実践的な研究を通じて“不動産賃貸学”を確立し、成果を業界の発展に活かす

大学の研究者と民間の事業者が連携して“不動産賃貸学”を研究する、ユニークな試みが九州で始まる。福岡国際センターで行われた「賃貸住宅フェアin九州」(2019年6月18日・19日、主催:全国賃貸住宅新聞&家主と地主)で、立ち上げを兼ねた「九州賃貸住宅アカデミー」が開催された。

近年、九州の各大学では、不動産賃貸や空き家活用に関する実践的な研究や活動が行われている。一方で、福岡DIYリノベWeekなどに見るように、九州はリノベーションの先進地であり、イノベーター的な事業者が活躍している。その双方をつなぎ、共同で研究を進めようと「九州“不動産賃貸学”研究会」が発足した。

事務局を務めるNPO法人福岡ビルストック研究会理事長の吉原勝己さんは、自らも不動産オーナーであり、九州産業大学で不動産学を教えてもいる。
「事業者が自社物件を研究対象として大学に提供することで大学にもメリットがあり、研究者による分析や学生の自由な発想が得られれば事業者にもメリットがある。大学と事業者のWin-Winの関係で、不動産賃貸を発展させていきたい」と吉原さん。

研究者として口火を切った福岡大学工学部建築学科助教の西野雄一郎さんは、研究会の趣旨を次のように述べた。
「空き家・空きビルが社会問題となる中で、解決策として不動産賃貸は重要だ。しかし、不動産賃貸についての学問はまだ体系化されていない。九州には実践的な研究者と先進的な事業者が揃い、研究テーマも豊富にある。研究者・事業者間のネットワークをつくり、不動産賃貸学の確立を目指す」

6月18日の「九州賃貸住宅アカデミー」では、九州の4大学が研究内容をプレゼンテーションし、コメンテーターとして登壇した事業者と意見交換を行った。

「九州賃貸住宅アカデミー」の様子。写真左から、福岡大学の西野雄一郎さん、九州産業大学の信濃康博さん、九州工業大学の徳田光弘さん、熊本県立大学准教授の鄭一止さん、鹿児島のNPO法人頴娃おこそ会の加藤潤さん、福岡の不動産オーナー・雑賀智子さん、熊本・末次デザイン研究所の末次宏成さん。右端に立っているのがNPO法人福岡ビルストック研究会の吉原勝己さん</br>(写真:全国賃貸住宅新聞社)「九州賃貸住宅アカデミー」の様子。写真左から、福岡大学の西野雄一郎さん、九州産業大学の信濃康博さん、九州工業大学の徳田光弘さん、熊本県立大学准教授の鄭一止さん、鹿児島のNPO法人頴娃おこそ会の加藤潤さん、福岡の不動産オーナー・雑賀智子さん、熊本・末次デザイン研究所の末次宏成さん。右端に立っているのがNPO法人福岡ビルストック研究会の吉原勝己さん
(写真:全国賃貸住宅新聞社)

福岡大学:「50%空き家」を部分的に賃貸し、地域に開く活用策を提案

西野雄一郎さんが率いる福岡大学の研究室は、キャンパス周辺の住宅街を対象に空き家問題に取り組んでいる。

同大学周辺の戸建て住宅は、まだそれほど空き家率は高くない。しかし、研究室で住人の聞き取り調査を行ったところ、所有者が高齢で病院や施設にいたり、仏壇が置いてあるだけだったりする家が少なくないことが分かった。将来、相続が発生して所有権が複数の後継者に共有されると、売却も賃貸も難しくなる可能性が高い。いわば「空き家予備軍」だ。
「今のうちから対策に取り組んでいく必要がある」と西野さんはいう。

研究室では、調査の過程で出合った実際の戸建て住宅を題材に、活用案を探ることにした。家主のTさんは自然食のワークショップや有機野菜の販売を行う食の専門家。全国を飛び歩いているため、1ヶ月の半分は留守宅となる「50%空き家」だ。敷地約80坪の木造2階建てで、ゆったりとした庭がある。

