市内随一の繁華街から一転、地域の活力が低下したまち、大聖寺地区

▲もともとは加賀市の玄関口であったJR『大聖寺』駅は静かでのんびりとした印象。地域の住民たちの高齢化が進み若年層は生産年齢に達すると金沢や小松へ流出してしまうことから、ここ10年間で市内人口総数が7000人も減少するなど深刻な過疎化が市の課題となっている▲もともとは加賀市の玄関口であったJR『大聖寺』駅は静かでのんびりとした印象。地域の住民たちの高齢化が進み若年層は生産年齢に達すると金沢や小松へ流出してしまうことから、ここ10年間で市内人口総数が7000人も減少するなど深刻な過疎化が市の課題となっている

JR『金沢』駅から北陸本線で約1時間。『金沢』『福井』の北陸2大都市の中間地点に位置する加賀市大聖寺地区は、もともと加賀藩主・前田利常が隠居の折に立藩した『大聖寺藩』の城下町として栄えた歴史を持つ。

利常の三男であり茶人でもあった初代藩主・利治が領内の鉱山開発に力を注ぎ、後に九谷焼を広めたことから“九谷焼のふるさと”としても知られているまちだ。

昭和50年代までは加賀市随一の繁華街として賑わいを見せていた大聖寺地区だが、時代の変遷とともに市の中心街がお隣の『加賀温泉』駅へと移り、近年は地元住民たちが「猫も歩かない」と自虐的に表現するほど過疎化が進んでいた。

そこで、加賀市では江戸時代の町割がそのまま残されている古い街並みや戦前から残る伝統的な建物を“地域の財産”として捉え、保全・再生・活用を行うまちづくりファンド事業『大聖寺町屋再生事業』を平成17年度からスタート。行政担当者と地元の若きリーダーたちとの連携によって、いま少しずつだが新たな賑わいを創生しつつある。

静かな城下町に昔の繁華街を取り戻したい…そんな加賀市の取り組みを取材した。

町家ではなく町屋、この場所で“商売をしてくれる事業者”を募る

左から:加賀市役所の南出直樹さん(41)、町屋の改修を手がける一級設計士の瀬戸高志さん(38)、事業者であり『工芸空間フゾン』オーナーの山根大徳さん(34)。大聖寺の出身、または大聖寺にゆかりのある若い世代が中心となって『大聖寺町屋再生事業』を支えている 左から:加賀市役所の南出直樹さん(41)、町屋の改修を手がける一級設計士の瀬戸高志さん(38)、事業者であり『工芸空間フゾン』オーナーの山根大徳さん(34)。大聖寺の出身、または大聖寺にゆかりのある若い世代が中心となって『大聖寺町屋再生事業』を支えている

「最盛期には北国街道沿いを中心に多くの人で賑わっていたのですが、いつしか寂しいまちになってしまいました…」と事業スタート当初を振り返るのは、加賀市役所建設部建築課の南出直樹さん。南出さん自身も大聖寺の出身で、現在町屋再生の担当者として再生事業を担っている。

「このまちづくりファンド事業がスタートしたのは平成17年の春でした。当時の担当者(現建設部長)が大聖寺の出身で、地元の知り合いが多いこともあり、大聖寺のまちの中をくまなく歩きまわりながら“あの家は○○さんの親戚のお宅だな”とか、“この家の持ち主はいま○○に住んでいるはずだ”など、地域の人脈のかなり深いところまで入り込めたことが、この事業を進めるための大きなきっかけになったのではないかと思います」(南出さん談)。

通常、『まちや』を漢字で表記する際には『町家』と書くことが多いが、大聖寺地区の再生事業ではあえて『町屋』と記している。

「私たち町屋再生事業としては、古い建物を再生して“そこで暮らしてもらう”のが目的だけでなく、“そこで商売をして地元を盛り上げてもらいたい”という想いが強いです。そのため、あえて『町家』ではなく『町屋』の表記にして、町屋で商売をしてくださる事業者の方を募ることにしたのです」(南出さん談)。

古都・金沢と同様に、ここ加賀市も地震や台風などの大きな災害を受けたことがなく、戦火から免れた歴史をもつ。そのため、昔ながらの古い建物が現在まで残っていることが多く、現地調査では戦前の建物が376軒、そのうち町屋や武家屋敷は258軒、さらにそのうちの7割が良好な状態で加賀特有の建築様式・意匠を残していることがわかった。

