小商いを実験する場がマンション1階に誕生
横浜の古刹・弘明寺の参道に広がる商店街の中ほど、桜で有名な大岡川沿いの水谷マンション1階に「アキナイガーデン」という10m2ちょっとの小さなスペースがオープンしたのは2019年6月のこと。「アキナイガーデンは小商いを実験する日替わりオーナー店舗です」というコピーに惹かれた。東日本大震災の翌年以降、小商い、ナリワイなど、かつてあった、しかし、それまではほぼ忘れられていた働き方、稼ぎ方に着目した本の出版が増えており、加えて最近ではこれまでの働き方を見直す動きもある。そうした流れのひとつで、シェアする商いの場ということだろうか、面白いと思ったのである。
その後、アキナイガーデンを営む梅村陽一郎氏、神永侑子氏にお目にかかるチャンスがあり、聞いてみると建物3階に住んでおり、2階には関係者が改修し、運営するシェアハウスもあるという。空いていた部屋を異なる使い方で活用することで建物全体、さらに地域に関わっていこうとする意図もあるという。小さな面積ながら目論んでいるのは個人の働き方を変えるという以上に、もっと大きなことらしい。取材にお邪魔した。
当日、最初にアキナイガーデンができるまでの経緯を説明してくださったのは建物のオーナーである不動産会社・株式会社泰有社の伊藤康文氏。
「隣駅の上大岡に駅ビルその他ができて賑わうまで、弘明寺は非常に栄えたまちでした。今でも1階に空き店舗が出ればすぐに決まるものの、入れ替わりが激しく、お金が落ちているかというと疑問も。本当は全体でブランディングが考えられればよいのでしょうが、それはなかなか。そんな中、空いたこの空間はコンパクトながら目立つ場所にあります。それなら普通に貸すより、何か、面白そうなことをやってくれる人に貸したほうがよいと考えました」
面白い人、コトのある場所に人は集まるからである。
商いとは人が訪れる場を作り、まちの一部になること
伊藤氏はアキナイガーデンの話がスタートする前に神永氏が勤務する建築事務所オンデザインと知り合っており、同社の塩脇祥氏と建物2階の空室をシェアハウス「水谷基地」に改修していた。
「弘明寺にいくつか空室があり、それをなんとかしようと相談。塩脇さんにパチンコ店が事務室、寮として使っていた2室、165m2をシェアハウスに改修してもらったところ、とても面白い空間になった。作っている間に同社関係者を中心に5室中4室が決まり、人が集まり始めてもいる。だったら、そこにもうひとつ、違う場ができたらさらに人が集まり、相乗効果というか、化学反応が起きるのではないかと考えたのです」
梅村氏、神永氏が考えたアキナイガーデンもある意味、人やモノ、情報が交わることで耕されていく庭のような場である。
「2人で一緒に住むなら何か新しい暮らしをしたいねと話していたところ、商いと暮らしを両立できる店舗併用住宅を扱い、そうした暮らし方を紹介する活動をしている『商い暮らし不動産』の小薬順法さんと知り合い、自分たちもやってみようと思いました。普通に住宅に住んでいるとまちは出かけて行くところ。でも、商いは人が訪れる場を作ることであり、まちの一部になること。より深くまちに関わることになるのではないかと思ったのです」(神永氏)
「モノを売るという行為はモノを介して人と繋がること。自分の生活の中に商いの場があると自分の庭に人が入ってくるような、コミュニケーションや情報交換のある暮らしになるのではないか、楽しそうだと思いました」(梅村氏)
目指すはライブハウスのような場
ただ、今の場所に辿りつくまでには試行錯誤があった。住宅だけでも気に入った物件を探すのは難しい。商いと暮らしとなればダブルである。費用の問題もある。だが、幸い、水谷マンションでは1階を商いに、3階を住居にと契約書は別ではあるものの、トータルで貸してもらうことができ、着工したのは3月。それからプロによる施工、本人たちによるDIYを経て6月にオープンとなった。
現在、商いをしているのはマフィン店、ビールの醸造家、日本茶インストラクターにステンドグラスを作る親子、ホーボー(アメリカの工芸品)作家の5組。店舗自体は小さいが、店の前の空間が使えるため、そこに商品を並べたり、天井から吊ったベンチに載せるなどしてアピールすることもできる。ただ、商店街自体が日用品メインの生活密着型で、それ以外の商品が並んでいる店内は覗いていく人、話しかけてくる人は多いものの、入ってくる人はまだまだ少ない。
