北海道の風景をつくる石造りの建築とは

観光スポットとして有名な小樽運河。周辺には石造りの倉庫が並ぶ観光スポットとして有名な小樽運河。周辺には石造りの倉庫が並ぶ

北海道の街を巡っていると、風情ある石造りの倉庫や蔵を度々見かける。地元で暮らしていても特に認識していない人も多いかもしれない。観光地として有名な小樽周辺には石造りの倉庫が建ち並び、飲食店や店舗に改装されているところも多い。意識しなくとも、その素敵な佇まいを写真に収めていたり、中に入ったことがある人もいるかもしれない。

そんな、北海道の風景を作っているのは、「軟石」を積み上げた建物だ。

北海道出身である筆者は、これまで「歴史の浅い北海道には、歴史的建築がほとんどない。」と考えていた。しかし、いつしか北海道ではよく目にする軟石の建物が、本州以南ではあまり見かけず、北海道独自に発達した建築なのではないか、と考えるようになっていった。

軟石の建物の歴史は、明治初期の北海道開拓当初に遡る。北海道の開拓は、冬の寒さ対策がカギを握っていたようだ。寒さがゆえに、日本の伝統的な木造建築は適さず、建物の暖房による火災や冬季間の食物の保存が課題だった。そこで、開拓使の御雇外国人による地質調査を経て、耐火性と断熱性に優れた「札幌軟石」が札幌近郊の穴の沢(現在の札幌市南区石山)で発見された。これが明治初期からこんにちに至るまで、長きにわたり北海道の開拓と発展を支えた、軟石文化のはじまりである。

現在、軟石の建物の数は減少しているが、一方で飲食店や店舗へのリノベーションに加え、小物やインテリアの素材として使われるなど、再び注目が集まっているという。
その陰では、軟石を後世に残そうと活動する方々の存在があり、昨年2018年には「札幌軟石」が「北海道遺産」に登録された。
その北海道遺産登録へもご尽力された、札幌建築鑑賞会の杉浦正人さんと札幌軟石文化を語る会の佐藤俊義さんにお話を聞いてきた。

札幌軟石から道内に広がった北海道の軟石文化

「札幌軟石」とは、約4万年前の支笏火山の噴火で流れ出た火砕流が、冷えて固まった溶結凝灰岩をさし、主に札幌で採石されるものをいう。見た目の特徴としては、灰色で白いまだら模様の軽石が入っており、柔らかな表情をしている。北海道ではよく知られる「支笏湖」も、この大噴火によって形成された。

札幌軟石の発見後、1875(明治8)年に本格的な採石が現在の札幌市南区石山地区で始まった。本州から石工職人が集まり、手作業によって切り出された石材は、札幌の中心部まで馬車鉄道で運ばれた。その道は、「石山通」と呼ばれ、現在も札幌の幹線道路として使われている。
開拓使が推奨した札幌軟石は、建築資材として多用され、公共建築のみならず、民間では倉庫や蔵に使われた。

北海道の開拓が広がるにつれ、地方では地元で採れる札幌軟石に似た性質の凝灰岩が使われるようになった。石材産出という地元の新たな産業創出にも一役買い、最盛期には道内には数十カ所の産地があったそうだ。有名なところでは、美瑛軟石があり、美瑛駅をはじめ、周辺には美瑛軟石を使った建物が立ち並ぶ。
こうして札幌軟石からはじまり、北海道中に軟石文化が広まっていった。道内には「石山」という地域名も多く、石材を採掘していた歴史を想像することができる。
しかし、終戦後、建築基準法の制定により石造の建設が難しくなったことや、コンクリートの普及により軟石の需要が減少していった。また、札幌市街地の拡大に伴い、採石場の数も減少し、軟石は衰退の一途を辿ることとなった。現在、道内で軟石を採石しているのは、札幌市南区の会社1社のみとなり、年々軟石の建物は老朽化により減少を続けている。

昭和30年代の札幌軟石の採石場の様子(地蔵守氏所蔵)昭和30年代の札幌軟石の採石場の様子(地蔵守氏所蔵)

