個人宅として建てられ、検査済証未取得のまま、相次ぐ増改築を経て4棟に

賑わう表参道から歩くこと数分。緑も多い、広い住宅が並ぶ静かな通り沿いにひときわ目立つ建物が見えてくる。四隅に細い柱があるだけのガラス張りの1階、その隣には、グレイのシンプルでモダンな建物があるが、よく見ると新築ではない。

さらにガラスの部屋の脇から敷地奥に伸びる細い通路を進むと、そこは庭になっており、なんと、今どき珍しい築山(観賞用として人工的に作った山)があり、手水鉢も置かれている。地価の高いこの辺りとしては非常に贅沢な作りである。

その庭に面しては大きな窓を取った2階建ての建物があり、さらに奥にはバルコニーが屋根のように伸びた建物、築山の奥にはコンクリートの小さな小屋も。柱を見ると古い材と新しい材が混在している。

この新旧が入り混じる不思議な建物群は、2018年5月にひとまずの改修を終えたミナガワビレッジと呼ばれるオフィス、カフェ、賃貸住宅などからなる複合施設である。建てられたのは今から61年前の1957年。当時の表参道は今ほど繁華な場所ではなく、青山通りには都電が走っていた時代である(都電廃止は50年前の1968年)。当初は個人邸として広い敷地に母屋が建てられ、その後、築山が手作りされ、さらに増築、減築が繰り返されて、改修前の4棟という姿になったのは1969年。その後、ミナガワビレッジと名付けられ、家守とも言うべき管理者のいる下宿、アパートなどとして使われてきたという。

相続による家守不在と老朽化に伴い、再生が模索されるようになったのは2016年頃から。新築も検討された。建て直せば700m2以上と、改修後の420m2よりも大きな建物になる。金銭的な損得でいえば建替えたほうが良かったのかもしれない。だが、事業主の希望はこの地の歴史を尊重し、建物を再生することだった。

左上から時計回りに。左がオフィスの入り口、右がカフェ。カフェを庭へ繋がる通路から見たところ。庭へ繋がる通路。築山のある庭。奥にももうひとつ、庭がある左上から時計回りに。左がオフィスの入り口、右がカフェ。カフェを庭へ繋がる通路から見たところ。庭へ繋がる通路。築山のある庭。奥にももうひとつ、庭がある

これからは建て直すのではなく、再生させる時代

既存の建物。建物自体はごく普通のもので、庭もだいぶ荒れた状態になっていた既存の建物。建物自体はごく普通のもので、庭もだいぶ荒れた状態になっていた

その結果が近年では珍しい築山のある、新旧混在の面白い建物というわけだが、この姿に至るまでには2年に渡る時間と手間がかかった。というのも、改修前の状況はひとつの敷地に検査済証のない4棟という違法な状態だったからである。

ひとつの敷地に建てられるのは原則としてひとつの建物とされており、検査済証がなければ増改築や用途変更に伴う確認申請には困難が伴う。これらの問題をクリアするための面倒を考えたら建替えたほうが良いのでは?となりそうなところだが、このプロジェクトにはこうしたややこしくこんがらがった問題を解きほぐすのに長けたブラックジャックのような人がいた。再生建築研究所の神本豊秋氏である。

神本氏がこれからは建物の再生が求められると思い始めたのは15年ほど前、構造系の研究室に在籍していた頃。「欧米では平均120年持つ建物が日本では平均30年ほどで取り壊されてしまう。なぜだろうと疑問を持ちました。よく言われるのは建物の耐用年数が税法の減価償却資産の耐用年数とリンクしているという点。SRC造、RC造(*)の耐用年数は47年となっているため、それ以上になると価値がなくなると勘違いし、建て直すのだと言われています。一方で社団法人日本建築構造技術者協会が定めているSRC造、RC造の目標耐用年数は60年(高品質なものは100年)。しかも、これはあくまでコンクリートが中性化して鉄筋まで辿りつく想定期間で、実際には60年経っても半分も中性化していない建物も多いのです。つまり、47年はおろか、築後30年での取壊しはまだまだ使えるものを壊していることになります」。

加えて、もうひとつ矛盾があるという。「鉄骨造の250年以上に及ぶ歴史に比べると、RC造には100年余の歴史しかありません。ところが、減価償却の考え方を決めたのは今から60年ほど前で、その当時のコンクリートには40年ほどの歴史しかない。これまでの間、当然朽ち果てた建物はなく、その後、コンクリートそのものも、RC造も進化していることを考えると、建物はもっと長持ちするはず。ところが法律はそれに追いついていません。建物が良くなっていくのとは反対に経済状況が悪化し、人口が減るという時代を考えると、これからは建替えができない時代、再生するしかない時代がくると考えたのです」。

(*)SRC造→鉄骨鉄筋コンクリート造、RC造→鉄筋コンクリート造

建築家なのに、考古学者のような仕事

築山のある庭に面したオフィススペースを内側から、外側から見たところ。これがあるだけで他の全く違う空間になっている築山のある庭に面したオフィススペースを内側から、外側から見たところ。これがあるだけで他の全く違う空間になっている

新築に加え、再生も手掛ける事務所に在籍したのち、2012年に独立。建築設計事務所を構えたものの新築の相談は少なく、来るのは特殊な建物再生の相談ばかり。たまたま、大手建設会社ができないと匙を投げた5物件に出した再生案が縁となり、2015年に再生建築研究所を設立、ミナガワビレッジを担当することになった。

