59年前に日本一の高層だった公団住宅「マンモスアパート」はセレブにも愛された

大阪市立中央図書館や古典落語「阿弥陀池」の舞台・和光寺にも近い北堀江は、心斎橋や難波など大阪の繁華街・ミナミに近いエリアだ。この一画にある独立行政法人都市再生機構(以下、UR都市機構)の「西長堀アパート」(大阪市西区北堀江4丁目)は1958年(昭和33)12月、都市住宅の理想を追求して、最先端のデザインや設備で建てられた集合住宅。地下1階・地上11階建ては当時、公団住宅としては日本一の高層建築だった。日本の高度経済成長の黎明期に建てられて以来、ずっと「マンモスアパート」の愛称で親しまれてきた。

鉄筋コンクリート造の建物は、およそ60年経つ今も、依然スタイリッシュに建っている。全長100m近い横長のファサードのアクセントは、通風と採光のために設置された幅の狭い縦長のスリット窓で、2階から11階まで美しい縦のラインを描いている。
建設当時は人々がまだ高層住宅に慣れていない時代だったため、高さへの不安を解消したり、冬期の寒さを予防するために、共用廊下をむき出しにせず、内廊下方式にしたという。
棟内には、ロビーや談話室、洗濯室、物干し場などの共用施設があった。エントランスホールには前衛画家・吉原治良氏の壁画を飾り、今で言うパブリックアートを設置した集合住宅としても草分け的な存在だった。

全住戸とも賃貸で、2DKの家賃が当時、月額16,500円。当時の大卒の初任給よりはるかに高かった。中庭にはハイヤーが止まり、ミナミへの買物に使う人もいたという。作家の故・司馬遼太郎さんや女優の故・森光子さんなどがここで暮らし、野球評論家の野村克也さんも南海ホークスの主力選手だった時代に住んだと言われており、いわばセレブにも選ばれた住宅だった。

長堀川に面して建つ関西で初めての高層公団住宅だった西長堀アパート(当時。現在、川は埋め立てられている)。敷地は江戸時代に土佐藩の邸宅があった場所で、今も隣に土佐稲荷神社がある。リビングやシステムキッチンなど当時としては最先端の間取りプランや住宅設備が導入された長堀川に面して建つ関西で初めての高層公団住宅だった西長堀アパート(当時。現在、川は埋め立てられている)。敷地は江戸時代に土佐藩の邸宅があった場所で、今も隣に土佐稲荷神社がある。リビングやシステムキッチンなど当時としては最先端の間取りプランや住宅設備が導入された

“茶の間“や“お勝手“になじんだ暮らしに「リビング」や「キッチン」を提唱、最先端の住宅設備も続々導入

263戸の住戸の間取りプランは1Kから2LDKまで9タイプ。昭和30年代初期、茶の間やお勝手のある日本の住まいに、「リビング」や「キッチン」という発想を持ち込んだ。また、洋式トイレやタイル張りの浴室など、最先端の住宅設備を取り入れたというから驚く。
木製の襖や欄間、着物用収納を備えた押し入れ、ひのきの浴槽など、当時らしい和のテイストの内装や設備もあるのだが、今見ると、それがかえってモダンで美しく思えるから不思議だ。
しかし、住戸内に洗濯機置き場がない、浴室周りに脱衣スペースがないなど、現在のライフスタイルから見ると不便に思える部分もあった。ここで暮らす若い家族の中には、子どもの誕生や成長に応じて建物内で広い住戸に住み替えた人も少なくなく、愛着を感じた住宅でそれぞれが工夫して暮らしてきたのだろう。
そんな伝説のアパートも、子どもたちが巣立ち、住民の多くは高齢者となり、建物の老朽化や室内設備の陳腐化が長年の課題となっていた。

UR都市機構がまず手がけたのが、建物の耐震化工事だ。2006年から新規の入居者募集を中止し、室内に補強材を入れたり、外壁やバルコニーを補修したり、現在の建築技術を投入し、およそ6億円をかけて安全・安心な住まいに改良した。
大規模な改修工事の間に、入居者が退居したり別の団地に住み替えたりするため、自ずから空室は増えていく。徐々に、各住戸のリノベーションを行い、新しい入居者を呼びこむための準備が少しずつ進められた。

現代の集合住宅のLDK(リビング・ダイニング・キッチン)の原型が、この頃、日本に芽吹いたといえる。昭和中期の和洋折衷の内装が、現代から見てもモダンで美しい現代の集合住宅のLDK(リビング・ダイニング・キッチン)の原型が、この頃、日本に芽吹いたといえる。昭和中期の和洋折衷の内装が、現代から見てもモダンで美しい

ファサードや共用廊下、前衛画家の壁画、真鍮のノブ、タイル張りのトイレなど創建当時の想いを残し、現代に伝える

マンモスアパート再生のコンセプトは「温故知新」。先人の知恵や感性を生かし、最先端の住宅にかけた想いやディテールへのこだわり、さまざまな知恵と工夫を時代を超えてどうトータルに再生するのか…。「想いを残し伝えるもの」「時代に合わせアップデートするもの」「歴史と文化を未来につなぐもの」の3つを再生のキーワードに据えた。

まず、アパートの特徴的なファサードはもちろん、光が注ぐ明るい共用廊下や階数表示のデザインなどは、59年前の意匠を継続して使っている。創建当時の「想いを残し、伝えるもの」の一例で、まったく古びた感じはしない。
竣工後にエントランスホールを飾っていた前衛画家、吉原治良氏の壁画は長い間パーテーションで隠されていたが、それを掘り起こし、再び、改修したエントランスホールの顔とした。