活用の目標は「多様なひとびとに開かれた場をつくる」ことと、「空き家の活用が面的に広がるきっかけにする」こと。学生たちはTさんの魅力と物件の特徴を活かしながら、賃貸日数と賃貸面積、改修範囲が異なる4つの案を作成した。事業スキームを立て、売り上げも試算している。

庭に石窯と菜園を整備して、地域に開くA案「石窯deコミュニケーション」は、家を貸すことに抵抗がある人にも勧めやすい。入学時に購入した日用品が卒業時に不要になるという、学生街ならではの事情から、家具のリサイクル販売を目指すB案「巡る喫茶店」。法律で認められた年間180日を民泊に、残りを地域交流拠点に充てるC案「選べる民泊」、カフェ・子ども食堂・レンタルキッチンとしてフル稼働するD案「まちのテーブル」。どれも学生ならではのワクワクするようなアイデアで、家主Tさんにも喜ばれた。

あいにくT邸にも所有権の問題があり、まだ事業は実現していないが、「空き家活用の可能性が見えた」と西野さんは語る。

空き家の活用法を示した4つの案。それぞれ、賃貸日数と面積、改修規模が異なる(画像提供:福岡大学西野研究室)空き家の活用法を示した4つの案。それぞれ、賃貸日数と面積、改修規模が異なる(画像提供:福岡大学西野研究室)

熊本県立大学:城下町に残る町屋を調査。暮らしも町もよくなる活用法を探る

熊本県立大学都市計画学研究室のプレゼンテーションは、熊本市の城下町「新町古町」における町屋活用の調査研究報告だ。新町古町には熊本地震にも耐えた伝統的な町屋が200~300棟残っているという。しかし、近年は解体が進み、空き地や駐車場が増えてきた。危機感を抱いた地元の人々は、町屋研究会を結成し、町屋の保存活用に取り組んでいる。

准教授の鄭一止(チョンイルジ)さんは、「住む人が、自分の暮らしを楽しむために町屋を上手に改修し、使いこなすことが、町全体の魅力につながる」と語る。

間口が狭く奥行きが深い町屋は使い勝手が悪いと思われがちだが、熊本県立大学の報告では、町屋の特性を活かした改修例が数多く紹介された。
敷地が細長い分、町屋は職住や公私の空間を分けやすい利点がある。表で商売をして奥で生活するという、昔ながらの住まい方に加え、表を地域に開放してコミュニティ空間に使ったり、趣味のギャラリーに充てた例もある。近接する町屋を買い取り、2軒の町屋をI字型やL字型につないで拡張した事例も散見された。

改修工事そのものを地域に開き、参加型のDIYワークショップを開催して近隣との交流のきっかけにした例もある。一部をレンタルスペースとして多くの人が使えるようにし、交流拠点のひとつになっている。

歴史を重ねた町屋の賃貸は、家主にとっても借り手にとっても、まだまだハードルは高いようだ。しかし町屋研究会のような地域の人々の地道な活動によって、少しずつ活用の道が開かれている。真似したくなるような改修例が増えれば、活用の輪も広がっていくだろう。

町屋をリノベーションしてデザイン事務所に使っている事例(写真提供:熊本県立大学都市計画学研究室)町屋をリノベーションしてデザイン事務所に使っている事例(写真提供:熊本県立大学都市計画学研究室)

九州工業大学:空き家活用事業の実践を通して地域への波及効果を狙う

九州工業大学の徳田研究室では、学生たちがプロジェクトチームを組んで、空き家活用事業を実践している。改修による建築空間のデザインだけでなく、事業計画の立案や完成後の運営にまで携わるのが特徴だ。

准教授の徳田光弘さんは「従来の“デザイン”は空間とコミュニティをデザインするものだった。しかし、本当の意味で空き家を活用するには、それらのデザインに加えてビジネス、エリア、ソーシャルまでデザインしなければならない」と語る。空き家を活用することで、地域の再生を目指しているという。