軟石を切り口にして読み取る、その土地の歴史

話をお聞きした札幌建築鑑賞会は、「わが街の文化遺産の再発見」をテーマに札幌市内を中心に建築を訪ね、街の歴史や文化を辿るなど活動をしている。2005年からは、実際に札幌にある軟石の建物を地図を片手に歩いて数える、という壮大な調査に乗り出した。10年の歳月を経て、札幌市内には、約300棟の札幌軟石を使用した建物が現存することがわかった。
「札幌の街中では、商売をしている人や質屋さんの蔵、住宅の文庫蔵に衣装蔵、北区や東区へいくと玉ねぎ倉庫、豊平区はりんご倉庫、郊外は、サイロ、南区は住宅が多いことがわかりました。調査をしてみて、軟石を切り口にしてそれぞれの土地の歴史や特徴が読み取れる、という風に感じました。」(杉浦さん)

小樽には、約300棟ほどの軟石の建物が確認されている。札幌軟石のほか、地元小樽で採掘された軟石も使用されている。札幌にある軟石の建物は概ね札幌軟石を用いているが、他の地域では、産地かわかっていないところもあるようだ。
「最近は、地元の有志で『小樽軟石研究会』という会が立ち上がり、建物ごとにどこの軟石を使って作られたかなど明らかにしようとしています。北海道の軟石という視点では、まだまだわかっていないことが多いようです。」

北海道外での軟石文化を聞いてみると、
「北海道では石材としての凝灰岩を軟石といっていますが、岩石としての凝灰岩自体は珍しいものではなく、世界中にあります。しかし、必ずしも『軟石』とは呼ばれていません。産地の名前で呼ばれていることが多く、建物というよりは、塀や基礎などに使われていることが多いですね。重さもそれぞれで、札幌軟石は、空気層が多く、適度な軽さと柔らかさがあり、耐火性と断熱性に加え、施工性も良かったのではと考えています。」

北海道内で多用された「軟石」という建築資材が、少し海を越えただけでこれほどまでに名称や使われ方が異なるというのはとても興味深い。道内での認知度はまだ高くはないが、北海道で育まれた誇るべき文化なのではないかと感じる。

札幌にある、カトリック北一条教会司祭館カテドラルホール。1898年に建築され、確認されている中で一番古い札幌軟石を使った建物札幌にある、カトリック北一条教会司祭館カテドラルホール。1898年に建築され、確認されている中で一番古い札幌軟石を使った建物

倉庫から店舗へのリノベーションと内装デザインにも使われる札幌軟石

軟石の建物は年々減少を続けているという現状はあるが、耐久性の良さから、リノベーションして別の用途として古くから活用されてきた。特に札幌や小樽市内では、その様子が顕著にあらわれる。
公共施設でいうと、1926年に札幌控訴院として建てられた札幌市資料館がある。1973年からは札幌市資料館として、資料展示やギャラリーとして市民に利用されている。外壁に軟石が使われ、札幌軟石を使った貴重な建物として札幌市有形文化財に指定されている。
札幌市東区にある「プー横丁」は、1985年に軟石倉庫をリノベーションし開業した洋食店だ。オーナーである川端さんは、札幌軟石でできた建物で飲食店を2店舗経営している。
「古い建物の保存は、費用もかかるし簡単なことではないです。しかし、私たちが使うことで微力ですが少しでも保存することに繋がれば、という風に考えています。」(川端さん)

最近では、建物の利活用だけにとどまらない動きがみられる。商業施設の外壁や、店舗デザインに札幌軟石が使われているのを目にすることが増えた。一時は下火となり、札幌軟石を採石する会社は1社のみとなったが、最近は装飾材としての需要が伸びているそうだ。住宅では、窓台やキッチンカウンター、ストーブの耐火壁などに使われる。スタイリッシュさの中にも温かな表情があるのが札幌軟石の特徴だろう。
また、札幌軟石の端材を使った小物も販売されており、建材としてではない暮らしへの取り入れも可能だ。