特徴的なファサード(上左)と明るい光の差し込む共用廊下(上右)は当時のまま。エントランスホールには再び、吉原治良氏の壁画を設置(下左)。階数表示も59年前のデザインを引き継いでいる。古さをまったく感じない特徴的なファサード(上左)と明るい光の差し込む共用廊下(上右)は当時のまま。エントランスホールには再び、吉原治良氏の壁画を設置(下左)。階数表示も59年前のデザインを引き継いでいる。古さをまったく感じない

住まいの思想を残す一方、改修やアップデートでモダンで個性的な現代の暮らしを引き出す

エントランスホールや郵便受箱の改修、住戸内の内壁にコンクリートを増打しての耐震補強、共用廊下の照明のLED化、バルコニーの手すりをアルミ素材へ取り替えなど、現在のライフスタイルや社会環境に応じて、機能や設備を「時代に合わせてアップデート」した。

1958年当時には「リビング」という発想も、システムキッチンを導入した点も本当に画期的だったと考えられるが、そんな最先端で斬新だった住文化を今回どのようにリノベーションしたのか企画実例を紹介しよう。
システムキッチンの横には配管工事を刷新し、建築当時にはなかった洗濯機置き場を並列に設置。これで家事動線も楽になった。
脚付きの浴槽を置いたり、あえて浴槽を置かずに高機能シャワーセットだけにすることで、脱衣スペースがなく独立した洗面室もなかった浴室周りに、洗面室を新設した例もある。

「ヴィンテージ・シンプル」というタイプは、時代を経てきた価値を持つ内装や建具をあえて生かすプランだ。
残した部品は従前の住戸の状況によって異なるが、木製の障子や欄間、洗面台や玄関の真鍮のドアノブ、タイル張りの浴室やトイレ、洗面キャビネットの棚板、吊戸棚、収納棚、玄関扉の牛乳瓶受け、和装収納用引き出しなど、シンプルで個性的なデザインの数々を生かし、修理した後に再利用している。

往年の吊戸棚のデザイン(上右)を生かしたままでシステムキッチンを新しく入れ替えた(上左)。浴槽(下右)をやめて高機能なシャワーセットだけにすることで、新たに脱衣スペースを作りだした住戸も(下左)往年の吊戸棚のデザイン(上右)を生かしたままでシステムキッチンを新しく入れ替えた(上左)。浴槽(下右)をやめて高機能なシャワーセットだけにすることで、新たに脱衣スペースを作りだした住戸も(下左)

リノベーション住戸に応募殺到、これからの入居者の若返りにも期待が集まる

「STAY+」(ステイタス)というタイプでは、あらかじめ「有孔ボード」を設置した壁面や「黒板塗料」をほどこした壁面をつくった。有孔ボードにさまざまなものを飾ったり、棚を設置して収納量を増やしたり、黒板塗料の壁にはチョークを使ってメッセージやイラストが描くことができる。
「壁に穴が空けられない」「落書きなどもってのほか」「退居時には現状回復を課せられる」など、一定の制限の中で暮らさざるをえない賃貸住宅での仕組みを、逆手にとった提案だ。

2016年2月、耐震補強といくつかの住戸のリノベーションを終え、往年の伝説のアパートは美しく現代によみがえった。受け継がれてきたモダンなデザインやディテールを随所に残しての改修は新鮮で、リノベーションした24戸の募集が始まると、抽選倍率は3.5倍の人気になった。

40年来の入居者である菅野道夫さんは、ここで子どもを育て、棟内で住み替えたこともある。今は夫婦二人で暮らすかたわら、自治会「マンモス町会」の自治会長を務めている。
「大規模改修をする際に住民アンケートをとったり、住み替えに悩む人の声を聞いたり、クレームに対応したり、集合住宅ならではの大変さももちろんたくさんありました」と話す。が、数年かけて進んだ改修工事が終わった時に、菅野さんら入居者たちは、おでんやオードブルを用意して、UR都市機構の職員や施工に携わった人々を招き、完成をともに祝ったという。
「お互いの懐に入って、うちとけて、人間関係を築いた証ですな」

かつてファミリー層が多く入居していたマンモスアパートも、今、子どものいる世帯はたった1組しかいないという。また、高齢者や一人暮らしの人には、なかなかコミュニティに参画してもらいにくく、現代の集合住宅ならではの悩みを抱えている。
「リノベーションを機に、カップルや小さなお子さんのいる若い家族の入居が進むのを楽しみにしています。また、活気のある現代のマンモスアパートになれれば…」と菅野さんは話す。

西長堀アパート
http://www.ur-net.go.jp/kansai/nishinagahori/

あらかじめ有孔ボードを壁に設置し、自由に飾ったり収納できるようにしたプラン(上左)、元々あった台所収納や玄関扉の牛乳受けなどは白い塗装を刷新して残した(下)。マンモス町会が活気を取り戻せるか期待が集まる(右上)あらかじめ有孔ボードを壁に設置し、自由に飾ったり収納できるようにしたプラン(上左)、元々あった台所収納や玄関扉の牛乳受けなどは白い塗装を刷新して残した(下)。マンモス町会が活気を取り戻せるか期待が集まる(右上)

2017年 02月21日 11時05分