okatte西荻での出会い

台北に行ってきた。

高齢社会についての講演である。台湾は今後日本を上回る速度で超高齢社会に向かうらしい。出生率が1と日本よりずっと低いからである。だからか先進国日本への関心は高い。ついでにリノベーションが盛んだという台北の様子と、「共煮食堂」というコミュニティキッチンを取材してきた。

「共煮食堂」は商業コンサルタントをしているクレイグ・チェンさんが自室のリビングルームで経営している。自室は2LDKで1室は風呂・トイレ付きのエアビーアンドビーのゲストハウス、もう1室がチェンさんの部屋、リビングルームがチェンさんの仕事場であり、かつダイニングでもあり、そのダイニングのテーブルが「共煮食堂」になる。

私とチェンさんは東京で出会った。西荻窪にあるコミュニティキッチン「okatte西荻」にチェンさんが取材に来ていたのだ。オーナーの竹之内祥子さんから急に電話が来て「台湾からokatteを取材に来た人がいるから、三浦さんも来て」というのである。

台北では東京同様リノベーションが盛ん。ここは家具街の家具店をリノベして家具店兼カフェにした店。中目黒にあるお店のようだ
台北では東京同様リノベーションが盛ん。ここは家具街の家具店をリノベして家具店兼カフェにした店。中目黒にあるお店のようだ

マンションの自室を、ゲストハウスとシェアキッチンにする

共煮食堂の様子。いちばん左がチェンさん共煮食堂の様子。いちばん左がチェンさん

早速okatteに行き、話しているとチェンさんは私の著書の翻訳を読んでいたことがわかった。そこでokatteを知り、また別のネットメディアでもokatteを知って、自分のやりたいことを日本でやっているところがあるらしいと訪ねてきたのだ。

「あー、あなたがあの三浦さんか!」ということになり、かつ私は「今度台北に講演に行くよ」というと「是非共煮食堂も訪ねてくれ」ということになったのである。

チェンさんが共煮食堂を始めたのは2017年の11月だ。商業コンサルタントとして他者にアドバイスをする仕事をしているが、自分なりにまったく別のビジネスモデルをつくりたかったというのがきっかけだ。
食を軸としてプラットフォームをつくりたかった。YouTubeやSNSが盛んだが、その反面リアルな行動を求めている人がいると思った。
そこで最初はエアビーアンドビーを始め、宿泊客のために食事を作ったり、客のほうが食事を作ってくれたり、というところから始めた。

他者と一緒に食事をして話すとお互いに学ぶものがある 

女性ばかりが集まることも女性ばかりが集まることも

2018年8月から本格的に共煮食堂を始めた。500台湾ドル(日本円で1,000円ほど)を支払えば誰でも参加できる。メニューはない。料理をしてもよいし、買った物を持ち込んでもよい。
もちろん最初は他人と一緒に料理をして食事をするなんて危険じゃないの?と警戒されたが、次第に人が集まるようになった。他者と食事をして知り合うことで、お互いに学ぶものがあるということに参加者は気づくようになった。何しろ1人で食事をするのはつまらないから。

ほぼ毎週1回、10ヶ月共煮食堂を開いた。平均すると1回あたり6〜7人が参加した。25〜45歳くらいが多い(チェンさんは37歳)。シングルマザーと5歳の子どもが参加したこともあるという。

取材した当日は、私とチェンさんの他に5人が集まった。デザイナー、映像作家、アート書店店員、普通のビジネスパーソンなど。日本人もいた。台湾で仕事を展開したいという人たちだった。
チェンさんが鶏の唐揚げをつくったが、映像作家の男性は新しいエナジードリンクをつくる実験をしたいと、市場で買ってきた様々な薬草を煮出して炭酸水と混ぜ、いろいろな味のドリンクをつくった。

また当日の参加者は、前回参加した人と、その友人という関係が多く、お互い自己紹介をしながら、どんな仕事をしているか、どうしてエナジードリンクをつくるのかというと飲み物にも映像のようなストーリー性が欲しいからだ、などを話していると、楽しく時間が過ぎた。

古い商店街の保存、継承

チェンさんの事務所は、新富市場という日本統治時代につくられた商店街をリノベーションした建物の2階にあるシェアオフィスにある。台北でも古い建物が壊されて新しいビルに建て替えることは多いが、古い建物を保存しようという動きは日本よりも熱心なようである。

アメ横のようないかにもアジアな商店街を歩いていくと、シェアオフィス、ギャラリーなどからなるスペースが現れる。馬蹄形のような建物の中に昔は市場があったのをリノベーションしたものだという。かつて日本領事の家だった建物もカフェになっている。
当時の市場の様子の模型や周辺の地図なども展示されており、時代を継承する工夫がされている。

日本統治時代の歴史も活かした街づくりがされている日本統治時代の歴史も活かした街づくりがされている

歴史を活かしたまちづくり

かつての銀座煉瓦街のような商店街が賑わっているかつての銀座煉瓦街のような商店街が賑わっている

その他の商店街には、煉瓦造りのアーケードのものも少なくない。
これは日本統治時代のもので、銀座にあった煉瓦街と同様のデザインらしい。かなり多くの店が新しい今どきの店になっており、観光客用の展示を行うギャラリーなどもある。
あるギャラリーではまさに文化継承をテーマにした展示が行われており、日本統治時代の建築だけでなく、職人の手仕事、工業化以前の自然などが写真と実物などで展示されていた。商店街全体として集客も多く、欧米からの観光客もたくさんいた。

銀座には煉瓦街のような歴史を感じさせる場所がなく、歴史や文化を伝える場所も少なく、高級ブランドのビルばかりが新築されるが、それは街にとって問題だと私は思う。ところが台北では街全体で古い町並みを活かして魅力づくりが行われているのだ。

一方でシェアオフィス、シェアキッチンなどの新しい動きも出ており、それらがうまく連動しているように思えた。
東京の都心や郊外の駅前は高層ビルとチェーン店ばかりになっていくが、歴史のある郊外都市などでは、昔からの文化と建築を活かし、かつ新しい動きを取り入れたまちづくりがもっと行われていくべきであろう。

2019年 09月03日 11時00分