「町屋再生事業では、そうした古い建物の持ち主と事業者とのマッチングを行っています。改修工事を行う際には最高550万円の補助金を出しているのですが、基本的には昭和30年以前に建てられたもので、板葺き、腕木、昇り梁、天窓、格子、二段庇など、大聖寺の伝統的な様式を残している建物が対象になります。

ただし、実のところは市としても対象をガチガチに絞り込むつもりはありません。普通の民家もあれば、商店や倉庫、洋館、神社もあり、その建物の景観を残すことが狙いです。あまり堅苦しいものではなく“みんなで一緒に大聖寺を盛り上げましょう!”という感じで取り組んでいますから、補助金が底をついてしまうぐらいこの事業が活性化したらいいな…と思っています(笑)」(南出さん談)。

『大聖寺地区町屋再生事業』スタートから10年、現在は(着手予定含め)22軒まで再生が進んでいるが、その事業主の多くは大聖寺に地縁のある30代の若者たちだという。

『観光地化』ではなく、あくまでも『地域交流』を目的として町屋を再生

事業者のひとりである山根大徳さんは加賀市の出身。一時期は地元を離れ、金沢でデザインの仕事を行う傍ら飲食業や伝統工芸に携わっていたが、11年ぶりに地元へ戻ってきた。

「もともとは大聖寺地区にこだわっていたわけではなく、地元・加賀で自分の事務所やお店を開きたいという構想を持って地元に帰りました。大聖寺で町屋の再生事業が行われていることすら知らなかったのですが、建物を紹介してもらううちに“大聖寺の古い建物は、金沢の町屋とはまた違った魅力があっておもしろいな”と感じるようになり、“ここを使って何かしてみたい!”と考えはじめたのです」(山根さん談)。

町屋再生事業によるマッチングの結果、山根さんが選んだのは築140年の絹問屋の建物。伝統的な二段庇や美しい格子がそのままの状態で残されており、「自分が持っているデザイン・工芸・飲食のスキルを集約させて活用しやすい建物だなと感じました」と山根さん。1階はカフェとして、2階はギャラリーとして活用できる『工芸空間フゾン』を平成23年にオープンした。

「いちばん手っ取り早いのは、古い町並みを活用して観光地化することだと思うのですが、大聖寺地区の場合はそれを目指しているわけではありません。あくまでも“地元の人たちが集まれる空間を作り、地域交流を行うこと”を一番の目標に掲げています。加賀市内には『加賀温泉』という観光地があり宿泊する場所はいくらでもありますから、温泉を利用する方たちが“ちょっと大聖寺のまちを歩いてみようか?”と昼間に立ち寄ってくれるような存在になったら嬉しいですね。

オープンから5年が経ちましたが、『フゾン』の場合は入りやすい雰囲気のせいか、若い人から年配の方まで老若男女が集まります。最近では、高校生がひとりでふらりとコーヒーを飲みに来ることもありますよ(笑)」(山根さん談)。

▲築140年の絹問屋を改築した『工芸空間フゾン』。<br />事業者である山根さんの方針で建物の外観や構造は基本的に変えず、<br />設備や内装の一部に手を加えただけで洒落た空間へと生まれ変わった。<br />「築140年の建物にほんの少し手を加えて築200年まで延命させることができれば、<br />それがこのまちの立派な財産になります」と山根さん▲築140年の絹問屋を改築した『工芸空間フゾン』。
事業者である山根さんの方針で建物の外観や構造は基本的に変えず、
設備や内装の一部に手を加えただけで洒落た空間へと生まれ変わった。
「築140年の建物にほんの少し手を加えて築200年まで延命させることができれば、
それがこのまちの立派な財産になります」と山根さん

自分が改修した町屋がお客さんでいっぱいに…その賑わいを眺めるのが喜び

一級建築士の瀬戸高志さんは地元設計事務所の2代目で、これまで6軒の町屋改修工事に携わってきた。『工芸空間フゾン』の1階カフェスペースのリニューアルを担当したのも瀬戸さんだ。

