現地のタクシーも戸惑う、ジャングルのような入り口。登ると絶景が!

晴天に恵まれた10月のある日、三重県志摩市浜島町に向かった。行き先は、近鉄特急が停まる「鵜方駅」からタクシーで15分ほど。カーナビにも表示されない里山の中の目的地を運転手の方に告げると「何もない場所だけど本当に大丈夫? でも最近、人の出入りは見かけるけどね」と気になっている様子。

現地へ到着すると、うっそうと茂る里山の中に緑のトンネルを発見。少々勇気を出して、軽自動車がようやく通れるほどのコンクリートの坂を歩いて登り始める。転げ落ちそうな急坂に驚きながらも5分ほど登ってみると、突如視界が開け、英虞(あご)湾を180度見渡せる山頂に出た。思わぬ絶景に「わぁ!」と歓声が出るこの地に建つのが『伊勢志摩キャンプベース小屋』だ。

出迎えてくれたのは、同小屋のプロジェクトを立ち上げたディンプル建築設計事務所の堀泰彰さんと、施工を行っている“旅する大工”のいとうともひささん。
『伊勢志摩キャンプベース小屋』とは、英虞湾に向けて大きく開いた約28m2のデッキと約10m2の小屋からなり、テントを張って8人ほどがキャンプを楽しめるスペースのこと。
さっそくリアス式海岸が織りなす美しい海を眺めながら、「東京在住の堀さんご夫婦が、なぜこの地でこのプロジェクトを企画したのか?」など、お話を伺うことにした。

▲『伊勢志摩キャンプベース小屋』の野趣あふれる入り口。坂を5分ほど登ると、英虞湾の絶景が見渡せる。
写真右から、ディンプル建築設計事務所の堀泰彰さんと旅する大工のいとうともひささん▲『伊勢志摩キャンプベース小屋』の野趣あふれる入り口。坂を5分ほど登ると、英虞湾の絶景が見渡せる。 写真右から、ディンプル建築設計事務所の堀泰彰さんと旅する大工のいとうともひささん

「伊勢志摩サミットが開催されるこのタイミングしかない」と一念発起!

『伊勢志摩キャンプベース小屋』の建設が計画されたのは、国立公園内にある小高い山の山頂だ。1975年に別荘地として売り出された土地で、三重県出身で大阪に住んでいる堀さんの両親が約40年前に購入した。しかし水道や電気などのインフラが整っていないため、長らく手付かずのままだったそう。

「両親からは『別荘地はあるが、どうにもならない』と聞いていました。6年前、ふと思い立って面白半分で現地を訪れてみたんです。当時の坂道は倒木や落ち葉で覆われ、別荘地は木や草が生えていて境界が分からないほどで、販売時のイラストマップを片手に『うちの敷地はここだろう』とようやく探り当てました。でも頂上からの眺めには圧倒されましたね!」(堀さん)

英虞湾の景色に魅了された堀さん夫婦は、2012年5月に再び訪れ、皆既日食という天文ショーを楽しんだ。テントを張って2泊3日のキャンプを行い「ここに簡単な小屋があれば、仲間と遊びに来られるな」と思ったという。でもその時点では、小さなアイデアの一つだった。

そして月日は流れ、2016年に志摩市の賢島が「G7伊勢志摩サミット」の会場に決定し、“伊勢志摩”という地名が一躍脚光をあびることになった。「両親から受け継いだ遊休地を活かすなら、全国的な知名度のある今しかない!」と思い立った堀さんは「クラウドファンディング」を活用して、『伊勢志摩キャンプベース小屋』プロジェクトを始動することにした。

「東京に住む僕たちが小屋を使うのは年に1~2回なので、インターネットで広く出資者を募り、リターンとしてこの場所を使ってもらいたいと考えました」と堀さん。クラウドファンディングサイトの「READY FOR」に登録し、主に材料費と人件費として見積もった100万円を出資額として掲げた。

「三重県に知人も頼れる人もいない状況でしたが、まずはサミット開催の5月に合わせることを最優先にして企画を立ち上げました。サイトのアップと同時にインスタグラムやFacebookで情報を拡散したところ、地元のおすし屋さんや『志摩市を盛り上げたい』という観光のキーマンの方からリアクションがあり、仲間の輪が広がっていったんです」

自らも積極的に情報発信して地元とのつながりをゼロから作っていった堀さん。「初挑戦してみて、まったく知らない方からの支援が想像以上にあったというのがうれしい収穫でしたね」と笑顔で振り返る。

▲リゾートホテルのような夕景。開放的なデッキでBBQやキャンプをすることができる。テントを張って泊まり込みで作業した大工のいとうさんは「一足お先に、抜群の環境を堪能しました」とにっこり▲リゾートホテルのような夕景。開放的なデッキでBBQやキャンプをすることができる。テントを張って泊まり込みで作業した大工のいとうさんは「一足お先に、抜群の環境を堪能しました」とにっこり

