3代目が継承したのは空室、滞納だらけのおんぼろ物件

入居を決める段階での部屋はこの状態。スケルトン以前の状態はごく普通、昔ながらの和室のある部屋だった入居を決める段階での部屋はこの状態。スケルトン以前の状態はごく普通、昔ながらの和室のある部屋だった

福岡市城南区樋井川、最寄り駅西鉄高宮駅から歩くと40分という、首都圏では考えられない場所に2棟の賃貸マンションが建っている。築43年、30戸の第一吉浦ビル、築40年、10戸の第二吉浦ビルである。古い上に遠いわけで、そうした物件の場合、売りは安さ、広さであることが一般的だが、吉浦ビルの場合は違う。全戸、自分の好きにDIYができる、それを盛り上げてくれるコミュニティがある。それが古くて、遠い物件を満室にしている要因である。

3代目の吉浦隆紀氏が、祖父の相続対策として建てたこの2物件の経営を引き継いだのは3年半前のこと。その時点では空室率が20%を超えており、しかも、入居者のうちの3分の1くらいに滞納があり、中には500万円もの滞納者もいるという惨憺たるありさま。家賃は2DKで3万7,000円、3DKで4万8,000円で固定されていたが、これは生活保護者に支給される住居費そのままの額。「祖父は10年くらいしたら取り壊せばよいと言っていたのですが、私はそれで良いのかと疑問を持ちました」。

吉浦氏は地元の大学を卒業後、30歳まで地元で働き、その後、4年間の東京生活を経てニューヨークで1年間暮らし、帰ってきたところで不動産経営を継いだ。それまでは不動産にも、建築にも縁のない仕事だったというが、ニューヨークでの経験が現在の賃貸経営に生きているという。

「ニューヨークでは築100年の建物が普通に使われています。うちのビルのような、築40年なんて新しいほう。コンクリートは築後60年まで強度が強くなっていくそうで、それを考えると100年持たさないともったいないと思いました」。

内装にお金はかけられない。だったら、自分でやってもらおうとDIY可に

とはいえ、福岡でも郊外の家賃相場は東京の2分の1ほどである。大家が負担して内装に手を入れて貸すとすると収支が合わない。家賃3万7,000円の部屋にはさほどのお金はかけられないのである。また、予算少々で行える一般的なリフォームでは競争力がなく、埋まるまでに半年、1年かかってしまうことも考えられる。

「支払い能力のある若い人達に入居してもらいたかったのですが、この場所ではお手軽なリフォームだけでは無理だろうと思いました。他にないような、尖ったリノベが必要だろうと。そこで、試しに2部屋を友人の父の大工さんに頼み、自分が入りたいと思うような部屋を作ってもらい、友人の店舗デザイナーにも1部屋デザインしてもらいました。また、もう1部屋、それとは別にスケルトンの部屋を作り、その4部屋でビルを知ってもらうための内覧会を開きました」。

スケルトンの部屋はおまけみたいなものだったわけだが、蓋を開けてみると、この部屋の人気がダントツ。内覧会後、すぐに問合せがあり、あっという間に決まってしまったという。それに対し、予算と手間をかけてリノベした部屋が決まったのは半年後。この経験から吉浦氏は今後はDIYでいこうと決めたという。「福岡にはそれまでにもカスタマイズできる賃貸など、入居者自身が多少は好きにできる部屋はありましたが、全てを好きにできる部屋はなかった。だったら、それでいこうと決めました」

アーティストのカップルがお住まいの部屋。左上/床に段差があり、ベッド、ソファ、キッチンは一段高くなった部分。下は収納。写真左側に立っていらっしゃるのが吉浦氏。右上/土間部分の壁際には書斎、収納のスペースに。左下/この部屋には広いルーフバルコニーがあり、いずれはここも活用したいとのこと。右下/キッチンはもちろん、バス、トイレなども手作りアーティストのカップルがお住まいの部屋。左上/床に段差があり、ベッド、ソファ、キッチンは一段高くなった部分。下は収納。写真左側に立っていらっしゃるのが吉浦氏。右上/土間部分の壁際には書斎、収納のスペースに。左下/この部屋には広いルーフバルコニーがあり、いずれはここも活用したいとのこと。右下/キッチンはもちろん、バス、トイレなども手作り

入居時にはDIY資金として家賃の3年分を支給

吉浦ビルで部屋を借りる場合には、室内はスケルトン状態になっており、そこにDIY資金が支給される。家賃が5万円の部屋だとしたらその3年分、5万円×36カ月=180万円が支給されるが、電気関係、給排水管の改修を行い、下地の床上げを行うとそれでおおよそ160万円ほど。内装その他に充当できるのは残りの20万円ほどで、その予算でやろうとすると自然と、DIYをすることになる。

といっても、経験者なら良いものの、やったことのない人の場合はどうすれば良いのだろう。聞いてみると、吉浦氏や他の入居者が指導、手伝ってくれるので問題はないという。「入居者の中にはDIY好きが多く、現在では1階のコミュニティスペースがDIY工房になっており、道具なども揃っています。一人で孤独に作業をするわけではなく、いざとなったら、みんなが手伝ってくれるので、DIYを通じて入居前から友達ができる。今はここを中心に生まれたコミュニティも吉浦ビルの魅力のひとつではないかと思っています」。

だが、入居時に家賃の3年分を大家が負担して損はないのだろうか。

「3年間住んでいただければ元は取れます。また、通常何年か住んで退去した部屋は、20~30万円の原状回復費用がかかりますが、このやり方だと次にその部屋を引き継いでくれる人がいれば、清掃のみでOK。以前、仕事の都合で1年半で退去した人がいましたが、そこも清掃だけでした。しかも、その部屋は5年間空室だった28m2の部屋でその時の家賃は2万7,000円。それをDIY可にして4万3,000円にして貸し、退去後、さらに5,000円アップ。今は4万8,000円。短期で退去することがあっても家賃アップができるので、大家としてマイナスとは感じません」

