18歳で児童養護施設を退所後、大学などへ進学する人は約2割

NPO法人「学生支援ハウスようこそ」が運営するシェアハウス。家庭的な雰囲気の玄関まわり。玄関ドアは、かつては引き戸だった

NPO法人「学生支援ハウスようこそ」が運営するシェアハウス。家庭的な雰囲気の玄関まわり。玄関ドアは、かつては引き戸だった

日本で増え続ける空き家。「HOME'S PRESS」では空き家のさまざまな活用事例を紹介しているが、今回取材したのは、児童養護施設出身の学生向けのシェアハウスに活用している取り組みだ。施設出身者の大学などへの進学を支援するという、希少な取り組みであることをお伝えしたい。

児童養護施設は、児童福祉法で定められている児童福祉施設の1つ。保護者がいない、虐待を受けているなど、さまざまな事情で親の養護を受けることができない子どもたちを受け入れ、成長と自立を支援する施設だが、原則として高校卒業時の18歳で施設を退所しなければならない。退所後、親からの援助のない10代若者の生活には、さまざまな困難が立ちはだかる。住まい探しでも、最初は施設長が連帯保証人になってくれるが、引越しするときの連帯保証人探しに苦労するケースはままあると聞く。また家賃や生活費のすべてを自分1人で捻出しならないため経済的に行き詰まり、頼れる人もなく、孤独になってしまいがちという。

児童養護施設を退所後、大学や専門学校などへの進学を志す子どもたちもいるが、アルバイトをして自力で学費と生活費を工面しなければならず、勉強との両立は並大抵なことではない。そうした現状とあって、厚生労働省の調べでは施設出身者の大学・専門学校などへの進学率は約2割と低い。一方、全高校卒業者の進学率は約7割と、格差がある。

福祉の学識経験者と現場の実践者が協働してシェアハウスを運営

庄司洋子さん(写真)の案内でシェアハウスの2階へ。改装にあたっては、庄司さん自らが設計の基本アイデアを出したという。「老朽化が進んでいた空き家が、改修を経て住めるようになる。これって素晴らしいことだと思います」庄司洋子さん(写真)の案内でシェアハウスの2階へ。改装にあたっては、庄司さん自らが設計の基本アイデアを出したという。「老朽化が進んでいた空き家が、改修を経て住めるようになる。これって素晴らしいことだと思います」

「親の後ろ盾のない児童養護施設出身者こそ、学歴や資格を身につける必要があります。しかし、経済的な問題から進学をあきらめたり、進学できても働きながらの学業で心身ともに疲労してしまって中退するケースも少なくありません。そうした厳しい状況にある施設出身の学生が挫折しないよう支援しなければ…私たちはずっとそんな思いを抱いておりました」。
こう語るのは、立教大学名誉教授の庄司洋子さん。家族社会学、社会福祉を専門とする研究者であり、今回紹介するシェアハウスを運営するNPO法人「学生支援ハウスようこそ」(以下、「ようこそ」と記述)の代表を務める。「ようこそ」の理事会・事務局メンバーは、庄司さんをはじめ、ほとんどが福祉領域の研究者や児童養護施設の施設長経験者らで構成されている。

このように学識経験者と福祉現場の実践者が協働で設立し、運営しているシェアハウス。東京都北区にあり、築60年の空き家を改築した木造2階建て住宅(土地131m2、床面積123m2)。もとは庄司さんの親戚の老夫婦が住んでいた家だという。

「私が相続しましたが、誰も住む人がなく、このまま空き家にしておくよりも施設出身の学生のために利用しようと思い立ったんです。でも1957年に建てられた家で造りも古いし、大がかりな改修・改築が必要でした。問題はその資金です。のちに『ようこそ』の理事メンバーになる研究者仲間とシェアハウス開設についての話し合いを重ねながらも、改築資金のメドが立たず、計画が進みませんでした。自治体や、社会貢献に力を入れている企業・団体を訪ね歩き、協力をお願いするといったこともやってみましたが、うまくいきません。当時私たちはまだNPO法人を設立していないし、何の実績もないのですから、助成金や協賛金を受けられるはずはないですよね」と、庄司さんはふり返る。

