“物件”ではなく“人”の想いが並ぶ不動産サイト「さかさま不動産」

社会課題解決に向けたプロジェクトを支援するクラウドファンディング「READYFOR SDGs×中部電力」での資金調達を成功させ、プロトタイプの運用を開始した「さかさま不動産」社会課題解決に向けたプロジェクトを支援するクラウドファンディング「READYFOR SDGs×中部電力」での資金調達を成功させ、プロトタイプの運用を開始した「さかさま不動産」

多くの地域で問題化している空き家。2018年の総住宅数に占める空き家率の割合は13.6%(※)と、過去最高を更新し続けている。こうした状況を受け、各地自治体では空き家バンクなどを設置して、さまざまな取組みが行われてはいるが、どこも苦戦しているように見受けられる。

その一方で、若い人たちの間では「安く借りられる空き家があったらこんなことができるのに、なかなか見つけられない」という声もあがっているようだ。
空き家はこんなに増えているというのに、どうして見つけられないのだろう。その疑問に向き合い、解決に向けて動き出した人たちがいる。

これまでに約10軒の空き家を同時に運営してきた彼らだからこそできた、空き家、空きスペースに特化した“不動産を借りたい人向け”情報サービス「さかさま不動産」がそれだ。

簡単に言うと、借りたい“人”の情報が並ぶサイトで、貸したい“物件“が並んでいる従来のスタイルとは真逆の、まさに“さかさま”なサービス。今のところ不動産情報を載せる予定は全くないという。
「借主の想いがレア物件を動かす不動産サイト」という位置づけでスタートした「さかさま不動産」は、クラウドファンディングで約500万円の資金調達を成立させ、現在プロトタイプを運用中。2020年4月末にローンチする予定だ。


※総務省統計局「平成 30 (2018)年住宅・土地統計調査」による

借りたい人の想いをプロフィールとともに記事にして発信

「さかさま不動産」を運営するのは、水谷岳史さんと藤田恭兵さんの2人。名古屋市内の空き家を利用して、個室のないシェアハウス・飲食店・レンタルスペースなどを運営していた水谷さんら。自分たちの足で大家さんを探し、リノベーションして活用してきた活動にヒントを得て「さかさま不動産」をスタートさせた。

彼らのストーリーは後述するとして、先に「さかさま不動産」の仕組みについて説明してみようと思う。

① まずは、プレイヤー(借りたい人)の想いを可視化する。
ウェブサイトには、借りたい人の想いをプロフィールとともに記事にして発信。
〇〇駅から徒歩何分くらいの場所で飲食店をやりたいとか、オフィス、アトリエとして使える場所を探している、など希望条件も併せて掲載する。

② プレイヤーの応援者が信頼を担保する。
「どこの誰かわからない人に貸すのは躊躇するという大家さんの不安を解消するために、プレイヤーがどういう人か、安心できる人なのかわかることが大事」だと水谷さん。
そこで、信頼の担保となるプレイヤーを応援する人からの「応援コメント」を掲載し、このコメントの多さ・内容・誰が応援しているかを見える化する。

「例えば、空き家を使って飲食店をやりたいプレイヤーがいた場合、応援者に『この人は10年間飲食店で修業をして、真面目で料理もうまくて接客もできるしっかりした人です』というような応援コメントをもらって掲載します。そうすることで、大家さんは安心して貸すことができると思うんです」(水谷さん)

③ 大家さんが貸したい人を探す。
現在サイトには「アニマルクッキー王国を作りたい」というクッキーアートデザイナーや、「誰もが自由に行き来できるアトリエを作りたい」という絵本作家らの“想い”が並ぶ。
大家さんはプレイヤーの情報や応援者のコメントを見て、いいなと思う人がいればサイトを通じて直接やり取りをし、内見などを経て契約成立という流れとなる。

「若者が少なくなった今の時代は、「若者が少なくなった今の時代は、"物件"より"人"に価値がある。だからプレイヤーにフォーカスした仕組みを作ろう」と考えた水谷さん。地域で何かやりたいと考えるプレイヤーの想いを掲載し、共感した大家さんがフィールドとなる空き家を提供する(物件を貸す)"さかさま"なサービスが誕生した