最初の投資が住む人のDIYによってバリューアップに繋がり、代が変わるごとに少しずつ家賃アップも実現できるというのである。原状回復を必須とする仕組みを変えるだけで、部屋の自由度はずいぶん変わるわけだ。

入居1年目、ガーデニングプランナーの女性の部屋。左上/玄関わきのキッチン。床貼りから始め、キッチンももちろん自作。右上/リビングコーナー。職業柄だろう、室内には緑が多く、和める空間。左下/ベッドの脇にはアールの壁で目隠しされたクローゼット。左側の黒い部分はトイレなどの水回り。右下/「部屋を見せてもらう度に照明、収納など少しずつ手が入っている」と吉浦さん
入居1年目、ガーデニングプランナーの女性の部屋。左上/玄関わきのキッチン。床貼りから始め、キッチンももちろん自作。右上/リビングコーナー。職業柄だろう、室内には緑が多く、和める空間。左下/ベッドの脇にはアールの壁で目隠しされたクローゼット。左側の黒い部分はトイレなどの水回り。右下/「部屋を見せてもらう度に照明、収納など少しずつ手が入っている」と吉浦さん

共用部リノベのテーマはもっと古く見せること

古さをポジティブに捉え、雰囲気を生かした共用部のリノベーション
古さをポジティブに捉え、雰囲気を生かした共用部のリノベーション

また、居室だけではなく、共用部のリノベも行っている。面白いのはそのテーマだ。普通は古いものを少しでも新しくきれいに見せようとするものだが、吉浦ビルでは築40年を築100年に見せたいというのである。

「リノベーションで新しく、きれいに見せようとしても、完全には古さを隠せません。築40年ともなると不具合もあれば、音も聞こえる、隙間風が入るなど、どうしても新築に劣る部分があるのは仕方ありません。でも、そのレトロさを売りにしたビルにすれば、レトロ好きにとって古さはマイナスではなく、プラス。古さを魅力的に感じ、その目線で建物や部屋を見るのでクレームにはなりにくくなります。そこで、より古く、レトロに見せることを共用部リノベのテーマにしました」。

たとえば共用廊下の手すりは木と鉄にし、経年変化でより味が出ることを意図した。デザインもどこかレトロなものが採用されているが、とはいえ、廊下の照明をLEDに変えるなど経費節減に繋がる手も打たれている。「これで光熱費は6分の1ほどに。また、交換の際、これまで1フロア3灯しか無かった照明を、各戸の玄関先につけることにして5灯に。それで我が家らしい雰囲気を出そうと考えたのです。また、扉の色も自分の好きにして良いことにしたので、外から見ても普通の集合住宅らしからぬ雰囲気になっています」。

住んでいる書道家のアート作品が室内からはみ出し、共用部に描かれていたりもしており、入居者が建物全体を楽しんでいることが分かる。1階の工房入口の照明や木製のディスプレイなど素人とは思えないほどの出来栄え。リノベーションを仕事にできてしまうのではないかと思えるほどだ。

部屋ごとに異なる表情、個性。住んだら楽しそうな部屋のオンパレード

いくつか、実際の部屋を見せて頂いた。そのうちにはスケルトン状態の部屋もあり、DIYに縁のない身としては、それが自分でなんとかできるとはとても思えない。だが、入居者の中にはうら若い女性もおり、その人も自分で床を貼るところから始め、居心地の良い部屋を作り上げている。断熱まで自分で施工したそうで、実はその気になれば意外に作れるものだということが分かる。

ひとつ、面白かったのはスケルトンにした後、床を貼る部分とそうでない部分を作るというやり方。部屋の中に土間スペースを残すと言っても良い。わざと段差を作るわけで、そうすることでワンルームの中に雰囲気の違うスペースが生まれる。部屋によっては床の下に収納を作っており、こうすれば大きな品も無理なくしまえる。床下収納というと一戸建ての、1階にしか作れないものと思いがちだが、こういう発想があったかと思った。

ちなみに吉浦ビルは2016年1月にめでたく満室になり、吉浦氏は続いて周辺の空室解消、街のブランディングを手掛けたいと、元々この地域にあった地名を冠した会社「樋井川村」を設立している。「10年後、この地域では高齢化で大量の空き家発生が予想されます。そうなる前に若い人たちが入ってくる街にしたいと、少し前から地域の集まりに顔を出し、街にないカフェを地元の人たちと共同で作ろうとしています。すでに吉浦ビルには若い人たちが集まり始めていますから、それと地域が結びつけば面白いことができるのではないかと思っています」。

吉浦ビル各室のわくわくした感じが街に広がっていけば面白いことになりそう。そんな予感がする。

吉浦ビル
http://www.yoshiura-build.jp/

左/建築家の男性の部屋。アールの壁で囲われているのは水回り。右上/こちらも最近引っ越してきたという建築家の部屋。入口を土間のようにし、部屋との間にドア、窓を作ってある。右下/同じ部屋の窓側。暗めの照明で書斎のような空間になっている
左/建築家の男性の部屋。アールの壁で囲われているのは水回り。右上/こちらも最近引っ越してきたという建築家の部屋。入口を土間のようにし、部屋との間にドア、窓を作ってある。右下/同じ部屋の窓側。暗めの照明で書斎のような空間になっている

2016年 02月01日 11時09分