私費を投じて、親戚が住んでいた空き家を改修・改築

庄司さんが出した結論は「改修・改築費用はとりあえず私が支払おう!」。「土地を買って建物を建てることは不可能。けれども、古くても使える空き家があるのです。この空き家に手を入れれば、私たちの計画を形にできる。そう思ったら頑張ろうという気持ちが湧いてきました」と庄司さん。

約1500万円もの私費を投じ、耐震補強工事を含む改修・改築工事は5ヵ月間に及んだ。そうして2016年4月、シェアハウスのオープンにこぎつけた。2階に4畳半の個室が5室、1階が共用スペースのキッチン・ダイニングルーム・リビングルーム・バス・トイレ、スタッフが執務し宿泊するスタッフルーム。共用スペースは2階にもあり、トイレ、そして下着などを外に干さなくても済むようにと、洗濯物を干すためのサンルームもある。「食器や共用スペースのテーブル、ソファなど、『ようこそ』のメンバーの私物でまかなったものも多いんですよ」と庄司さん。

入居条件は児童養護施設出身で大学、短大、専門学校などに進学した女子学生であること。女子学生対象にしている理由について、庄司さんはこう話す。
「1階と2階で男女の居室を分けるというような造りではなく、男女が一緒に住むのが難しいんです。住まいの安全により注意する必要があるのは男女どちらかと考えてみると、女性だろうと。また、女性の場合、経済的に苦しくなると、風俗関係など夜のアルバイトに走る危険性があるので、それは絶対に防ぎたいと思いました」。

上左)学生たちの居室。4畳半の各部屋にはエアコンと収納スペースが完備されている</BR>上右)1階には、床の間付きの和室をリフォームで洋室にしたリビングルームがある。</BR>桜の木の飾り柱はもとは床柱で、庄司さんの親戚が住んでいた頃からのもの</BR>下左)途中で折れ曲がった階段や、無垢材の古材を使った手すりが特徴的</BR>下右)浴室は床面と壁面がタイル張りで、昭和の家の面影を残している上左)学生たちの居室。4畳半の各部屋にはエアコンと収納スペースが完備されている
上右)1階には、床の間付きの和室をリフォームで洋室にしたリビングルームがある。
桜の木の飾り柱はもとは床柱で、庄司さんの親戚が住んでいた頃からのもの
下左)途中で折れ曲がった階段や、無垢材の古材を使った手すりが特徴的
下右)浴室は床面と壁面がタイル張りで、昭和の家の面影を残している

きめ細やかなケアができるハウスアテンダントが常駐

ハウスアテンダントの木幡万起子さん。「児童養護施設に勤務していたときは、子どもたちから『お母さん』と呼ばれていましたが、ここは施設ではなく、みんなと一緒に暮らす場。私のことは『木幡さん』と呼んでもらうのがルールです。でも気持ちは学生たちのお母さんです」。ちなみに庄司さんも入居学生から「先生」ではなく、「さん」付けで呼んでもらっているというハウスアテンダントの木幡万起子さん。「児童養護施設に勤務していたときは、子どもたちから『お母さん』と呼ばれていましたが、ここは施設ではなく、みんなと一緒に暮らす場。私のことは『木幡さん』と呼んでもらうのがルールです。でも気持ちは学生たちのお母さんです」。ちなみに庄司さんも入居学生から「先生」ではなく、「さん」付けで呼んでもらっているという

家賃は、学生がアルバイト収入から支払えるようにと月5万円に設定。朝夕2食付きで水道光熱費やインターネット通信費も含まれている。最寄り駅から徒歩5分の立地であることを考え合わせると、格安料金だ。運営資金のやりくりは楽ではないというが、入居する学生たちには学業を頑張り抜いてほしいのでこの家賃を死守し、寄付金を募って運営していく方針だと話す。

現在、ここで暮らすのは私立大学に通う1年生2人と専門学校1年生2人の計4人の女子学生。4人とも今春高校を卒業し、児童養護施設を退所してすぐに入居した。そんな彼女たちの生活に寄り添う「ハウスアテンダント」が常駐しているのが、このシェアハウスの大きな特色だという。ハウスアテンダントは学生の食事を作ったり、一緒に語らう、毎日の宿泊と見守り、急病時の対応といった役割を担うのだが、その職務に就いているのが木幡万起子さん。いくつもの児童養護施設で児童指導員を務めた経験があり、この道40年の児童福祉のプロである。