人と物件をつなぐアイデアとして考え出されたのが「さかさま不動産」

「さかさま不動産」を運営する水谷さん(写真左)と藤田さん(写真右)<br>庭師という経歴をもつ水谷さん。「空間は育っていくもの。最初から完璧を求めず、みんなでDIYしながら愛着や価値を高めていくほうが楽しい。小さく作って大きく育てることが大事です。それは30年、40年後の植木を見越して苗木を植える庭師の感覚と似ているかもしれませんね」と話していた(筆者撮影)「さかさま不動産」を運営する水谷さん(写真左)と藤田さん(写真右)
庭師という経歴をもつ水谷さん。「空間は育っていくもの。最初から完璧を求めず、みんなでDIYしながら愛着や価値を高めていくほうが楽しい。小さく作って大きく育てることが大事です。それは30年、40年後の植木を見越して苗木を植える庭師の感覚と似ているかもしれませんね」と話していた(筆者撮影)

空き家のマッチングがうまくいかない理由として、水谷さんの考えはこうだ。

「借りたい人不在のまま空き家だけを集めているから、あまりうまくいかいないのかなと思います。
もう1つの理由として、大家さんが貸したがらないという点が挙げられます。空き家バンクなどに登録する場合、大家さんは不動産情報を公開しなくてはいけない。ご近所さんの目を気にしてできない大家さんもいると思うんですよね。さかさま不動産なら物件情報を公開する必要はなく、安心して貸せそうな人を探すだけなので、大家さんの不安は解消できるわけです。

また、従来の賃貸の仕組みは、借りたい人が不動産仲介会社などを介して物件を紹介してもらう仕組み。でも、空き家の場合は資産価値が低く、仲介会社が利益を出しにくいという理由から、そもそも市場に出てくることが少ない傾向がありました。そこに空き家がなかなか見つからないという理由があるんだと思います」

大家さん、空き家を借りたい人、双方の想いを叶え、人と物件をつなぐアイデアとして考え出されたのが「さかさま不動産」サイトというわけだ。

コストを抑えて挑戦するフィールドとして空き家という選択

以前、取り上げた「名古屋駅近く、築70年の長屋で男女6人が暮らす”村”があった」で紹介したシェアハウスの住人として暮らしていた水谷さんと、グループ内の別のシェアハウスで暮らしていた藤田さん。2人とも長年空き家になっていた長屋でシェアハウス暮らしをしていたわけだが、最初から「空き家をなんとかしよう」という想いがあったわけではない。

「僕がまだ学生だったとき、みんなと住みたいという思いがあって場所を探していました。名古屋駅の近くがいい、でも高いお金は払えない、広くないと嫌だ、というわがままな条件を叶えられるのがたまたま空き家だったんです。 
まちを歩きながら、通りすがりのおばあちゃんに「この辺に家ないですか?学生でお金がなくて、でも家を借りたいんです」って声をかけたら、おばあちゃんが町内の人に話をしてくれて、貸してくれる人が集まってくれたんです」(藤田さん)

道行く人にいきなり声をかけるのは躊躇してしまいそうなものだが、ここに「さかさま不動産」が生まれるヒントがあった。

「まずやりたいことを直接伝えているんですよ。それが大事なこと。話をすればこの人が安心な人かどうかわかりますよね。この人なら貸してもいいな、放置していた自分の空き家も綺麗にして住んでくれるんじゃないかと大家さんの心が動く。
「こんなことやりたい人がいるから、あなたの持ってる空き家を貸してあげたら?」とか、「こんな風に使ったらおもしろいからこの子に貸してあげたら?」と、地域の人たちも動き始めるんです」(水谷さん)

現在2人が運営するのは空き家、空きスペースなど全部で7軒。1軒あたりの家賃は平均2万円(正確に言うと1万7,500円!)だという。自分で修繕できることが大前提とはなるが、コストを抑えて挑戦するフィールドを手に入れたい人には空き家は絶好の物件ではないだろうか。

「面白いことに挑戦しようとするとリスクが伴います。いいマンションに住んで、1ヶ月に1回は旅行、週に1度は外食に行くというような生活は犠牲になってしまいますが(笑)、そんななかでコストを抑えて挑戦できる場所が空き家なんだと思います。貸してくれる空き家があり、挑戦を受け入れてくれる地域の人たちがいる、そんな風土をつくっていけば自然と若者が集まり、活気あふれるまちになるのではないかと考えています」
と水谷さんは話す。

