アパート再生のきっかけは「いっそ、売ってしまおうか」の相談

上/新築のkarakusaの建物前にはエリア一体の地図が掲げられている。向かいに見えているのがロッジと呼ばれている建物。下/左がロッジ、その奥にINNO HOUSE、右手がkarakusa上/新築のkarakusaの建物前にはエリア一体の地図が掲げられている。向かいに見えているのがロッジと呼ばれている建物。下/左がロッジ、その奥にINNO HOUSE、右手がkarakusa

兵庫県西宮市の中心駅のひとつであり、関西での住みたい町としてしばしば上がる西宮北口駅から阪急今津線に乗って4駅10分弱。小林(おばやし)駅はそこに住む人あるいは縁のある人でなければ、そうそう降りることはないであろう、ごく普通の住宅地である。

駅から所々に空き店舗もある商店街を抜けて歩くこと13分。突然、植栽に彩られた、ここに至るまでの町とは全く異なる雰囲気の一画が現れる。それがダマヤ・カンパニーが経営するINNOTOWN(イノタウン)である。

これは通りに並んで建つ2階建ての5軒長屋2棟、それと向かいあう3階建ての新築マンション1棟、そしてその背後にある築39年の3階建てマンションのある区画の総称。自然素材のINNOCENCE、挑戦のINNOVATIONの頭文字を取って名付けられたこの一画は経営に当たる二代目大家、木本孝広氏によってわずか3年で生まれた。元々は駅からの通り沿いにあったような、1階に店舗、2階に住居というなんの変哲もないアパートと駐車場があったエリアが大変貌を遂げたのは、2012年11月に現在INNO HOUSEと呼ばれている1棟が全室空室になったことに始まる。

「この通りは元々、町の中心街だった場所。ところが少し離れた場所に新しい幹線道路ができたため、通る人が減り、商店はどこもじり貧。そんな中の全戸空室。父から『いっそ、売ってしまおうかと思う』と相談されたのです」。

自分が住みたい部屋を作れば人は来るという信念

上は改修前、下が改修後。一変という言葉通りの仕上がりである上は改修前、下が改修後。一変という言葉通りの仕上がりである

駅からはいささか遠いし、何よりも建物が築50年と古い。また、建替えたとしても入居者が入るとは思えない、だったらというわけだが、それに対し、木本氏が提案したのはリノベーション。「古いのは確かですが、50年前の重量鉄骨造は非常に丁寧に建てられており、阪神・淡路大震災にも難なく耐えた。見た目はぼろぼろに見えても躯体はしっかりしている。使わないのはもったいないと思ったのです」。

加えて、木本氏本人のリノベーション体験があった。木本氏は大学卒業後、緑化事業を行う会社に入社、公共事業、民間企業の屋上庭園、壁面緑化などに携わった後、屋上空間のある住宅の企画なども手掛け、次第に住宅に関心を持つように。そこで11年前の自宅購入にあたってはリノベーションを前提に築35年の木造住宅を選択した。

「ところが見積もりを取ってみると、どこも高い。そんな中、『自分でやったらどうですか、手伝いますよ』という提案をくださった工務店さんがあり、そこのサポートを受けて自分で工事をすることに。仕事を終えて帰宅後22時、23時から作業を開始、2~3ヶ月かけてスケルトンから作ったのですが、これが楽しかった。加えて、完成した部屋はとても居心地が良い。その経験から、自分が住みたいと思える部屋を作れば人は来てくれると思ったのです」。

父、親族の反対を押し切ってリノベーション

土間を生かして作られた室内。ここまで変わると築年数は気にならない土間を生かして作られた室内。ここまで変わると築年数は気にならない

ところが、この提案は周囲から大反対を受ける。仕事上付き合いのある不動産会社、工務店などは親戚が営んでおり、父、親戚こぞっての反対だった。いわく、金をかけてメンテナンスが大変でクレームにもなりやすい無垢材を使うなんて信じられない、東京ならいいかもしれないが、ここは違う、これまでそんな物件はなかったなどなど。

そこで木本氏はこれまで付き合ってきた不動産会社などとの付き合いを止め、新たに自分の考えに賛同してくれる工務店を探し、反対を押し切って着工。2013年5月にはINNO HOUSEを完成させる。1階に土間を設け、床に無垢材、壁にチップクロスを用いた、デザイン的にも、素材的にもこれまで周辺にはなかったタイプの住戸である。

「これまで周囲にこんな物件がなかったからでしょう、INNO HOUSEは完成前に満室になりました。たぶん、これまでもニーズはあったのです。でも誰も前例がないからと作らなかった。だから、変わらなかったのです」。

住戸として計画した同物件だが、企画段階でブランディングを手掛けるデザイン事務所が参画、入居することになったため、1戸は事務所仕様に。他の4戸も一見同じように見えるものの、扉の大小があったり、間取りが違うなど少しずつ違う作りになっている。