「クラウドファンディング」のリターンとして、現地と東京でイベントを開催

『伊勢志摩キャンプベース小屋』プロジェクトへの支援者は94名、約2ヶ月間で115万円が集まった。支援者には自身の仲間も多いというが、「いつか小屋をつくりたいので興味がある」という岐阜県の方や、「東京からやって来て、地元を盛り上げてくれるのがうれしい」という三重県の方など、新たな出会いが広がったという。

堀さん夫婦の想いに賛同し、一定額以上出資してくれた方へは、「リターン」として特典をお返しすることになる。今回は「体験」でお返しする参加型プロジェクトにした。

まず体験の一つとして9月に3日間、現地でワークショップを開催。7~8人が参加して、大工道具の使い方から学び、小屋の骨組みづくりや余った木材でテーブルづくりと、我が家のように小屋づくりを楽しんだ。作業の合間にはかき氷で涼を感じたり、日が暮れてきた頃には「現BAR」という催しを開き、その場で本格的なパスタやサラダを料理してみんなで舌鼓。各々がわが家を建てるように、楽しい時間を共有できたそうだ。

一方、現地まで来られない支援者に向けて、東京で「キャンプベース小屋の模型づくり体験」と、伊勢志摩の食材を味わう「伊勢志摩グルメパーティー」を開催した。初顔合わせの家族もいて、交流を深める機会になったという。

とはいえ、参加型イベントと一言でいっても、言うは易し、行うは難し。「100人近い支援者全員へアナウンスするのは、なかなか大変でした」と堀さん。
「クラウドファンディングは、幅広く支援をいただける一方で、発起人としての『責任』を強く感じました。プロジェクトの立ち上げ時は実現できるかどうか半信半疑でしたが、SNSで情報を拡散したり、支援者に工事の進捗を伝えるなど、自分でできることは積極的にやってみて、思い描いた構想が何とかカタチになったと思います」

▲現地ワークショップの様子。参加者はみな「こんな場所があったんだ」と感激してくれたそう。参加者と急きょ作ったテーブルは、高いクオリティ。小屋の中には、支援者の名前が刻まれたプレートが飾られた▲現地ワークショップの様子。参加者はみな「こんな場所があったんだ」と感激してくれたそう。参加者と急きょ作ったテーブルは、高いクオリティ。小屋の中には、支援者の名前が刻まれたプレートが飾られた

ついに完成!近くに住む支援者が管理人も務めてくれることに

木々の伐採や草刈りから始まった『伊勢志摩キャンプベース小屋』プロジェクトは、9月に2週間、10月に2日間の施工を経て、10月13日ついに完成へとこぎつけた。
堀さんと大工のいとうさん、支援者たちのセルフビルドによって建てられた同小屋は、シンプルで美しく、愛着を感じさせてくれる。

さっそく同小屋の見どころを紹介しよう。
英虞湾の絶景を主役にするために、真四角のデッキの対角線上に大きな窓をつくり、約半分を三角型の小屋にした。ドアは140cmと低めだが、中に入ると勾配天井のおかげで開放的。イスに座ると、ちょうど海を見晴らすことができる。窓には日差しや視線をよけるブラインドもついているなど、気が利いている。

建物部分は、三重県産の杉の木を使用。外壁の杉板は「鎧張り」で丁寧に仕上げてあり、デザイン性も高い。また国立公園内ではあるが建築条件の厳しいエリアではなかったため、“景観を邪魔しない、自然に溶け込む”というデザインポリシーで設計したそうだ。

完成した『伊勢志摩キャンプベース小屋』は、11月以降から一般への貸し出しを予定。11月に専用サイトを立ち上げて、予約ができるようにする。近くに住む支援者が小屋の管理人を務めてくれるなど、地元の支援者ゼロから始まったプロジェクトは見事な着地を見せた。

ちなみに同小屋には電気・水道などのインフラはないので、利用者はあらかじめ準備したり、近くの公園施設を活用しながら、自然の中のちょっとした不便さを楽しんでほしいそうだ。
「キャンプ好きな方に、この場所の価値を分かってほしいと思います。デッキでBBQをするだけでもいいし、寝袋とランタンを持参して星空を眺めながら寝るだけでも十分楽しめます。
僕自身は、アーティストを招いてアコースティックライブを開きたいと思っていますね(笑)。
具体的な構想はまだまだですが、志摩の地域を応援する場になればいいと願っています」

▲杉の木が美しい『伊勢志摩キャンプベース小屋』。ごろんと寝転ぶだけでも気持ちがいい

▲杉の木が美しい『伊勢志摩キャンプベース小屋』。ごろんと寝転ぶだけでも気持ちがいい

2016年 11月03日 11時00分