「町屋の改修工事が難しいのは、度重なる改築を経ていることが多いので、“一度壊してみないと建物の中がどれぐらい傷んでいるかわからない”という点ですね。

たまに建築士の中には“ここまで変えてみたけど、どうだ?”という自慢げな改修工事を行う人がいるのですが(笑)、僕は間逆。“その建物が建てられた当初の状態に戻すこと”を心がけています。将来、もしかすると文化財登録という道があるのではないか?と考えると、その道を残しておきたいという思いもあります」(瀬戸さん談)。

古い建物の場合、現在の建築基準法に基づいた耐震基準が満たされていない場合が多いため、加賀市では建物の特徴を極力残しつつ、構造補強・改修工事を行うよう推奨している。

「町屋の改修工事が完了して、その建物に地元の皆さんがが集まってきて、“いいものができたね”という話が聞こえてきたりすると、それはもう単純に嬉しいですね。こちらの『フゾン』も、最近は夜飲みに来ても入店できないぐらいお客さんでいっぱいです。“自分が造った空間なのに自分の居場所がないなぁ”と残念に思いながらも、ものすごい達成感を感じています(笑)」(瀬戸さん談)。

▲いまや大聖寺地区を代表する人気店となった『工芸空間フゾン』の1階カフェスペース。<br />事業者・山根さんと建築士・瀬戸さんは再びタッグを組み、<br />もともと魚市場だった巨大な倉庫を活用して山中漆器の工房を併設したカフェ・ギャラリーを造る予定だという。<br />「地元で得た利益は、地元に還元したいと思っていますから、2軒目の町屋再生を決めました。<br />今はまだ少しずつの歩みですが、これがまち単位で再生できたらものすごい強みになると思います」と山根さん▲いまや大聖寺地区を代表する人気店となった『工芸空間フゾン』の1階カフェスペース。
事業者・山根さんと建築士・瀬戸さんは再びタッグを組み、
もともと魚市場だった巨大な倉庫を活用して山中漆器の工房を併設したカフェ・ギャラリーを造る予定だという。
「地元で得た利益は、地元に還元したいと思っていますから、2軒目の町屋再生を決めました。
今はまだ少しずつの歩みですが、これがまち単位で再生できたらものすごい強みになると思います」と山根さん

“強い個々”の集まりが、まちのパワーにつながる

加賀市では引続き『大聖寺町屋再生事業』の事業者を募集している。最近では、大都市圏から大聖寺へ事務所を移転し、“事業拠点は大聖寺に、客は大都市圏に”というビジネススタイルを求める他都府県からの事業希望者もいるという。

「建物を使う人やそこで事業を行う人が増えれば“町”が残ります。そのためには、事業を行いたい人と地域の人、建物の持ち主、そして行政がちゃんと連携して機能していかないといけません。僕の中で“商売敵”という概念はまったくありませんから、強い意志で大聖寺を盛り上げたいと考えてくれる人とこれから一緒に頑張っていきたいですね。そんな“強い個々”がたくさん増えれば、地域のパワーにつながりますから」(山根さん談)。

静かな城下町、大聖寺がにわかにざわめきはじめている。地元行政と若きリーダーたちによって支えられている『大聖寺地区の再生』を今後も楽しみにしたい。

■取材協力/加賀市役所
https://www.city.kaga.ishikawa.jp/index.html

■取材協力/工芸空間フゾン
http://neccowork.com/

▲大聖寺地区に残る町屋たち。<br />持ち主の多くはすでに地元を離れて他地域で暮らしているため、建物保存について無関心な主も多いという。<br />「売買や取り壊しの話はむしろスムーズに進むのですが、<br />現在暮らしている家を“半分だけ貸しましょう”という交渉はなかなか難しいので<br />我々としても地元の方たちとの親密なコミュニケーションを図りながら<br />一軒でも多くの町屋を再生できるよう努めています」と南出さん。<br />取り壊す直前に持ち主と事業者とのマッチングが完了し、救われた建物もあるそうだ▲大聖寺地区に残る町屋たち。
持ち主の多くはすでに地元を離れて他地域で暮らしているため、建物保存について無関心な主も多いという。
「売買や取り壊しの話はむしろスムーズに進むのですが、
現在暮らしている家を“半分だけ貸しましょう”という交渉はなかなか難しいので
我々としても地元の方たちとの親密なコミュニケーションを図りながら
一軒でも多くの町屋を再生できるよう努めています」と南出さん。
取り壊す直前に持ち主と事業者とのマッチングが完了し、救われた建物もあるそうだ

2016年 11月16日 11時05分