920坪の広大な敷地に立つ「吉城の郷」

白壁土蔵の古い町並みや、アニメ映画の舞台としても一躍有名になった飛騨古川。まちの中心にある飛騨古川駅から約3km、車で10分ほどの場所に「吉城の郷」がある。

920坪の広大な敷地内には母屋、離れ、蔵、茶室など7棟が残り、建坪は350坪にのぼる古民家だ。母屋の内部だけでも16の個室が造られていると聞けば、規模の大きさはお分かりいただけるだろう。
現在はイタリアンレストラン、カフェ、ゲストハウス、シェアハウス、シェアオフィスを有する古民家再生複合施設として活用されている。
これだけの規模ともなると当然、市や町が絡んだまちおこしとしての古民家再生だろうと想像していたのだが、実はたった2人の住民が自費を投じて行った再生なのだという。
解体を免れた築150年の空き家は復活し、今や若者たちが集まるまちの拠点になろうとしている。その経緯について聞いた。

1)飛騨の伝統や文化の発信スポットを目指す「吉城の郷」。地元住民やボランティアの手を借り約1年かけてようやく人が入れるまでになった。母屋の見学は自由。入館料は大人¥200、小中学生無料※16:00まで<br>
2)母屋の裏手にある古美術ギャラリー「美術館 蔵」へ向かうレトロな通路。美術館入館料¥500/小中学生¥300<br>
3)川から水を引き込み生活用水としていたころの名残りをとどめる<br>
4)母屋に造られたイタリアンレストラン「ラシーム」。母屋に残っているかまどを使った「伝統文化体験付きランチ」など、ここでしかできない体験ができる1)飛騨の伝統や文化の発信スポットを目指す「吉城の郷」。地元住民やボランティアの手を借り約1年かけてようやく人が入れるまでになった。母屋の見学は自由。入館料は大人¥200、小中学生無料※16:00まで
2)母屋の裏手にある古美術ギャラリー「美術館 蔵」へ向かうレトロな通路。美術館入館料¥500/小中学生¥300
3)川から水を引き込み生活用水としていたころの名残りをとどめる
4)母屋に造られたイタリアンレストラン「ラシーム」。母屋に残っているかまどを使った「伝統文化体験付きランチ」など、ここでしかできない体験ができる

廃墟化した建物を自費を投じて改築

株式会社吉城の郷の代表取締役、石原捷栄さん(左)と取締役の田口吉彦さん(右)株式会社吉城の郷の代表取締役、石原捷栄さん(左)と取締役の田口吉彦さん(右)

豪農の邸宅をそのまま残す建物は、かつての飛騨大名・金森氏の重臣だった人物・佐藤氏の末裔が1870(明治3)年に建てたもので、飛騨の伝統工法が用いられている。
幕末から明治初期には塩の専売特許をもち、郵便局の運営にも乗り出すなど、農家にとどまらず商工の世界にも長けていたことから繁栄した佐藤家。昭和40年代までは医院として地域医療の拠点として親しまれていた。しかし後継者の上京により20年ほど空き家に。
荒れ果てて廃墟となっていく姿を見かね、保存活動に乗り出したのがオーナーの石原捷栄(しょうえい)さんとその友人だ。

土地と建物を買い取り改修を始めたのが2012年のこと。
「文化財の指定を受けていないから、改築するにも行政からの助成金は出ない。けれど取り壊しの話が出ていたし、後先考えている暇はなかった。この建物は古川を代表する建築遺産。なんとか残しておかなくてはならんと、友人と私の2人で年金や貯金を切り崩して買い取ることにしました」

その額3,600万円!! さらに改築費用に4,000万円もかかったという。

「人が入れるようになるまでにそれだけの費用がかかりました。古い建物で、離れも蔵もある。こちらを直しても今度はこちらと常にどこか改修していかなきゃならん。修繕費だけで年間100万円以上かかるし、全然儲からないし、貧乏くじをひいた気分(笑)」と冗談を飛ばしながらも、想いは真摯だ。

建物の改修には昔ながらの工法で修理できる職人を探し、くぎや新建材を使わない復元工事を進めた。
「後から取ってつけたような”作り物の歴史”はすぐに飽きられてしまう。本物の価値を後世の人に伝えていきたい。今は苦しいけれど、これが数十年経って残っていてよかったと思う時が来るはず」と石原さんは言う。

現在「吉城の郷」の運営は法人化し、石原さんが代表取締役を務める。石原さんとともに「吉城の郷」を管理する田口吉彦さんは
「行政に頼らない、市民のための古民家保存のモデルケースになったといえるのではないでしょうか」と話す。

シェアオフィスがチャレンジする若者たちの拠点に

「飛鳥の館」と名付けられた木造2階建ての離れ。診療所として使われていた1階をシェアハウス、ダンスホールになっていた
2階をシェアオフィスとして活用している「飛鳥の館」と名付けられた木造2階建ての離れ。診療所として使われていた1階をシェアハウス、ダンスホールになっていた 2階をシェアオフィスとして活用している

改修後は、母屋にイタリアンレストラン、離れの1階にシェアハウス、2階にシェアオフィス、また別の離れにゲストハウスが造られた。蔵にはカフェと美術館も備える。本座敷や茶室はレンタルスペースとしての貸し出しも行い、今後は外国人観光客が茶道の体験をする場として使用する予定だという。