名鉄名古屋駅から1駅「栄生」駅の近くに藤田さん(写真左)が空き家をリノベーションして仲間と作り上げたシェアハウスがある。<br>「他人同士でありながら、家族よりも家族らしく暮らしている感覚があって。これも未来の家族の形(future home)なんじゃないかと感じたんです」(藤田さん)。仲間の名前とひっかけて「Fyume(フューム)」と名付けられたここでは、暮らしを共有する新しい文化のようなものが育まれていった名鉄名古屋駅から1駅「栄生」駅の近くに藤田さん(写真左)が空き家をリノベーションして仲間と作り上げたシェアハウスがある。
「他人同士でありながら、家族よりも家族らしく暮らしている感覚があって。これも未来の家族の形(future home)なんじゃないかと感じたんです」(藤田さん)。仲間の名前とひっかけて「Fyume(フューム)」と名付けられたここでは、暮らしを共有する新しい文化のようなものが育まれていった

人口は減っていく、空き家は増える…。これからは1人に1軒空き家をもつ時代に

2019年3月に株式会社On-Coを立ち上げ、「さかさま不動産」など空き家を含めた空間プロデュースを本格的に始めた水谷さんと藤田さん。

「1年間の活動を通して感じたのは、やりたいことを応援してくれる人ってこんなにいるんだなということ。クラウドファンディングが成立したことも自信になりました。
みんなが期待しているのは僕らの挑戦と失敗。社会の実験台になればいいと思っているんです(笑)。こんな風にやると失敗しますよ~というのを声高に叫んで、どんどん挑戦して新しい価値を創造していかなくてはいけないなと思っています」
と水谷さん。
築古マンションを現代人向けのコミュニティマンションに変換させるブランディングや、遊休物件を使ったコワーキングスペースの活用など、空間を面白くする実験的挑戦はこれからも続いていく。


人口は減っていく、空き家は増える。
「昔は珍しかった車も今や1家に1台。これからは1人に1軒空き家をもつ時代がやってくると思います」
水谷さんの言葉には納得させられてしまった。

「挑戦を応援できないまちなんて持続可能なわけがない」
というキャッチコピーを掲げ、空き家というツールを使ってまちづくりに切り込む2人。起爆剤となる要素は十分だ。

【取材協力・写真提供】
「さかさま不動産」
https://sakasama-fudosan.com/

「例えば、80歳のおばあちゃんがやっている喫茶店があったとする。おばあちゃんはもうしんどいから店を閉めたい、でもそうすると地域の常連さんが集まる場所がなくなって困りますよね。そこで『さかさま不動産』を使って飲食店をやりたい夢をもった人と繋がれたら、おばあちゃんは安心してお店を引退することができるし、プレイヤーはお店とコミュニティも手に入って低コストで夢を叶えることができるわけです。地域の人も憩いの場が存続するし、みんなが幸せになれる。借りたい人と物件所有者、地域の人、みんなでまちを支える循環ができるんじゃないかなと思っています」(水谷さん)<br>
ユーザーはプレイヤーと大家さんだけに限らない。地域の困りごとを解決してくれそうなプレイヤーを探してまちに呼び込むことだって可能だ<br>画像は「さかさま不動産」のトップ画面(2020年4月現在)「例えば、80歳のおばあちゃんがやっている喫茶店があったとする。おばあちゃんはもうしんどいから店を閉めたい、でもそうすると地域の常連さんが集まる場所がなくなって困りますよね。そこで『さかさま不動産』を使って飲食店をやりたい夢をもった人と繋がれたら、おばあちゃんは安心してお店を引退することができるし、プレイヤーはお店とコミュニティも手に入って低コストで夢を叶えることができるわけです。地域の人も憩いの場が存続するし、みんなが幸せになれる。借りたい人と物件所有者、地域の人、みんなでまちを支える循環ができるんじゃないかなと思っています」(水谷さん)
ユーザーはプレイヤーと大家さんだけに限らない。地域の困りごとを解決してくれそうなプレイヤーを探してまちに呼び込むことだって可能だ
画像は「さかさま不動産」のトップ画面(2020年4月現在)

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