インフィニティプールはスリランカで生まれた

インフィニティプールが最初に作られたのはヘリタンス・アフンガラという、ここより12年ほど前に建てられたホテルインフィニティプールが最初に作られたのはヘリタンス・アフンガラという、ここより12年ほど前に建てられたホテル

インフィニティプールをご存じだろうか。エッジが水平線のように切ってあり、向うにある海などの風景と水面が一体化してみえるプールのことである。ホライズンプールとも呼ばれ、世界的に有名なリゾートホテルチェーン、アマングループの数々のホテルやシンガポールの高層カジノホテル、新宿の賃貸タワーの共用部、はては日本の旅館の露天風呂にまで取り入れられている、開放的な空間だ。

そのインフィニティプールを生み出したのがスリランカの建築家、ジェフリー・バワである。1919年に植民地時代のスリランカの裕福な家庭に生まれたバワは、イギリスのケンブリッジ大学で法律を学んだ後、自宅を理想郷に仕上げるために再度ケンブリッジで建築を学び、1957年、38歳の時に英国王立建築家協会のメンバーになる。

その後、初期には住宅、以降はホテルを多く手がけ、作品の中に国会議事堂も。特にホテルは前述のアマングループに多大な影響を与えたとされ、世界のリゾートホテルを変えたともされる。スリランカ国内には20を超すバワ建築が点在しているが、その中でも有名なのが、今回訪れたヘリタンス・カンダラマ。バワのホテルの中では唯一内陸部に位置する、他のホテルとはかなり異なった姿を見せる建物だ。

立地するのはスリランカ中央部の高地にある街タンブッラの市街地から離れること約10キロ。ホテル入口と表示された場所からでも2キロほどはあり、舗装されていない赤茶色の細い道を走ってたどり着く、人里離れたというのが本当にふさわしい場所である。

エントランス、廊下の真ん中、プールの底に岩、岩、岩……

上/深い庇はあるものの、ドアも壁もないエントランス。左側に巨岩 下/歩いていると廊下に岩上/深い庇はあるものの、ドアも壁もないエントランス。左側に巨岩 下/歩いていると廊下に岩

ヘリタンス・カンダラマは人造のカンダラマ湖を前に、背後に岩山を背負う形で細長く伸びた建物で、その長さ約1キロ。中央にエントランス、フロントがあり、客室が左右に伸びた形になっているのだが、まず、度肝を抜かれるのがエントランスにある岩。日本で建物を作る際は、邪魔になる岩や段差はならして平らにしてから作るのが一般的だが、ここでは岩はそのままの形で建物の中に取り込まれている。

エントランスだけではない。廊下を歩いていくと突然に岩が登場したり、プールの底の一部に岩がそのままに使われていたり、建物の段差部分が岩を生かしてあったり。そこにあった岩はそのままに、それに合わせて建物が作られているのだ。日本風にラクして建てたいなら、こんな場所は選ばないだろう。このホテルはそんな面倒くさい場所に建てられているのである。

これはバワが自身で選んだ立地で、当初の予定地とは違う場所だという。ホテルの周囲には世界遺産になっているタンブッラの石窟寺院があり、少し離れてはスリランカ観光最大の目玉でもあるシーギリア・ロックがある。観光を考えてホテルを建てるなら、こんなに離れた、面倒くさい場所にする必要はないはずだが、施主とヘリコプターで現地を視察したバワは湖と岩山が入り組む地形に惹かれたのだろうか、建設地を変更、ここに建ててしまったという。きっと、施主も驚いただろうが、その地形がホテルを魅力的にしているのは否めないところ。近代の建築がどこにでも同じものを建てて来たのとは異なり、バワの建築はそこにあるものを尊重して建てられたものなのである。

自然の力を感じる、緑に覆い尽くされた外観

その土地にあるものを生かすという観点では建物全体を覆い尽くすように繁茂した緑もこのホテルをこのホテルたらしめている存在。中央部から左右に広がる建物を見ると、見えるのは大半が緑。ところどころに窓や手すりが見えるだけで、緑に覆われているというより、緑に飲み込まれつつあるように思えるほど。

日本のホテルであれば、ある一定まで伸びたら伐採するなどして植栽と建物の調和を保とうとするだろうが、ここでの緑は自然にあるがまま。部屋に設けられたバルコニーに座っているとジャングルの中にいるかのようである。

