住居側、アトリエ側のそれぞれ玄関。斜めに取られているのが分かる。右上は庭に臨むアトリエ棟のコーナー。右下は自然の造形が楽しめる手すり。細部へのこだわりに圧倒された

2020年 12月14日 11時05分