「ここで暮らす学生たちは、複雑な家庭事情があって児童養護施設で18歳まで過ごしてきました。それぞれ深刻な問題を抱えています。シェアハウスを開設するにあたって、施設出身者のことを理解し、心のケアを含めたきめ細かなサポートができる専門家を置くことが必要だと考えたのです。人材探しは難航しました。つてを頼って1年以上探し、ようやく出会えたのが木幡さんです。つかず離れずのいい距離感を保ちながら学生たちと接していて、このシェアハウスで欠かせない存在です」と、庄司さんはハウスアテンダントの重要性を語る。木幡さんが不在のときは、「ようこそ」の理事会や事務局の宿泊補助担当メンバーがやってきて食事のしたくをしたり、1階のスタッフルームで宿泊するという。

ハウスアテンダントの木幡さんにも話を聞くことができた。
「学生さんたちは朝から晩まで、学校の授業とアルバイトで体力的、精神的にもギリギリの生活で、ものすごく頑張っています。私たちが全力で支えて、応援してあげたいです」と、木幡さん。ある学生は毎日幼稚園でアルバイトをしていて、朝5時30分に起床し、朝食は6時、7時30分から15時まで働いたあとで専門学校夜間部へ通い、放課後学習で20時過ぎまで学校で過ごす。帰宅は22時頃でその後に夕食、入浴。就寝は24時という。

学生生活を見守り、女性の自立をサポートしたい

1階のダイニングルーム。「テレビは新たに購入しましたが、ソファは木幡さんから譲ってもらったものなんです」と、庄司さん1階のダイニングルーム。「テレビは新たに購入しましたが、ソファは木幡さんから譲ってもらったものなんです」と、庄司さん

一般的にシェアハウスは、共有スペースの掃除やゴミ出し当番のルールを決めているところが多いのだが、ここの場合は入居する学生が学業を続けられる環境づくりを最優先にしているため、掃除、ゴミ出しなどは今のところやむなく木幡さんが担っているという。とはいえ、学生と話し合って最低限のルールは決めている。門限は深夜0時、外泊するときは木幡さんか宿直補助のメンバーに伝える、男性客は2階へ上がらないなどだ。

木幡さんにハウスアテンダントとして大切にしていることを聞いたら、こう語ってくれた。
「施設出身者は、人に頼らず自分1人で頑張っていかなければという気持ちが強く、悩んでつまずいてしまったとき、誰かに相談するという感覚がないため、1人で悩みを抱え込んでしまいがちです。そうなると、立ち直るきっかけをなくしてしまう…。ここは施設出身者を孤独にしない場という役割もあります。私が心がけているのは、朝、『行ってらっしゃい』と声をかけるときや、夜帰宅して『おかえりなさい』と迎えてあげるとき、学生さんの顔をしっかり見て話すこと。毎日私が学生さんと顔を合わせることで『元気そうだな』とか、学生さんの体調面や精神面の変化をある程度察することができます。顔色が悪いときなどは『今日、元気ないみたいね』と私が声をかけると、『実はね…』と学生さんが話してくれることもあります。こういうやりとりを重ねながら、学生さんたちと信頼関係を作っていく。ささやかなことかもしれませんが、これからもこだわっていきたいです」。

庄司さんもこう話してくれた。
「入居する学生さんたちは、家族との関係でいろいろなことがあったかもしれません。でも、学校を卒業してここを巣立つとき、『困ったときに心配してくれる大人がいた』『信頼できる大人がいた』と、思えるようになってもらえたらと願っています。そういう気持ちを抱くことができる…この先の人生を歩んでいくうえでとても大事なことだと思うんです」。

穏やかに語るお二人の姿が印象に残った。

このように、空き家を活かして、児童養護施設出身者の学業と自立を支える住まいづくりをするという取り組み。今後、こうした取り組みが全国に増えていってほしいと思う。

☆取材協力
NPO法人「学生支援ハウスようこそ」
http://www.npoyokoso.com/

2016年 08月19日 11時07分