だが、これが気持ちいい。建物の中にいるのに外にいるような感覚とでも言えばよいだろうか、開放的で、リラックスできるのだ。この感覚がもっとも実感できるのは建物中央の階段踊り場、バワがお気に入りだったという場所だ。机と椅子が置かれているのだが、ここに座ると見えるのは鬱蒼としたジャングル、湖、遠くに岩山。早朝ならば靄の中にそうしたモノがぼおっと浮かぶ。現実であって現実でないような幻想的な風景である。

バワの生み出したインフィニティプールはプールの水面と背後の風景の境を無くすことで視覚的に空間を広げ、開放感を生んだが、同様に建物全体の内と外、自然と人工物の境を無くすことも人の気持ちを寛がせるのだろうか。だとするとリゾート地の建物としてこれほどふさわしいものはない。長い滞在を勧める人が多いのも頷ける。

中央部から眺めると建物の大半が緑に覆い尽くされているのが分かる中央部から眺めると建物の大半が緑に覆い尽くされているのが分かる

廊下を通るのは人間、猿、やもりに風

上/廊下と外の関係はこんな感じ。吹きっさらしである。建物端にはプール下/夜景も美しい。こちらは底が岩になっているプール上/廊下と外の関係はこんな感じ。吹きっさらしである。建物端にはプール下/夜景も美しい。こちらは底が岩になっているプール

建物内では廊下も印象的な空間のひとつ。ホテル内の広い廊下には壁がなく、言ってみれば外なのである。そのため、風が通るのはもちろんだが、同様に猿ややもりなど周辺の森林の中にいる動物たちも自由に通っていく。

わけても目立つのが猿。最初に見かけた時にはかわいいと思ったものだが、日本の観光地に人間のモノを盗んでいく猿がいるように、ここの猿たちも滞在客に隙があると、いろんなモノを引っさらっていく。バルコニーへの窓には猿注意(!)のシールが貼られており、きちんと鍵をかけないと室内にまで侵入するのだそうな。まさかと思っていたら、同行者の部屋に侵入、お菓子を小分けにした袋に見えたのだろうか、化粧品の小袋をいちいち開けて中を出すという狼藉。窓ガラスには鳥の衝突を避けるための猛禽類の写真が貼られてもおり、動物、自然との共生は言葉で言うほどにきれいごとではないことを実感させられた。

また、建物内にはコブラやフクロウのオブジェが飾られ、廊下には多種多様の動物たちの彫り物もあって建築家が自国の自然を愛したことがよく分かる。プールは有名なインフィニティプールの他、隠れ家的な緑に囲まれたプールなど3カ所にあった。

滞在するなら眺望を楽しめる、ビューバスの部屋を

最後にその他の空間を紹介しよう。建物内にある客室は152室。眺望を楽しみたいならジャングルを見渡せる5階の部屋がお勧め。それ以下の部屋の場合、ジャングルそのものを見ることになり、開放感には劣る。加えてお勧めは窓辺にバスルームのある部屋。いわゆるビューバスで、緑を見ながらのバスタイムは至福。ただし、日本と違い、水の流れ方に配慮がないせいか、天井に取り付けられたシャワーを使うと、浴室全体が水浸しになるので注意が必要だ。

周囲に他の施設がないので、食事はホテル内のレストランを利用することになる。有名なのは3食ブッフェ形式のカンチャナで、バワが多用した彫刻家ラキ・セナナヤケの黄金の葉のある木が随所に立ち、独特の雰囲気。ここも緑、水を臨む空間で、特に朝の風景は美しい。また、女性であればスリランカ名物のアーユルヴェーダが楽しめるスパも試してみたいところだ。

スリランカへは成田から直行便で9時間。空港からホテルまでは車で4時間以上。距離としては150キロほどなのだが、日本と違い、舗装はされているものの道路事情はそれほどよろしくない。スリランカ自体は北海道の8割くらいのサイズだが、移動に想像以上に時間がかかるのが、今後の観光振興では問題になりそうだ。ただ、その分、まだアジアからの観光客はそれほど多くはなく静か。今の雰囲気を楽しみたいなら便利になって欲しくないものの、手軽に行けるようになることを考えると、もう少し整備が進んで欲しい。悩ましいところである。

左上/眺望も素晴らしいレストラン 右上/館内にはこうしたリラックスできる場が随所に設けられている 左下/ジャグジー付きのビューバス 右下/細長い建物の案内図左上/眺望も素晴らしいレストラン 右上/館内にはこうしたリラックスできる場が随所に設けられている 左下/ジャグジー付きのビューバス 右下/細長い建物の案内図

2016年 07月19日 11時05分