「最初は商店街に張り紙をして利用者を募集していたのですが、そうすると一時的な物販など他のレンタルスペース同様に利便性だけで選ぶ人が集まってしまうため、現在は使っている人たちを通じて、面白い場を作ろうという考えに共感してくれる人を探しています」(神永氏)
とはいえ、何をやっても必ず買いに寄ってくれる人がいたり、外でのビール販売時に店内が託児所状態になるほど着実に人は集まり始めている。「いろいろな人をキャスティングして、でも、ここでやることなら面白いはずと人が集まるライブハウスのような存在になれるようブランディングを考えていきたいと思います」(梅村氏)
コンパクトながらもキッチンがあり、飲食の営業も可能なため、そのうち、中華料理やおにぎりを出すなど使い方の幅を広げていく予定もあるそうだ。
顔の見える関係が人を循環させる
商いをしている人たちが2階にある水谷基地を利用、会議が開かれるようにもなった。1階から人が建物を上がってきているのである。さらに会議をしているうちに「弘明寺に住みたいね」と言い出す人も。ここに住めば自分の部屋を越えた繋がりが得られると思うからだろう。
「私自身、1階に店があり、2階に後輩や知り合いが住んでいるというご近所関係がある今の暮らしは安心です。顔の見える人間関係がそこに住みたいという気持ちを生むのでしょう」(神永氏)
しかも、商いの場合、出会うのは同じ業界の人ばかりではない。本業である仕事を介して誰かと知り合う時には同業者あるいはその業界に関連する業種の人が多くなるが、商いにはさまざまな業種があり、お客さんまで含めると老若男女、すべての人が対象になりうる。人と出会うことに抵抗のない人であればこんなに人間関係を深め、豊かにできる場はないわけだ。
伊藤氏も大家の立場から顔の見える関係のメリットを挙げる。「横浜の中心部の関内に4棟の、いずれも古いビルを保有していますが、クリエイターやアーティスト、建築家などといった人に入ってもらい、建物内外でイベントを開くなどしているので、互いに繋がりがあるからでしょう、空室が出ても口コミですぐ埋まり、ほぼ満室状態が続いています」
顔の見える関係をつくることで建物内、地域内で人が循環するようになっているとでも言えば良いだろうか。それがここ、弘明寺でもアキナイガーデンが窓口になり、水谷基地、水谷マンション全体に広がり、その他の空き家へと広がっていけば、このところ、活気を失いつつあるように見える商店街には良い刺激になるはずだ。
「庭」という意味
そんな話を聞いた後で水谷基地、梅村氏と神永氏の自宅を見せていただいて、ひとつ、アキナイガーデンに共通するものを感じたのが水谷基地の作りである。キッチン、リビングといった共有部を中心に左右に5部屋が配されているのだが、それがまるで庭に点在する、縁側のある離れのようなのだ。
設計を担当した塩脇氏によると自分で人との距離が調整できるつくりなのだという。他人に会いたくないときにはほぼ会わないで暮らすこともでき、会いたいときには出てくるだけで誰かと顔を合わせられる。また、各個室の入り口はそれぞれが好きに手を入れて作っており、共有する空間ながら自分の部屋という感覚がある。広いリビングは撮影やパーティーなどに利用されることもあり、時には居住者以外にも開かれた空間になるという。
かつての日本の住宅には縁側や庭のように他者が入ってこられる、我が家ながら外にも開かれたような空間があった。だが、この何十年か、人は家の中に閉じこもり、他者と交わらないようになってきた。それが家庭や社会でさまざまな問題を生んできたと思うと、水谷基地の庭的な空間、アキナイガーデンの「自分の庭に人が入ってくるような」空間には人との人との距離、地域や社会との関係その他さまざまなことを再考するための示唆があるように思う。ずかずかプライバシーにまで踏み込むような距離でも、他人を感じないほどの遠い距離でもなく、つかず離れずでと考えると「庭」というのはひとつ、キーワードなのかもしれない。
始まったばかりのアキナイガーデンがどう成長していくか。ちょっとわくわくする。
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