ダムが無ければ蛇口をひねっても水は出ない

日本は世界有数の多雨地帯モンスーンアジアの東端に位置する、雨の多い国である。年平均の降水量はざっくり世界平均の2倍。だから、水資源も豊富と思いがちだが、それは大きな勘違い。雨はたくさん降る。それ自体は間違いではないが、たくさん降っても使える水は少ない。それが日本である。

なぜか?

ひとつは地形の問題だ。日本の川は勾配が急で、雨が降ってもそれがあっという間に海に流れて行ってしまう。せっかく、大量の雨が降ってもそれが恵みとならず、洪水になることもあり、降らないと渇水になってしまうのはそのためだ。

また、降る時期が梅雨時、台風シーズンに集中している点も挙げられる。日本では6月、9~10月の3ヶ月で1年間の降雨の約4割が降る。当然、雨の少ない月には水が足りなくなるし、空梅雨や台風の少なかった年、暖冬で積雪が少なかった年などには年間で不足することになる。

2016年夏には利根川、渡良瀬川、鬼怒川で取水制限が行われたが、その理由は記録的な少雪だったこと、暖冬で雪解けが早かったこと、5月以降の降雨量が平年の半分以下と非常に少なかったことなど。自然の気まぐれが重なり、水が足りなくなったのだ。

しかも、1900年には約1650mmだったものが2015年には約1580mmと、ここ100年ちょっとで見ると降水量は減っており、年による変動が大きくなっている。自然に任せているだけでは水は確保できない状態であり、それをダムがコントロールしているのだ。首都圏の水資源の約90%はダム等を経由した水であり、ダムが無ければ蛇口から水は出てこないと言っても良いのだ。

日本と世界の川のこう配の違い。日本の川は驚くほど急こう配なのである(国土交通省ホームページより)日本と世界の川のこう配の違い。日本の川は驚くほど急こう配なのである(国土交通省ホームページより)

関東地方で使える水の量は全国平均の3分の1しかない

日本の地域別降水量と一人当たりの降水量。関東、利根川流域の少なさが一目で分かる(国土交通省関東地方整備局ホームページより)
日本の地域別降水量と一人当たりの降水量。関東、利根川流域の少なさが一目で分かる(国土交通省関東地方整備局ホームページより)

そのうちでも厳しいのが関東の水事情である。関東地方の年平均降水量は約1500mm。日本の平均降水量は約1700mmだから、それほど降水量が少ないわけではないが、他地域に比べ、なにしろ人口が多い。関東地方の人口は約4100万人。この人口から、一人当たりに使える水の量を計算してみると、1300mm/年・人。これは全国平均の約5000mm/年・人の26%でしかない。つまり、関東地方に住む人が使える水の量は全国平均の約3分の1にしか過ぎないのである。

しかも、首都圏の場合はもっと厳しい。右のグラフは地域ごとの降水量を示したものだが、ここに「利根川」とある、最も降水量が少ない地域があるのがお分かりだろうか。これが首都圏の水源なのだ。

首都圏、特に東京都では江戸時代から長らく多摩川水系を利用してきた。古くは玉川上水であり、昭和に入ってからは小河内ダムだ。我が国屈指の規模を誇る、世界最大の水道専用ダムと言われることもある同ダムだが、東京の人口を賄うためにはこれでは足りない。

それが明らかになったのが1964年の東京オリンピック時。最大50%もの給水制限が行われ、水が出なくなった地域には給水車が出動、衛生状態が悪化して食中毒も多発するなど、生活に多大な影響が出たのだ。以降、利根川・荒川水系を利用しているが、多摩川水系より豊かな水系を利用していてすら足りない。首都圏には自然の恵みを大幅に越えた人口が集中しているのである。

利根川の水を荒川へ。川と川の間で水を融通

利根川の水を埼玉県行田市の利根大堰から取水、鴻巣市で荒川に注ぐ、全長14.5kmの開水路、武蔵水路。東京都、埼玉県の約1300万人の都市生活を支える重要な施設で、2016年に改修工事が行われた利根川の水を埼玉県行田市の利根大堰から取水、鴻巣市で荒川に注ぐ、全長14.5kmの開水路、武蔵水路。東京都、埼玉県の約1300万人の都市生活を支える重要な施設で、2016年に改修工事が行われた

首都圏で水不足が起きると大変なことになる。多くの人は風呂に入れない、洗濯できないなどといった生活の不便を思い浮かべるだろうが、それだけではない。農業、工業、商業などあらゆる活動に影響し、首都圏どころか、日本経済全体に影響が及ぶ可能性がある。となると、首都圏に水不足を起こさせるわけにはいかない。国土交通省や独立行政法人水資源機構その他、首都圏の水に関わる人たちは日夜、水のコントロールに奔走している。

いくつか、そのための仕組みをご紹介しよう。ひとつは川と川の間で水を融通しあう仕組み。前回の東京オリンピック渇水の際には、利根川の水を荒川に送るための武蔵水路を建設中にも関わらず、緊急通水を開始して首都圏を渇水から救ったとか。これら以外にも利根川~荒川間には秋ヶ瀬取水堰など複数の堰、朝霞水路などの水路が作られており、全体を称して利根導水事業という。水道のほか、農業用水、隅田川の浄化などに使われるなどその役割は多数。現在では東京都水道局の約4割、埼玉県企業局の約8割の給水エリアへ水道用水を送水しているそうだ。

