藤本壮介氏が初めて東京に建てた集合住宅「東京アパートメント」

「東京アパートメント」は2010年に建築好きのオーナーが所有していた土地を利用し、建築家・藤本壮介氏に依頼して建てた自宅+3戸の賃貸住宅からなる建物である。板橋区のごく一般的な住宅街に立地しており、四角い箱に三角の屋根という、多くの人が思い浮かべるであろう家の形をした部屋が5つ、少しずつずらして重ねたような外観が人目を引く。

「この建物は2000年に実施された青森県の『県立美術館設計競技』で国内外の著名建築家やアトリエ事務所、組織事務所などの393もの応募案の中から、個人で応募して2位を獲得し、建築界の記憶に残るデビューを遂げた藤本氏が東京で初めて建てた住宅。今では国内外の賞を数多く受賞、世界でも活躍する藤本氏がそれほど仕事が無かった頃に、東京の下町で見かけた路地に東京らしさを感じ、それを表現したものと聞きました。路地を階段に見立て、下町の路地を立体化したものとでも言えば良いでしょうか。当初は隣の敷地にも建てる計画があったそうですが、コストの関係で1棟だけが建てられました」とは、体調を崩した前オーナーが売却した同物件を取得し、新たに所有者となったリノベーション会社・株式会社ルーヴィスの福井信行氏。

構造自体は地下のみがRC造、それ以外は木造とシンプルなのだが、5つの部屋を重ねた複雑な建物の建設は難事業。建設時、7社に見積もりを依頼したものの、出してきたのは1社だけだったとか。残りの6社は見積もりどころか、そもそも、こんな建物は自社では作れないと判断したわけである。

東京下町の路地を立体的に表現したという外観。ごちゃごちゃした感じが良いのだという東京下町の路地を立体的に表現したという外観。ごちゃごちゃした感じが良いのだという

意匠と機能、住み心地の微妙な関係

建設時の大変さはメンテナンスの面倒さにも繋がる。前オーナーが売却を開始してから1年、なかなか買い手が付かなかったのにはその辺りの事情もある。一般に建築家の作品は、依頼した主が亡くなるなどした後は使いにくいと敬遠されることが少なくない。中には取り壊されるケースもあり、建築家自邸が同様の憂き目に遭う悲しい例すら聞く。

「作品としての完成度を考え、意匠を優先すると断熱性能、住み心地などがお留守になりやすい場合があり、中古になると売却は難しくなりがち。投資として考えるとメンテナンスの煩雑さは敬遠されますし。ただ、工務店、ハウスメーカーでは絶対に建てられない空間でもあり、その空間に向き合って住む楽しさ、意味はあるはず。現在、世界で活躍する藤本氏が若い頃に何を考えて建てたか、そういう意義も考え、自社でメンテナンスできる強みを生かして継承することにしました」。

リノベーションの世界では定評のある同社のことである、さぞや大胆な改装をするのではないかという期待が寄せられているが、そんなことはしないと福井氏。購入後に藤本氏に購入したという報告をしに行き、そこで聞いたこの建物に込められた思いを大事にしていきたいという。

「藤本さんに何か、変えたい部分がありますか?と聞いた時に、ごちゃっとしていたほうが面白いから、駐車場のところや屋根の上にもうひとつ、小屋を増築してもいいのでは?という話がありました。格好よくするより、洗濯物を干すなどしてもいい、当初の下町の路地感を大事にしたい。そんな言葉を大事に、どこに手を入れたのか分からないような改修をしようと考えています」。

屋根や部屋の配置が複雑で、施工やメンテナンスが難しいという。右は今回募集されている2階、Cタイプの平面図。3つある部屋のうち、Cタイプは右、左の2つで、その上にあるのは他の部屋屋根や部屋の配置が複雑で、施工やメンテナンスが難しいという。右は今回募集されている2階、Cタイプの平面図。3つある部屋のうち、Cタイプは右、左の2つで、その上にあるのは他の部屋