シェアハウスは5部屋あり、現在は満室。家賃は光熱費込みで月3万5,000円と破格だ。シェアオフィスには、サービス業、インバウンド観光やまちづくり関連、教育関係などさまざまな業種の人が利用している。こちらは光熱費込みで月1万5,000円。

「安すぎて儲からない(笑)。けれど、UターンやIターンで古川を拠点に何かチャレンジしようとする人たちの力になれればと思うし、そういう若い人が増えていけば、ここが”新しい飛騨”を発信する拠点になる」

というのが、石原さんの狙いだ。
石原さんがそう思うきっかけをつくったのが、シェアオフィスを利用する松場さんの存在だったという。

開放されたオフィスで情報もシェア。人が人を集める仕組みを作る

写真上)シェアオフィスを利用、運営する「HIDAIIYO」の松場さん(左)と小森さん(右)。ここに集う志ある人たちを自ら「IIYOマフィア」と呼び「飛騨に『IIYOマフィアあり!』 って言われるようになりたいですね」と、まちの活性化に意気込みをみせる<br>
写真下)「吉城の郷」の離れに造られた松場さんらが運営するゲストハウス「iori」。土間、飛び石、坪庭と、古きよき飛騨の生活を感じられる宿としてファンを増やしている写真上)シェアオフィスを利用、運営する「HIDAIIYO」の松場さん(左)と小森さん(右)。ここに集う志ある人たちを自ら「IIYOマフィア」と呼び「飛騨に『IIYOマフィアあり!』 って言われるようになりたいですね」と、まちの活性化に意気込みをみせる
写真下)「吉城の郷」の離れに造られた松場さんらが運営するゲストハウス「iori」。土間、飛び石、坪庭と、古きよき飛騨の生活を感じられる宿としてファンを増やしている

友人の紹介で「吉城の郷」を知ったという松場慎吾さんは、古川にUターンした一人。シェアオフィスを拠点に、2014年、合同会社「HIDAIIYO(ひだいいよ)」を設立。「吉城の郷」の離れに宿「iori」をオープンさせたのを手始めに、飛騨市を中心に"町屋一棟貸し切り宿"の運営、スポーツ事業、体験アクティビティ事業を展開している。
東京で外資系金融機関に勤めた後、欧州でMBAを取得したという松場さん。なぜ地元で起業することにしたのか。

「東京や海外に住んでいたころ、帰省するたびにまちが廃れていくのを目にして、寂しさを感じていました。飛騨が衰退していくのは、時代の流れとして仕方がないこと。けれど、何かやれることがあるんじゃないかと思っていて。この場所が自分のやりたいことをのびのびできる環境だと感じたことと、『ビジネスを通じて飛騨を元気にしたい』という気持ちが強くなったことがUターンの理由です」

ダンスホールをリノベーションしたオフィスには7組が入居しているというが、広い空間には間仕切りも何もない。仕切りがないからコミュニケーションも生まれるし、情報交換の場になっているのだとか。時には松場さんが経営ノウハウや資金面でのアドバイスをすることもあるそうだ。

「シェアオフィスには志を持った若い人たちが集まっています。外からそういう若い力を集めてきて、その人たちがまたそれぞれに人を集められるような仕組みをつくりたい。そして、『吉城の郷、ヤバイ』って言われることを夢みて活動しています(笑)」(松場さん)

飛騨の宝から新しい人材が生まれる

松場さんはじめ、シェアオフィスに若い人たちが集まってきたことで活気づいた「吉城の郷」。

「彼らにはいつも刺激をもらっています。私たちのような年寄りには思いつかないことを考えて、実行に移すのも早い。私たちも感心しているだけではいかん、と元気をもらっているんですよ」と田口さん。
石原さんは
「いろんな可能性の"引き出し"を持っていないとまちの活性化にはつながらない。アイデアがあって人望もある若者が集まってくれて心強い」
と顔をほころばせる。

建物を買い取った当初は保存することが目的で、どう活用するか何も決めていなかったというが、2018年には新たに1日1組限定の「大日の宿」が造られ、外国人を中心に予約も順調だという。

「この地域は6つの山城が残り、棚田があり田園が広がる、ロケーションに優れた場所。高山市街や白川郷などの観光地へのアクセスもいい。今後は『吉城の郷』を拠点に観光地を周遊できる仕組みをつくっていきたい」

と、若い人たちの勢いに負けず新しいビジョンを追い続けている。

「古くから受け継がれてきた伝統建築は飛騨人の誇りであり、まちの宝」
と話していた石原さんと田口さん。廃墟から復活した「吉城の郷」では、飛騨の未来を担う人材が育ちつつあるようだ。今後が楽しみである。


【取材協力】
「吉城の郷」
http://www.yoshikinosato.jp/index.html

「HIDAIIYO」
https://www.hidaiiyo.com/

2018年に完成した「大日の宿」。草が生え荒れ果てていた庭を手入れし日本庭園を造り上げた。宿のお風呂からは浴槽につかりながらライトアップされた庭を眺めることができる。「宿泊施設ができたことで可能性が広がった」と石原さん。この場所を拠点とした観光に今後力を入れていく予定だ2018年に完成した「大日の宿」。草が生え荒れ果てていた庭を手入れし日本庭園を造り上げた。宿のお風呂からは浴槽につかりながらライトアップされた庭を眺めることができる。「宿泊施設ができたことで可能性が広がった」と石原さん。この場所を拠点とした観光に今後力を入れていく予定だ

2018年 12月22日 11時00分