当欄で以前紹介した長崎県五島市の一日一組限定の宿「jasmine」と、北九州市の集合店舗「cobaco tobata」は、いずれも徳田研究室の成果だ。

五島では空き家調査・物件発掘からスタート。商店街の空き店舗を見つけて、1階を飲食・物販、2階を宿泊に充てるコンセプトを立てた。事業収支の計算も綿密に行っている。「jasmine」オープン以来、1階はチャレンジショップのような役割を果たしており、地域に新しい事業を生む拠点になっている。

元産婦人科医院だった建物を、学生参加のDIYを駆使して改修した「cobaco tobata」は、研究室メンバーらとのマーケティングリサーチに基づき、地域の子育て女性をターゲットにしている。自家焙煎のコーヒーショップや花屋、手づくり雑貨店などが入居。開業当初は研究室が主導してワークショップなどのイベントを仕掛けていたが、今ではテナントが自主的にイベントを開催し、近隣の交流の場に成長している。

空き家活用事業で得た知見は、ほかの空き家にも応用可能なノウハウとして蓄積していく。現在は「cobaco tobata」開業後のヒアリングから得た課題として、温熱環境の改善策を同大学の建築環境研究室と合同で研究しているそうだ。

九州工業大学徳田研究室で取り組んだプロジェクト。上2点が一日一組限定の宿「jasmine」、下2点が集合店舗「cobaco tobata」(左下写真提供:cobaco tobata)九州工業大学徳田研究室で取り組んだプロジェクト。上2点が一日一組限定の宿「jasmine」、下2点が集合店舗「cobaco tobata」(左下写真提供:cobaco tobata)

九州産業大学:実在の空き住戸をオーナーと改修。座学では得がたい経験を積む

九州産業大学准教授の信濃康博さんは、建築家としてリノベーションや建築設計を手掛けてきた。大学でも学生たちとともに実践に取り組む。プレゼンテーションで取り上げたのは、福岡市中央区にある「桑田ビル」住戸の改修事例だ。

「桑田ビル」は1980年に建設された鉄筋コンクリート造5階建てで、1階が店舗、2階が貸し事務所で3階以上が賃貸住宅。新築当時から暮らす、高齢の入居者も少なくないという。オーナーの桑田晃良さんは「これからは、学生さんたちの清新なアイデアを採り入れて、少しずつビルの若返りと活性化を図っていきたい」と語る。

桑田さんは以前から他大学でまちづくりゼミでアドバイザーを務めている。信濃研究室とのコラボレーションも、桑田さんからの提案だ。空室になった402号室を学生たちの実践研究の場に提供した。

信濃研究室は現地調査を実施、学生たちが改修案を練り、桑田さんに提案した。402号室は比較的状態も良く、大がかりな改修は必要ない。採用されたのは、壁いっぱいにオープンな棚を取り付け、付加価値を高めるアイデアだった。工事は専門家の指導のもと、学生たちがDIYで取り組んだ。完成後すぐに入居者が決まったときは、学生たちも桑田さんと喜びを分かち合ったという。

桑田さんは、今度も「学びの場」をコンセプトにビルを運営していきたいという。「建築を学ぶ学生さんが、うちのビルを素材に経験を積み、その経験が社会に出たときに役立って、よりよい住宅が増えていくといい」と桑田さん。

一方、信濃研究室には次の課題が持ち込まれている。築40年超の古い団地に隣接する空き家。「ここで何ができるか、まだ検討段階だ」と信濃さん。「九州賃貸住宅アカデミー」の来場者にも協力を呼びかけた。

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大学が実業の世界に踏み込んで研究開発を行い、不動産賃貸の最先端を切り拓く。大学にとってはまたとない研究の場であり、未来ある学生にとっては得がたい経験になる。一方の事業者は最新の知見に触れ、自らのビジネスに活かすことができる。学問がリアルなイノベーションにつながっていく。

「九州“不動産賃貸学”研究会」は11月に第一回の研究発表会を予定している。引き続き注目していきたい。

「桑田ビル」402号室。左上が改修前、右下が改修後。DIYで棚を取り付けて個性を加えた(写真提供:九州産業大学信濃研究室)「桑田ビル」402号室。左上が改修前、右下が改修後。DIYで棚を取り付けて個性を加えた(写真提供:九州産業大学信濃研究室)

2019年 08月14日 11時05分