「大家なら物件を通じて町を変えられる」という自覚

この物件に対する町の人たちの評価が木本氏を変える。「これまで暗かった通りが明るくなり、良くなった。きれいになったという評価を聞き、大家は物件を通じて町を変えることができるのではないかと思うようになりました。その観点でこの地域を見ると、2軒の長屋の反対側、区画の中央に駐車場があるのは問題ではないかと思うようになりました」。

そこで、ここに新築の賃貸住宅を建てることを決意。INNO HOUSEに入居したデザイン会社SASI DESIGNと半年ほどやりとり、結果、1階にカフェの入ったkarakusa(からくさ)が誕生する。木造3階建ての同物件は全10戸がすべて異なる間取りとなっており、土間付きの1LDKや、メゾネットの2LDK、ルーフバルコニーのある3LDKなど。自然素材を使ったシンプルな内装が特徴だ。車も入れるエントランスにはアウトドアグッズなどを収納する木製のトランクスペースが設けられており、濡れずに荷物の出し入れができるなど、細かい工夫もある。

ただ一方で、この物件、室内には収納が一切無い。同物件はDIY可となっており、作りたければ作ってください、道具はお貸ししますよというスタンスなのだ。木本氏によるとこれは能動的な入居者を選ぶためにあえて作ったハードルだという。

「どんな人に入ってもらうかによって、物件のカラーは決まります。秩序を乱す人が入るとコミュニティはうまく行きません。だとしたら、どんな人に入ってもらうかは慎重にすべき点。物件を尖らせれば、入居者をコントロールできる。そのために収納ゼロの部屋を作ったのです」。収納がない、それはダメだと思うか、だったら自分で好きに作れる、面白いと思うかが入居を決める鍵になるというわけだ。

新築のkarakusa。入口には木でできたアウトドアグッズなどを収納するボックス、メールボックスがあり、自然な雰囲気。1階にあるカフェには庭が隣接しており、天気の良い日には外で食事を楽しむこともできる新築のkarakusa。入口には木でできたアウトドアグッズなどを収納するボックス、メールボックスがあり、自然な雰囲気。1階にあるカフェには庭が隣接しており、天気の良い日には外で食事を楽しむこともできる

半径100mが変われば、町は変わる

karakusaではINNO HOUSEで生まれ始めたコミュニティを醸成しようと、入居前の床のワックスかけイベントから始まり、完成時のパーティー以降毎月1回、パーティーが開かれており、入居者の結婚パーティーが開かれたことも。入居者間だけでなく、町の人達とのコミュニティも考え、建設途中には餅まきも行った。その結果、満室であるのはもちろん、入居者の満足度は非常に高い。「結婚して家を購入、退去した方が引っ越したくないとおっしゃってくださるなど、入居者は住み続けたいと思っているようです」。

面白いことも起きている。商業では難しいと判断、住宅へ転用したはずなのに、現在はエリア全体では9店が入居。面白い店が集まった場所として周囲から認知されるようになっているのである。「建物の外観、敷地の雰囲気が変わるとそれだけで新しい価値が生まれるということでしょうか。デザインの力はすごいと思います」。

もうひとつ、面白いのはかつて猛反対した木本氏の父がここで行われるパーティーに全出席、木本氏と二人三脚で経営に取り組むようになったという点。今までなかったモノもできてしまえば当たり前になる。そしてモノができてしまえば、人の考えも変えられるということだろうか。木本氏の父だけではなく、リノベーションに反対、入居前のワックスかけイベントに人が来るわけがないといった地元の不動産会社なども考えを変えたはずだ。
だが、木本氏にとってのINNO TOWN作りはまだまだ続く。「現在の稼働率は100%。でも、築年の古い建物はまだ手を入れたいし、こうした町作りが他の地域にも広がり、それが繋がるようになったら面白いと、空き家物件所有の大家さんにアドバイスする機会も。将来的には多世代が暮らしていける福祉施設を作りたいですね」。

行政の町作りは広く、大きく町を変えるが、その分時間がかかる。大家さんが自分の物件を変えるだけなら、一存で自由にでき、時間もかからない。木本氏はこれを「半径100mからのまちづくり」と言うが、それだけでも十分、町である。木本氏に続く大家が出てくれば町はもっと面白くなるはずだ。

damaya company
http://damaya-company.com/

SASI DESIGN
http://sasi-d.com/

左上が木本氏。入居者を中心にした飲み会の他、地域の人達も参加できるマルシェその他のイベントも多数開いて来た左上が木本氏。入居者を中心にした飲み会の他、地域の人達も参加できるマルシェその他のイベントも多数開いて来た

2016年 12月19日 11時05分