東山文化が生み出した日本文化としての「香道」

華道や茶道と同じく、東山文化の下で花開いた日本ならではの芸道のひとつ「香道」華道や茶道と同じく、東山文化の下で花開いた日本ならではの芸道のひとつ「香道」

日本人が室内で楽しむ文化的な嗜みや芸道…といえば、茶道や華道を思い浮かべる方も多いと思う。実は、「香道」もそのひとつ。とはいえ、なかなか茶道や華道ほど触れる機会がないのではないだろうか?

お香の日本での歴史は、日本書紀に「推古三年夏四月、沈水、漂着於淡路嶋、其大一圍。嶋人、不知沈水、以交薪焼於竈。其烟氣遠薫、則異以献之(推古3年の4月、香木が淡路島に漂着した。島人は香木とは知らず、竈に薪とともに焼いた。すると遠くまでよい薫りがし、不思議に思ってこれを献上した)」とあり、そのころから宮廷では嗜まれていたようだ。

茶道や華道のような多様な日本独自の文化が花開いたのは、応仁の乱(1467年)の前後であり、今日まで続く日本的な文化を数多く生み出した現在“東山文化”とよばれる時代であった。お香を楽しむことが、「香道」として芸道になったのはまさにこの時代であった。「香道」は文字どおり薫りを楽しむものだが、茶道や華道と同じく「道」がついているのは、ただ嗜むだけでなく、精神を含む所作の美しさ=作法も追求した芸道となっている。

なかなか、体験する機会のない「香道」…今回は、桃山時代文禄三年(1594年)の創業以来、420余年の伝統をもつ香の老舗、京都の薫玉堂にうかがって「香道」体験をしてきた。

お香を「聞く」…ゲームのように楽しむ「組香」体験

一般的に薫りは"嗅ぐ"と表現するが、香道では“聞く”と独特の表現をする。五感を研ぎ澄ませ、心を開いて薫りに集中することは、たしかに"音楽を聞く"ことと近いのかもしれない。なんとも雅な表現である。香道では、薫りを聞くことを「聞香(もんこう)」と呼び、数種の香を聞き分けて当てる遊びの「組香(くみこう)」を行う。

今回、体験させていただいたのは「組香」のひとつである「三種香」。その遊び方は以下の通りである。

1)3種の香木から各3片をつくる
2)上記の9つの片を包む
3)そこからランダムに3包を抜きだす
4)順番に焚いて違いを聞き分ける
5)自分の名前を書いた記紙に何番目と何番目が同じ、もしくはすべて違う、すべて同じを表した図柄を記入する
6)執筆と呼ばれる人により、各自の答えが記録され、正解が発表される

単純な遊びのようだが、現代の香水のようにわかりやすいものと違い、自然の香木から立ち上る薫りの違いを聞き分けるのは静かに集中しなければならない。

3種の香木から各3片をつくり、9つの包みをつくる。ランダムにえらばれた3包みの香木を順番に「聞いて」いく3種の香木から各3片をつくり、9つの包みをつくる。ランダムにえらばれた3包みの香木を順番に「聞いて」いく

香道のお作法に息づく数々の文化と雅

ちなみにこの日の答えは「隣家の梅」。当てた場合には、「叶(かなう)」と記されるちなみにこの日の答えは「隣家の梅」。当てた場合には、「叶(かなう)」と記される

香木の薫りを聞き分ける体験も新鮮であったが、香道体験の中のさまざまな作法や表現も印象的であった。

例えば、記紙に自分の名前を書くのだが、女性の「~子」と子がつく名前の場合、子を取り、しかも漢字の名前をひらがなで記す。つまり、例をあげると「節子」は「せつ」となる。今回、香道を教えていただき、執筆をつとめていただいた負野千早さんは、「昔は、子というのは“子、曰く…”のように年長の尊敬される方に使われる文字だったため、謙虚な意味で香道では取っています。また、漢字の名前は男性的であるため、女性の名前はひらがなで記します」と教えてくれた。