上:プー横丁の外観と店内。オープン当初の店舗は取り壊しにより移転したが、移転後も札幌軟石の旧玉ねぎ倉庫をリノベーション。昭和37年築で軟石の建物の中では比較的新しい。<br>
左下:住宅の内装材としても使われる札幌軟石(提供:北の住まい設計社)<br>
右下:札幌軟石の吸水性を活かした「アロマストーン」かおるいえ。端材で作られている(提供:軟石や)上:プー横丁の外観と店内。オープン当初の店舗は取り壊しにより移転したが、移転後も札幌軟石の旧玉ねぎ倉庫をリノベーション。昭和37年築で軟石の建物の中では比較的新しい。
左下:住宅の内装材としても使われる札幌軟石(提供:北の住まい設計社)
右下:札幌軟石の吸水性を活かした「アロマストーン」かおるいえ。端材で作られている(提供:軟石や)

開拓を支えた歴史と後世に残す取り組みが評価され、「北海道遺産」登録へ

昨年2018年、「札幌軟石」が北海道の産業と暮らしを支えた歴史と、現在も後世に残す取り組みが評価され、「北海道遺産」に登録された。北海道遺産とは、歴史的価値もさることながら、北海道の宝物を守り、後世に残す担い手の存在や取り組みであることを基準に、審査が行われている。
今回話をお聞きした「札幌建築鑑賞会」、「札幌軟石文化を語る会」等で「札幌軟石ネットワーク」を組織し、北海道遺産の登録に応募した。
札幌軟石ネットワークの事務局長を務める佐藤さんは、札幌軟石を広める講演活動のほか、北海道の軟石を収集され、実際に軟石の一片を持ち歩くことで、道内の軟石の建物がどこで取れたものなのかなど調査をしている。
また、札幌軟石の認知度をあげたい、と端材で小物づくりをはじめた「軟石や」の小原さんは、軟石の建物の持ち主と、新たに使いたい人をつなぐ取り組みも行なっている。さらに、取り壊しが決まった軟石の建物を丁寧に解体することで、廃棄せず、古軟石として次の使い手に繋ごうという取り組みもされている。古軟石には、昔の職人が手作業で切り出したツルの痕が残っていたり、現在の機械掘りにはない表情がある。札幌軟石は、現在の採石場ではあと100年ほどしか採石できないと言われており、有限な資源を有効に使えるよう取り組まれているそうだ。

採石の歴史が多く残る、札幌市石山地区にある「ぽすとかん」は、札幌軟石で作られた元郵便局の建物だ。石山地区での軟石文化を伝える拠点として、ギャラリーやカフェ、販売スペースを兼ねた施設へと現在改装中であり、2019年の4月末のオープンを目指している。ここを拠点に、石山地区が札幌の観光スポットとして名を挙げる日も遠くないかもしれない。

今回、北海道の軟石文化を辿ってみて、様々な人の手によって軟石が大切に守られ、後世に紡がれていることがわかった。軟石の楽しみかたは様々で、道内にある飲食店や店舗に行って軟石の建物を楽しむもよし、札幌市石山地区で軟石の歴史に触れるもよし、住宅の中に取り入れるもよし。あらゆるものが輸入されている現代において、札幌で採れる稀有な素材として札幌軟石が見直されている。今後も札幌軟石が北海道の暮らしに根付き、寄り添って行くことを期待したい。

取材協力
・札幌建築鑑賞会 https://ameblo.jp/keystonesapporo/
・札幌軟石ネットワーク https://sapporonanseki.jimdo.com/
・軟石や https://212a-a.jimdo.com/
・プー横丁(北海道札幌市東区北二十三条東22-2-12)
・北の住まい設計社 http://www.kitanosumaisekkeisha.com/

上:札幌軟石のネットワークの佐藤俊義氏(左)、札幌建築鑑賞会の杉浦正人氏(右)<br>下:札幌市南区石山地区にある「ぽすとかん」。石山地区での軟石文化を伝える拠点として、現在改装中。2019年4月末にオープン予定上:札幌軟石のネットワークの佐藤俊義氏(左)、札幌建築鑑賞会の杉浦正人氏(右)
下:札幌市南区石山地区にある「ぽすとかん」。石山地区での軟石文化を伝える拠点として、現在改装中。2019年4月末にオープン予定

2019年 04月17日 11時05分