同様に利根川の水を江戸川に送る北千葉導水路、中川の水を江戸川に送る三郷放水路などもあり、首都圏の水は川から川へ送られ、使われている。

ダムの特徴に合わせて放流量をコントロール

放流量のコントロールも大事な仕組みだ。下流で足りない場合、上流のダムから水を流し、不足を補うことになるが、貴重な水である。ただ、流すのではなく、ダム下流部での降水量、農業用水その他の水需要などを勘案して、その日に必要な量を必要な場所に流さなくてはいけない。

しかも、ダムは位置、貯水量、満水になるまでの時間などそれぞれに条件が異なる。上流に豪雪地帯があるダムなら、秋に使いきってもひと冬越せば雪解け水で貯水量が戻るが、そうでない場所のダムは時間がかかる。だとしたら、戻りやすいダムから使ったほうが安心だ。また、上流で流した水は最下流の首都圏に到達する前に、それぞれのダムのすぐ下流でも使われる。首都圏までの間でどの程度使われるかで、最終的に首都圏で使える量が決まるわけで、その量を計算して流す必要もある。こうした多くの要件を踏まえ、ベストなタイミングで、最適な量を流す。考えただけでも面倒な作業である。

ちなみに昨夏、渇水が囁かれた折には「矢木沢ダムの貯水率は低いものの、小河内ダムには水がある、水不足はウソか」という声があったが、それはこうした事情を知らないための誤解。小河内ダム上流はほとんど雪の降らない地域で、一度使ってしまったら貯水量が戻るまでに時間がかかる。これに対して矢木沢ダム上流は豪雪地帯。暖冬だった場合の不安はあったものの、小河内ダムよりは春の雪解け水に期待が持てる。だから、矢木沢ダムを先に使ったのである。逆にもし、小河内ダムの水を使いだすことがあったら、それはかなり危ない状況と思ったほうが良い。小河内ダムは首都圏の水の最後の砦。ここの水を使い切ってしまったら、首都圏にはもう後がないのである。

左上は東京都の大事な水がめ、小河内ダム。右が平常時の矢木沢ダム。左下が渇水時。危機的状況だったことが分かる。右下は矢木沢ダム近くにある奈良俣ダム。近年はダム巡りをする人も増えており、時期によっては放流の様子が見学できる左上は東京都の大事な水がめ、小河内ダム。右が平常時の矢木沢ダム。左下が渇水時。危機的状況だったことが分かる。右下は矢木沢ダム近くにある奈良俣ダム。近年はダム巡りをする人も増えており、時期によっては放流の様子が見学できる

首都圏の水事情改善に工事進む、八ッ場ダム

他のダムとの位置関係から考えると八ッ場にダムというのは地理的に合理性がある。下は工事が進む八ッ場ダム。現地を見学するツアーが行われており、地元の人達がガイドしてくれる他のダムとの位置関係から考えると八ッ場にダムというのは地理的に合理性がある。下は工事が進む八ッ場ダム。現地を見学するツアーが行われており、地元の人達がガイドしてくれる

もうひとつ、そもそもの貯水量を増やすために行われているのが、民主党時代に工事が中止され、話題になった八ッ場ダム(群馬県)建設だ。ダムが立地する吾妻川は利根川の主要な支流で、この流域にはダムがない。利根川の他の支流、渡良瀬川、烏・神流川流域や奥利根流域にそれぞれ作られていることを考えると、そして広い地域で水を貯めようと考えると、この流域が選ばれるのは合理的。もちろん、ダム建設にあたり、自然や歴史、コミュニティなど様々なものを破壊することになるが、首都圏の水の不安定さを考えると、本当に申し訳ないと言うしかない。

実際、2016年の水不足を振り返り、国土交通省関東地方整備局、独立行政法人水資源機構が出した報告書「平成28年夏 利根川水系の渇水状況のとりまとめ」を見ると、八ッ場ダムが完成していれば、79日間の取水制限をゼロにできたとしている。利根川水系には現在、8つのダムがあるが、そこに八ッ場ダムが加わると利水容量(水が足りない時に融通できる水の量)は約19%アップするという。2019年度完成を目指して工事が進められているが、それまでに大渇水が到来しないことを祈りたい。

最後に気になる今年の状況だ。

「今年は2~3月に雨が少なかったものの、雪が多かったので、今のところは大丈夫だと思いますが、毎年変動があり、まったく安心できません。1994年には5月に満水だったのに、6月に降らず、結果渇水。昨年も6月16日に予測していなかった雨が降り、おかげで断水に至るような事態は避けられました。ひとつの目安は夏季制限水位に入る7月1日。ここで満水になっていないと関係者は不安になります。ただ、そこで満水でも一気に減った年もあり、9月までは日々一喜一憂です」(国土交通省水管理・国土保全局 三橋さゆり氏)。

私達は取水制限のニュースを見るまで、水は当たり前に出るものと思っているが、それが当たり前になっている背景には不足しないよう苦労する人達がおり、気まぐれな自然がある。蛇口の向こうに何があるか、それを考えると無駄遣いはできない。

参考サイト
首都圏の水Information (国土交通省関東地方整備局)
http://www.ktr.mlit.go.jp/river/shihon/index00000002.html
八ッ場ダム
http://www.ktr.mlit.go.jp/yanba/

2017年 06月02日 11時05分