海外からの評価が高まる日本人建築家。アジア建築賞でも高評価

建築界のノーベル賞ともいわれているアメリカのプリツカー賞で、2013年の伊東豊雄氏に続き、今年は坂茂(ばんしげる)氏と、二年連続で日本人が受賞したり、2010年のヴェネツィアビエンナーレ国際建築展で最優秀賞にあたる金獅子賞を若手建築家の石上純也氏が受賞したりと、近年海外における日本人建築家の評価は高い。
そんな中、今年6月にアジア18カ国が集うアジア建築家評議会(アルカシア)のアジア建築賞でファイナリストとなったのが、名古屋市中村区にある設計事務所 TSCアーキテクツの田中義彰氏の作品「ORIGAMI(オリガミ)」と「日ノ宮の家」だ。
海外で評価される建築というのは、美術館やホテルなど公共の施設や、芸術作品のようなものというイメージを抱いていたが、ファイナリストとなった田中氏がエントリーしたのは一般の住宅だという。
どんな作品なのか気になって、田中氏を訪ねてみることにした。
ファイナルに残ったのは、折り紙を折ったような屋根の「ORIGAMI」と伝統と新しさを融合した「日ノ宮の家」
アジア建築賞のファイナルに残った作品は、「ORIGAMI」と「日ノ宮の家」の二作品。
「ORIGAMI」は、三重県の山間の集落にある住宅。名前の通り、折紙を折ってかぶせたような屋根が印象的な一軒家だ。
「いつもなら現場のリサーチはペンでスケッチをするんですけど、このときはなぜか紙を折ったり開いたりしているうちに、そのまま建物として活かせるかもと思ったんです」(田中氏)
単に奇をてらったわけではない。屋根は庇となり直射日光を遮り、半屋外空間となった庇下の空間は町並みと溶け合う絶妙な距離を作り出している。
「合掌造りのようにも見えますし、日本の伝統を継承しつつ、新しい可能性も表現できたと思います」と田中氏は話す。
一方で、「日ノ宮の家」は、従来の日本家屋の外壁・塀・門を一つで兼ね備えるような軒先を作り、現代和風を表現している。町並みに面した外壁は、一見普通のコンクリート打ち放しのように見えるが、杉板の木目が転写されていて表情を和らげているのが特長だ。屋根を突き抜けるコハウチワカエデが道行く人の目を楽しませ、中庭に面したリビングや和室は、全引き込みの大開口部により、光・風・自然を感じられる開放的な空間に設計。また、リビング・ダイニングは、屋根の向こうに空が見える様、開口部の高さを調整し、明るさだけではなく、視線の抜ける心理的な開放感も得られるように意図したという。
海外で、この2作品はどのように評価されたのだろう。実は、現地ではプレゼンテーションのみで、総評のようなものは現在のところもらっていないそうだ。
田中氏いわく「西洋のものをひょっこり持ってきただけでもなく、伝統を継承しただけでもなく、日本人独特の繊細さや日本文化になじむデザインを評価していただけたんではないでしょうか」と評する。
プレゼンのあとに「ORIGAMI」の屋根の構造についての質問が海外の審査員から出たそう。
「風の通りや、南側の大開口部だけでなく、東西の上部にも採光部を設けていることや、外皮は耐候性を考えた素材で冬の強い季節風をしのぐ形状を兼ねている点も、評価されたようだ」と田中氏。見た目の斬新さだけでなく、実用性も大切な要素となっているのは、人が住む「家」だからだろう。
そこに住む人の生活をそっと包み込むような折紙の屋根
こうした「住まい」の設計をする場合、いくら斬新なアイデアを提示したところで、クライアントがOKを出さなければ、実現はしない。
「ORIGAMI」のクライアントの場合、「庇のある家」というのが希望だったという。さらに、ただ四角いだけのハコは好きじゃない。という要望もあり、田中氏の大胆な提案が実現されることとなった。南側の道路が、実家につながる私道という好条件もあり、開口部を大胆に開けることができたことで、折り紙屋根の良さが際立つこととなった。
「ここ最近考えているのは、"建築とはその場所と人との関係性を解く作業"だということです。山間だったり都会だったり、まず人と場所との関係性があり、その上で建築が成り立っているはずなので」と、田中氏。
例えば、「ORIGAMI」の場合は、もともと集落に残っているものとまったく同じようなものを作れば、町並みには同化できる。場所と建築だけの関係性はそれで何ら問題はないが、一方で、人と場所の関係性を考えたとき、若い施主で都会での暮らしの経験もあり、瓦葺の昔ながらの家に住みたいわけではないといった場合、奇抜すぎず町並みに溶け込むような造りこそが、クライアントにとって満足度の高い住まいとなるのではないかと考えたそうだ。
家族にとって、町並みにとって、新しい記憶となる建築
また、田中氏の作品は、海外だけでなく国内での受賞歴もある。NPO法人 家づくりの会が主宰する「家づくり大賞」では「まちなみ賞」を受賞、第33回三重県建築賞では住宅部門で入選、などだ。
国内と海外では建築に対する評価は、どのように違うのだろう。
「海外では、やはり新しい可能性を持っているものやメッセージ性の強い作品が評価されると思います。国内では、それに加えて土地柄や地域の歴史、風景といったところとどのように折り合いをつけているか、といった"町並みになじむ"建築という点を、海外より深く評価しているように思いますね」と田中氏。
例えば「ORIGAMI」の場合、集落に多く残されている丸石の石垣を"町並みの記憶"として残しているところがそうだ。町並みに少し変化をもたせつつ、集落のアイコンとなり、家族や集落にとっての新しい記憶となるように設計されている点が、国内の受賞歴に反映されているようだ。
斬新さだけでなく、環境や自然、生活そのものを反映したデザイン

同社ではクリニックの建築も多く手掛けている。こちらは住まいとは違うものの、「町並みに溶け込む」という意味では、同じ方向性をもってデザインされている。例えば、8月に竣工されるクリニックでは、三河地区の城下町という土地柄と三州瓦の産地ということもあり、瓦を使ったこれまた大きなインパクトを与える屋根をもつ設計となっている。また、愛知県津島市の通学路に面した立地の小児科は、壁面に作られた小さな家をモチーフにした採光部が印象的だ。「この町に住む子どもたちの、それぞれの家庭をイメージした」と田中氏。このクリニックの前を通学途中の黄色い帽子をかぶった子どもたちが行き交う姿を想像すると、ほほえましく思える。
同社が造る建築とは、「町並みやクライアントの希望といった要素を、僕というフィルターを通して“居場所”としてアウトプットする作業」と田中氏。ただ建物を町に溶け込ませるだけでなく、そこに住む人の生活そのものさえも建築に反映するようなデザインを考え出す田中氏の今後の作品に期待したい。
取材協力/TSCアーキテクツ
http://www.tsc-a.com/index.html
2014年 08月05日 11時12分