長い時間をかけて信頼関係を構築

入り口にはモデル棟があり、その奥には食事スペース、宿泊スペースとなるテントなどが用意されている入り口にはモデル棟があり、その奥には食事スペース、宿泊スペースとなるテントなどが用意されている

外房線の特急停車駅・上総一ノ宮駅から車で約15分。高台にある雑木林の中に立っているのは木造の平屋、そして白いテントが点在する、周囲とはちょっと異なる雰囲気の空間「いすみフォレスト・リビング」だ。もともとは市有地だったそうで、そこを東京R不動産などで知られる株式会社スピークが事業主として、地元その他も含む複数の事業者を巻き込んで実現した企画である。

同社といすみ市との出合いは15年前に遡るという。「東京R不動産の運営で疲弊していた時期に自らが楽しめる仕事をと立ち上げたのがリラックス不動産。そこから房総R不動産、鎌倉R不動産が生まれるのですが、房総は都心から車で1時間半ほどと近い場所なのに納屋と物置なども付いた土地が1,000万円ちょっととびっくりするほど不動産が安い。しかも、馬場付きなど面白い物件もある。そこに衝撃を受けて、以降、自分の家を造ることも含め、このエリアと関わってきました」とスピークの吉里裕也氏。

最近では移住の前段階の、その場所を知るための手段として全国に広がりつつあるトライアルステイだが、最初にここ、いすみ市で始まったのもそうした経緯から。市から相談を受けた同社が「2週間から1ヶ月ほど房総で暮らしてみないか」とウェブ上で呼びかけてモニターを募集したところ100組以上の応募があった。

それ以外にも海辺の一戸建て住宅地「一宮テラス」、上総一ノ宮駅近くの空き家を改修したオフィスとショップからなる複合施設「SUZUMINE(すずみね)」などいくつかのプロジェクトがあり、同社が時間をかけてこの地域と付き合ってきたことが分かる。

モデル棟とグランピングスペースと

「いすみフォレスト・リビング」が生まれるきっかけとなったのは、2017年12月に吉里氏がいすみ市に対して行った「市内に移住の前段階の人たちが利用できる家、人や情報のハブとなる場所をつくってはどうか」という提案である。その1年後、吉里氏が進めてきたプロジェクトにMUJI HOUSEが参画、そのために遊休地を探していると聞き、市も本格的に動きだす。最終的には市が保有していた遊休地の活用提案の公募を行い、採択されたスピークとの間で売買契約を結んだのは2019年3月のこと。その間、吉里氏は市の幹部に公民で連携していく意義をプレゼンするなど、何度もいすみ市に足を運んでいる。

その結果、誕生した「いすみフォレスト・リビング」は大きく2つの要素から成る。ひとつは無印良品が5年ぶりに発表した新しい住宅「陽(よう)の家」の第1号となるモデル棟。公道から林に入ってくると左手にあるもので、大きなウッドデッキを備えた木造の平屋である。

モデル棟から奥にあるのがグランピング施設だ。陽の家の向かいには炊事場、シャワールームなどがある棟があり、2つの建物の間の道の先には3つのテントとそれに付随する4m角のダイニングデッキ、2m角のハンモックのかかったデッキが点在。宿泊する人はこのエリアで森の中での暮らしを楽しむことになる。宿泊は10月上旬から可能になっており、1日3組限定。ひとつのテントにつき、4名までが泊まれるので、最大で12人。友人家族と一緒に訪れれば貸し切り状態で楽しめるだろう。

テントとデッキのほか、共用のシャワー、トイレなども用意されており、オープニングではデッキを利用してさまざまな店が出ていたテントとデッキのほか、共用のシャワー、トイレなども用意されており、オープニングではデッキを利用してさまざまな店が出ていた

地元の人たちと海、山、森を巡るガイドツアーも多数

オープニングイベントでいすみの魅力を語る宇佐美氏オープニングイベントでいすみの魅力を語る宇佐美氏

楽しみは森の中での宿泊だけではない。この施設は地元の合同会社いちのみや観光局が運営を担当するのだが、この地を知り尽くした人たちがガイドする海や里山などのツアーが宿泊とセットになっているのである。