しかし、大手が越えられなかったハードルをどう越えたのか。神本氏はそれを考古学者のような仕事と表現する。建築に関する法令は頻繁に改正されており、建てた時に適法だったものが後年、法令に合わなくなり、既存不適格という状態になることがよくある。だが建てた時に適法であったことが証明できればその建物は違法ではなく、存続させられ、さらにその後、現在の法令に適合させることができれば増改築、用途変更などもできる。

だが、それを実現させるためには60年前、55年前、50年前、48年前などと何度も行われた増改築・減築時点の法令と、そこでどのような作業が行われたかを突き合わせる作業が必要だ。過去を遡り、法令を読み込み、作業内容を調べ、さらに現在の法令に適合させるためにはどうすれば良いか、加えて法には規定されていないことを設計者の倫理としてどう定義するかと検討する。面倒くさい仕事だ。

しかも、そこでの検証、これからの改装に関する案を担当する行政の担当窓口に納得してもらわなければならない。内容が内容だけに一度でOKをもらえるわけではなく、少しずつやりとりを積み上げ、光明が見えてきたと思えたのは窓口に通い始めて10ヶ月後だったとか。

これからの建築は時間とともに育っていくもの

それを聞いて思ったのは、だから大手にできなかったのではないかということ。世の中の仕事のうちには、完成に至る道筋は必ずしもひとつではないものがある。特に法律の解釈が絡むものは、どう解釈するかで答えは変わり、さらに相手によって、状況によっていくつものやり方が考えうる。状況を探りながら仕事を進めることになるが、そこまで面倒な交渉やコミュニケーションはこれまで建築家の仕事としてあまり認識されていなかったのではないかと思うのだ。

神本氏も「難しい仕事になればなるほど交渉力やコミュニケーション力といったソフトが大事」としており、加えて「若い建築家は面倒くさいことをして、代わりのいない人にならないと生き残れない」とも。どこの世界でも上の年代はつっかえているらしい。

これまでの建築家の範疇に収まらない仕事ぶりは今後のミナガワビレッジとの付き合い方からも分かる。普通、建築家の仕事は建物を作るところまでで終わりだ。だが、神本氏は今回の投資が回収されるまでの10年間、この建物内にオフィスを移し、建物が育っていくのをサポートするという。「これまで建築は完成した時点でパリッとしたスーツを着たかっこいい人のようなものと思われていましたが、本当は子どものような、時間とともに育てていくもの。そのため、この建物は一期工事までは終わったものの、余白を多く残してあり、今後、入居者がそこを作っていくことになります。それをサポートするのが今後の仕事です」。

左上から時計周りに。1階のオフィス部分。2階のオフィス部分。いずれもこれから入居者とともに作っていくことに。住宅部分もごくシンプルに作られている。カフェは既存のコンクリートの基礎などを利用した部分も左上から時計周りに。1階のオフィス部分。2階のオフィス部分。いずれもこれから入居者とともに作っていくことに。住宅部分もごくシンプルに作られている。カフェは既存のコンクリートの基礎などを利用した部分も

これから60年持つ建物を目指して

新旧の材を将来のメンテナンスの容易さも考えて組み合わせてあるという。成長という意味ではふんだんな植栽も今後、どう育っていくかが楽しみだ。長らく日本の建築はメンテナンスを考えずに作られてきたが、これからは最初からそれを考えて作られるようになるのだろう新旧の材を将来のメンテナンスの容易さも考えて組み合わせてあるという。成長という意味ではふんだんな植栽も今後、どう育っていくかが楽しみだ。長らく日本の建築はメンテナンスを考えずに作られてきたが、これからは最初からそれを考えて作られるようになるのだろう

最後にもう一度、建物の話を。一般的なリノベーションなら1年で終わったはずが2年かかり、60年ぶりに検査済証を取得したミナガワビレッジでは、現行法適法を目指して曳家(建物をそのままの状態で移動すること)、耐震改修、基礎をべた基礎に更新するなど徹底的な改修が行われた。加えて3棟(既存4棟を集約)のうち1棟は外断熱、2棟が内断熱で温熱環境も大幅に向上。古い木造住宅の"暑くて寒い"を克服している。

「古いから快適でなくてもいいということはありません。法と耐震性能、快適さは必ずキープすべきです」。

こうして躯体部分は完成したわけだが、目指すのはこれからさらに60年持つ建物。これまでの60年プラスこれからの60年で、計120年である。そのため、既存の古い材と新しい材を組み合わせ、今後の更新を考えて取り替えやすいように計画されているという。

現在30代半ばの神本氏が60年後を見届けられるかは微妙なところだが、建物は本来、人間の一生以上に長く生き続けるものである。これまでは人間よりも短い期間で取り壊されることが多かったが、今後はおそらくもっと長寿命化が図られ、様々な無駄や環境に対する負荷その他が削減されていくのではなかろうか。それに伴い、建築、建築家の在り方もさらに変わっていくのだろう。変化を楽しみにしたい。

ちなみに私がその60年後を見られる可能性は確実にゼロ。ちょっと(かなり?)残念だ。

2018年 09月12日 11時05分