見た目を変えず、住みやすくするという改修

改修前の部屋を見せていただいた。居心地が良いからだろう。全4室のうち2室には、完成後からずっと住み続けている入居者がおり、空いているのは2室。1室はオーナーが使用していた1階で地下室とのメゾネット。入ると1階は三角の屋根がそのまま見える形でロフトになっており、天井が高く気持ちが良い。ステンレスのキッチンが置かれた室内を抜けると奥はガラス張りのバスルーム。地下室も含め、どこも非常にシンプルな作りだ。

もう1室は2階にある、LDKともう1室が斜めに段差をもって繋がった変形な部屋。しかも、部屋の面積の半分ほどがガラスで仕切られ、水回りになっている。屋根の天窓からは燦々と陽光が降り注ぎ、ここで昼間に入浴したらさぞかし気持ちの良いことだろう。

どちらの部屋も絵になる、かっこいい空間なのだが、冷静に機能を考える人にとっては収納がないことや2階の水回りの湿気などいくつか気になる点がある。ガラス張りはまめに手入れをしないとすぐに曇ってしまい、カッコ悪くなる。かっこよさを活かすためには部屋に置くモノは厳選する必要があろうし、モノを減らさなくてはいけないことも。この部屋に住むためにはそれなりのリテラシー、覚悟が要る。「作品が作品としてあり続けるためには住む人の協力が必要」なのである。

その見た目は変えず、住みやすくするのが今回の改修だ。「ほんの何センチか洗面台を移動するだけでも掃除しやすくなる。水性の塗装を油性の艶消しにすれば汚れにくくなる。そうした感知しにくい改修を行う予定です。かっこいいモノを作って汚れないようにしましょうねというやり方もありますが、私たちが目指しているのはあらかじめ、汚れにくくしてあげるというやり方です」。

2階、Cタイプ。左上から順に玄関側を見るダイニング。左にベッドルーム、水回りへの階段がある。キッチンはシンプルなもの。水回り、寝室の広さはほぼイーブン。そしてほれぼれする水回り2階、Cタイプ。左上から順に玄関側を見るダイニング。左にベッドルーム、水回りへの階段がある。キッチンはシンプルなもの。水回り、寝室の広さはほぼイーブン。そしてほれぼれする水回り

価値を継承するという管理

見た目は変化させず、住み心地をアップさせるという難易度の高い改修のほかに、この物件でやってみたいことがあると福井氏。ひとつは風化、劣化の度合いを検証、観察したいということ。それを知ることでメンテナンスを考えたリノベーションが可能になるからである。

もうひとつは完成時の評判がもっとも高く、以降、それが伝えられていかないことが多い不動産の物語を伝えていくことだ。20年前、30年前に話題になった物件が今、どうなっているかを調べてみると、建てられた当時のこだわり、特徴が全く伝えられていないケースが大半である。そのため、今見ても斬新で面白い物件だったとしても、単なる古い物件として扱われ、時には空室だらけになってしまっていることも。きちんと建物のコンセプト、物語などが伝えられていれば、築年を越えた価値を持ち続けられるであろう物件が埋もれてしまうのはもったいない。これまでの管理会社がやってこなかったことにチャレンジしようというのである。

古くなった建物はどんどん壊して新築すれば良いという時代はそろそろ終わる。だとしたら良い建物を大事に長く使う必要があるが、そのためにはハードのメンテナンス同様にソフト面の手入れも大事だろう。これまでになかった視点で建物の価値維持、向上が行われることで名建築が長く愛されるようになることを祈りたい。

ちなみにこの取材の後、9月の土曜日に内覧会が開かれたのだが、11時から16時の5時間に集まった人は約550人。常時数十人が雨の中を行列する状況だったそうで、建築の力を感じさせる結果となった。さすがである。

こちらは1階、かつてオーナーが使用していた部屋。左上から順にキッチンから玄関を見たところ。玄関からキッチン、キッチンの奥にある水回り、奥には地下室もこちらは1階、かつてオーナーが使用していた部屋。左上から順にキッチンから玄関を見たところ。玄関からキッチン、キッチンの奥にある水回り、奥には地下室も

2018年 10月11日 11時05分