「外房エリアはサーフィンで有名ですが、海だけでなく、里山、森もあってオーストラリアのゴールドコーストに似たポテンシャルのあるエリアです。いちのみや観光局ではこれまでも、まちを知るツアーを行ってきましたが、フォレスト・リビングに滞在する方々にも同じようにまちの魅力を知るツアーをご用意します。海の近くを訪ねるサイクリングツアーやビーチや森の中でのヨガ、この地域にはいくつかある玉前神社など歴史ある寺社を巡るポタリングなどに加え、地元の人とつながってていただく企画も考えています」といちのみや観光局の宇佐美信幸氏。

この地域には祭事や人が集まる際に作られてきた祭り寿司と呼ばれる太巻きがあり、それを作る体験などを考えているのだという。これは切り口が花やアニメキャラクターの顔、めでたい言葉などになるように巻かれた寿司で、上手に巻くためには経験が必要。また、夕食には豊富な地元の海の幸を中心にしたバーベキューが用意されるのだが、自分で好きな魚介を選びに行くこともできる。

「地元の海鮮市場にはまるで水族館のようにさまざまな魚介が並びます。大人はもちろん、子どもにとってはめったにできない楽しい経験になるでしょう」。

平屋に対する要望を受けて誕生した「陽の家」

もうひとつ、敷地入り口近くにある無印良品のモデル棟も気になるところ。間仕切りのない一室空間であるところは同社の他の住宅にも共通しているが、珍しいのは平屋建てという点。

施設のオープニングイベントで挨拶をしたMUJI HOUSEの松﨑曉社長によると、近年、平屋建てが欲しいという要望が非常に多く寄せられていたそうである。子どもの数が少なくなって以前ほど部屋数、広さにこだわる人が減り、働き方改革でわが家で過ごす時間が増えるなど、生活が大きく変わってきている中で、住まいに求めるものも変わってきているということだろうか。スペースよりも質をと考えると、フラットでバリアフリーな平屋は使い勝手がよく、理に適っている。

陽の家は間仕切りのない広いワンルームとなっており、ウッドデッキに面して大きな開口部を取っているのが大きな魅力。間口7間×奥行4.75間(12.74m×8.654m)という面積以上に広く、開放的なのだ。さらにウッドデッキともフラットにつながっており、インドア人間の私ですら、ここに住んだらアウトドアが好きになりそうである。ウッドデッキにはファイアープレイスも作られており、ここで火を囲んで食事をしたらどんなに楽しいか、妄想をかき立ててくれる。

個人的にはウッドデッキから突き出るように伸びる山桜に惹かれた。聞くと、もともとこの地にあった木で樹齢は100年以上とも。整地にあたり、地元の人たちにどの木を残すかを相談したそうだが、その際、これはぜひにということで残されたのだという。土地の歴史と共存する造りにしたわけである。

開放的な平屋建てで内部と外部はフラットにつながれている。部屋は大きなワンルーム。デッキにファイアープレイスを作ることもできる開放的な平屋建てで内部と外部はフラットにつながれている。部屋は大きなワンルーム。デッキにファイアープレイスを作ることもできる

関わる人間の豊かさに期待

舞台となっている雑木林はさほど広いものではないにもかかわらず、話を聞いて大きな広がりを感じたのはオープニングイベントに集まった人たちの幅の広さ、豊かさ、思いの強さが要因ではないかと思う。市長、MUJI HOUSEの社長などといった大きな組織の人たちから地元の観光を担う人たち、地域の工務店、まちで活動する人たちと所属する組織や会社の規模の大小を問わず、個人も含め、この地に思いを持つ人たちが集まっていたのである。

いすみ市の大田洋市長にとって、現地は子どもの頃から思い出の地だそうで、山栗を拾って帰り、祖母に茹でてもらって食べた日々を語った。MUJI HOUSEの松﨑氏はいすみ市出身とのことで、郷里での仕事はうれしいと。そして、吉里氏をはじめ、同社の人々もまた10年以上この地と関わり続けてきている。運営にあたる宇佐美氏ももちろん、地元生まれの地元育ち。そうした人たちがこの地を知ってほしいと考えて作った場所である、

太田市長は「思い出の土地がこれからのまちの資産になることを期待する」と挨拶したが、その期待が実現することを期待したい。期待できるはずだと思う。

2019年 12月09日 11時05分