三種香の答えである図柄には名前がつけられており、全部同じであれば「尾花の露」、全部違えば「緑樹の林」、1番目と2番目が同じなら「隣家の梅」、2番目と3番目が同じなら「琴の音」、1番目と3番目が同じなら「弧峯の雪」という銘となっている。組香の五種になると、組合せが52出てくるため、源氏物語絵巻54帖の「桐壷」と「夢浮橋」を除いた52帖の名前が付けられており、これを源氏香と呼ぶ。

また、香の包みを運ぶお盆の上には紐をつかった季節の花を模ったものが載せられてくるのだが、桔梗・藤・梅・桜など12種類の花形があり、室内に居ながら季節を感じさせる工夫がされている。

今回は香道を体験する本格的な香席「養老亭」で手ほどきを受けた。和室は10畳の書院造りで、床の間には昔の貴族や僧侶が香を楽しんでいる掛け軸が飾られており、反対側の長押の上には昔、実際に27名の源氏香で楽しんだ方々の答えが飾られている。香席は、聞香や組香で使う場所であるため、普段は香は焚かない部屋であるようだ。

香道体験が貴重であり、香が貴重品である訳

それにしても、茶道や華道が一般に普及していったにもかかわらず、香道のみが一般的な芸道として普及しなかったのは何故であろうか?薫玉堂の代表取締役である負野和夫さんにお聞きした。

「例えば、お茶は最初は中国からの輸入品の貴重品でありましたが、その後日本でも作られるようになりました。が、昔も今もそうですが、香木は日本では採れません。

沈水香木(沈香)とは、東南アジアに生息するジンチョウゲ科の木の幹などに傷が付き、それを回復する為に樹脂を分泌したものが、さらに長い年月をかけて熟成を続けたものを指し、その中でもさらに最上級のものを『伽羅』と呼びます。

残念ながら、どちらも自然の作りだすものであり、海外でも年々希少価値が高くなり、伽羅に至っては金よりも価値が高いものがあります。一般に普及しなかったのは、そういった条件もあり普及できなかったのだと思います」とお話しいただいた。

薫玉堂が、420年ものあまりその貴重な香木を扱ってきた…ということは、鎖国の時代も含めて、海外と貿易をしてきたことにも通じ、感慨深い。

「永年続けてきて、本物の香木でしか体験できない薫りの奥深さや雅さを皆様に感じていただきたい、と思うことから香道体験ではできるだけ良いものをお出ししています」と語ってくれた。
ちなみにこの日に体験した三種香に使用されていたのは、伽羅…やはり奥深い薫りに魅了された。

アロマテラピーや芳香剤など…現代では室内香にも気を遣い、日常で楽しむ機会も増えてきた。それでも、旅館やお寺、日本料理のお店に訪れた際、ふっと薫るお香に癒される経験をした人は日本人であれば多いだろう。

京都を訪れる機会があれば、香道体験で香木の貴重な薫りをぜひ感じてほしい。
香木を輸入して楽しみ、日本で芸道として完成した香道…香木の自然でゆかしい薫りを、古(いにしえ)の貴人のように背筋を伸ばして体験してみてはいかがだろうか?

取材協力:薫玉堂
http://www.kungyokudo.co.jp/

桃山時代文禄三年(1594年)の創業以来、420余年の伝統をもつ香の老舗、京都の薫玉堂。</br>西本願寺の前の店は新しくモダンなつくりにはなっているが、看板にその風格が漂う。</br>代表取締役の負野和夫さんは16代目にあたるという桃山時代文禄三年(1594年)の創業以来、420余年の伝統をもつ香の老舗、京都の薫玉堂。
西本願寺の前の店は新しくモダンなつくりにはなっているが、看板にその風格が漂う。
代表取締役の負野和夫さんは16代目にあたるという

2016年 02月15日 11時05分