まちとともに歩んできた比布駅

北海道第二の都市、旭川から稚内方面へ普通列車で20分ほど。JRの駅で全国唯一、半濁音で始まる比布(ぴっぷ)駅がある。比布駅は、ピップエレキバンのテレビCMのロケ地として知られ話題になり、当時は多くの観光客が訪れた。JR北海道の方針でコンパクトな建物になりかけたが、町役場が待ったをかけ、町内外の人が交流できる「ピピカフェ」を備えた駅舎を自前で新築した。周辺には新たな店も誕生し、まちの顔として親しまれている。

比布町は1895(明治28)年に開拓され、その3年後に駅ができた。国鉄(当時)の合理化により1984年に無人駅となり、一時期は乗車券販売を委託された町民が駅舎で喫茶店を開いて人気を呼んだものの、閉店とともに2010年に完全な無人駅に戻った。駅の利用者は減ってきたが、まちとともに発展してきた長い歴史があった。

かつての駅舎のデザインを踏襲し、外壁が全盛期と同じ色に塗られた比布駅かつての駅舎のデザインを踏襲し、外壁が全盛期と同じ色に塗られた比布駅

「まちの顔」に訪れた危機で役場が一肌

昭和35年ごろの比布駅(上)と、特産のイチゴをイメージしてピンクに塗られた先代の比布駅(下)昭和35年ごろの比布駅(上)と、特産のイチゴをイメージしてピンクに塗られた先代の比布駅(下)

2013年、町役場の黒瀬祐一さんは、老朽化の激しい駅施設の今後についてJRに相談を持ちかけたところ、逆に「コンパクト化したい」という意向を伝えられた。

「半分くらいの大きさの、小さな箱のような駅になってしまえば、町の衰退がますます進む。駅前の商店街もシャッター通り化していたので、町の人が集える場をつくり、駅前通りを再生させていきたいと考えました」。黒瀬さんらは一年半かけてJRと交渉を重ね、JRが旧駅舎を解体して町が施設を新設することになった。新しく建築する建物は町が整備し、スペースの一部をJRに貸し出してJRの駅舎を兼ねる公共施設となった。

町民が交流できる新しい施設を造ることは決まったが、肝心の担い手が決まっていなかった。比布のシンボルになる場所に賑わいをつくるべく、黒瀬さんらは適任の町民がいないかを検討した。そこで、町内で精神障がいのある人への就労支援事業を展開していた亀海聡さんに白羽の矢が立った。

「寂しい無人駅を盛り上げたい」と奮起

駅のホームに立つ亀海聡さん駅のホームに立つ亀海聡さん

旭川生まれの亀海さんは、京都で精神科病院のソーシャルワーカーとして経験を積んだ後、2011年に北海道にUターン。精神障がいがある人の就労支援をしようと、比布町でトマトジュースの生産を始めた。さらに、地元の人たちからの「集まって談話できる場所がない」「比布には何もない」という声を聞き、冬も通してできる仕事を探していたこともあり、パンなどを販売しイートインやイベントスペースも備えた「ピピマルシェ」を2014年、町内の国道沿いに開いた。町内で唯一つのパン屋として、入手しにくかった地元野菜を紹介する「直売所」として、おしゃべりできるコミュニティとして、地域に愛される場所になった。

一方で亀海さんは、駅や駅前の商店街に人がいないことが気になっていた。「町の顔なのに、無人駅で誰も来ない。寂しい」。地元の仲間とは、「高齢化が進む中、どうすれば町が元気になるか。どうすれば人口が増え、比布に来る人が増えるのか」とかねて話し合っていた。ピピマルシェの2店舗目を考えていたこともあって、町役場の打診を受け、運営を担うことを決めた。

地元の特産品を紹介し、イベントで人が交わる場に

町のほぼすべての歴史を見てきた比布駅は、新しい木造駅舎として、その歴史を引継ぎ2016年3月にオープン。大きさは旧駅舎とほぼ同じ189m2で、「比布駅」と書かれた入り口の看板は先代と同じものを使った。見た目は外壁を除いてほぼ同じ。外壁は二代前が茶色で、1990年に生まれた先代は特産のイチゴをイメージしたピンクに塗られたが、今回は「全盛期と同じころのものを」と茶色が選ばれた。

ピピカフェは洗練されながらも親しみやすい空間で、ピピマルシェで製造・販売しているパン、小葱醤油やニジマスのいくら、きくらげなど、知る人ぞ知る特産品を販売している。手ごろな500円ランチや、地元食材にこだわったメニューを提供する。

町内外の人の交流を生もうと、多彩なイベントを開催しているのも特徴だ。夏の「もぎたて市」では地元の農家が新鮮な野菜を持ち込み、開店前から多い時で20人が並ぶほどの盛況ぶり。コンサートやクリスマスパーティー、お年寄りの転倒予防講座といった多彩な催しを開いている。特産品のブースが所せましと並ぶ「ぴっぷ駅マルシェ」は一日で1,000人以上が訪問。ピピカフェのカウンターでは、ここでしか買えないご当地入場券が手に入り、鉄道ファンの人気の的になっている。あくまで公共施設なので、弁当を持ち込んでカフェのイスに座って食事したり、ゆっくりくつろぐだけでも利用できる。

地元の特産品が多く並ぶ「ピピカフェ」地元の特産品が多く並ぶ「ピピカフェ」

駅前にカフェと食堂が新たにオープン

2018年に相次いでオープンした「のうりえ食堂」(上)と「カーミスカフェ」(下)2018年に相次いでオープンした「のうりえ食堂」(上)と「カーミスカフェ」(下)

そして2018年、店が減る一方だった町にとって、大きなニュースが飛び込んだ。カレーやランチプレートが人気のカフェと、農業を営む会社による食堂が相次いでオープン。町役場や亀海さんが、当初から期待してきたことが、現実のものとなりつつある。亀海さんは「駅を起爆剤にして、町が蘇ってきている気がします。ここを核に、町が開けていけばいいですね」と手応えを感じている。

比布町は民間アパートの建設補助といった住宅施策、医療費の補助拡充などの子育て支援を進めていて、2016年から3年連続で転入が転出を上回り、社会動態はプラスに。人口減少の度合いは緩やかになってきたという。

「ピピカフェでお母さん方がお茶を飲んだり、お年寄りがコーヒーを飲んでいたり。町外の人も食堂や駅前のカフェに来店されている。休みの日や時間の過ごし方を考えると、駅前の環境はとても大切です」と黒瀬さん。暮らしの質を高める上で、まちの顔である駅の存在は大きくなっているようだ。「これまで比布に住んでいた人と、新しく比布に来てくれた人と、お店に来たお客さん。その皆さんで一緒になって盛り上げていきたい。『オール比布』です。アイデアがどんどん出て、町が動いていく。その象徴的な場になれば」と期待をかける。

2019年 04月20日 11時05分